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10.01   1998年9月に公表されたカナダ移民・難民委員会 (IRB)の報告書が述べたと ころによれば、 バングラデシュにおける当時の治安部隊の組織は、警察およ び次の4つの援軍組織で構成された。それはバングラデシュライフル隊(BDR)、

武装警察部隊、警察予備隊および村落防衛隊である。警察および2つの準軍事 部隊、すなわちBDRおよび警察予備隊は主として法と秩序の維持を担当する。

[3f] (4.1項) USSD 2004 報告書の記録によれば、2004年に、武装犯罪集団を扱

う能力を備えた緊急行動隊(RAB)という、新たな警察単位が創設された。こ れは様々な法執行機関および軍を含む保安機関職員で構成される。またUSSD 2004 の述べたところによれば、「警察および民兵組織は、主として国内治安 を担当する内務省の管轄である。軍は対外安全保障に加え、場合によっては国 内治安を担う場合もあった。」 [2d] (概要および1d項) USSD 2006 報告書 が述 べたところによれば、「文官当局は治安部隊に対する有効的支配権を概ね維持 した。」 [2a] (概要)

警察と準軍事部隊 (別称『統合部隊』)

10.02   『バングラデシュ軍』のウェブページ(2006年10月7日にアクセス)によ れば、バングラデシュ警察は全国の警察署管区の下に服する 11 万 6000 人の 職員から構成され、内務省の管轄下にある。[71] 上記に言及した1998カナダ IRB 報告書によれば、警察署は上階級と低階級に分類され、大まかには軍の士 官と下士官のようなものである。上級警官は相対的に十分な養成訓練を受けて おり、給与が高く、署内の重要な地位を占めるのに対し、低階級は相対的に養 成訓練が不十分で、低装備かつ低賃金な上に重労働を課される。 [3f] 緊急行 動隊のウェブページ(2007年8月28日にアクセス)によれば、インドの728 人当たり 1人、およびパキスタンの 625人当たり 1人に比して、バングラデ シュは人口1200人当たり1人の警官という状況である。[70]

10.03   様々な準軍事的補助部隊に関する以下の情報は、緊急行動隊のウェブサイト

[70]、バングラデシュライフル隊[72] および非政府組織のウェブサイト、バン グラデシュ軍[71] (いずれも 2006 年 10 月にアクセス)、Jane’s Information Group [83] ならびに2007年5月に更新された米国国務省の 『背景覚書: バン グラデシュ』から入手した[2e]:

緊急行動隊(RAB): 緊急行動隊は、武装犯罪集団を扱う能力を備えた特殊犯罪 防止攻撃部隊として2004年3月に設立された。内務省の下で機能し、主とし て警察および国軍から引き抜かれた職員で構成される。 [70] [71] [83a] 2006 年 12 月のヒューマンライツウォッチの報告書が述べたところによれば、主要 都市中心部には総力 8,500人を擁する12のRABが設置されている。RAB隊 員は特殊部隊の養成訓練を受けた経験を持ち、最新設備を装備する。[10c] (第1 項) 2005年6月の自由の家 報告書 が述べたところによれば、RABは設立当初 から犯罪組織員に抗する攻撃的戦略を追求してきた。それはいわゆる『クロス ファイア』事件での大量殺人につながった。[65a] (p78) 200612月のHRW 報告書 が述べたところによれば、「2004年3月の結成以来、この部隊は少なくとも350人の拘禁者の 非合法的殺人および数百件に上る拷問の訴えに関与してきた。」[10c] (第1項) 2007年3月 のNGOOdhikarの推定によれば、2004年3月以降、合計409人がRABに殺 害され、うち386人はいわゆる『クロスファイア』の被害者である。伝えられ るところによれば、2006年10月に選挙管理内閣 が政権を握って以来、81 人 がRABの手にかかって命を落とした。[46e]

(以下の拷問、 超法規的殺人および説明責任を参照のこと。)

