第 3 章 関連先行研究のレビュー
第 3 節 本質的学習環境のレビュー
第
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節においては,前節の四則計算のみを扱った研究とは異なる視点で計算をとら えた「本質的学習環境」に関する先行研究を整理する.本質的学習環境は数学教育 学の理論的側面と実践的側面を統合する可能性を有した教授単元であり,教材群で ある.Wittmann(1984; 1995; 2001a; 2001b; 2004; 2005; 2006; 2007; 2009
)は「全 体論的アプローチ」,「パターンの科学としての数学」,「デザイン科学としての数学 教育学」といった数学教育の理論的基盤を学際的な見地から構築し,本質的学習環 境の基盤を整備した.本節においては本質的学習環境の理論的,実践的側面を論じる.まず,本質的学 習環境の理論的基盤について述べ,日本における関連先行研究を整理する.次に本 質的学習環境の特性に関する
Wittmann
の論を確認したあと,教材「数の石垣」を 例にして計算練習と数学の高次な能力の同時的な育成がどのようにしてなされるの か,その独自性を論じる.第
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章にてザンビアの教育内容と本質的学習環境の関連性とその援用可能性を論 じるため,本章ではザンビアの文脈には触れず,ドイツの文脈における本質的学習 環境に焦点づけて整理する.3-3-1. 本質的学習環境に関する理論的考察
本質的学習環境はドイツの数学教育学者である
E.Ch.Wittmann
が中心となって 研究開発されてきた.Wittmann はこれまでに本質的学習環境とその理論的基盤に 関する多くの論文(Wittmann, 1984; 1995; 2001a; 2001b; 2004; 2005; 2006; 2007)を発表している.Wittmann は理論とともに,本質的学習環境の設計をはじめとす る実践的研究を実施し,その成果である数学の教科書『数の本(Das Zahlenbuch)』
(Wittmann and M
ü ller, 2000)も出版した.この数学教科書はドイツ内外で好評を
博し,ドイツの全州はもとより,近隣諸国においても使用されている.日本でも本 質的学習環境は数学教育学者の関心を引き,関連する研究が数多くなされてきた.日本の研究については後述する.
さて,具体的な本質的学習環境について述べる前にその前提となる
Wittmann
の 数学観,数学教育観を網羅しなければ,木をみて森をみずということになりかねな い.したがって,まず本質的学習環境をとりまく理論的側面について整理する.3-3-1-1.Wittmann の数学教育観
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結論を言えば,本質的学習環境は
Wittmann
が考える理論を具現化した教授単元 であり,また同時に理論的概念でもある.その数学教育観はWittmann
(1995; 2001a)に 詳 し く , 理 論 と 実 践 の 乖 離 , デ ザ イ ン 科 学 , パ タ ー ン と し て の 数 学 ,
MATHEMATICS
とmathematics
など広範に及ぶ理論が論じられている.(1)プロジェクト mathe 2000
本質的学習環境と関連がある本プロジェクトにおいて最初に触れておきたい .
mathe 2000
は数学教育の発展を求めるドイツの学校教育を対象にした研究プロジェクトである14(Wittmann, 2004).プロジェクトでは全体論的アプローチ15による 幼児教育から高等教育に渡る数学教育のカリキュラム開発と,数学の授業開発研究 が実施されている.
mathe 2000
において,数学教育学はデザイン科学としてとらえられ,次の三点が为要な活動である.それらは,(1)本質的学習環境とカリキュラムのデザイン,(2)授 業における生徒の思考とコミュニケーションに関わる実証的研究,(3)教師教育を含 む実践的活動を関連づけた実施,である.
また,mathe 2000は過去の数学教育の知見や蓄積を踏まえて,認識論的視点,社 会,心理学的視点,実践的視点,生命論的視点により展開されている.具体的には ガイドラインとしての数学の基本的考え方(認識論的方向性),構成的,社会的プロ セスとしての学習(社会心理学的方向性),学習プロセスを組み立てるような指導(実 践的方向性),教師との協力,連携(生命論的方向性)である(Wittmann, 2004).
Dewey
の資本为義社会における教育の位置づけと社会的実践,Kuhnel の「指導と受容」から「組織化と活動」の転換(Wittmann, 2001a; 2001b),Piagetの発生 的認識論,生徒の構成的活動,Freudenthal の人間の活動としての数学,がこれら の視点の基盤となっている(國本, 2006d).
これらの思想的基盤にもとづく
mathe 2000
の基本方針は,(1)数学の基本的アイ デアと教材の焦点づけ,(2)活動的-発見学習と社会的学習,(3)学習過程の組織化で14 mathe 2000のホームページhttp://www.mathematik.uni-dortmund.de/ieem/mathe2000/neu.htmlにプロ ジェクト開始と発展について記されている.
15 高橋(1996)によれば1926年に哲学者スマッツがホリスティック(全体論的な)という用語を用い,「あ る部分をいくら積み重ねても,決して全体には到達できない.なぜならば,全体は部分の総和よりもはるか に大きなものだからである」(高橋,1996,p.22)と述べた.國本(2001)によれば全体論的アプローチの 重要な点は次の三点に集約される.(1)最初に学習内容の全体像を与え,常に学習内容を関連づけ,最後に学 習過程を振り返ること,(2)教科を超えた,数学の領域での,問題レベルでの学習内容の強い関連づけ,(3) 斬新的シェマ化,とよばれる多様なコースによる学習である.
