7.01 バングラデシュは主要な国連国際人権条約の多くに関係している。国連人権
高等弁務官事務所のウェブサイト(2006年3月10日にアクセス)に記載され るところによれば、条約には、経済的、社会的および文化的権利に関する国際 規約 (CESCR)、加盟日1999年1月5日、市民的および政治的権利に関する 国際規約(CCPR)、加盟日2000年12月6日、あらゆる形態の人種差別撤廃に 関する条約 (CERD)、加盟日1979年7 月11 日、女子に対するあらゆる形態 の差別の撤廃に関する条約(CEDAW)、加盟日1984年12月6日、女子に対 するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約の選択議定書(CEDAW-OP)、加盟 日2000年12月22日、拷問および他の残虐な、非人道的なまたは品位を傷つ ける対応または刑罰に関する条約(CAT)、加盟日1998年11月4日、子供の権 利条約(CRC)批准日1990年9月2日、武力紛争における児童の関与に関す る児童の権利条約選択議定書(CRC-OP-AC)、批准日2002年2月12日、に,
また,「児童の売買,児童買春および児童ポルノに関する児童の権利に関する条 約の選択議定書 (CRC-OP-SC)、批准日2002年1月18日および全ての移民労 働者とその家族の権利保護に関する国際条約(MWC)、1998 年 10 月 7日調印
[8a]
7.02 2007年1月11日の非常事態宣言は、移動の自由、結社の自由、思想、良心および言論の自 由、職業および財産権の自由を規定する憲法第36、37、38、39、40および42条の施行を有効 に停止した。 [38ah]
第4項: 最近の展開を参照。
7.03 2007 年3月 6 日に公表された米国国務省の 2006 年人権慣行国別報告書
(USSD 2006)によれば、
「政府の人権状況は依然として劣悪であり、政府は多くの重大な職権濫用を 犯し続けている。[2a] (introduction) …治安部隊は多くの超法規的殺人を犯した。
警察、バングラデシュ・ライフル隊(BDR)および緊急行動隊 (RAB) は不当 な致命的武力を行使しており、事件の大半は行政調査を受けただけであった。
(1a項) … 多くの場合死に至らしめる暴力は、同国の政治に広く浸透する要素で あった。異なる政党の支持者に加え、よくある同じ党内の異なる派閥の支持者 は党大会および抗議デモの最中に、相互間で、また警察と頻繁に衝突した。(1a
項) ... 法は拷問および残忍、非人道的かつ品位を傷つける処罰を非合法化する が、治安部隊、RABおよび警察は逮捕および取り調べ中に、過酷な扱い、な らびに精神的虐待を日常的に行使した。 (1c項) … 法は恣意的逮捕および拘禁 を禁じているが、警察当局は予防的拘禁以外の事例でも、多くの場合この規定 に違反した。(1d項) … 警察内部の汚職蔓延に加え、訓練および規律の欠如が見 られた。(1d項) … 政府は第54項から86項を悪用して政治的敵対勢力とその 家族に嫌がらせおよび脅迫を実行した。警察はいかなる法的権限も引用するこ となく、抗議デモ前および期間中に反対派活動家を拘禁し、デモが終結するま でその身柄を拘束した。 (1d項) … 恣意的および長期間の待機拘禁は依然とし て問題であった。(1d項) … 汚職、司法の無能、裁判官に的を絞った暴力および 大量の未済事件は依然として[司法における]深刻な問題であった。 (1e項目) …
法は諜報機関を認めており、法施行機関の電話盗聴を認めていた。(1f項) … 法 は言論の自由を定めているが、実際には政府はこの権利を規制した。(2a項)… その年には、アーハマディ、ヒンドゥー教徒およびキリスト教徒に対する差別 が発生した。(2c項) … 汚職は依然として政府全体の問題であった。(第3項) … 家 庭内暴力は広い範囲で発生し、特に農村地域では女性に対する村八分事件−あ る場合は(ファトゥワを利用した)宗教指導者による−が発生した。(第5項) … 児童労働は依然として問題であり、多くの場合児童虐待という結果をもたらし た…(第5項) … 法は人身売買を禁じるが、人身売買は依然として深刻な問題で あった… (第5項)。」