バングラデシュ警察予備隊: 警察予備隊は当初1948年に結成され、法と秩序 の維持において警察を支援し、農村地域の民生活動プロジェクトに参加すると 共に、戦時には武装軍と行動を共にする内務省の指揮下にある軽武装部隊であ る。現在全国の部隊におよそ2万3,000人の警察予備隊がある。 [71]

バングラデシュライフル隊(BDR): この準軍事部隊の主な役割は、密輸防止お よび人身売買防止活動を初めとする国境警備である。 [71] BDRは違法銃器の 回収や投票所の警備等、様々な『治安』業務において警察の協力要請を受けた こともある。[72] 報告されたところによれば、BDR は 4 万人の隊員を擁し、

内務省の管轄下で主として軍の出向士官の命令に従う。 [2e] [72]

村落防衛隊(VDP): VDPは1976年に創設され、バングラデシュの各村落の男 性小隊および女性小隊各1隊ずつで構成される(小隊ごとに隊員32人) 。 都市型の VDP は「町防衛隊(TDP)と呼ばれ、都市部の『区』の小隊で構成 される。VDPの役割には、警察および援軍部隊に助力して法と秩序を維持し、

社会経済の改造に向けて政府機関と協力し、また自然災害の発生時に民間行政 を支援することなどがある。 [71]

(注: 『Kobra』および『Chita』と呼ばれることもある『Cobra』および『Cheetah』

は、バングラデシュ警察内の部局である。 [38aa])

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恣意的逮捕と拘禁

第14項: 恣意的逮捕と拘禁– 法的権利および第17項: 反対派集団と反対政治勢力も参 照のこと。

10.04   USSD 2005 報告書によれば、 「恣意的逮捕は日常茶飯事だった。警察は

抗議デモの期間前および期間中、いかなる法的権限も引き合いに出すことなく 反対勢力を次々に拘禁し、抗議運動が終結するまで身柄を拘束した。… 警察 は[2005年]に、政治的理由で1216人を逮捕し、その大多数は釈放前の短期間、

身柄を拘束された。」 [2f] (1d項]

拷問

10.05 USSD 2006 報告書 が述べるところによれば、

「法は拷問および残忍、非人道的かつ品位を傷つける処罰を非合法化するが、

治安部隊、RABおよび警察は、逮捕および取り調べ中に、日常的に過酷な扱 い、ならびに精神的虐待を日常的に行使した。虐待は脅迫や殴打、電気ショッ クの利用から構成される。人権組織によれば、治安部隊はその年に45人を拷 問し、うち14人が死亡した(1.a.項、1.d.項および2.a.項を参照)。 政府が責任 者の行為を非難し、説得または処罰することは極めて稀であり、刑事免責の風 潮は警察がかかる虐待行為を続けることを可能にした。」 [2a] (1c項)

『拷問と刑事免責』と題された 2000年 11 月付けのアムネスティインター ナショナルの報告書によれば、

「拷問は歴代政府の下で広く行われてきた。政府および野党はいずれも過去 現在を問わず、その慣行と防止に取り組む重大決意を示したことはない。」

[7c] (概要)

「バングラデシュの人権擁護団体間には、拷問は政治的腐敗、非識字率、未 開発および貧困の所産であるという共通の合意が存在する。どの政党もその構 成員でない人民の人権侵害にはほとんど関心を示さない。」 [7c] (第9項)

「バングラデシュの歴代政府は拷問を助長する古い法制を維持し、同じ役目 を有効に果たす新たな法律の制定を強く望んできた。かかる法制の1つは、警 察がいかなる者も逮捕証なしに逮捕し、24時間拘禁することを可能にする、

バングラデシュ刑事訴訟法(BCBP)1898の第54節である。」 [7c] (7.2項)

アムネスティインターナショナルの(2003年の出来事を網羅する)2004年 年次報告書が示した意見によれば、「拷問は依然として広い範囲で行われてい た…政府は拷問を防ぐ防護策を実施することができなかった。被害者は犯罪容 疑者、児童および政治的理由による被拘禁者などであった。拘禁中の死者は少 なくとも 13人に上った。伝えられるところによれば、警察は拷問のせいで死 亡したという申し立てを否定したという。」 [7j] (p1)

