第 6 章 攻めのガバナンスを支える役員報酬改革
6.4. 攻めの経営を促す役員報酬の大改革に向けて
経済産業省の報告書では、企業がグローバルな競争下において稼ぐ力を向上させるため に、経営者に対して、1年という短期の業績ではなく、中長期の業績に連動したインセン ティブを付与することが、国際的なスタンダードになりつつあるしている。また、政府主
136 最高経営責任者(CEO)報酬の国際比較(2015年度)では、日本のCEOの報酬の58%が固定給、残
りの42%が変動給となっており、このうち短期インセンティブの比率が28%、中長期インセンティブの
比率が14%である。これに対して、アメリカでは固定給が11%、短期インセンティブが20%、中長期イ
ンセンティブが69%となっており、役員報酬と中長期の業績との連動性が高くなっている。イギリスや フランスも同様である。
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導の中長期の業績に連動するような報酬の設計は、経営者が適切なリスク・テイクを行う ことが出来るような環境の整備に繋がるであろう。経済産業省は、我が国において、株式 や業績連動報酬の導入を促進すれば、経営者に中長期の企業価値向上のインセンティブを 付与することができ、これまでのようなローリスク・ローリターンの経営から脱却できる と報告書にまとめている137。
これまで我が国企業による中長期のインセンティブ報酬としては、ストック・オプショ ンが活用されてきた。1億円以上の報酬を受け取る役員の報酬でも、ストック・オプショ ンがその内訳に入っていることから、ストック・オプションを業績に連動した報酬として 導入している企業も多くみられた。しかしながら、ストック・オプションは制約も多く、
その仕組みが複雑なこともあり、その導入に消極的な企業もみられた。そこで、ストッ ク・オプションに代わる国際的にも広く用いられており、海外拠点への展開も比較的制約 の少ない「譲渡制限付株式の導入」の導入に向けた制度上の整備が望まれていたのであ る。
2015年6月、政府が主導となってまとめた「コーポレートガバナンス・コード」にお いて、中長期的なインセンティブ報酬として自社株を付与する方法が提言された。これを 踏まえて、経済産業省の研究会は、近年、欧米で普及している一定期間の譲渡制限が付さ れた株式を経営陣に付与する形式の株式報酬を導入するための手続を明確化したのであ る。我が国において、これまで株式報酬の導入が促進されてこなかったのは、会社法上、
株式の無償発行はできないと解されてきたこと、役員に報酬として株式を交付することが できないということがその背景にあった。そこで、実務的に簡易な手法(金銭報酬債権を 現物出資する方法)を用いて、株式報酬などを導入するための手続きが整備されることと なったのである138。
これまで我が国において、株式報酬の導入が促進されなかった背景には、税務上の問題 もある。法人税法上、役員に対する給与については、①定期同額給与、②事前確定届出給 与、③利益連動給与に該当する給与以外の給与については、損金不算入とされていたので ある。業績に連動する給与については、③の利益連動給与にしか該当する余地がなく、こ の利益連動給与は基本的にはその事業年度の利益に関する指標を基礎として算定したもの
137 経済産業省産業組織課(2017)、「「攻めの経営」を促す役員報酬~企業の持続的成長のためのインセ ンティブプラン導入の手引~」、『経済産業省』、平成29年9月時点版.
138 M&Aオンライン編集部、「攻めの経営を促すインセンティブ型報酬とは」、
https://maonline.jp/articles/incentive?