7.04 Dhakaを拠点とする人権NGO のOdhikarによれば、2006年には政治的暴 力事件で374人が死亡し、2万1265人が負傷した。警察はその年に『政治的
理由』で2,358人を逮捕したが、その大多数は釈放前に短期間拘束された。ま
た、政治デモ等で発生した『大量逮捕』において、さらに2万8,265人が拘禁 された。 2006年には、法執行機関が原因で合計355人が死亡した。[46c] 2007 年1-3月期の間に、79人が法執行機関の職員に殺害された。[46d] [注: 上記の
データはOdhikarが抜粋した新聞記事に基づく。異なるNGOが報告する数字
にはかなり差があることが多い。例えばOdhikarは2004年の政治的暴力によ る死者を526人と報告したが、NGO Ain O Shalish Kendro (ASK)は同じ年の当 該死者数をやはり新聞に基づき62人と報告した。 [93]]
第10項: 警察– 超法規的殺人を参照
7.05 USSD 2006 報告書 が言及するところによれば、:
「国内外の様々な人権団体は、概ね独立した立場で、政府の規制を受けるこ となく活動を営み、人権事件を調査すると共にその結果を公表した。人権団体 は多くの場合政府に極めて批判的であった一方で、特に政治的に微妙な事件お よび題材に関しては自己検閲を実践した。これまでと異なり、政府は偽りの申 し立て提出または国際人権活動家の再入国査証の発行遅延により個々の人権 擁護団体に圧力をかけることはなかった。しかし、一部の現地人権組織の報告 によれば、政府は組織の電話および電子メールの明細書を調査していた。」
[2a] (第4項)
USSD 2006 報告書によれば、政府は UNHRC および赤十字国際委員会
(ICRC)等の国際組織と協力関係にあった。2006年にはICRCは同国を訪問 しなかった。
しかし同報告の追記によれば、2006年には諜報機関によるNGOへの嫌がら せが多数例あったという。 [2a] (第4項)
第19項: 人権NGOに対する扱いを参照
7.06 2003年 5月に『人権保護に向けた法その他の改正』と題されたアムネステ
ィインターナショナルの報告が述べたところによれば、「歴代政府が一貫した 有効な方法で人権侵害に取り組むことができなかった事実は、−国家人権委員 会(NHRC)等の独立した、公平かつ有力な人権監視機関に対する差し迫った 必要を指摘する。人権擁護団体および国際社会はバングラデシュ政府にNHRC を設立するよう進言してきた。前アワミ連盟政権および現 BNP 政権はいずれ
も、その設立の必要を認識したが、いずれの政権もしかるべき措置を講じ、そ れを設立することはなかった。」[7a] (p11)
7.07 2007年3月19日の発表によれば、選挙管理内閣は国家人権委員会の設立草
案の大筋を承認した。内閣相を長とし、草案の検討に加え、人権委員会の役割 および基幹施設に関する報告書の作成を目的とする委員会が設置されると思
われる。[39ai]
7.08 2006年 1月、政府は電気通信改正法を採択し、政府の権限を電話通信の傍
受まで拡大した(Odhikar、2007年3月) 。[46c] USSD 2006 報告書が言及する ところによれば、
「その法律は、諜報機関および法執行機関がMOHA大臣の許可を得て、電 話通信を傍受することを認めた。その条例は政府に対し、治安のために電話交 換手が伝言を送達するのを阻止する権限も与えている。非常事態の場合は、政 府は免許保有者に補償を提供することなく、通信業務を提供するいかなる許可 も無効にすることができる。その条例は議会の休会期間に発効したが、議会が 再開すると同時に承認され、恒久法になるのは必然である。」 [2a] (1f項)
2005年 12月 12 日のBBCニュース記事は、内務相がイスラム過激派ネッ トワークは、携帯電話を介して管理されていると述べたと引用した。それによ ると、「イスラム指導者は20ないし30の異なる携帯電話番号を使って爆破犯 人に指示を与えている。」最高裁判所の弁護士が BBC に語ったところによれ ば、「法律が広範囲に適用されれば、確実に人民のプライバシーを制限し、そ の基本的権利を侵害するようになるだろう。」 [20bu]
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8.