10.06   バングラデシュトラウマ被害者社会復帰センター(BRCT)がその報告書『バ

ングラデシュの人権状況2003』の中で報告したところによれば、2003年には、

バングラデシュの(警察、準軍事部隊および軍を含む)法執行機関は419件の

「事件」において1296人に拷問を加えた。これらの事件のほとんどに警察職 員が関与した。報告書が具体的に述べたところによれば、「拷問方法として、

警棒、銃床、銃弾、催涙弾、暴言、殴る蹴るの暴行を行使した」(原文のまま)。

[63]

10.07   イギリスを拠点とする NGO、 Redress Trustは2004年 8月に「バングラ デシュで発生した拷問1971-2004」と題された報告書を作成した。同報告書が 特に観察したところでは、

(a) バングラデシュは  拷問およびその他の残虐な、非人道的な若しくは品位 を傷つける取扱いまたは刑罰を非合法化する条約(CAT)および市民的および政 治的権利に関する国際規約(CCPR)を批准したが、多くの報告書が示唆したと ころによれば、拷問の慣習は衰えることなく続いており、加担者にはほぼ完全 な刑事免責が存在した。[34] (概要)

(b) 拷問その他の形態の虐待の主な加担者は、特に法執行機関と警察であると 思われる。軍および準軍事部隊、特にバングラデシュライフル隊(BDR)も業 務の過程で拷問を行使したと伝えられる。Chittagong丘陵地帯の反体制派はも とより、政党と関わりがある武装集団も、一部の事例で拷問を行使した。拷問 の実施は政権の如何に関わらず、1971 年からこれまで存続してきたように見 える。[34] ( II C項)

(c) 拷問に相当し得る虐待は、犯罪捜査の過程だけでなく、拘禁中の被疑者お よびその家族から金銭を引き出す手段としても頻繁に行使された。伝えられる ところによると、それぞれの政権下で政敵が虐待および拷問の対象になった事 例もあった。また不安の時代には、ジャーナリスト、デモ参加者、野党党員等 に対する組織的暴力は著しく増加した。宗教的少数派は依然として虐待の対象 であり、過激派集団の標的にされている。女性への暴力事件の発生率は高かっ た。[34] (II C項)

(d) 拷問が浸透した理由には、腐敗度の高さ、警察末端部門の長年にわたる暴 力行使の実施、養成訓練が不十分な警察および法的予防措置の不足などが挙げ られた。[34] (II C項)

(e) 拷問は憲法第 35(5)条で明示的に非合法化された。拷問に相当する特定の 行為を犯した公務員(警官を含む)は刑法の各条項、または適用可能な場合は

Dhaka 警視庁条例もしくは警察法に基づき告訴−および拘禁−されることも

ある。 (強姦または性的嫌がらせの犯罪は、女性および児童に対する暴力抑制 裁判所で審理される。)[34] (III B ii項)

(f) 治安判事裁判所(または警察)に提出された拷問関連の不服申し立ておよ びその後の法的措置に関する包括的な政府統計はなかった。多くの事件が依然 として報告されないままになっていた。申し立ての放棄を意図する被害者への 金銭供与を含め、警察の圧力により取り下げられた申し立てもあった。加害者 の告訴が成功した事例はごくわずかであった。問題として不十分な捜査、証人 の発見および医療証拠の入手における困難が挙げられた。拷問事件では、明ら かに法廷外で解決された事例がいくつか見られた。 [34] (IV B項)

(g) 高裁部は憲法上の権利が侵害された人民−拷問の被害者を含む−に補償ま たは賠償金を与え、加害者に対する刑事手続きをとる法的能力を持っていた。

[34] (III B ii項)

(h) バングラデシュ法は特定集団の公務員に対し、職務の履行において犯され た特定違反について刑事免責を提供した。『オペレーション・クリーン・ハート』

(2000年10月16日から2003年1月9日)の過程で犯された人権侵害について、

治安部隊の構成員に刑事免責を規定した[合同作戦部隊免責法]という規定法も あった。[34] (IV B i項)

