3.15 水資源開発管理の課題
3.15.5 水資源・灌漑開発の課題および水資源管理の課題
(1)水資源・灌漑開発の課題
1)タイ東北地方における開発貯水量と灌漑面積の推移
タイ東北地方の近代的灌漑開発は、20世紀半ば以降から段階的にすすめられてきた。開発は第 2次大戦後まもない1951年にRIDによる堰灌漑と小規模ため池灌漑のパイロット事業で開始され ている。一方、ムン川流域のTung Samrit灌漑事業のように、貯水池を持たない河川の取水堰灌漑 事業も進められたが、河川流量が安定しないタイ東北地方固有の水文状況下においては灌漑の効 果は非常に限定的であった。
1960年代に入って、NESDBにより「タイ東北地方開発計画(1962~66)」が策定され、長期的 開発の視点から大規模貯水池の建設と大規模灌漑計画が提案された。1980年代にはUbonratダム
(2,264MCM)、Lam Paoダム(世銀融資,10,430MCM)、Sirinthonダム(円借款, 1,966MCM)とい った大規模貯水池が日本及び国際機関からの融資によって建設された。また同時期に進められた 中規模灌漑施設の建設により、1970年に約160,000ha(1,000,000rai)であった灌漑面積が1980年 代半ばには約330,000ha(2,060,000rai)に倍増している。
60 年代から 80 年代半ばにかけて実施された大規模灌漑事業は貯水池建設を伴ったが、住民移 転が困難であること、貯水ダム適地がなくなったことから貯水池建設を伴う大規模事業はその後 実施されなくなった。1980 年代半ばより大規模灌漑に代わり中規模灌漑事業が計画されはじめ、
2005年までに中規模灌漑事業による灌漑面積は約15.8万ha(987,500rai)にまで拡大した。
一方、1970年代後半から、RIDは即効性があり短期間でなるべく多くの地域の住民に便益を与 える小規模灌漑・水資源開発を積極的に実施していった。また、エネルギー開発促進局(DEDP)
による電気ポンプ灌漑施設建設も数多く実施されていった。チー・ムン流域においては1982年で 79 箇所のポンプ場で約 20,000ha(125,000rai)の灌漑面積であったものが 2000 年には 653 箇所 160,000ha(1,000,000rai)を超えたとされている。
タイ東北部の内陸での水源開発は限界に近づいてきたため、コン・チー・ムン計画の名の下に 42年間3フェーズにわたりタイ東北地方15県の約800,000ha(5,000,000rai)を灌漑し、その水源 をメコン河本流に求める計画と実施が1992年から2000年までDEDPによって進められ、チー川 およびムン川に約20箇所の堰とポンプ灌漑施設の建設が実施された。しかしながら、この計画は 1997年の経済危機により大規模な投資が不可能になり、メコン河本流からの乾季の取水という問 題もあって頓挫することとなり水源の手当はされないまま今日に至っている。この計画の下、
DEDP によって建設されたチー川、ムン川の堰群およびポンプ灌漑施設は、DEDP の組織解体に よってすべて RID に移管され、小規模ポンプ施設はさらにタンボン自治体に移管された。現在、
そのうちのチー川の4箇所の堰はRIDによってチー川中流域統合水管理プロジェクトとして運用 改善が実施され、追加ポンプ灌漑施設の建設が計画されている。他方、ムン川流域の堰群は、い まだ個別の運用が行われている。
タイ国タイ東北地方の水資源管理に係る基礎情報収集・確認調査 ファイナルレポート
このようにして進められてきたタイ東北地方での水資源開発、灌漑面積の拡大事業により、2010 年現在で、水資源の貯水量と灌漑面積は以下のとおりとなっている(詳細は表3.5.1参照)。
表3.15.2 2010年におけるタイ東北部での水資源貯水量と灌漑面積
Basin Large Scale Project Medium Scale Project
Pump Irrigation
Project Total Basin Area
(km2)
Farm Area (1,000rai)
Storage (MCM)
Irrigation Area (1,000rai)
Storage (MCM)
Irrigation Area (1,000rai)
Storage (MCM)
Irrigation Area (1,000rai)
Storage (MCM)
Irrigation Area (1,000rai)
Khong 46,460 12,200 984 395 310 404 - 479 1,294 1,278
Chi 49,480 15,790 4,089 1,130 43.10 305 - 726 4,540 2,161
Mun 69,700 25,070 3,235 928 910 775 - 339 4,145 2,042
Total 165,640 53,060 8,308 2,454 1,671 1,484 - 1,544 9,979 5,481 注:上表には小規模灌漑事業の貯水量と灌漑面積は含まれていない。
次に、現在までの水資源及び灌漑開発の経緯を下図に示す(ポンプ灌漑面積は含まれていない)
