第 6 章 攻めのガバナンスを支える役員報酬改革
6.2. 求められる経営者の意識改革
日本の研究者たちの中で、日本の大企業の業績を悪化させた責任は、経営者にある主張 する論者がいる。三品(2007)は、日本の大企業の中で業績が悪化している企業につい
118 経済産業省による日本再興戦略2016のコーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(平 成29年3月31日)pp. 8-31、経済産業省産業組織課による「「攻めの経営」を促す役員報酬」、p7を参 照。
119 経済産業省のホームページ、経済産業省産業組織課による「攻めの経営を促す役員報酬~企業の持続 的成長のためのインセンティブプラン導入の手引~」、平成29年9月時点版を参照。
120 安倍政権発足当初、アベノミクス実現の為の構造改革の柱として、コーポレート・ガバナンス改革が 位置付けられている。経済産業省産業組織課による「攻めの経営を促す役員報酬~企業の持続的成長のた めのインセンティブプラン導入の手引~」、平成29年9月時点版、p15.
143
て、その責任はトップにあるとしている121。加えて、野口(2005)は、日本企業の利益率 が低位にとどまっている理由として、①日本の企業がバブル崩壊後、世界経済の構造変化 に追随できなかった点、②固定的な取引関係から脱却できていない点、③拡散的でリスク 回避型の事業展開を行ってきた点を挙げ、それらの責任は、いずれも経営者が適切な決断 をしなかったことであるとしている122。
日本の経営者には、総じて優秀な経営者が少ないことの一つとして、失敗すると会社が 壊滅的な打撃が受けるかもしれないようなプロジェクトに対して、リスクを覚悟して大き な決断が出来ない点がある123。果敢なリスクを採って企業に大きな利益をもたらしたとし ても、その見返りが少なければ、経営そのものが消極的なものとなってしまう。また、企 業内部で昇進した経営者の多くは、創業経営者と異なり、4年から6年程度で後継者に社 長の座を譲らなければならないこともあり、在任期間中は大きなリスクを採らずに、平穏 に過ごそうとする傾向がみられる。
日本の経営者の報酬を役員報酬の中央値でみると、会長の報酬が5,820万円で、社長は
4,500万円、副社長が4,561万円、専務が3,720万円、常務が2,700万円、取締役が
1,634万円、執行役員が1,893万円であり、アメリカの経営者と比べると報酬はかなり低
水準である124。
有価証券報告書を提出している上場企業で、1億円を超える報酬を受け取っている役員 は、全役員のうち、12%~15%程度である125。また、創業経営者であれば、株式の配当金 で莫大な富を得ることが出来るものの、自社株式をあまり保有していない内部昇進の経営 者の場合、配当金で富を得ることは難しい。2018年版の役員四季報によると配当を含む報 酬総額では、ソフトバンクの孫正義会長兼社長が103億円(このうち配当収入が101.7億 円、基本報酬は1億1,700万円)、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が82.9億 円(このうち配当収入が80.5億円、基本報酬は2億4,000万円)を得ている。
三品(2007)は、これまで日本の企業経営をリードし、高い利益率を維持してきた経営 者の殆どが創業経営者であり、創業経営者の死によって、企業は低収益構造になり、やが
121 三品和広(2007)『戦略不全の因果』、東洋経済新報社、p.15を参照。
122 野口悠紀雄(2005)『日本経済改造論』、東洋経済新報社.
