5.北極海をめぐるグローバリゼーションおよびガバナンス
準備され、北極域環境保護ストラテジー(Arctic Environmental Protection Strategy)が取り まとめられた。このストラテジーは、8つの関係国による協力の頂点として生み出された ものである。
北極評議会は、この北極諸国 8 か国による北極圏環境保護戦略を母体として、1996 年 のオタワ宣言により、高レベル政府間協議体として設立された。その主な目的は、北極域 を擁する政府間および北極域に居住する先住民族および住民を含んで、北極域における課 題、特に持続可能な開発と環境の保護問題に関し、協力と調整、相互交流をはかるもので ある。評議会には北極域に居住する先住民族の組織に対して与えられた恒久メンバー
(Permanent Participants)資格があり、現在アリュート国際協会(AIA)、北極アサバスカ
ン評議会(AAC)、グウィッチン国際評議会(GCI)、イヌイット環北極評議会(ICC)、
サーミ評議会、ロシア北方民族協会(RAIPON)が加盟している。また、オブザーバーと して非北極諸国の参加も認められ、現在フランス・ドイツ・ポーランド・スペイン・オラ ンダ・イギリス、日本、イタリア、中国、韓国、インド、シンガポールが承認されている。
このうち日本、イタリア、中国、韓国、インド、シンガポールは 2013 年にオブザーバー 資格が新たに認められたメンバーであり、このとき同時にオブザーバー申請していた欧州 連合EUの参加は認められなかった。
北極評議会の閣僚会議は1年おきに議長国にて開催される。開催国は、閣僚会議の結果 をもとに、次の閣僚会議までの間、閣僚会議の準備・政府高官の会議の調整を担当する。
政府高官の会合は半年ごとに議長国にて開催される。評議会の下には6つのワーキンググ ループが組織されており、科学・技術の専門家グループが定期的に会合を開催し、政府高 官級会議にその成果が報告されている。
* Arctic Contaminants Action Program(ACAP)
* Arctic Monitoring and Assessment Programme(AMAP) * Conservation of Arctic Flora and Fauna(CAFF)
* Emergency Prevention, Preparedness and Response(EPPR) * Protection of the Arctic Marine Environment(PAME) * Sustainable Development Working Group(SDWG)
ワーキンググループの所掌は閣僚会議の結果による公式文書である宣言に基づいて定 められており、これに基づいてプログラムおよびプロジェクトを遂行することがワーキン ググループの責務となっている。各ワーキンググループは事務局、委員長、運営委員会を 持っている。運営委員会は通常、加盟国の政府機関および恒久メンバーからの代表が務め ている。オブザーバー国・団体からも同様にワーキンググループ会合およびそのプロジェ クトに参加することができる。評議会および下部組織のすべての決議は、8つの評議会メ ンバー国の合意によるものである。
(2)北極評議会の法的側面づけ25
北極評議会を設立したオタワ宣言は法的拘束力を有する国際文書ではない。このため、
北極評議会もまた国際法上の国際機関とみなされるかについては、疑問視されている。同 様に、北極評議会によって採択された諸文書(手続規則や閣僚宣言など)も国際法上の拘 束力を有するものではなく、政治的文書ということができよう。北極 SAR 協定および北
極MOPPR協定は、閣僚会合によって設立されたタスク・フォースで交渉は行われたもの
の、あくまで北極評議会の閣僚会合にあわせて署名がおこなわれたのであり、北極評議会 自体によって採択されたのではない。
5.2.2 北極評議会の活動
北極評議会が運営するワーキンググループでは、越境汚染、資源開発、核実験等による 先住民族および北極圏の住民への健康被害の状況、北極海の海洋環境の変化と生物多様性 へのリスク、船舶航行や資源開発による環境汚染リスクなど、北極圏の環境リスクおよび 住民の健康被害リスクなどに関し、科学的研究や対策などに関する広範な情報を多くのレ ポートを通じて明らかにしてきた。これらのレポートは、北極のおかれている最新の状況 や課題を科学的な視点で明らかにすることで、関係各国やステークホルダーが政策・活動 方針を築く上での重要な情報となっている。またワーキンググループは、北極問題の最新 の科学的情報発信の場であるとともに、オブザーバー国における北極問題への貢献活動の 場としても重要な位置を占めている。これらワーキンググループの活動に関しては 6.5.2 に記す。
北極評議会は、安全保障については検討対象としていない。また条約・規則を策定する こともその活動目的とはなっていない。ただし唯一、北極評議会が定めた規則として、『北 極海における捜索・救難活動に関する国際規定』、および『北極海における石油開発・海 洋活 動 か ら の油汚 染防止へ の協力 に関す る枠 組み協定 計 画;Framework Plan for Cooperation on Prevention of Oil Pollution from Petroleum and Maritime Activities in the Marine
