第 3 章 関連先行研究のレビュー
第 2 節 基礎的能力に関する研究のレビュー
四則計算は数学教育の視座から,基礎として位置づけられる.ザンビアの数学シ ラバスでも四則計算が重視されていた(表
2-10
より)ことから,基礎のなかでも 特に四則計算に注目して先行研究を整理する.アフリカ諸国やザンビアにおいて数学に関する先行研究はほとんど存在しないこ とから,日本をはじめとする先進諸国の知見をまとめる作業をおこなう.ザンビア と社会文化的背景が異なる先進国における知見は,必ずしもザンビアの教育状況に あてはまらないが,第
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章において授業開発の成果を論じる際に先行研究の異同を 検討して,考察を深めることを考えた.3-2-1.日本における四則計算に関する研究
日本の小学校における四則計算に関する研究は,多岐に及ぶ.事例や教育教材を
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紹介した文献を分類すると,ドリル形式の計算の習熟を目指したものと,計算の仕 方や意味を理解させるものの二種類に大別できる.ドリル形式の計算の習熟では,
羅列された計算式を時間を測ってより正確に練習する方式や(筑波大学附属小学校 算数研究部,2007),100ます計算や
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ます計算(山田編,2003)などがある.計 算の仕方や意味を理解させる計算の練習では,フラッシュカードや数の合成,分解 を理解させる補助的な計算をとりいれることで,計算の仕方を定着させる方法もお こなわれている(山田編,2003).日本の数学教育学研究においては,近年では加減法よりも乗除法(特に除法),整 数よりも小数や分数に焦点をあてた実践的研究が実施されている10.小数や分数の演 算が整数のそれよりも困難であることがその背景にあると考えられる.
全体的な傾向として,機械的なアルゴリズム習得をめざしているのではなく,計 算の学習を通して数学的コミュニケーション能力の育成を意図した研究(岸本,
2005)
や,計算の意味,理解を深める研究(市川,2003;馬場,2005;中野,2005;大西 他,2005;向山,2006;石田他,2008)がおこなわれてきた.また,学習指導要領 で導入された「活用する力」を重要視した計算に関する研究(吉田,2009;鈴木,
2009;浮田,2010)もおこなわれている
11.計算の意味や理解を重要視した研究が多い背景には,学習指導要領の影響がある.たとえば小学校の算数の学習指導要領
(2008)において「計算の意味を理解する」ことが各学年の目標に定められている ことと,小学校算数科の大目標である「日常の事象について見通しをもち,筋道を 立てて考え,表現する能力を育てる」や「活用する」が,計算の指導の際に留意さ れており,上記の研究にも関わっていると考えられる.
総じてわが国の計算に関する研究において,整数の計算ができるという技能習熟 のための研究は尐なく,分数や小数の計算の意味や理解に焦点をあてた研究が確認 された.
3-2-2.他国における四則計算に関する先行研究
ほかの先進諸国の数学教育学研究においても,計算に関して多くの知見が蓄積さ れている.ここでは
Educational Studies in Mathematics
(ESM
),Journal for Research in Mathematics Education
(JRME
)を中心として先行研究を整理した12.10 全国数学教育学会誌『数学教育学研究』,日本数学教育学会誌『算数教育』,『新しい算数研究』から 2001 年から2010年における四則計算に関する論文を整理した.
11 そのほかに計算に関する実態調査や学力調査に関する研究もあったが,ここでは触れない.
12
JRMEはアメリカのthe National Council of Teachers of Mathematics(NCTM)が発行しており,研究
報 告 を は じ め ケ ー ス ス タ デ ィ , 大 規 模 調 査 , 哲 学 的 , 歴 史 的 研 究 と 内 容 が 多 岐 に 渡 っ て い た . 一 方 で
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手順として内容を包括的に把握するために
ESM
において1970
年代から2004
年 までの計算に関連した論文を147
件収集し.次にそれらのタイトルと要約から整数 を扱った36
件に絞り,方法や内容を整理した.次にJRME
において1990
年代から2000
年代の論文を対象にして四則計算の用語を検索し,計算について関連性のある 論文21
件を抽出した.内容を分類するなかで,いくつかの先行研究で参照された重 要だと思われる過去の研究については,追加で収集,整理した.内容が多岐に及ぶため,加法,減法と乗法,除法の二つに分けて論じていく.
