第 8 章 最低次の QED 過程
8.1 断面積
ある素粒子の反応が起きる確率振幅に関係して,実験的に得られる量は断面積である.素粒子1,2の反応 1 + 2−→3 +· · ·+i+· · ·+n (111) において,検出器に単位時間に入る終状態の粒子iの個数dNを
dN =V ρ1ρ2vreldσ (112)
と書き,この式で微分断面積dσを定義する.ここに
• V: 空間の体積
• ρ1, ρ2: 粒子1,2の数密度
• 粒子1,2の 相対速度
vrel≡
√(p1·p2)2−(m1m2)2
E1E2 (113)
– 粒子1,2の4元運動量をそれぞれp1≡(E1,p1), p2 ≡(E2,p2),質量をそれぞれm1, m2とした.
p1·p2は4元内積である.
– これは2粒子の速度が平行(反平行や一方の速度がゼロとなる場合を含む)となる場合には,
その相対速度
v12≡ p1 E1
−p2 E2
の大きさを与える.
2粒子の重心系や一方の粒子の静止系(実験室系)ではこの条件が満たされている.
– この 相対速度 の定義は,上式で定義される微分断面積dσが不変量,
すなわちスカラーであることを保証する.
– 相対速度を粒子2の静止系における粒子1の速度と定義する流儀もあり,
このとき相対速度はその定義によって不変量となる[5, p.39]. この流儀については後述する.
である.単位時間に散乱される粒子iの個数は,検出器の方向に散乱される粒子数(112)の全方向についての 和として
N =V ρ1ρ2vrelσ (114)
と表される.ここでσ=∫
dσは微分断面積dσの全方向についての和であり,これを全断面積(または単に 断面積)と呼ぶ.全断面積をσtotと書くこともある[3, pp.129–130].
ここで粒子2を標的粒子と見なしてその静止系をとると,入射粒子1どうし,あるいは散乱体2どうしの相 互作用は無視できるから,断面積σは入射粒子数の流束ρ1vrelや散乱体の個数ρ2V には依らない [6].この ため断面積σは散乱される粒子数N に比例した,素粒子の反応に固有の量であり,それゆえ実験の詳細に依 らずに素粒子の反応の性質そのものを特徴付ける量であると言える.
σが断面積と呼ばれるのは以下の事情による.粒子2の静止系をとると,粒子2に対し相対速度v12=vrel
で粒子1が入射してくる.ここで図4のように標的粒子2が断面積σの広がりを持ち,ここに粒子1がぶつ
図4 標的粒子2の断面積σに粒子1がぶつかる度に素粒子の反応(111)が起こると考える.
かりさえすればその度ごとに素粒子の反応(111):
1 + 2−→3 +· · ·+i+· · ·+n
が起こると考える.このとき単位時間に断面積σ に達する粒子1は図 4 の体積vrelσ の円筒に含まれる ρ1vrelσ個であり,体積V の中に含まれる粒子2はρ2V 個あるから,単位時間に散乱される粒子iの個数は 式(114):N=ρ2V ×ρ1vrelσとなる[3, p.130].
ここで
w: 終状態の粒子の運動量とスピン・偏極を指定した素粒子の反応(111)が 単位時間に起きる確率,すなわち遷移率,
dW : 終状態の各粒子f が指定したスピン・偏極を持ち,
各粒子fの運動量pfが運動量の範囲d3pf′に含まれるようなミクロな状態の数
とすると,1組の粒子対1,2について終状態の各粒子を運動量の範囲d3pf′に得る確率は単位時間あたりwdW である.体積V の中に粒子1,2はそれぞれρ1V, ρ2V 個あるから,体積V の中で起きるこのような反応の総 数は(ρ1V)(ρ2V)wdW である.終状態が2個の粒子から成る反応を考え,終状態の粒子を改めて1,2と呼ぶ ことにする.粒子1の運動量の範囲d3p1′が占める立体角dΩ1′を散乱中心から見た検出器の立体角dΩにと ると,
dN =
∫
p2′,|p1′|
(ρ1V)(ρ2V)wdW (115)
となる.これを粒子数の式(112)と等置すると,微分断面積dσは dσ= 1
vrel/V
∫
p2′,|p1′|
wdW =
∫
p2′,|p1′|
dσ′ で与えられる.ここに
dσ′≡ wdW vrel/V
は終状態の粒子1,2のスピン・偏極と運動量の範囲d3p1′,d3p2′を指定した反応の断面積である.
