5.01 欧州世界年鑑2004(欧州2004)の記録によれば、バングラデシュ人民共和
国の新憲法は1972年12月16日に発効した。1982年3月24日の軍事クーデ ターの後、同憲法は停止され、国は戒厳令下に置かれた。1986年11月10日、
戒厳令は解除され、憲法は復活した。[1a] (p647) エコノミストインテリジェン スユニット(EIU)2007によれば、憲法改正は、議会の3分の2過半数を必要 とする。 [40j] (p8)
5.02 欧州2004の言及するところによれば、1972年憲法はその基本原則の基礎を
国家主義、社会主義、民主主義および世俗主義に置いた。同憲法は法の規則、
基本的人権と自由、正義と平等がすべての人民に保証される搾取のない社会を 確立することを目標にした。すべての人民は法の前に平等であり、その保護を 受ける権利を有する。恣意的逮捕または拘禁、人種、年齢、性別、出生、社会 階級または宗教を基準とする差別、さらに強制労働は憲法の下に禁忌である。
すべての人民は法、治安および道徳に従って、移動の自由、集会と結社の自由 権を有する。同憲法はまた、良心、言論、報道および信仰の自由を保証するこ とを意図する。[1a] (p647) 欧州2004の言及するところによれば、憲法は1977 年に改正され、本文にイスラム教の影響が追加された。また『世俗主義』とい う言葉が序文から削除された。1988年の再改正はイスラム教を国教に定めた。
[1a] (p647)
5.03 『バングラデシュにおける人間の安全保障』と題された国連開発計画の2002
年9月の報告(UNDP2002)で述べられたように、「憲法の言及するところに より、基本的権利と矛盾するすべての現行法は無効であると言明されなければ ならず、国は基本的権利と矛盾するいかなる法律も作成することを禁忌とする。
ただし、いかなる権利の享受も、国、治安、公衆衛生、道徳または良識のため に法に課された『合理的な』規制の影響を受ける。」UNDP の報告が指摘し たところによれば、『合理的な』は相対語であり、一連の特定状況における合 理的なものは、別の状況では非合理的な存在になる可能性がある。 [8b] (p15)
目次に戻る 出典リストに進む
6.
政治体制
政府
6.01 米国国務省の人権慣行国別報告書 2005(USSD 2005 )に記録されたよう
に、「同国は普通選挙に基づき、無記名投票による選挙が行われる多党制議会 民主主義である。」 [2d] (第3項) USSD 2006 がさらに言及するところによれ ば、「法は人民に政府を平和的に交代させる権利を供与し、顕著な暴力事例に もかかわらず、人民は国民参政権に基づき定期的に実施される自由かつ公正な 選挙を介してこの権利を実際に行使した。」[2a] (第3項) 欧州2004によれば、
Jatiya Sangsad (議会) は一院制議会であり、議員は普通選挙に基づき地域ご との単一選挙区から5年任期で選出される。つまり、各選挙区の議員は小選挙 区制に基づき、単純過半数で選出される。18 歳以上の人民には投票権が与え
られる。[1a] (p647) 2004年5月16日にBBCニュースが報じたところによれば、
同日議会に承認された憲法改正は、今後 10 年間は、国民議会の議席数を300 から345に増加し、追加の45議席は女性用に留保された。 [20ae]
6.02 Europa 2004 の言及するところによれば、大統領は国家の元首であり、5年の
任期で議会(Jatiya Sangsad)に選出される。2002 年9月 5 日には Iajuddin
Ahmed 教授が無競争で大統領に選出された。執行権は閣僚会議の長である首
相が保持する。[1a] (pp647 & 640)
6.03 USSD 2006 報告書が言及するところによれば、バングラデシュ民族主義党
(BNP)党首、Khaleda Zia首相は、国内外のオブザーバーから自由かつ公正 な選挙とみなされた多党議会選挙を経て、2001年10月に就任した。2001年 の選挙は、非政党選挙管理内閣に監視され、散発的な暴力行為と不正行為の隔 離という風潮の中で行われた。BNPはジャマート・エ・イスラミ(JI)、バン グラデシュ国民党– Naziur faction (BJP N-F)およびイスラム統一連合 (IOJ)と の 4党連盟を結成した。2 大政党、BNPおよびアワミ連盟(AL)は政治的舞 台の主役を独占している。 [2a] (第3項)
6.04 2005年6月の自由の家 報告書 『岐路に立つ国々2005:民主的統治の調査』
の著者の意見によれば、