治安状況
8.01 Jane’s Terrorism and Security Monitorが2006年4月の報告書のなかで警告 したように、Sheikh Abdur RahmanとSiddiqul Islam (通称『Bangla Bhai』) を 初めとする主要なイスラム過激派の著名人の逮捕にもかかわらず、治安職員は、
過激派集団ジャマートゥル・ムジャヒディン・バングラデシュ(JMB)は引き 続く脅威をもたらすに十分巨大かつ弾力性に富むと恐れている。同報告書の説 明によれば、
「バングラデシュの諜報部員は、容疑をかけられた主要指導者が不在でも、
その組織は十分に発達しており、その数は活動を続行するのに困らないほど多 いため、今回の逮捕で過激派集団を根絶する見込みは極めて低いと考えている。
過去の取材でRahmanおよびBangla Bhai が主張したところによれば、同組 織は様々な種類の秘密工作および武器の使用に長けた1万人を優に超える構 成員を擁し、しかも組織には100万人を超える支持者がいる。この数字がひど く誇張されたものだとしても、2005年8月の組織的爆弾攻撃は、極めて組織 的な作戦が可能な、地理的に分散したネットワークの存在を示唆する。」[83d]
Jane’s が補足したところによれば、「一部のオブザーバーにさらに深い懸念
材料を与えているものは、資金提供および調達の領域で疑わしい関係が表面化
しているにもかかわらず、過激派と BNP 有力党員およびその連携協力者、ジ ャマート・エ・イスラミとの可能な関係について、厳密な調査が明確に欠如し ていることである。全面的に立証されたわけではないが、申し立てによれば、
JMBとその関連集団は[当時の]有力な政治連合と直接関係がある個人からの支 援を享受している。」[83d]
8.02 2005年2月28日付けの記事がタイム(アジア版)のウェブサイト上で述べ
たところによれば、政府は過激派イスラム集団に対して有効な措置を講じる上 で大きく遅れをとり、その集団は3年にわたって国全域に爆破、暗殺および宗 教暴動の波を起こしてきた。記事が述べたところでは、「ごく最近まで、バン グラデシュ政府高官は国が過激派と暴力の温床であることをにべもなく否定 してきた。内務相は[2005年]1月26日に、『JMJBの存在に関する正式に認識 はない』と記者に話した。」しかし2005年2月に政府はその戦略を大きく変 更した。警察は過激派容疑者の多数の逮捕を公表し、爆破物と爆弾製造装置を 押収した。同2月に、過激派組織、ジャマート・エ・イスラミ(JMB)および ジャグロト・ムスリム・ジョノタ・バングラデシュ(JMJB)は非合法化され た。 [54b]
8.03 2007年4月30日にUS国務省が公表したテロリズムに関する国別報告書が 言及するところによれば、2006年にはJMB関連の暴力行為は発生しなかった。
[2j] しかし、第4項および12項で詳述される通り、2007年には過激派イスラ
ム集団による新たな活動が発生した。
8.04 2007年1月のJane’s Sentinel Security Assessment が述べたところによれ ば、東ベンガル共産党 はバングラデシュ政府を脅かすことはほとんどなく、
この組織の暴力行為は不定期で限られたものだった。 [83f]
(第4項: 最近の発展 および第12項:禁じられた過激派集団による虐待も参照のこと)
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