Areas of the Arctic』がある。前者は2009年トロムソで開催された閣議において、北極海に
おける捜索・救難活動に関する国際規定を設けるためのタスクフォース設立が決まり、
2011 年ヌークにおける閣議において、北極海における航空および船舶による捜索・救難 に関する合意事項として署名された。その内容は、捜索・救難活動に関して各国が分担す る海域を定義し、加えて関係国は適切な協力を行うものとなっている。その後北極評議会 メンバー国は、関連する国内制度を整備するとともに、カナダが合意書の被供託国となっ た。またカナダでは、2011年10月にユーコンで、北極評議会初の捜索救助演習を実施し た。
25 武井良修、北極評議会の組織と活動、笹川平和財団 海洋情報特報、
http://oceans.oprf-info.org/analysis_ja02/b130731.html、2016年1月閲覧。
油による海洋汚染への準備・対応(MOPPR)についてのタスク・フォースは2011年に設 立された。MOPPRタスク・フォースは2012年にかけて協定の交渉を行うとともに、EPPR に油流出対策ガイドラインの作成を依頼した。これを発展する形で、2013 年のキルナ宣 言では、『北極海における海洋油汚染防止タスクフォース;Task Force on Arctic Marine Oil Pollution Prevention』が発足し、油による海洋汚染の防止に関する行動計画その他の取極 めを策定することが決まった。『北極海における石油開発・海洋活動からの油汚染防止へ の協力に関する枠組み協定計画』は、このタスクフォースによる提言によるもので、2015 年の閣僚会合において採択された。ここでは、石油開発活動からの油汚染防止および海上 航行活動からの油汚染防止に関し、関連情報の共有、基準およびベストプラクティスの確 立、モニタリング、影響調査などに関する協力などが示された。
図-5.2.1 北極海の捜索・救難海域の所掌
5.2.3 オブザーバーステイタスをめぐる動向
地球温暖化と気候変動が北極域において顕著に進行する中、こうした環境変化が北極圏 以外の地域環境の変化につながることに加え、北極圏が新たな経済・産業・社会活動の場 になる可能性が拡大しはじめたことから、北極圏以外の国・地域においても、北極に対す る関心がたかまってきた。北極評議会は、非北極圏諸国・国際機関・非政府機関(NGO)
をオブザーバーとして受け入れてきた。1996 年の北極評議会発足後、1998年に採択され た手続規則26のもと、同年、英国、ドイツ、オランダ、ポーランドの4国が恒久オブザー バーとして承認された。その後2000年にフランス、2006年にスペインが承認された。こ のほか、この規約のもとで、9つの政府間・議員間組織、11のNGOが恒久オブザーバー として認められていた。
その後、2009年の閣僚会合(トロムソ)において、2007年からアドホック・オブザー バーとして参加してきた中国と、2008 年からアドホック・オブザーバーとして参加して きた韓国がオブザーバー申請を提出した。日本も初めて、オブザーバー申請を行った。こ の一連の申請に対して北欧諸国のメンバーは、評議会の拡大に概ね好意的姿勢をとったが、
その他のメンバー国は、自国の位置の相対的な低下を恐れて、反対の立場をとった。また、
メンバー国間における恒久オブザーバー資格のあり方に関する意見の相違もあり、これら の申請は否認された。なお日本はこの年からアドホック・オブザーバーとなった。
2011 年、北極評議会は、全ての恒久オブザーバー申請の受理を保留するとともに、新 たに恒久オブザーバーの承認条件を定めた。その内容は、恒久オブザーバー国は、北極圏 諸国の主権、北極に関する権利と管轄権、北極海に関する広域的な法的枠組みならびに国 連海洋法条約と、この条約が北極海に関する責任ある管理の確固たる基礎を提供すること、
を尊重することを求めるものであった。
そして 2013 年、2 年前に定められた資格基準のもと、保留されてきた恒久オブザーバ ー資格申請が受理され、この年にあらたに加わったインド、シンガポール、イタリアとと もに、保留されてきた日本、韓国、中国が恒久オブザーバーとして承認されるにいたった。
また同年には、新たにオブザーバー・マニュアルも策定された。
こうして多くの非北極圏諸国が、北極評議会への参加を求めて活動を展開し、評議会の アクターは拡大した。しかし恒久オブザーバーの役割は、会議へのオブザーバー参加、ワ ーキンググループ活動への参加、プロジェクトの提案、文書による意見提出、などに限ら れている。北極評議会が、北極圏における種々の事案に関する他国間協議の場になってい るとはいえ、依然として、議論の場は非北極諸国には限られているのが現状である。一方、
北極圏、特に北極海の産業利用は海運や資源開発など拡大傾向にあり、そのアクターは非 北極諸国に拡がっている。北極沿岸諸国による多国間の協議体である北極評議会は、非北 極諸国の参加を得てグローバル化を図ることができるのか、あるいはイルリサット宣言に みられるような地域限定の協議体の様態を続けるのか、今後も注視が必要である。
26 オブザーバーの許可の基準(「北極評議会の作業への貢献」)および資格停止について定められた。