(i) バングラデシュトラウマ被害者社会復帰センター(BRCT)および拷問生存 者社会復帰センター、バングラデシュ(CRTS,B)を初めとする非政府社会復 帰センターによる専門家の治療が拷問被害者に利用可能であった。 [34] ( III B ii 項)

10.08   2006年 12月のヒューマンライツウォッチ (HRW)の報告が述べるところに

よれば、緊急行動隊(RAB)の構成員は数百件に及ぶ拷問事件に加担したと見 られる。その報告書によれば、「RABによる拷問方法には、かかと部分 (falanga) その他の体の一部に、電気ドリルで穴をあけ、傷口を開くために電気ショック を与えるというものがあった。」HRW の報告によれば、少なくとも1つの事 例では、拷問の間医療従事者が同席し、被害者の蘇生治療−国際的に認知され た医療倫理の著しい違反を行ったということである。 [10c] (第IV項)

超法規的殺人

10.09 USSD 2006 報告書によれば、

「治安部隊は多くの超法規的殺人を犯した。警察、バングラデシュライフル 隊(BDR)および緊急行動隊(RAB) は不当な致命的武力を行使した。治安職員に よる殺人件数は減少したが、事件の多くは行政調査を受けただけであった。現 地の人権擁護組織によれば、刑罰に至った事件はなく、課徴金が課されたごく 少数の事件でも、有罪者の処罰は主に行政処分であった。その結果生じた刑事 免責の風潮は、依然として虐待および殺人の終焉に対する障害であった。報新 聞報道および法執行機関によれば、様々な法執行機関職員から構成される準軍 事組織、RABは355人の命を奪った。異常な状況下での死亡は拘禁中の被疑 者または警察の捜査活動中に発生した。しかし政府は、特定犯罪者の死亡事件 をRABまたは警察と犯罪組織間の銃撃戦と表現した。『クロスファイア』は 現地メディアでは特にRABによる超法規的殺人を表す婉曲表現になった。ク ロスファイアの新聞発表は同じ様な形式で報じられた。RABの構成員は容疑 者を逮捕または待ち伏せし、容疑者が逃亡を試みた時点でクロスファイアを浴 びせて殺害した。うち290人がクロスファイアに起因した355人の殺人事件 には法執行官が関与していた。RAB が担当したクロスファイア殺人は181件 に上り、警察職員が加担した事件は100件に上った。他の治安部隊によるクロ スファイア殺人が9件あった。法務・司法・議会問題相がRABまたは警察拘禁 下のクロスファイアは拘禁中の死亡とはみなさなくてもよいと述べた2004年 以降、殺人罪で起訴されたRAB構成員は1人もいなかった。新聞報道によれ ば、[2006年]には、RABに対し145件の正式な申し立てが提出された。同年 末の時点で、このうち45件は却下され、残りは未済であった。」 [2a] (1a項]

10.10   Dhakaを拠点とする人権NGO、Odhikanotedが 2007年4月 2日の記者発 表で言及したところでは、新聞報道によると、2007年 1月 1日から 3月 31 日の期間に法執行機関は79人の命を奪った。うち50人は『クロスファイア』

において殺害され、残る 29人のうち4人は軍による拷問で死亡し、伝えられ るところによれば8人は警察、2人は統合部隊、2人は海軍職員、そして1人 は麻薬取締り局による拷問で死亡した。伝えられるところによれば、他の6人 は法執行機関職員に拷問された後、搬送先の病院で死亡した。『クロスファイ ア』犠牲者のうち44人がRAB、5人が警察、そして1人が統合部隊に命を奪 われた。死亡した79人のうち7人がBNP、4人はアワミ連盟、8人が革新的 共産党、11人が東ベンガル共産党の分派、1人が地元指導者(Cholesh Richil)、

そして15人が小政党の手で命を失った。23人は強盗、麻薬売人、武器密輸業 者その他の犯罪者だと訴えられた。[46d] Odhikarの述べたところによれば、殺 人の多くは被疑者の拘禁中に発生した 。[46c]