なお教科書には「我々が採用する状態ベクトルの規格化条件の下では,体積V の中に散乱中心がひとつ含まれ」(p.149) とある.確かに場の演算子のFourier展開を用いて,∫
ψ†ψdV などの真空期待値が1になることを示し得る.そこで教
科書にならって,空間の体積V の中に1個の散乱中心が含まれることを考慮すると,ρ1vrel=vrel/V, ρ2V = 1となるの で,式(112)は
dN= dσvrel
V
と書ける.一方,体積V に含まれる散乱中心が1個だから,単位時間に検出器に入る粒子1の個数dNは粒子1が検出 器の方向に散乱される確率に他ならない.これに注意すると,式(115)は
dN =
∫
p2′,|p1′|
wdW と簡略化される.これらを等置して,再び上式
dσ=
∫
p2′,|p1′|
dσ′, dσ′≡ wdW vrel/V
を得る.
与えられた素粒子の反応(終状態の粒子数は任意)に関するS行列要素は Sf i =δf i+ (2π)4δ4(∆p)∏
i
( 1 2V Ei
)1/2∏
f
( 1 2V Ef′
)1/2∏
l
(2ml)1/2M
という形に求まる(MはFeynman振幅).ここでpi = (Ei,pi)(i = 1,2) は始状態の粒子の4元運動量,
pf′ = (Ef′,pf′)は終状態の粒子の4元運動量,lは外線レプトンを表す.また∆p≡∑
pf′−∑
piは反応前 後のエネルギー・運動量の変化である.∆p̸= 0となる反応(したがってδf i= 0となる反応)を考えると,式 に現れるδ4(∆p)によりS行列要素がゼロになるため,このデルタ関数はエネルギー・運動量保存則を表して いる.S行列要素から遷移率wが求まり,
dσ′= (2π)4δ4(∆p) 1 4Ep1Ep2vrel
(∏
l
(2ml) )
∏
f
d3pf′
(2π)32Ef′
|M|2 が導かれる(始状態の粒子のエネルギーは実際の値Ep≡√
p2+m2に設定). ここから終状態が2個の粒子から成る反応について,重心系での微分断面積の表式
(dσ dΩ
)
CoM
= 1
64π2(Ep1+Ep2)2
|p1′|
|p1| (∏
l
(2ml) )
|M|2 (116)
が導かれる(pp.148–151).
8.1( 断面積 ) について
■ 相対速度 vrelの定義式(113) 粒子1,2の質量をm1, m2,4元運動量をp1= (E1,p1), p2= (E2,p2), その4元内積をp1·p2として式(113):
E1E2vrel =√
(p1·p2)2−(m1m2)2
で 相対速度 vrelを定義すると,これは粒子1,2の速度が平行となる場合には実際の相対速度の大きさを与 えることを確かめる.粒子の質量をm,座標をxµ= (t,x),固有時間をτ,4元速度をuµ= dxdτµ,座標時間 tで測った速度をv=dxdt とすると,粒子の4元運動量pµ= (E,p)は
pµ≡muµ=mdxµ dτ =
( m
√1−v2, mv
√1−v2 )
で定義されるので,
v= p
E, ∴v1= p1 E1
, v2= p2 E2
と表される.これに注意すると実際の相対速度は v12≡v1−v2= p1
E1 − p2
E2
=E2p1−E1p2
E1E2
と書けるので
(E1E2v12)2=E22|p1|2∓2E1E2|p1||p2|+E12|p2|2 を得る.ところで,2粒子の速度が平行となる場合にはp1·p2=±|p1||p2|だから
(p1·p2)2−(m1m2)2= (E1E2∓ |p1||p2|)2−(m1m2)2 であり,辺々引くと
(E1E2v12)2− {(p1·p2)2−(m1m2)2}=−(E12− |p1|2)(E22− |p1|2) + (m1m2)2
=−(m1m2)2+ (m1m2)2= 0,
∴v12=
√(p1·p2)2−(m1m2)2 E1E2
=vrel となるので示された.