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ある教授,(4)実践との緊密な関係の四つである(Wittmann, 2004).
(2)デザイン科学としての数学教育学
Wittmann
は,数学教育学はデザイン科学であるととらえている(Wittmann,1995).デザイン科学はサイモン(1969)による科学のとらえ方で,もともとは科
学として認識されていなかった経営論を理論化するための概念であった.サイモン は自然現象を対象とした自然科学とは一線を画する,人為性のあるものや現象を研 究する学問をデザイン科学と規定した.自然科学が自然を読み解く論理体系の確立 をめざしているのに対して,デザイン科学は物体,現象が如何にあるべきかについ て探究する科学である,とサイモンは位置づけた.この認識のもと,サイモンは自然科学とデザイン科学を明確に区別した.サイモ ンは人工物を「自然と人間の関係を踏まえ,人間のある種目標や目的を適応するも のである」(サイモン, 1969)と説明している.
またサイモンは「思考活動や問題解決行動に含まれている他のいっさいの事柄は,
-経験を通じて学びとられ,デザイン上の改善策をみつけることによって次第に改 良が加えられていくという意味で-人為的である.」(サイモン
, 1969, p.99)と述べ,
人工物の改変をめざす行為を探究する過程がデザイン科学の核心であると为張した.
サイモン(1969)によるドイツの工科学校の例を挙げ,
Wittmann(2004)はサ
イモンに次のように賛同した.《人工物に関して指導を行うことが技術学校に科せられた仕事である.つまり,ど のように期待される特性を有する人工物を作り出すのか,どのようにデザインを 行うのかといったことである.人工物が特に有する特徴は,その人工物 の内部に ある自然法則と,外部にある自然法則の間にある,微妙な共通領域内にみられる.
人工的な世界は,その内部環境,外部環境の境界にある共通領域内の中心に位置 しているのである.それは内部環境を外部環境に適合することにより目標を達成 することに関連している.人工物に関する研究は,環境への手法を適合させる方
法であり,それはデザインそれ自身の形成過程が中心に置かれている》
(Wittmann,2004, p.3)
さらに
Wittmann(2004)は数学教育学がデザイン科学であることの二点の根拠
を挙げている.第一に教育は社会発展の条件として欠かすことはできず,医学や工 学などの応用性を持つ学術分野と同様に科学的基準のうえに成立していること,第 二に数学は社会でいとなまれる教育の中心に置かれていることを指摘している.
数学教育学をデザイン科学だとみなせば,サイモンが述べた人工物は数学教育に
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おいて本質的学習環境であると
Wittmann(2004)は断言し,内部,外部環境に関
してはそれぞれコアと関連分野という言葉を対応づけた.数学教育学のコアに関して
Witmann(1995)は明確に述べるかわりに,次のコアの構成要素を挙げた.
(1)数学的活動の分析と思考の数学的方法の分析
(2)数学化する,問題解決する,証明と実践的な技能に関しての局所的な理論の発達 (3)生徒が学習しやすい内容の探究
(4)数学指導の一般的目標を考慮した内容の批判的検証と正当化 (5)学習の前提と学習指導の過程に関する研究
(6)本質的教授単元,教授単元の類,カリキュラムの開発と評価 (7)授業の計画,指導,観察と分析に関する方法の発達
(8)数学教育史
(Wittmann, 1995,pp. 356-357)(6)に注目すれば,本質的学習環境の前身である本質的教授単元,教授単元がある.
Wittmann(2001a)は「本質的学習環境の設計は算数,数学教育のまさに中心に位
置づけられるべきである.研究,開発,教師教育は組織的なかたちで本質的学習環 境と意識的に関連づけられねばならない」と強調した.つまり本質的学習環境の開 発や実施は数学教育の核に位置づけられているといえる.また,ほかの七つの構成要素に言及すれば授業での学習,指導と授業を基盤とし た実証的研究の必要性を
Wittmann
は为張し,そのなかで実践的側面を意識してい る.Wittmann
はこの実践と理論との健全な関係性を図3-1
にあらわしている.(出典)Wittmann(2001a),p.5 図 3-1:本質的学習環境による理論と実践の生命論的関係
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さて
Wittmann
は数学教育の理論と実践の乖離に対して危機的意識を持っており,図
3-1
に示すように本質的学習環境がコアとして数学教育の理論と実践の溝を埋 める可能性を有しているという.《理論,実践間の強力で持続できる体系的な相互作用を組織するために,我々は共 通のコア-それは数学と数学教育と同じように理論と実践が分けられず,お互い が関連し合って浸透しあうもの-をみつける必要がある.本質的学習環境はこの 目的をきわめて自然に有している.》
(Wittmann, 2001a, p.4)
この記述から本質的学習環境は理論を実践の関係を活性化させ,緊張関係を有し ながら相互関連させることで,数学教育学の発展や深化へ貢献する,と
Wittmann
がみなしていると解釈できる.コアと外部関係について話を戻すと,外部環境が関連学問分野であることに対し て,数学教育学の学問的基盤に数学,教授法学,教育学,社会学,心理学といった 周辺学問領域が密に関連していると
Wittmann
は認めている.そのコアと関連学問 領域の関係を図3-2
に示した.(出典)Wittmann(1995),p.357.
図 3-2 : 数学教育学のコアとほかの関連学問領域の関連図
しかしながら,ほかの学問領域の方法を完全に模倣して数学教育に適用し続けれ ば,数学教育の学問的発展は妨げられると