10.11   ヒューマンライツウォッチは2006年12月の報告書の中で、2004年6月か ら 2006年 9月の期間に報告された RAB関連の死亡事件を、新聞報道、人権 団体から得た情報および自身の調査に基づき、1つのデータベースにまとめた と述べた。上記の情報源によれば、緊急行動隊(RAB)は上記の期間に国全域 で367人を殺害した。 [10c] (第I項) 報道されたRAB関連の死亡事件367件の

うち77%(284件)はメディア、人権団体またはRABを通じて「クロスファ

イア」殺人(伝えられるところによれば、犠牲者は警察と武装集団間の銃撃戦 の傍観者であった)と報じられ、11%(42 件)は「銃撃戦中の死亡」(伝え

られるところによれば、犠牲者は警察との銃撃戦に参加した)と表現された。

[10c] (第V項) 報告書が言及するところによれば、「データベースが構築された

主な対象である人権団体と新聞報道は、死亡の多くは拷問または超法規的処刑 によるものだったと強く示唆しており、ヒューマンライツウォッチ自身の調査 もこの傾向を認めている。しかし、殺人の一部は警察隊の合法的利用によるも のだった。」[10c] (第I項) HRWの述べるところによれば、

「現政権は2006年10月27日まで、次のように発言することで殺人行為を 弁護した。犠牲者−人々は『指名手配者』または『トップテロリスト』と呼ん だ−は逮捕に抵抗した際、もしくはRABと武装集団間の武力衝突のクロスフ ァイアに巻き込まれた際に(『クロスファイア』殺人で)殺害された。しかし 証人、家族およびジャーナリストが頻繁に報告したところによれば、犠牲者は 超法規的殺人が行われた事務所内または屋外のいずれかでRABの拘束下で死 亡した。[10c] (第 I項)

10.12 United News of BangladeshおよびBBCニュースは2005年5月11日に、内 務相は「緊急行為部隊または警察を伴う『遭遇戦』事件は逐一行政調査を行う 意向であり、何らかの不正行為があったことが明らかにされた場合は法的措置 を講じる」と述べたことを伝えた。BBC News の記事が述べたところによれ ば、米国および欧州連合職員は、恐れていたものは超法規的殺人であろうと深 刻な懸念を示した。[20bi] [39aa] 2005年9月8日の国情報に関する勧告会議で 提示された意見の中で、UNHCRは2005年7月17日付けProthom Alo 紙に 言及した。同紙によれば、行政当局はその時点までに「クロスファイア」にお ける死亡を伴う65 件の事件を調査した結果、緊急行動隊のかかる措置の「妥 当性を見出した」行政当局によるこの調査は人権団体から厳しく批判された。

[67b] 独立 NGOアジア人権委員会は、2005年 7 月19 日に公表された声明の

中で、多くの事件に関与した法執行機関が現在その事件の調査対象に指名され たかどうかに関する公式調査の中立性は、依然として問題になっていると意見 した。 [66a]

説明責任

10.13 USSD 2006 報告書によれば、

「警察は内務省(MOHA)の下に全国的に組織され、治安および一般法と秩 序を維持する義務を与えられた。警察は無能で、与党党員の調査を避けたがる 傾向があり、政府に政治的目的で利用されることが多かった。装備の優れた警 察部隊、RAB [緊急行動隊]は様々な警察部隊および軍を初めとする治安部隊の 職員を動員し、警察全体の改革に向けた計画を策定したが、人権問題に取り組 む具体的な方策はほとんど講じられなかった。RABは重大な人権侵害を犯し た。警察内は腐敗が蔓延し、人材、養成訓練および規律はひどく欠如していた。

警察は法律に違反して行動することが多かった…警察署員に対する刑事上の 主張調査を任された独立機関がないため、警察の虐待の被害者は告訴手続をす るのを避けたがった。[2006年]には、2003年のオペレーション・クリーン・ハ ート期間に発生した人権侵害に対する求償権を禁じた合同作戦部隊免責法の 合法性に関して、いかなる展開もなかった。長期にわたる審理手続と本人また はその家族に対する報復の恐怖から、原告側が刑事事件で警察を告訴すること