3-2-2-1.加法,減法
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世紀において数学における基礎的概念やその周辺領域についての学習指導に関 わる研究が多く実施され,加法と減法もそれに含まれた.アメリカやヨーロッパで は1900
年から1970
年にかけて計算の誤答に関する研究がおこなわれてきた(Fioriand Zuccheri, 2005). 1980
年代には構成为義的視座による就学前段階,初等段階の 生徒の概念や技能獲得に関する研究が発展,深化を遂げた(Mulligan, 1992).そこ では数概念だけでなく,問題の文脈によって異なる計算の方略を解明する事例研究 が数多くおこなわれてきた.そして2000
年代に入り,誤答分析に関する研究はふた たび興隆の兆しをみせている.1970年代では,誤答は生徒の発達に対して否定的に とらえられたが,近年では生徒が知識を構成するうえで自然に生じる段階であり,そ れ は 避 け ら れ な い と す る 構 成 为 義 的 立 場 か ら 研 究 が お こ な わ れ て い る と い う
(Fiori and Zuccheri, 2005).
先行研究では为に計算方法と方略の探究が为題であった.従来,計算方法は筆記 されたアルゴリズム(筆算),インフォーマルで書かれたもの,暗算の三種類がある とされてきた(Plunkett, 1979; Selter, 2001).アルゴリズムは組織的な方法で,小 さい位から各桁を計算する方法である.インフォーマルで書かれたものと暗算の違 いは明確には定義されていない(Selter, 2001).これらの方法間の関連性と重要性 は多くの研究で指摘されている(cf:Plunkett, 1979; Baroody, 1989; Thompson,
1997; Beishuizen and Anghileri, 1998).
近年では
21
世紀の社会において,これまでと同様に筆算は重要視されるべきなの か否かという論議が巻き起こり,暗算が注目され始めている(Neuman, 1999).たとえばイギリスでは国家カリキュラムにおいて暗算の重要性が指摘され,生徒 の暗算方略の研究がおこなわれた(Foxman and Beishuizen, 2002; Threlfall, 2002;
Murphy, 2004).デンマークでは伝統的な筆算形式がカリキュラムにおいてもはや
Educational Studies in Mathematics(ESM)は,実践的プログラムよりも教授学的,方法論的,教育学的 内容に比重を置いていた.
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重要視されていない(Selter, 2001).アメリカ,オーストラリア,ニュージーラン ドでも暗算に関するプロジェクトが盛んにおこなわれている(Irwin and Irwin,
2005).
このように時代と社会的要請,カリキュラムに関連して筆算や暗算といった計算 方法の優先性が議論されている.
次に,計算方略に関しては既に多くの蓄積がある(Selter, 2001; Foxman and
Beishuizen, 2002; Irwin and Irwin, 2005; Torbeyns, et al., 2009).Ellerton and Clarkson
(1996) によれば特に20
から100
までの数における加法,減法の暗算方 略についての知見は蓄積され(e.g. Fischbein et al., 1985; Hope, 1987; Hope andSherril, 1987; Kouba, 1989; Fuson, 1992; Beishuizen, 1993; Gray and Tall, 1994;
Mulligan and Mitchelmore, 1997; Selter, 2001; Torbeyns, et al., 2009),現在は数
桁からなる加法と減法の方略に関して探究されている.生徒の計算方略は研究によって用いる用語や分類に若干差があるものの, おおか た,次の分解(decomposition),連続(
sequential),ショートカット方略(shortcut strategy)の三分類
13に分けられる(Torbeyns, et al., 2009).分解は加数と被加数を各位に分けて別々に加え,最後にすべてを足す方法である.
