6.2 海運・海事分野
6.2.5 氷海航行の国際規則
(1)Arctic Guidelines
国際海事機関(International Maritime Organization: IMO)による、北極海における船舶の 航行に関わる統一規則作りは、1987 年のゴルバチョフ・ソ連邦書記長(当時)による北 極海の解放宣言を契機に、1991年にドイツがIMOにおいて、極海域を航行する船舶に対 して船級協会の定める耐氷補強を求める規則をSOLAS Chapter II に盛り込むことを提案 したことに始まる。これを受けて、各国の海事当局・研究者・船社・船級協会などによる 協議が進められ、北極・南極の両極域を対象とした強制力を持つ規則案International Code of Safety for Ships in Polar Waters(Polar Code)が提案された。しかし関係国間のコンセン サスが得られず、1999年のMSC71において、これを非強制なガイドラインとし、SOLAS 条約等の他の規則等と重ならない領域のみについて取り扱うことなどが決定された。特に 各国の見解が分かれた点は、北極・南極の両極域をSpecial Areasに指定すること、EEZ通 航時の当該沿岸国への事前通告、二重底構造についてSOLAS条約よりも高い制約を課す ことなどであった。その後に継続された検討の結果、2002年のMEPC48及びMSC76にお いて、Guidelines for Ships Operating in Arctic Ice-covered Waters(Arctic Guidelines)が採択 された93。
IMOの活動と並行して、南極の環境保全を目的とする南極条約加盟国による会議Antarctic Treaty Consultative Meeting(ATCM)では、南極における船舶航行規則の必要性が議論され、
その結果、IMOに対して、Arctic Guidelinesを南極周辺海域へも適用すべきとの意見が表明 された。2007年にアルゼンチンの南で起きた客船Explorer号の沈船事故も、南極周辺海域 における船舶の航行に対する規則の必要性に対する議論を加速するものとなった。こうし て IMO は2009 年、総会決議として Guidelines for Ships Operating in Polar Waters(Polar Guidelines)を採択した94。Polar Guidelinesは、基本的にArctic Guidelinesの内容を踏襲する ものである。Polar Guidelinesの適用海域を次図に示す。両極域とも基本的には緯度60度以 上の海域であるが、北極については、北大西洋・バルト海などが対象から外れている。
図-6.2.20 Polar Guidelinesの適用海域
93 International Maritime Organization, 2002. Guidelines for Ships Operating in Arctic Ice-Covered Waters.
MSC/Circ.1056, MEPC/Circ.399, 23 December 2002, p. 1 + Annex.
94 International Maritime Organization, 2002. Guidelines for Ships Operating in Polar Waters. A 26/Res.1024 Adapted on 2 December 2009, p. 2 + Annex.
(2)Polar Codeの採択
Polar Guidelines 採択後も、これを強制規則として制定すべきという議論は続けられ、
2014年に第1回のSDC(Ship Design and Construction)においてInternational Code for Ships Operating in Polar Waters(Polar Code)案95について原則合意が為された。またPolar Code を強制コードとするために、SOLAS 並びに MARPOL 両条約を改正することについても SDCにおける原則合意が得られ、改正案文がそれぞれMSC並びにMEPCに送られること となった。MSCではPolar Codeの安全に関わる規則・ガイダンス並びにSOLAS条約の改 正に関して検討が行われ、2014年11月の第94回MSC会議においてResolution MSC.385
(94)96(Polar Code)並びにResolution MSC.386(94)97(SOLAS条約改正)が採択され た。MEPCでは環境保全に関わる内容とMARPOL条約の改正が2015年5月の会議にて採 択された。SOLAS・MARPOL両条約の改正は、2017年1月1日に発効予定であり、これ
をもってPolar Codeが発効する。改正される条約の規定により、既存船あるいはPolar Code
発効前に起工された船舶については、2018年1 月1 日以降の中間検査あるいは更新検査
までにPolar Codeの関連規則を満たすことが求められる。
Polar Code(draft)の内容は、前文・序章に続いて極域における船舶の航行安全に関す
るI-A部(強制規則)及びこれに対するガイダンスを示したI-B部があり、さらに環境保 全に関わるII-A部(強制規則)及びガイダンスのII-B部がある。II-A の表題はPOLLUTION PREVENTION MEASURES [ENVIRONMENTAL PROTECTION MEASURES]
となっており、第1章 油汚染の防止、第2章 有害液体物質による汚染防止、第3章 梱 包された有害物質による汚染防止、第4章 汚水による汚染防止、第5章 廃物による汚染 防止、の全5章から構成される。
(3)船舶の分類とコード適用海域
Polar Codeでは、船舶をCategory AからCの3種類に分類する。これらの分類はそれぞ
れの船舶の設計にあたって想定する氷の状況によるものであり、次のように与えられる。
・ Category A:古い氷(old ice)が混在する少なくとも並みの一年氷(medium first-year ice)
・ Category B:古い氷が混在する少なくとも薄い一年氷(thin first-year ice)
・ Category C:開水域(open water)あるいはCategory A及びBよりも緩やかな氷況
海氷の状況の記述には、世界気象機関(WMO)による定義が用いられている。First-year
Ice(一年氷)は、融解期を超えていない氷であり、厚さによりThin(薄い:30-70 cm)、
Medium(並みの:70-120 cm)、Thick(厚い:120-200 cm)にさらに分類される。融解期 を超えた氷をOld Ice(古い氷)と呼び、その中で2回以上の融解期を超えた氷をMulti-year
95 Draft text of the Polar Code. Submitted by Norway. SDC 1/INF.10., p.1 + Annex.
96 Maritime Safety Committee, International Maritime Organization. 2014. Report of the Maritime Safety Committee on its Ninety-Fourth Session, Annex 6, p. 58.
