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役員報酬についての若干のコメントと望ましい報酬体系

第 3 章 我が国企業が抱えるガバナンス上の問題点

3.2. 金融機関のインセンティブ報酬に関する一考察

3.2.5. 役員報酬についての若干のコメントと望ましい報酬体系

役員報酬の総額および平均報酬を分析した代表的な研究としては、Kaplan(1994)や2000 年 代 以 降 の 経 営 者 報 酬 の デ ー タ を 用 い た 実 証 研 究 と し て は 、Bulan, Sanyal and Yan(2007)98、Gabaix and Landier(2008)99、Kaplan and Rauh(2010)などがあるものの、

まだまだその数は少ない。

これまでに何度か引用しているが、Gabaix and Landier(2008)はCEOの報酬と企業規模 との関係を測定し、CEOの報酬は 1980年から2003年にかけて6倍に増加したが、その 間、それらの企業の時価総額も6倍増加したことを明らかにしている。つまり、CEOの報 酬の増加は米国の大企業の価値の増加にほぼ等しくなっている点を強調している。Kaplan

97 アチャリア&リチャードソン著、大村敬一監訳、 (2011)『金融規制のグランドデザイン』、中央経済 社、p268-p272.

98 Bulan, Laarni, Sanyal, Paroma. and Zhipeng Yan (2009), ’An analysis of CEO Performance Pay and Firm Productivity’, Journal of Economics and Business Forthcoming, Cornerstone Research ,

Brandeis University - Department of Economics and New Jersey Institute of Technology.

99 Gabaix, W Xavier. and Augustin Landier (2008) ‘Why Has CEO Pay Increased So Much?’, MIT Department of Economics Working Paper No. 06-13, AFA 2007 Chicago Meetings Paper.

表3-12 株主価値に対するCEOの富の弾力性

鉱業 製造業 運輸業 卸売業 小売業 金融サービス業 0.681 0.528 0.580 0.800 0.594 0.441

(出所)Clementi and Cooley (2009)、アチャリア他著『金融規制のグランドデザイン』(2011)p272

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and Rauh(2010)では、企業の役員の報酬の成長率とその他の高額報酬を受け取っているプ ロフェッショナル(例えば、ベンチャーキャピタリスト、弁護士、スポーツ選手など)の報 酬の増加率とを比較し、1994 年から2005 年にかけて、これらプロフェッショナルのグル ープにおいては、ほぼ同じ程度の報酬の増加がみられたことを報告している100

繰り返すが、米国において、報酬が高いかどうかは特に問題とはなっていないことは

Kaplan等の研究報告で明らかになっている。現にプロのフット・ボールやバスケットボー

ルの選手やメジャー・リーガーが日本では考えられない高額な報酬を受け取っていても、彼 らがその報酬に見合うだけの活躍をしていれば、特に問題とはならないのであるから、この 点においてはKaplan等の主張は支持されよう101。したがって、企業の業績或いは株価の上 昇率と連動したかたちで企業の役員の報酬が増加するのであれば、特に問題はないという ことになる。ただ、業績が低迷した場合や株価が下落した時に何の責任も取らない経営者に ついては、国民からの批判の的となる。

米国においては、このような高額な報酬は、アメリカン・ドリームを夢見て未知の世界へ 移住してきた人達にとって、魅力的にみえることもあり、スポーツ界、音楽業界、映画俳優 など、ウォール・ストリート以外の分野では、高額報酬を受け取っている個人に対して、羨 望の眼差しはあっても、決して批判されることはない。また、製造業(特に医薬品業界)で も役員に対して高額な報酬が当たり前のように支払われているものの、金融機関の役員の ような批判は浴びせられない。ただ、このような考え方を日本に持ち込むにはやはり若干無 理があるものと思われる。日本では2010年3月期から有価証券報告書提出企業の役員で1 億円以上の報酬を受け取っている役員については、開示が求められるようになり、2011年 12 月末現在、2 年分の役員報酬データが出揃った。高額報酬を受け取っている経営者は、

外国人に多く見られるものの、日本の経営者でも、株価がピーク時と比べて4分の1以下 になっているにもかかわらず、3億円を超える報酬を受け取っている者もおり、国民からの 批判の的となっている。

米国における最適な役員報酬のスキームについては、Bhagat and Romano (2009)によっ

100 Kaplan, Steven. & Joshua Rauh, (2010) ‘Wall Street and Main Street: What Contributes to the Rise in the Highest Incomes?’ Review of Financial Studies.

