の疾患発症と生活習慣との関連、あるいは疾病の進行と生活習慣の関連を明らかにするような研 究が急務と考える。疫学研究は時間と労力を必要とする研究であり、欧米諸国の長く続けられて いる規模の大きなコホート研究がぜひわが国でも数多く行われていくことを期待したい。コホー ト研究のデータがひろく研究者に公開され利用できるような体制も望まれる。 また、生活習慣の 中では、欧米でもあまり取り上げられていない課題としてストレスも今後の重要な課題ではない だろうか。ストレスが生活習慣病の発症に関わっていることは疑問の余地はないが、その機構や 重要性については未解決である。恐らく、ストレスの生体影響に関する基礎的な研究も進められ ないと、疫学研究だけで疾病発症の関わりを明らかにすることは難しいであろう。
さらに、生活習慣の介入研究も必要である。介入研究では一般集団を対象として、食事要因や その他の生活習慣の改善による効果を検証することが必要である。さらにハイリスク者に対する 特定の生活習慣の改善や予防医薬品などの効果、あるいは検診の効果などの検証が木目細かく行 われることも必要である。
生活習慣は長い時間をかけて形成されてくるだけに、その是正は容易ではない。人の心理や行 動を考えた生活習慣改善の手法の開発、必要な行政施策やその効果なども研究課題となろう。従 って、研究は疫学の専門家だけではなく、臨床医学、栄養学、スポーツ医学、行動科学、健康教 育学、行政などの幅広い分野の研究者や専門家の共同で行われるべきである。
3.健康教育・食教育の重要性
今後の日本人の健康問題を考える時に、若い世代の栄養状態に対して危惧を抱かざるを得ない。
毎年の国民栄養調査や地域や対象を限定した栄養調査研究などをみると、若い世代の食生活はか なり問題があるように思われる。国民栄養調査では、ビタミン、ミネラル、食物繊維などの摂取 が栄養所要量や目標摂取量を充足していないことを示している。また、学童・生徒の食生活調査 によると、小学校5年生では給食のある日ではかろうじて栄養所要量を充足しているが、給食の ない日ではカルシウムや鉄の不足がみられる。中学生では男女とも給食ではカバーしきれない状 態になっている。ダイエット指向の低年齢化なども指摘されているが、家庭における食事の貧し さがもっとも根本的な理由であろう。
こうした状況に対して、文部科学省では義務教育の中で食教育が必要であると考えている。「健 康日本21」においても健康教育や食教育の項目をみることができるが、実際には学校における 教育について具体的な提案にはなっていない。現在のところ、中高年を対象とした地域における 支援体制や拠点機能の整備が中心となっている。中高年に対する健康教育や食教育も疎かにはで きない課題ではあるが、学校保健教育や家庭教育との連携を検討すると、簡単にふれられている だけである。このように、学校教育の中で子どもたちの食に対する意識や関心を高めていくこと はとくに重要な課題と考えられているが、現状では具体的な施策とはなっていない。 他方、 食育
及・充実が目的とされている。しかし、現実には給食が単なる食事の提供に終わっているところ に問題があるのかもしれない。学校給食法の理念が現実の制度の中で生かせるようになっていな いことが、根本的な問題であろう。勿論こうした中にあって、食教育の重要性を認識する学校栄 養士が様々な取組みをしている事例も存在するが、多くの学校では食教育が教育の一貫として捉 えられていないように思われる。
家庭における食事の充実は学校と地域の両面から支援することが必要であろうが、どのような 方法が必要か、あるいはその効果の検証なども研究課題である。女性の社会進出が原因とする論 調もあるが、子どもの食教育は女性や母親の責任とする考えでは食のみならず自立した人間形成 にはつながらないことも強調しておきたい。
こうした問題は予防医学の範疇からははずれるのかもしれないが、広く国民の健康問題を考え る時には避けてとおれないように思われる。 学校や地域でのこうした活動が行いやすいような制 度や支援を確立することが重要である。同時に関連分野の研究者からの支援も必要ではないだろ うか。
4.適正な情報発信に対する責任
今日、食や健康に対する情報が溢れている。その中には国民を迷わすものも少なくない。むしろ 科学的な根拠がはっきりしないような情報の方が多いかもしれない。予防医学、栄養学、食品学 などの研究者が適正な情報を発信する責任を持つようにするためには、どうすればよいのだろう か。これは一部には研究者のモラルの問題でもあるが、国民の科学的な視点の欠如にも関連があ る。関連学会がその学問的な成果を国民に分かりやすく発信していくことも重要であろう。3に 述べた健康教育や食教育とあわせて、科学的な目をもつ消費者を育てることも教育の中で考えら れるべきであるように思われる。 そのことがひいては適正な生活習慣を確立する場合の基本姿勢 にもつながるように思われる。
5.行政との連携
2、3に述べた課題は予防医学分野に関わる研究者だけの責任で行えるものではない。厚生労 働省、文部科学省、農林水産省の行う政策と関連を持ちながら行われることが必要である。大規 模なコホート研究や介入研究には多額の研究費を必要とする。こうした研究には国や民間からの 研究費補助がなければ実現は難しい。 とくに2の疫学研究の項で述べたように、米国においては 政府が健康政策に必要な研究には多額の研究費を投じている。その成果が食事指針やそれをサポ ートする栄養ピラミッドなど分かりやすい形に具体化されている。その結果は着実に国民の意識 改革に結び付き、食行動に変化がおこり、さらに健康状態の改善をもたらしている。 米国とわが 国では人種的な違いだけではなく、食習慣や食文化、あるいは健康問題や国民性における違いなど を考えると、米国の経験や研究成果をそのまま当てはめることはできない。わが国独自の研究を ベースにして、展開されるべきである。
今回学術会議予防医学研究連絡会が研究者の意見を聴取されていることに敬意を払うとともに、
集約された意見に基づいて政府や関連学会に提案し、必要な研究や活動が具体化されることを期 待するものである。