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しか認められておらず、該当しない給与は損金不算入となっていた。平成28年度の税制 改正では、会社に損金算入が認められる役員給与である「利益連動給与」について、連動 の対象となる収益性の指標にROEやROA等が含まれることとなり、同改正では、特定譲 渡制限付株式は、交付時点ではなく、譲渡制限の解除時点で交付された役員に収入が発生 し、交付した会社には損金算入が認められることとなった139。
平成28年6月3日時点での経済産業省の報告書では、「新たな株式報酬としてリストリ クテッド・ストックの導入」と題し、業績向上のインセンティブを効きやすくするため、
業績連動報酬や株式報酬の割合を高め、加えて、パフォーマンスシェアやリストリクテッ ド・ストックといった欧米で一般的に利用されている株式報酬を積極的に導入すべきとし ている。我が国の報酬体系を欧米型にすることで、グローバルに経営人材を獲得し、我が 国の有能な経営人材と統一的な管理を行う体制の構築が可能であると説いている140。
平成29年度税制改正では、株式報酬信託やストック・オプションなど各役員給与類型 について、全体として整合的な税制となるよう見直されるとともに、特定譲渡制限付株 式、ストック・オプションに係る課税の特例の対象が、非居住者役員や完全子会社以外の 子会社の役員にも拡大された。また、「利益連動給与」の名称を「業績連動給与」と改 め、複数年度の利益に連動したものや、株価連動のものも損金算入の対象となった。これ らの対応によって、税務上損金算入が可能なインセンティブ報酬の範囲が拡大し、多様な 業績連動報酬や株式報酬の導入が行いやすい環境が整った。東京証券取引所が2017年9 月5日付で公表している「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況」によると、上 場企業ではすでに89.57%が、インセンティブ報酬制度の導入に対応できていると報告さ れている。また、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割 合を適切に設定することについては、70.8%の企業が既に対応済みであり、今後、コーポ レートガバナンス・コードに対応して、さらに株式報酬の導入を検討する企業が増えるこ とが予想されると報告されている141。
以上のように、我が国において、役員報酬の改革は、着実に進んでいると思われる。そ して、役員報酬制度を改革し欧米並みの中長期インセンティブを導入する企業が我が国で も増えることで、企業の経営スタイルも大きく変化すると予想される。これまでの日本的
139 前掲のM&Aオンライン編集部による。
140 経済産業省産業組織課(2016)「「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬(いわゆる「リスト リクテッド・ストック」導入等の手引~(平成28年6月3日時点版)」、『経済産業省』を参照。
141 M&Aオンライン(Web)を参照。
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経営の負の遺産から脱却し、積極的にリスク・テイクする「攻めの経営」に日本の企業が 転じることで、国際競争力をつける企業が増えるものと考えられる。将来的には、内部昇 進の経営者ではなく、専門的な知識を持った経営者が我が国企業のトップにつくケースが 多く見受けられるようになるであろう。我が国企業のビジネス・スタイルが、これまでと は異なった、より先進的でグローバルな視野に立脚したものとなれば、国際競争に勝ち続 けることも可能となろう。そのためには、中長期の業績と連動した報酬体系が、我が国に おいて早急に導入され、多くの企業がそのような経営の革新を受け入れる必要があろう。
これまでの研究の中には、前述したように日本の経営者報酬は、会計上の利益や株価な ど企業のパフォーマンスと正の相関があることが報告されている。しかしながら、企業の パフォーマンスが経営者の努力水準以外の要因、例えば、産業全体の影響やマクロ経済の 動向などとも正の相関を持っていることも報告されている。これは日本全体の景気が良い 時や輸出関連企業であれば円安の時には、企業の業績と役員報酬が連動しているというこ との裏付けでもある。裏を返せば、マクロ経済のパフォーマンスの向上によって、各企業 の業績が向上している場合、経営者の努力とは別に、報酬が上昇することを意味してい る。
本論文では、経営者報酬や役員報酬が企業の業績とどの程度連動しているのかを検討し てきたが、業績と報酬との間において、正の相関はみられなかった。また、正の相関があ ると報告されている論文を検討した結果、サンプル数を増やせば、統計上有意な結果を得 ることが出来るだけで、我が国企業において、報酬の変化を決定づける要因として企業業 績の変化は機能していないという結果を得た。これは、今までの日本の経営者報酬が、企 業業績と連動するような形で設計されていなかったことに起因する。したがって、我が国 において、役員報酬制度の大改革が行われ、多くの日本企業が持続的成長を可能とするイ ンセンティブプランを受け入れることが期待される。