「バングラデシュは1991年から議会制であるが、実際のところは、議会は 有効な責任メカニズムとしてほとんど機能していない。どの党が政権を握るか に関係なく、主要な野党は大概の議会会期をボイコットし、個人的意見の発言 に対する議会での政府の抑圧と妨害を主張した。 2004年にはこの慣行に当て はまらない事例は見られなかった。 AL [アワミ連盟] は多くの場合議会への参
加を差し控えた。ALは委員構成をめぐる論争を理由に、議会の委員会にも出 席しなかった。」 [65a] (p68-69)
選挙管理内閣
6.05 エコノミストインテリジェンスユニットのバングラデシュ国別プロファイ
ル2007 (EIU 国別プロファイル2007) が述べたところによれば、1996年3月 に承認された憲法第 13 次改正案に基づき、非政党選挙管理内閣は総選挙の 3 カ月前に政権を握った。この政権は議会の解散から15 日以内に就任し、解散 から 90日以内に総選挙を実施しなければならなかった。同政権は−首相の地 位を維持し−主席顧問の助言に基づいて大統領が指名する 10 人前後の他の顧 問と共に政府を運営する主席顧問が主導する。[40j] (p9-10) 憲法第58c(7)条の規 定によれば、顧問はいかなる政党または政党の付属機関の構成員であってはな らない。[4] 選挙管理内閣は選挙管理委員会に「議員の総選挙を平和的、公正 かつ公平に実施するために必要となり得る可能な限りの援助と支援」を付与す る責任を負う。」 (EIU 国別プロファイル2006) [40a] (p9)
6.06 憲法第58c(3)の言及するところによれば、「大統領はこの条項に従い、バン
グラデシュの元最高裁長官の中で、最近退官し、かつ主席顧問の指名に適格な 者を主席顧問に指名しなければならない。」憲法が詳しく言及するところによ れば、「58c(4)および(5)においては、ある一連の事実により退官した高齢の判 事が別途適格になり得る場合は、最近退官した最高裁長官はこの地位に指名可 能ではないものとする。また第 58c(6) 条の条文によれば、「本章に掲載され るいかなる規定にもかかわらず、(3)、(4)および(5)項の規定が有効でない場合 は、大統領は憲法に基づく自身の役割に加え、非政党選挙管理内閣の主席顧問 を自ら引き受けなければならない。」[4] 上記4.02で説明したように、前最高 裁長官 KM Hasan はアワミ連盟率いる野党連合の集団抗議運動で同氏の非政 党性を否定されたの受けて、10月28日にその立候補を 取り下げた。Iajuddin Ahmed 大統領は2006年10月29日に、多数党に補欠候補を同意させること に失敗したため、主席顧問(CA)の職務を兼任すると宣言した。 [利用可能な 情報筋からは、大統領がKM Hasan以外の適格な元判事の登用可能性を−憲法 の規定に従って−真剣に検討したかどうかは明らかではない。] [20ch] [40h] 大 統領はその後、2007年1月11日に非常事態宣言を発するに当たって、主席顧 問の座を辞任した。2 大政党連合間の合意を経て、1月 12 日に、元バングラ デシュ銀行総裁Dr Fakhruddin Ahmedが指名された。 [38ai]
6.07 エコノミストインテリジェンスユニットの2007年4月の国別報告書によれ
ば、
「現行政権はこれまでの選挙管理内閣と著しく異なる。現政権は時期議会選 挙の準備という憲法上の義務をはるかに超えた、改革および政策イニシアティ ブの一掃に乗り出した。政治家や著名な実業家の逮捕という結果を招いた反汚 職運動の着手に加え、 迫り来る電力危機に取組み、重要な海港Chittagongの 見直しを図ることを約束した。有権者身分証明書への取組みが続けられる一方 で、同政権は経済の足場固めを目的とする他の諸措置を追求する見込みが強 い。」[40i] (p7)
ハドソン研究所のManeeza Hossainが 2007年6月に記したところによれ ば、「同じ様な政府は他の国でも出現したが、バングラデシュでは新しいモデ ルである。現政権は暫定内閣の概念を憲法の及ばない時間枠に広げており、そ れゆえこれを『半合憲』と呼ぶことにする。」 [95] (p2)
地方自治体
6.08 EIU 国別プロファイル2007が言及するところによれば、
「バングラデシュはそれぞれが個々の県評議会を持つ64の県に分割され る。」県下には460の市町村役場に加え、現時点でバングラデシュ政府の最下 位層である4488のユニオン評議会[ユニオン警察署]がある。2003年後半に、
政府はその第4層として4万392の村落議会(gram sarkar)を形成した。Gram
sarkars は草の根レベルの直接選挙されない組織で、元大統領Zia将軍が1970
年代に導入したものである。 同将軍が大統領を務めた時代、Ershad 将軍は 1980年代半ばに公選による地方自治体としてupazila (郡評議会)を導入した。
