• 検索結果がありません。

第 5 章 役員報酬の実証分析

5.1. 実証分析の背景

役員報酬の問題は、アメリカやイギリスでは、コーポレート・ガバナンスの最も重要な問 題との一つとして、注目を浴びている。また、経営者や役員がどれくらいの報酬を受け取っ ているのか、その報酬は業績と比較して妥当であるかということも、株主の高い関心となっ ている。これに対して、わが国では経営者や役員がどれくらいの報酬を受け取っているのか、

そしてそれは妥当な額なのかという議論はあまりなされてこなかった107。久保(2010)は、

経営者がどのような報酬を受け取っているのかということを明らかにしないということは 経営者としての目標を提示していないことと同義である、と述べている。さらに、わが国の 役員報酬はどのような形で決定されているのかという問題についても、株主をはじめとし たステークホルダーに明示していない点も問題である108

近年、我が国においては、上場企業を中心に役員報酬の改革への関心が高まっている。経 営陣の報酬については、中長期的な会社の業績やリスクを反映させ、会社の持続的な成長に 向けた健全なインセンティブの一つとして機能することが求められている。経営者を含め た役員の役割を重要視せねばならない経済的状況が、その背景として存在する。

欧米に比較して、日本企業の役員報酬が低いことは、一般的に認識されている。欧米の生 産方式に学び、改良、改善することで成長してきた企業においては、新たなリスクを生み出 し、そこに利益の源泉を求めるという必要性は大きくなかったのかも知れない。多くの企業 において、経営陣の役割は、目前の状況に応じた持続的経営であり、その評価は、欧米程で はなかったと言えるであろう。

欧米企業に追いつけ、追い越せの時代(1980 年代まで)を過ぎ、1990 年代から現時点

(2018年)においては、世界の先頭企業として経営を委託された経営者及び役員の役割は 大きいものと考えられる。その大きさを測る一つの基準は、報酬である。企業の頂点に登る ことができた褒美としての報酬ではなく、経営者もしくは役員として、どれだけの業績貢献

107 わが国ではこれまで商法の規定で経営者報酬は定款或いは株主総会の決議で定めるべきとしているも のの、役員報酬の総額と賞与の総額のみが記載されているに過ぎなかった。

108 乙政(2004)は、(Dechow et al. 1994)の論文を基に、アメリカでは、社外取締役を中心とした報酬 委員会がインセンティブ契約の設計と実施に携わっており、経営者の業績評価の客観性や透明性を確保す る努力がなされていると述べている。

120

がなされたかに応じた報酬である。経営者及び役員の報酬を決めるのは、経営者(社長)で ある。果たして、日本の経営者は、自らの業績貢献を提示し、説明力のある形で経営陣の報 酬を決定してきたのであろうか。

本論部では、1985年3月期から2013年3月期までに公表された上場企業の有価証券報 告書から役員報酬を抽出し、役員報酬と業績の連動性について実証分析を行った。また、

2010年3月期から公表されることになった1億円以上の役員報酬データをもとに、大企業 を中心とした業績との連動性について調査した。

① 役員報酬のインセンティブ効果と企業業績の関係

リーマンショック後の2009年3月期の我が国企業の業績は総じて厳しいものとなった。

営業利益が大幅に減少する企業や、営業利益が赤字に転落する企業も多くみられた。そのよ うな厳しい経営環境の下、多くの企業では人員削減やその他のコスト削減を進めていた。リ ーマン後の厳しい不況は、我が国においても多くの企業の業績を悪化させ、仕事を失ったホ ームレスの若者が増加した。

その厳しい環境下において、1億円以上の役員報酬を受け取っている役員は、有価証券報 告書で開示がなされることとなり、上場企業167社において294人の役員が1億円以上の 報酬を受け取っていることが明らかとなった。

我が国では従業員を評価するにあたり、能力給や成果給の制度は根付きにくいと言われ てきた。とはいえ、営業成績、上司の評価等を利用しての成果給も次第に広まりつつある。

従業員の給与が成果給であるのに対して、企業業績と無関係に役員の報酬が決まるのは問 題である。2009年3月期の例はあくまで1会計年度での話であり、企業の経営は中長期的 視点に立って行うのであるから、たとえ 1 会計年度において営業利益が赤字でも、中長期 的に考えれば、これまでの貢献に対して、それに見合うだけの報酬を受け取っても問題がな いと考えられたのかもしれない。確かに、企業業績には短期の業績と中長期的な業績があり、

本来は、中長期的な業績に対してそれに見合う報酬が連動しているべきではあるが、その企 業で働く従業員にしてみれば、短期の業績で、毎年の給料やボーナスが決まってくるのであ るから、経営陣の報酬も短期の業績を加味しながら、株主に対して説得力のある報酬額にす べきであろう109

109 日本取締役協会による経営者報酬実態調査(2016)『アンケート調査報告書と実証分析』によると、

近年、業績連動型報酬を財務指標に連動させるかたちで設定している企業が増加しているものの。我が国

121

そのためには、我が国においても、役員報酬は企業業績や株価と連動して決定されること が望ましい。したがって、1990年代にアメリカでみられたような議論、つまり、業績連動 型報酬の設計が喫緊の課題であるという考え方が定着し始めたのである。

② インセンティブ効果を持つ役員報酬

アメリカでは、役員報酬として成果に基づく報酬、いわゆる業績や株価など経営者の成果 を考慮した報酬が多くの企業で実施されている。従業員の評価も 360 度評価のような公平 公正な評価を基に、どのくらい企業の業績向上に貢献したかを算出し、成果に基づく報酬が 一般的となっている。特に営業成績など数字で或る程度説得力のある評価が可能なものに ついては、営業パーソンの給料は成果給が一般的になっている。従業員の評価や給料・ボー ナスの支払いが成果に基づいて決定されているにもかかわらず、役員報酬が成果とは無関 係に支払われることについては、問題であるという考え方が徐々に広まったと推測できる。

そこで、1990年代以降、先行研究でもみたように有能な CEO をリクルートするためとい う理由もあるものの、従業員や株主が納得するような報酬設計がなされるようになった。ス トック・オプションや株価連動型報酬などがそれであるが、これらは2000年代初期にCEO の報酬を釣り上げたとして問題視されたものの、現在においても、株価や業績に連動してい るというインセンティブ効果を重視する理由から、一般的な報酬制度として受け入れられ ている。

我が国においても、バブル経済崩壊以降、従業員の人事評価が広く導入され、年功序列型 の賃金制度をとる企業も少なくなりつつある。企業によっては、従業員の給与について、成 果や貢献度によって支払うケースが増えてきている。従業員は、主任、係長、課長代理、課 長、部長と昇進していくに従い、その職位に見合った給料を受け取っていると考えられるも のの、職位に基づく給与を一定金額に抑え、成果に基づく給与が占める比率を高める企業も 多くみられる。

このような環境の下、経営者の報酬が職位のみで決まり、貢献や成果が殆ど反映されない ということでは、従業員に対しても説得力がなくなることになる。我が国においても、役員 報酬が、ストック・オプションや株価連動型報酬など、経営者や役員の貢献によって支払わ れる割合を高めるような報酬設計を導入することが求められている。これにより、経営陣の

の多くの機関投資家は、日本企業の経営者報酬制度に関して、まだまだ問題点があると回答している。

122 インセンティブも高まるものと期待される。