第 5 章 本質的学習環境に基づく生徒の学習に関する予備調査
第 3 節 理解モデルによる生徒の学習に関する分析
5-3-1.課題と分析の目的
前節では,ある上位の生徒は本質的学習環境の学習において緩やかに改善してい った様相を示した.またその生徒の漸進性,後退性,不安定性といった特徴を示し た.第三に,同学年のなかでも生徒間の学習状況の差異が大きい例が示された.成 績上位の生徒は数のパターンを認識する素地を有しているが,成績下位の生徒はパ ターンを認識できず,計算練習に終始した.ここでより分析的な視点で複数生徒の 理解の特徴を同定する必要性を指摘する.
これを受け,本節では
Pirie and Kieren(1992; 1994)の超越的再帰モデルを援
用して,上記の生徒の特徴が複数の生徒にもみられるのか,そして各成績における 差異が大きいのかどうかに応える分析をおこなう.超越的再帰モデルは,生徒の内部に生起する理解を可視化して解釈するためのツ ールである.また,このモデルは生徒の理解の過程を水準化しており,生徒の活動 の様子や活動の記録,質疑応答から理解の過程を判断し,モデル上に表現しており,
生徒の理解過程が動的に視覚化され,教授的示唆を得るための記述性に優れている.
それゆえ生徒の解答記述の変化を可視化し,複数の生徒が有する学習の特徴を導出 するために,このモデルを援用する.そして得られる教授的示唆を第
1
次,第2
次 調査へと反映させていく.以上を踏まえ,本節では最初に,先行研究から
Pirie and Kieren
の超越的再帰モ デルの特徴や問題点を整理する.次に,本質的学習環境における数のパターン認識 に関する生徒の記述データから本モデルを再構成する.そして生徒の記述変化をモ デルにより表現し,特徴を同定する.これらの手順を踏んで,生徒の数パターンに おける理解の特徴を導出する.5-3-2.分析の手順
5-3-2-1. 理解モデルについて
数学教育において理解に関する研究は,
1970
年代以後の認知心理学からの影響を 受けて発展してきた歴史的な蓄積がある.たとえば,Skemp(1976)の「道具的理 解」,「関係的理解」を契機として,Herscovics and Bergeron(1988)の構成为義モ デルや,超越的再帰モデルの開発が挙げられる.日本では先進諸国における理解論争に刺激された平林(1978)による理解の仕組 みや類型論に関する議論がなされた.近年では従来の理解モデルの問題を克服しよ うと試みた岡崎(1998)の数学的理解の拡大均衡化モデルや,小山(2006)の数学
104
的理解の二軸過程モデルに代表されるように,数々の理解モデルが開発されてきた.
理解のモデル化の観点として,小山(1992)は不可視である認知的側面を対象化す るものと観察可能な行動変容を対象化するものであると二分し,それらの観点を図
5
-16にまとめた.
(出典)小山(1992).
図 5-16:理解のモデル化の観点
小山(1992)によれば,Pirie and Kieren(1992)の超越的再帰モデル以前の理 解研究は,理解の様相をスタティックに記述する傾向があったのに対して,彼らは 生徒の理解の過程をダイナミックに記述することを重視した.
Pirie and Kieren(1992)によれば本モデルは従来の理解モデルとは異なり,理
解は折り返しをくりかえしながら再帰的に発達する,複雑かつダイナミックな過程 ととらえられている.図5-17
に超越的再帰モデルを示す.様相
過程
認知構造の変容
行動の変容
手続き 数学的形式 概念 関係
具体的表現,操作的表現
数学的内容 図的表現,言語的表現
記号的表現
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(出典)Pirie and Kieren(1992)
図 5-17:超越的再帰モデル
このモデルにおいて生徒の理解発達は八つの水準に分割される.左の最小円が理解 の出発点となり,より高次な理解は外円で表現される.八つの水準は,初源的認識
(primitive knowing),イメージづくり(image making),イメージ所有(image
having),性質認知(property noticing),形式化(formalising),観察(observing),
構造化(structuring),発明化(inventing)である.このモデルは内容を問わず,
あらゆる段階の生徒の理解過程を水準の移行によって視覚化できると
Pirie and Kieren(1992)は述べた.
本モデルでは生徒の内面に生起する理解を外面化して,ダイナミックな理解の過 程が解明された.しかし,小山(1992)によればこのモデルには乗り越えるべき問 題がある.