村落議会は現地住民による地方開発に主眼が置かれた。憲法は地方自治体の全 層に公選による組織を規定するが、第3層−ユニオン評議会と自治体(多くは 郡と県の行政組織)−のみが住民に直接選挙される。その他は行政管理下に置 かれる。バングラデシュには6つの行政管区– Dhaka、Chittagong、Khulna、
Barisal、 RajshahiおよびSylhet –と4つの主要市庁– Dhaka、Chittagong、
RajshahiおよびKhulna市庁がある。 市庁の長は直接選挙され、多大な政治 権力を行使する。」[40j] (p9]
6.09 2005年8月2日にUnited News of BangladeshとBBCニュースが報じたと ころによれば、高裁は憲法で規定されている選挙に基づく民主主義の基本原則 を侵害下という理由で、Gram Sarkar – 指名された構成員で構成される村落議 会は違法かつ違憲であると宣言した。同高裁は、現地の権利集団、バングラデ シュ法的支援サービス信託 (BLAST)が提出した、Gram Sarkar法2003の合法 性に異議を申し立てた陳情書に対処中であった。政府は評決に対し上訴する意 向を発表した。 [20bf] [39x] United Newsが2005年8月7日に公表したところ によれば、最高裁判所は Gram Sarkarに関する高裁の評決実施を 6週間猶予 し、政府に対しては通常の上告許可の嘆願書を提出するよう命令した。 [39y]
目次に戻る 出典リストに進む
選挙の監視
6.10 Europa 2004が述べるところによれば、憲法の定める機関である選挙管理委
員会(EC)は、議会選挙および大統領選挙を監視する。同委員会は有権者の 範囲を決定すると共に、選挙人名簿を作成する。同委員会は、大統領に指名さ れる選挙管理委員長その他の委員から構成される。 選挙管理委員会はその機 能の履行において独立した立場にある。[1a] (647)
6.11 国連選挙支援事務局は2001年10月2日、10月1日の議会選挙は概ね自由、
公正、平和的かつ秩序的であったと結論するが、投票期間の不規則性が見られ、
投票日当日に散発的、場合により重大な暴力事件が発生したという声明を発表
した。国連代表団がさらに述べたところによれば、選挙準備期間に暴力および 暴力の脅威が発生した。 [41]
6.12 2001年10月9日にBBCニュースが報じたところによれば、2001年総選挙 に続き、敗北したアワミ連盟はその選挙は「不正だった」と主張して議会の宣 誓就任式をボイコットした。 [20j] EIU 国別プロファイル 2004の中で述べら れたところによれば、アワミ連盟指導者Sheikh Hasinaは、選挙の準備段階に おいて国を数字的に管理した選挙管理内閣は、選挙管理委員会と共謀して AL を失脚させた」と主張して、2001 年総選挙を合法的だと認めようとしなかっ
た。[40f] (p6) 自由の家 が2005年6月の報告書の中で述べた意見によれば、
「1991以来これまで、3回の国民議会選挙が5年ごとに実施されてきた。
国内外の選挙監視団を介して、どの選挙もほぼ自由かつ公正であると判断され た。 [これは明らかに自由および公正を欠いた1996年2月に実施された選挙 への言及を除外したものと思われる。ただし、1996年6月12日に再選挙が行 われた−3.17項および3.18項を参照。] 各選挙で敗北した党は投票の不正に ついて不服を申し立てたが、いずれの場合も最終的には結果を受け入れ、議会 野党として貢献することに同意した。選挙は2大政党間で政権を交互に取り合 うという結果になった。1991年および2001年選挙ではBNPが勝利し、1996 ね[6月]選挙ではALが勝利を修めた。…3回の選挙はいずれも中道的な非政党 [選挙管理内閣]の下で行われ、全党とも選挙運動の機会均等を享受した。投票 率は1991年の56%から1996年および2001年には75%に急増した。
[65a] (p66-67]
6.13 第4項(最近の展開)で詳しく述べた通り、再編後の選挙管理委員会は、選
挙管理規則に加え、政党および候補者の適格性に対する広範に及ぶ変更を提案 した。ECは2007年3月22日に、2008年後半に実施予定の第9回議会総選 挙に向けて、写真を添付した国民身分証明書と有権者名簿(選挙人名簿)を同 時に作成する決定を発表した。 [38bq] 2007 年 7 月 15 日、選挙管理委員長
(CEC)は同氏の言う2008年末までに確実に実施される総選挙に至る4段階 のロードマップを発表した。CEC は、選挙改革草案について政党間で対話を 持つ意向であり、その後関連法制に合わせて修正案を作成する予定だと話した。
地方選挙は総選挙に先立ち2008年のうちに実施する意向が示された。 [39ag]
[20dh]
目次に戻る 出典リストに進む