123 このような点を考慮し、「日本再興戦略」改訂2015では、経営者が適切なリスク・テイクを行うこと ができるような会社補償を担保する必要があるとしている。
124 経済産業省が2015年3月に発表した「日本と海外の役員報酬の実態及び制度等に関する調査報告 書」による。
125 XEBRAL社の個別役員報酬データベースを用いた推計による。
144
ては経営が危うくなると言う。唯一の例外は、創業経営者が世襲を行った場合で、二世経 営者においては、創業経営者の背中を見て育つため、創業経営者が築き上げた会社を大き くするケースもみられると言う。二世経営者は、社外の人脈もあり、他人の経験から学ぶ 術を持ち合わせているため、一般社員が身につけにくい能力を身につけていることが多 く、それらは一般の社員に模倣できるものではない点が指摘されている。日本では、内部 昇進の経営者の経営能力が低いため、創業経営者から彼らに引き継がれると、その企業の 収益構造は低収益になるケースが多いと説く126。
日本の経営者の多くは、企業の内部で昇進してトップの座を得た人達であり、これらの 経営者の経営に対する能力は、一般社員と大きな差がない点が指摘されている。そのた め、個々の事業がグローバルな展開に乗り出すようになり、経営の難易度が高まると、そ れに見合う能力が発揮できない。三品(2007)は1980年前後においては、日本の創業経 営者がアメリカの専門経営者に経営能力の面で勝利した時代であったと主張する。当時に おいては、松下幸之助氏、盛田昭夫氏、井深大氏、本田宗一郎氏など、優秀な創業経営者 が健在で、これら経営者が経営する企業が画期的な商品を世に送り出したことは周知のと おりである。2000年前後になると、日本の戦後からの復興をリードしてきた創業経営者が 姿を消して、多くの企業において企業内部で昇進した経営者が経営を担うことになる127。 今日において、グローバル市場で競争優位に立てる優良企業の経営者といえば、ソフト バンクの孫正義氏、ファーストリテイリングの柳井正氏、日本電産の永守重信氏、ニトリ の似鳥昭雄氏、楽天の三木谷浩史氏など、創業経営者が殆どである。日本には、専門的な 知識を有した経営者が育ちにくい環境があることに加えて、専門経営者の供給体制が整備 されていないため、専門経営者のための移籍市場が存在しないことがその理由であると考 えられる。したがって、プロの経営者である専門経営者の養成も不可欠となってこよう。
グローバル化が進む中、優秀な専門経営者を適切な報酬で処遇し、グローバルな人材を世 界から集めなければ、これからの競争に勝てないことは自明である。そのためには、役員 報酬の改革が必要となる。
これまで、我が国では、経営陣の報酬について、明確な決定方法や明示的な報酬設計方 法について、具体的に示されるようなことは殆どなかった。我が国における経営陣の報酬
126 三品(2007)、pp.254-257.
127 三品(2007)p267.
145
のあり方や水準については、人事権と並んで経営トップ或いはそれに準じる一部経営陣の 専権事項としてとらえられてきたのである128。
社長の報酬は、結局、社長が決める。総額の原資から役員にどのように報酬を配分する かも、社長の意向次第である。役員の固定給や業績報酬の割合を決める権限も社長にあ る。日本の社長を含めた役員は、委任されるというより、雇用に近く、多くの社長や役員 は一企業で勤め上げた人達である。これに対して、日本企業の外国人経営者は成果を上げ ることを目的に契約してトップの座にいるので、成果が出なければ、直ぐに解雇される可 能性が高い。先にみたように、日本の企業で、社長よりも副社長や専務取締役の外国人経 営者の報酬が高いのは、成果に見合った報酬を受け取っているからと考えることもできる
129。
コーポレートガバナンス・コードは、「独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべ きである」としており、東証1部上場企業で社外取締役がいる企業の比率は、2014年の
74.3%から2015年には94.3%にまで高まった。また、独立社外取締役がいる企業の比率
は、同61.4%から87.0%、複数の独立取締役がいる企業の比率は、同21.5%から48.4%
へと高まった。コーポレートガバナンス・コードによって、社外取締役はもちろんのこ と、複数の独立社外取締役が求められる時代になってきている。
社外取締役で一番多いのが、他の会社の出身者で、それに弁護士や学者が続く。小池
(2018)は、社外取締役の問題点として、その企業のことを知るための時間がないこと、
その企業が属する産業での経験がないこと、事業の知識が乏しく、実際に企業の経営に携 わった経験のある人が少ないこと等を挙げている。さらに、これはアメリカでも問題にな っているが、通常、社外取締役を選ぶのは、経営者である現在の社長だということであ る。したがって、企業の外にいる人材には違いないものの、社長の出身大学の教授であっ たり、社長が親しくしている弁護士であったり、いわゆる社長の援軍である。これでは、
社外取締役が社長の暴走を阻止することは出来ず、社外取締役制度は機能しないことにな る。また、最近、懸念されているのは、官僚の天下り先として、社外取締役のポストが利 用されるのではないかということもある130。いずれにしても、経営者が社外取締役の任命
128 田崎伸治・梶嘉春、鵜飼晃司・岩淵恵理(2018)「株式報酬制度の再検討」、商事法務、No.2180、10 月25日.
129 日経ビジネス編集部(2013)、「権力集中のからくり 結局、社長が決める」、日経ビジネス、9月2 日号、pp.29-37.
130 菊地(2016)p232.