が、図からも貯水池開発がその限界に近づいている傾向が明確に読み取れるように(1986年以降、
特に2000 年以降)、今後は水資源開発における主要な施設である貯水池の開発は容易ではなく、
現状、以下の問題に直面している。
第 1 に技術的に大規模、中規模の貯水池建設に適した地形条件が少なく、すでに適地は概 ね開発されている。
第2に、灌漑面積は水資源量に制約を受けることから、灌漑面積の増加も同様の傾向にあ ると考えなければならない。
0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 9,000 10,000
1962 1966 1971 1976 1981 1986 1991 1996 2001 2006 2010
Year Storage Volume
(MCM)
0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 4,000 Irrigation Area
(1,000rai)
Irrigation Area (1,000rai)
Storage Volume (MCM)
Data Source : Irrigation Project Information System 2009, RID
2)タイ東北地方での水資源量のバランスと課題
タイ東北部全体における過去30年間の平均的な水資源のバランスを検討した。結果は表3.15.3 に示すとおりである。
図3.15.2 大・中規模プロジェクトによる貯水量と灌漑面積の推移
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表 3.15.3 タイ東北地方の水資源バランス Water Volume MCM / year No. Items Khong
Basin
Chi Basin
Mun Basin
Northeast (NE)
%
(%)
Remarks - Basin Area (km2) (46,460) (49,480) (69,700) (165,640)
- Rainfall (mm/year) (1,593) (1,279) (1,314) (1,381) - 1 Rainfall Volume 74,000 63,200 91,600 228,800 100 2 Evaporation &
Seepage (1) 48,400 49,000 66,600 164,000 72 3 Potential Surface
Runoff 25,600 14,200 25,000 64,800 28 (100)
Runoff to the channel 4
Developed Water Resource (Present Water Demand)
2,500 4,500 5,800 12,800 [6]
(20)
Irrigation, Domestic Water Use, etc.
5
Unused Runoff (Drained to Mekong river)
23,200 9,400 16,200 48,800 [21]
(75)
Almost discharged during Aug., Sep.,
Oct. & Nov.
6 Evaporation &
Seepage (2) -100 300 3,000 3,200 [1]
(5)
Mainly from reservoir & river
図 3.15.3 タイ東北地方の水資源バランス
地域降雨 (NE全体平均で1,381mm)により得られる2,288 億m3 (No.1)のうち河川への流 出となるのは648億m3 (No.3)であり、この水量差1,640億m3 (No.2)は、地表に降った雨が 川に流れ出るまでに蒸発や地中への浸透で失われる分であり、天水農業で利用されている農業用 水などはこの部分に依っている。
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図3.15.4 チー川E18観測点における流量
河川に流出する648億m3 (No.3)のうち、その約20%に当たる128億m3(No.4)は灌漑用水、
都市用水、生活用水等に使用されている。残り80%の水量のうち約5%の32億m3 (No.6) が貯 水池や河道からの蒸発などにより消失する。
従って、今後更に開発可能な水資源量は、残りの488億m3(約75%)(No.5)であるが、図3.15.4 に示されているハイドログラフからわかるように、年によるバラつきはあるが、そのほとんどは 8月から11月の雨期の間に流出し、最終的にメコン河に流出する。
タイ東北地方における灌漑農業は大部分が水田であり、雨期の稲作には特に5月、6月、7月の 河川水の少ない時期に灌漑水としての稲作補給水が必要であり、また、乾期稲作を行う場合には、
ほとんど河川に水が流れていない、概ね1月から5月の期間に灌漑水が必要となる。従って、タ イ東北地方における水資源開発上での大きな課題は、8月から11月にその大部分がメコン河へ流 出してしまう488億m3の水量の中から、水資源として灌漑などに有効に利用するためには、その 必要水量を貯留しておく貯水池が必要となることである。