■断面積の不変性 相対速度 vrelの定義式(113)が式(114)で定義される断面積σの不変性を保証してい ることを確かめる.単位時間に散乱される粒子数が式(114):
N =V ρ1ρ2vrelσ で与えられることは,時間T の内に散乱される粒子数が
ν =V T ρ1ρ2vrelσ (117)
であることを意味する.まず上式(117)右辺におけるρ1ρ2vrelの変換則を考えよう.そこで式(113)を E1E2vrel =√
(p1·p2)2−(m1m2)2
と書き換えると,この右辺は,従って左辺はスカラーである.ここでE1, E2およびρ1, ρ2はそれぞれ4元運 動量,4元粒子数流速の時間成分を成すため,これらはいずれも反変ベクトル成分として変換する.よってν の式(117)におけるρ1ρ2vrelもスカラーとなる.さらに時空の与えられた領域の体積V T はLorentz不変量 であり*6,その中で起こる散乱の回数νもまた座標系に依らないから断面積σはスカラー,すなわち相対論的 不変量でなければならない[3, pp.129–130] [5, pp.38–40].
∗
もし相対速度を粒子2の静止系における粒子1の速度vrとして定義するならば,vrは定義によって不変量 となる.このvrを用いる場合,任意の座標系で散乱される粒子数を
ν =V T ρ1ρ2vrσp1·p2
E1E2
と書いてこの式で断面積σを定義すれば,σは不変量であることが保証される[5, pp.38–40].
*6体積の変換に関わるJacobianは,異なるLorentz系の間では√
−g= 1である.
■断面積の表式 重心系での断面積の表式(116)は次のように確かめられる(pp.148–151).与えられた素粒 子の反応に関するS行列要素
Sf i =δf i+ (2π)4δ4(∆p)∏
i
( 1 2V Ei
)1/2∏
f
( 1 2V Ef′
)1/2∏
l
(2ml)1/2M
に対する遷移率w=|Sf i|2/T(ただしT(→ ∞)は反応時間)を考えよう.デルタ関数の2乗については,反 応時間T と空間の体積V を十分大きい有限の値にとると
(2π)4δ4(∆p) =
∫
d4xeix·∆p≃
∫ T /2
−T /2
dt
∫
V
d3xeix·∆p≡δT V(∆p), [δT V(∆p)]2≃
(∫ T /2
−T /2
dt
∫
V
d3xeix·∆p )
×{
(2π)4δ4(∆p)}
=T V(2π)4δ4(∆p) (最後の等号ではδ4(∆p)があるからeix·∆pを∆p= 0として評価した) とできるから,単位時間あたりの遷移確率すなわち遷移率は
w=|Sf i|2
T ≃V(2π)4δ4(∆p) (∏
i
1 2V Ei
)
∏
f
1 2V Ef′
(∏
l
(2ml) )
|M|2 と書ける(T → ∞のとき,Sf iにおけるδf iの項からの寄与はゼロになる).
ここで終状態が2個の粒子から成る反応を考え,終状態の粒子を改めて1,2と呼ぶことにする.1つの粒子 に関するミクロな状態1つが位相空間に占める体積はh3= (2πℏ)3= (2π)3だから(自然単位系でℏ= 1) [7], 終状態に粒子1,2が(空間の体積V の中に)運動量d3p1′,d3p2′の範囲内に見いだされるようなミクロな状態 の数は
dW = Vd3p1′
(2π)3 ·Vd3p2′
(2π)3 である.よって
dσ′≡wdW vrel/V
= V vrel
×V(2π)4δ4(∆p) (∏
i
1 2V Ei
)
∏
f
1 2V Ef′
(∏
l
(2ml) )
|M|2×Vd3p1′
(2π)3
Vd3p2′
(2π)3
=(2π)4δ4(∆p) 1 4Ep1Ep2vrel
(∏
l
(2ml) )
∏
f
d3pf′
(2π)32Ef′
|M|2
×4× 1 24 ×22 を得る.ここに
∏
f
d3pf′
(2π)32Ef′ ≡ d3p1′
(2π)32Ep1′ · d3p2′ (2π)32Ep2′
である.