97 Maritime Safety Committee, International Maritime Organization. 2014. Report of the Maritime Safety Committee on its Ninety-Fourth Session, Annex 7, p. 5.
Ice(多年氷)と呼ぶ。多年氷は厚い氷であるとともに脱塩過程を経て強度が高い氷であ り、船体や推進システムの安全性を考える上でより大きな問題となる。この他、Category C 船舶の定義に現れる開水域は、氷密接度(海面に占める氷の面積率)が 1/10 以下の海域 である。
Polar Codeは南北両極点を中心とする海域に適用される。次図に北極における適用海域
を示す。適用海域は、基本的には北緯 60度以北の海域であり、北極海航路はノバヤゼム リヤ島からベーリング海峡までの全域が対象海域である。北大西洋の一部は対象とはなっ ていない。また、バルト海のボスニア湾並びにオホーツク海北部のベンジナ湾の一部も
Polar Codeの適用を外れる。なお南極周辺海域については、南緯60度以南の海域がPolar
Codeの適用対象海域となる。
図-6.2.21 Polar CodeによるArctic Polar Waterの定義(MEPC 68/21 Add.1, Annex 10)
(4)安全関連規則
I-A部には、下記の章立てにより、極海域を航行する船舶の安全に関わる規則が与えら れる。
1章:総則(General)
2章:極海域航行マニュアル(Polar Water Operational Manual: PWOM) 3章:船体構造(Ship Structure)
4章:区画及び復元性(Subdivision and Stability)
5章:水密及び風雨密性(Watertight and Weathertight Integrity)
6章:機関装備(Machinery Installations)
7章:防火(Fire Safety/Protection)
8章:救命機器・装備(Life-saving Appliance and Arrangements) 9章:航行安全(Safety of Navigation)
10章:通信(Communication)
11章:航海計画(Voyage Planning)
12章:配乗及び訓練(Manning and Training Familiarity)
(5)Polar CodeとIACS統一規則
Polar Code に対する細則として、国際船級協会連合(International Association of Classification Societies; IACS)が船体構造並びに推進システムについての統一規則を定めて いる。この統一規則では、極海域を航行する船舶のアイスクラスとして、7 種類の Polar
Class(PC)を定めている。これらは当該船舶が航行する氷況・季節との関連で定義され
るものである。PC7では一年氷の中の夏季及び秋季の航行に限定されているのに対し、PC1 に対しては氷の種類を問わずに通年航行と、クラスが高いほどより厳しい氷況の中での航 行が想定されている。船体構造及び推進システムに関する規則は、このような想定航行条 件を反映したものとなっている。Polar Code では、航行する氷況の厳しい順に、船舶を
Category AからCに分けて、これらの船舶の耐氷構造やプロペラ寸法について、Category
Aの船舶ではIACS統一規則のPC1からPC5を、Category BではPC6及びPC7を、それ ぞれ参照することとされている。
表-6.2.13 Polar Classの定義(IACS, 2011. Requirements concerning POLA CLASS)
表-6.2.14 アイスクラス間の関係
IACS 統一規則では、船体を各種の領域に分割してそれぞれについて設計氷荷重を与え る。船側及び船底が、船首部(B)・船首中間部(BI)・船体中央部(M)・船尾部(S) に分けられ、船首部以外はさらに分割される。設計氷荷重は、船首部への荷重とそれ以外 に分けて計算される。また、氷荷重の計算には、Polar Classによって異なる Class Factor が考慮され、クラスが高いほど高い氷荷重が与えられる。
図-6.2.22 Polar Classの定義
(IACS, 2011. Requirements concerning POLA CLASS)
(6)カナダ北極海の航行
カナダ北極海における船舶の航行については、極海域の脆弱な環境を海洋汚染から護る ことを目的としたArctic Waters Pollution Prevention Act(AWPPA)が基本法である。AWPPA 下、船舶の航行安全を担保して油流出などの汚染を防止するための各種規則が定められて いる。次図はこの航行安全システムの基本を成すZone Date System(ZDS)に関する海域 区分(Shipping Safety Control Zones)である。ZDSでは、これらの海域に対して、船舶の アイスクラスに応じてそれぞれ航行可能期間が定められている。
図-6.2.23 Shipping Safety Control Zone
(Schedule 2, Shipping Safety Control Zones Order)
表-6.2.15 Ice Multiplier
(The Arctic Ice Regime Shipping System(AIRSS)の表を元に作成)
Zone Date Systemでは、当該船舶のアイスクラスによって各海域における航行可能期間
が決まる。この航行可能期間は、各海域における平均的な氷況をベースに設定されたもの であるが、近年の温暖化による海氷況の変化により、安全に航行可能な氷況であっても規 則により航行が制限されることが問題とされるようになった。このため、Zone Date System による航行可能期間外における航行の安全性を実際の氷況に則して判定するシステムと
Ice Type Ship Category
Open
Water Grey Ice Grey White Ice
Thin Firsr Year Ice 1st Stage
Thin Firsr Year Ice 2nd Stage
Medium Firsr Year
Ice
Thick Firsr Year Ice
Second Year Ice
Multi Year Ice
CAC3 2 2 2 2 2 2 2 1 -1
CAC2 2 2 2 2 2 2 1 -2 -3
Type A 2 2 2 2 2 1 -1 -3 -4
Type B 2 2 1 1 1 -1 -2 -4 -4
Type C 2 2 1 1 -1 -2 -3 -4 -4
Type D 2 2 1 -1 -1 -2 -3 -4 -4
Type E 2 1 -1 -1 -1 -2 -3 -4 -4