まず,生徒の活動をモデル上で表現する方法が不明瞭である.そして,超越的再 帰モデルは複雑な理解の力動性を視覚的に表記できるものの,モデル上への理解曲 線の表記方法について明確な定義がなされていない.次に「規範性」と「記述性」
に関する指摘である.小山(1992)は,理解モデルが持つ規範性と記述性の二つの 性質を挙げ,生徒の理解過程を再帰モデルとして記述することができ,「記述性」の 特性を十分に具備していると述べた.一方で,教授,学習活動をよりよいものに高 めていくためには,「規範性」も兼ね備えておく必要性があると小山(1992)は指摘 した.実際,このモデル上で反省的思考(再帰)が理解水準の上昇に関与すること は視覚的に確認されるが,生徒の反省的思考をどのようにうながして 理解水準の上 昇に寄与できるのかという教授的示唆について論じられていない.
5-3-2-2. 生徒の活動にもとづく超越的再帰モデルの再構成 (1)理解モデルの再構成
本モデルには,生徒の記述の過程を可視化することで,記述の背景にある理解の
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側面へ迫ることができる利点がある.ザンビアという文化的,社会的文脈が先進国 とは異なる状況を考慮し,モデルに対する先の問題に応えながら,学習の実相にも とづきモデルを再構成して分析をおこなう.
生徒間の大きい学習差が前節で示唆されたため,学習段階の違いから生じる学習 の特徴や傾向についても示唆を得たいと考えた.第
9
学年A
組の37
名を通常の数 学の成績と平常点から上,中,下位群のカテゴリーに12
名,13
名,12
名と分けた.全
7
回のプリント学習の内容は,(1)整数の四則計算練習問題,(2)パターンの認識を 数で答える問題,(3)記述問題,の三つに大別される.特に着目したい記述問題では,
質問は「気づいた数のパターンについて自分の意見を述べなさい」の同一問題で,
難易度は一定であった.記述内容を分析して生徒の思考の側面に迫ることをめざす.
ここで,本モデルの水準とプリント学習の内容に関する生徒の記述との対応につ いて規定する.最初に,プリント提出率が
100%で,かつ様々な内容が観察された
上位群の生徒5
名の記述を抽出して,分類した.各記述内容を「数パターンの法則 をみつけること」を最終到達度とした.次に第
2
節におけるルーシーの答案にもみられたようにプリントには「白紙の状 態」,「感想の状態」があり,さらに「問題に合わない解答」,「数パターンを認識し ていると思われる箇所」,「正しい記述」が観察された.そこで,図5-18
の原型と なるアルゴリズムを暫定的に作成し,そのカテゴリー化のあと,水準を規定した.アルゴリズムに関しては,白紙かそうでないかを最初の分類の判断とした.記述 がある場合,意味が通じる記述かそうでないものかに分類し,数のパターンの記述 に近接する段階を設定した.その後,問題に答えていない数学的な解答や数のパタ ーンを認識していると思われるが「明確でない記述」,「明確な記述に近いもの」,「正 答」といった大きな区切りに分類した.それらを,記述分類の判断材料としてアル ゴリズムに組み込んだ.一方で,問題に合わない解答や,数パターンの曖昧な認識 において,判断材料に欠けているため,細部まで分類ができない内容もあった.
次に,同様に成績下位群の生徒
12
名と中位群5
名の記述をアルゴリズムにしたが って,数パターンの認識のカテゴリーへ分類した.その際,アルゴリズムに入りき れない記述については,新たに項目を加え最終的に図5-18
のアルゴリズムを完成 した.このような記述の分類作業を,アルゴリズムを通しておこない,記述水準と カテゴリー分類を最終的に表5-3
に設定した.107 解答が白紙であるかどうか
Yes No
カテゴリーA:白紙 文章が完結しているか
Yes No
記述内容:数学的な気づきがあるか カテゴリーB:文章未完成
Yes No
どのような数学的内容か? どのような内容が書かれているか
カテゴリーC:感想 数のパターンや関係性に関する記述があるか
Yes No 具体的な説明があるか
カテゴリーD:計算手順説明 カテゴリーE:計算関係性説明 カテゴリーF:前回問題の影響 カテゴリーG:その他の数学的内容
Yes No
カテゴリーH:正確ではない数のパターン認識 カテゴリーI:数の大小や差異の気づき カテゴリーJ:数のパターンの曖昧な記述 説明の内容
カテゴリーK:補足的手段(例や矢印を用いた記述)
カテゴリーL:パターン性のある数の変化を抽出 カテゴリーM:数パターンの法則を記述
(注)B,C,D-G,H-Jはそれぞれ並列の関係.
(出典)筆者作成.
図 5-18:記述部分のカテゴリー分類のためのアルゴリズム