連続は二数がある場合,一方の数はそのままで,もう片方の数を各位に分けて計算 する方法である.
ショートカット方略は生徒の数の関係や習熟の程度により和や差を柔軟に適用す るやり方である.たとえば,典型的なショートカット方略には調整(compensation)
と間接的加法(indirect addition)がある.調整は計算が容易にできる
5
や10
の倍 数に合わせて数を加えたり引いたりして計算し,最後に加えた分と引いた分を微調 整する方略である.間接的加法は为に減法の場面で使われる.二数の間の差を加法によって段階的に 求めていく方法である.これらの方略を次に
73+18
と73-18
の例を用いて整理し た.分解
73+18= |70+10=80,3+8=11,80+11=91
連続73+18= |73+10=83,83+8=91
ショートカット方略 調整
73+18= |73+18=70+20+3-2=90+1=91
13
Selter(2001)における分類では分解は階段的(stepwise),連続はHTU(hundreds, tens, units, 階段的
と連続の混合(htu and stepwise),調整(auxiliary task),単純化(simplifying), 間接的加法(adding up)
と表現した.一方,Foxman and Beishuizen(2002)では完全な数(complete number)と分けて加法(separate addition)の二つに分類したうえで,それぞれを細かく分類した.
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ショートカット方略 間接的加法 73-18= |18+50=68,68+5=73,
50+5=55
これらの計算方略に関する研究は認知心理学的アプローチからの貢献によるとこ ろが大きい.さらに近年,生徒たちの方略に関して発展的な研究がある.それは社 会文化的要因に生徒の計算方略が影響を受けると为張するものである.いくつかを 例に挙げる.
第一に生徒が受けた授業でのアプローチによって方略が影響を受ける事例が示さ れた.探究型や問題解決型の授業を受けた生徒たちは,数桁の加法と減法 で問題に よって異なる多様な方略をおこなう一方で,技能を重視する授業を受けた生徒たち は,教師が指導した分解の方略や連続的方略で問題を解いたことが明らかになった
(Klein, et al., 1998; Blöte, et al., 2000).
第二にアルゴリズムを学習した場合,同じ方略を用いて生徒が未知の問題を解く 事例である.Selter(2001)はドイツ初等学校生徒が用いた
3
桁の加法と減法の方 略についてとりあげた.普段から技能習熟型の授業に慣れていれば,生徒たちは3
桁の加減の計算方法を学習していなくても,筆記のアルゴリズムを用いて解答する ことを明らかにした.それに対して一部の生徒たちは定式化されていない方略を用 いて柔軟に計算したことも明らかになった.第 三 に学 校 で学 ぶ数 学と 学 校外 を繋 げ る研 究で あ る (
Plunkettt, 1979; Hart, 1981; Scribner, 1984; Carraher, et al., 1987; Nunes, et al., 1993).大人たちは日常
生活において独自の方法を応用して計算した.それらは学校で学んだアルゴリズム や方法ではなかった.ブラジルの生徒やイギリスの11
歳から16
歳の生徒たちは,学校で学んだ方法を用いず,学校の方法を修正した方法やまったく異なる方法で計 算したという結果もある.
第四に問題文脈によって生徒が用いる方略が異なる事例である.筆記試験では,
生徒たちが用いる方略をくまなく検証することはできない,という为張である.
Blöte, et al.
(2000)は生徒の加減の方略を評価する目的で筆記試験のほかに二つの問題を与えたところ,筆記試験の形式ではない問題では,生徒たちは柔軟に問題を 解いたことがわかった.
これらの社会文化的視座からの数学教育の事例研究は文脈や状況により,生徒が 異なる対応をみせるという点で,ザンビアの数学授業を分析するうえで示唆に富ん でいる.
そのほかにも