101 例えば、プロゴルファーのTiger Woods2010年の年俸は7,500万ドル、ミュージシャンのBon Jovi12,500万ドル、俳優のLeornado Dicaprio7,700万ドル、女優の Angelina Jolie3,000 万ドルであった。これに対して、常に高額報酬の上位に名前が出てくるOccidental Petroleum CEO である Ray Irani氏の2010年の年棒(同年のCEOの報酬ランキングでは第2位)は7,610万ドルであ った。

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て報告されている102。彼らの主張によれば、役員のインセンティブ報酬は、譲渡制限付き株 式と制限付きストック・オプションに限定すべきで、少なくとも4年間、引退した場合はそ の後2年間は株式を売却したり、オプションを行使することができないようにすべきだと 提案している。譲渡制限付き株式が企業の役員と株主のインセンティブを長期的に一致さ せる最善の策であることは、Clementi, Cooley and Wang (2006)の研究においても支持され ている。ただ、米国においてインセンティブ報酬をいかに設定すべきであるかという問いに 対する適切な解答は、ディスクロージャーの充実と報酬体系の透明性を高めることである という考え方が支配的である。譲渡制限付き株式の譲渡制限期間を長期に設定したり、厳格 な減給ルールを課すことは合理的ではあるものの、経営陣の高額報酬そのものを是正し、闇 雲に報酬を減額することについては、必ずしも合理的ではないという考え方も支持されて いる103

最後に日本の金融機関における報酬スキームについて検討してみたい。東洋経済の調査 によれば、日本で1億円以上の報酬を受け取っている上場企業の役員は、2016年現在で530 人である。株式配当による収入や退職慰労金を除いた額で 1 億円以上の報酬は、日本にお いては、経営者であっても高額で、受け取っている人も僅かである。

野村証券の社長が2010年3月期の有価証券報告書において、3億円近い報酬を受け取っ ていたことに対して、野村証券内部でも相当な批判があった104。ただ、努力しても全く報わ れないような報酬体系では、従業員のモチベーションを低下させるし、役員になってもそれ に見合う報酬が保証されないのであれば、役員になるために頑張ることもなくなってしま うであろう。

専門的な技能が要求される日系の某金融機関では、新入社員から役員までの報酬をきち んと開示している。この金融機関では、評価の基準・手順・方法を「見える化」させること で、それらの昇級・昇格・賞与への関係を明確化している。また、一般職を廃止し、職務に 区分を設けないことで若手社員に一層の活躍を促している。基本給・職能給には総合評価と 連動した累積型マトリックスを設定し、賞与は半期ごとの評価による洗い替え方式となっ ている。基本給の水準及び標準賞与の支給率は、経済環境、業績等を総合的に勘案し、定期

102 Bhagat, Sanjai and Roberta Romano (2009) ‘Reforming Executive Compensation: Focusing and Committing to the Long-Term’, Social Science Research Network Paper Collection, John M. Olin Center for Studies in Law, Economics and Public Policy Research Paper No. 374.

103 アチェリア&リチャードソン (2011), pp.263-264.

104 2011224日・25日において、野村証券、大和証券、トヨタ・アセットマネジメント、プルデ ンシャル生命などを訪問、その時のヒアリングによる。

104 的に見直すとしている。

表3-13は某日系金融機関の賃金テーブルの一部である。基幹職とは、課長以上で中間管 理職を指す。基幹職になると残業手当はつかない。経営職になっても報酬は1,800万円程度 である。

現在、日本経済が置かれている状況を考えれば、妥当な水準であるといえる。景気が良く なれば、前述したようにこの賃金テーブルは見直されるし、年間報酬の大幅な増額も視野に 入ってくる。上級基幹職は部長クラスであり、大手金融機関の部長クラスの年棒が1,300万

円から 1,450 万円という水準は妥当なものと考えられる。このような賃金テーブルが構築

される前には総合職で36等級、一般職で20等級あり、賃金テーブルが固定化されており、

運用面でも問題が生じていた。また、昇級・昇格のルールが、評価との関係において、必ず しも明確になっていなかった。つまり、開示されていなかったため、社内で不平不満が蓄積 されていったそうである。このような見える化による報酬体系を採用することで、頑張った 人が報われる処遇が実現し、各人のモチベーションが向上したとのことである105

当該金融機関のような試みは、2011年当時において、日本の企業では根付いていなかっ たものの、近い将来、このような形で報酬体系が確立されれば、少なくとも現在、米国で検 討されているような報酬パッケージの問題は、日本では起こらないものと考えられよう。

105 2011225日の企業訪問時のヒアリングによる。

表3-13 某日系金融機関の賃金テーブル (千円)

資格 グレード 基本給 職務能力給 基本年収 標準賞与 年間報酬

経営職 12,000 6,000 18,000

理事職 G1 8,100 3,300 11,400 5,500 16,900

G2 8,100 2,700 10,800 5,000 15,800

上級 G1 7,700 2,200 9,900 4,600 14,500

基幹職 G2 7,500 2,000 9,500 4,250 13,750

G3 7,300 1,800 9,100 3,900 13,000

G1 6,750 1,450 8,200 3,500 11,700

基幹職 G2 6,500 1,300 7,800 3,200 11,000

G3 6,250 1,150 7,400 2,900 10,300

(出所)某日系金融機関から提供された資料をもとに筆者作成

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