なお、表 3.15.3 の中で、コン流域において No.6 で示される Evaporation & Seepage の水量が
-100MCMとなっているのは、水位データがメコン河の水位の影響を受けており、メコン河からの
流入分が含まれているためと考えられる。
3)今後の水資源開発・灌漑面積拡大の可能性
① 貯水池建設を含む大規模灌漑開発
現在、タイ東北地方で進行中の大規模貯水池を含む灌漑開発計画は、チー流域の上流部のチー 川上流域水資源開発計画のみであり、下記の大規模、中規模貯水池計画が含まれている。しかし、
Chi Bon Dam, Yang Na Dee Damの貯水池については、現在EIA調査(土地補償を含む)などは完了 し国家環境委員会(National Environmental Board:NEB)の承認を受けているが、塩害に関する特
Average Monthly Discharge Monthly Discharge Distribution
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別調査が必要とされている。また、Prong Khun Pet reservoir計画ではEIAとSIAの承認待ちであり、
また土地補償の問題も残されており、いずれも事業実施の時期に関しては明確になっていない。
表3.15.4 チー川上流域水資源開発計画の貯水池計画
No Project Name Province Amphoe Tambon
Capacity (mcm)
Irrigation area (rai) 1 Chi Bon dam Chaiyaphum Nong Bua Dang Ta Yai 325 34,335 2 Yang Na Dee dam Chaiyaphum Ban Kwao Chi Bon 70 165,300 3 Prong Khun Pet reservoir Chaiyaphum Bum Ned Na RongKok Pet Patana 97
4 Lum Sa Pung reservoir Chaiyaphum Nong Bua Dang Nong Wang 32 24,000 5 Ban Loan Yod Chi reservi Chaiyaphum Nong Bua Dang Nang Dad 26 15,000 6 Klong Cha Roen reservoir Chaiyaphum Nong Bua Dang Nang Dad 12 5,000 7 Lam Jien reservoir Chaiyaphum Puk Dee Chum Po Ban Jieng 50 40,000 8 Pra Ar Jarn Juer reservoir Chaiyaphum Sub Yai Ta Kube 30
9 Wang Da Lard reservoir Chaiyaphum Bum Ned Na RongHuai Yai Jiew 25 13,000 10 Chi Long reservoir Chaiyaphum Ban Kwao Pu Ka Land 11 6,000
678.21 302,635 Total
今後の東北地方における貯水池を含む大規模灌漑開発については以下の点が指摘できる。
第1に技術的に大規模、中規模の貯水池建設に適した地形条件が少なく、すでに適地は概 ね開発されている。
第2に、貯水池建設に伴う住民移転、土地補償や魚類等への環境影響等に対する問題解決 と合意形成が困難になってきている。
第3に土地補償や環境対策などによる工事期間の長期化と補償額の上昇等による貯水池 建設の経済性(費用対効果)が悪化している。
② コン流域の水資源・灌漑開発の可能性
コン流域のHuai Mong Projectで実施された水資源と灌漑の開発形態は、コン流域でメコン河に 注いでいる 21 の支流のうちのいくつかの河口部で、今後応用が可能であるものと考えられる。
Huai Mong Projectでは、メコン河への合流点近くに河口堰が建設され、河口堰部の背面にある低
平地にできる貯水を水源として利用し、この貯水池及びHuai Mong川沿いで、ポンプ灌漑を展開 し雨期8,640 ha(54,000rai)、乾期4,000 ha(25,000rai)の灌漑を実施している。貯水池の水量が不 足する場合には河口堰に併設されたポンプによりメコン河から揚水し、補給する。
現在、Huai Luangの河口部でも同様の計画があり、14,864ha(92,900rai)を灌漑する計画である。
また、ナコンパノム県のNam Kanでも河口堰が建設されており、上流部にも堰を建設して、全体 で26,400ha(165,000rai)を灌漑する計画となっている。
なお、これら河口部背面の湿地や貯水池の開発においては、野生生物や野生植物のエコシステ ムの保全や住民の漁業や農業を含む生活スタイルに注意を払うなど、自然環境、社会環境に十分 に配慮する必要があり、また、住民意思とも協調した調和のとれた開発計画とする必要がある。