このdσ′の表式がLorentz不変量であることを確かめておこう.まずδ(∆p)がゼロにならない条件∆p= 0 はベクトルの関係式なのでLorentz変換に対して共変的である.次に4元ベクトルp= (p0,p)に対して
p2−m2= (p0)2−(p2+m2) = (p0−Ep)(p0+Ep), Ep≡√
p2+m2
に注意すると,∏
f
d3pf′
(2π)32Ef′ について,
∫
d4pδ(p2−m2)θ(p0) = d3p 2Ep
となる(p0 についての積分だけ実行した).左辺はδ(p2−m2)がゼロにならない条件p2−m2 = 0がス カラーの関係式なので,p0 の符号を変えない変換を考えるとこれは不変量である*7.さらに上記のように Ep1Ep2vrelは不変量である.以上よりdσ′の表式はLorentzスカラー,すなわち相対論的不変である.
さて,微分断面積dσ=
∫
p2′,|p1′|
dσ′を求めよう.上で得たdσ′を
dσ′=f(p1′, p2′)δ4(∆p)d3p1′d3p2′=f(p1′, p2′)δ(∆p)δ(∆E)d3p1′d3p2′, f(p1′, p2′)≡ 1
64π2vrelEp1Ep2Ep1′Ep2′
(∏
l
(2ml) )
|M|2,
∆p≡p1′+p2′−p1−p2,
∆E≡Ep1′+Ep2′−Ep1−Ep2
と書いておき,まずこれをp2′について積分すると
f(p1′, p2′)|p2′=p1+p2−p1′δ(∆E)d3p1′
となる.さらにp1′を極座標で表し,運動量空間の体積要素d3p1′を各極座標が無限小変化して得られる領域 の体積|p1′|2d|p1′|dΩ1′にとり,これを|p1′|について積分すると
dσ=dΩ1′∫ ∞
0
f(p1′, p2′)|p2′=p1+p2−p1′|p1′|2δ(∆E)d|p1′|
=dΩ1′∫ ∞
0
f(p1′, p2′)|p2′=p1+p2−p1′|p1′|2δ(∆E)
( ∂|p1′|
∂(∆E) )
|p2′|
d(∆E)
=dΩ1′
f(p1′, p2′)|p2′=p1+p2−p1′|p1′|2
{(∂(∆E)
∂|p1′| )
|p2′|
}−1
∆E=0
を得る.ここで始状態の粒子の運動量p1,p2は与えられており,∆Eは|p1′|と|p2′|の関数であることに注 意した.
以下,重心系(CoM)を用いるとp1′ =−p2′より (∂(∆E)
∂|p1′| )
|p2′|
= ( ∂
∂|p1′|(Ep1′+Ep2′) )
|p2′|
= ∂
∂|p1′| (√
m1′2+|p1′|2+
√
m2′2+|p2′|2 )
=|p1′|
Ep1′ + |p2′|
Ep2′ =|p1′|Ep1′+Ep2′
Ep1′Ep2′
*7これはd3p/Epが不変量であることの手堅い証明である.より直観的な説明はランダウ=リフシッツ『場の古典論』§ 10に見ら れる[5, p.33].
となるので,
dσ=dΩ1′f(p1′, p2′)|p2′=p1+p2−p1′|p1′|2 Ep1′Ep2′
|p1′|(Ep1+Ep2)
=dΩ1′ 1
64π2vrelEp1Ep2Ep1′Ep2′
(∏
l
(2ml) )
|M|2|p1′| Ep1′Ep2′ Ep1+Ep2
=dΩ1′ 1 64π2
Ep1Ep2
|p1|(Ep1+Ep2) 1 Ep1Ep2
(∏
l
(2ml) )
|M|2 |p1′| Ep1+Ep2
(
相対速度 vrelは重心系でvrel=|v1|+|v2|= |p1| Ep1
+|p2| Ep2
=|p1| ( 1
Ep1
+ 1 Ep2
)
=|p1|Ep1+Ep2
Ep1Ep2
)
=dΩ1′ 1
64π2(Ep1+Ep2)2
|p1′|
|p1| (∏
l
(2ml) )
|M|2 (CoM)
を得る.ここでdΩ1′ を散乱中心から見た検出器の立体角dΩに選んだものが断面積の表式(116)に他なら ない.
ここで以上のノートとの内容の重複を厭わずに,8.4節について詳しくまとめる.