第 9 章 輻射補正
9.6 応用
図19 外場による電子の散乱(教科書の図9.15(p.212))
となる.これは磁気能率が−2me ( 1 +2πα)
であることを表し,g因子のずれとして書けば ae≡g−2
g = α
2π = 0.00116 となる*8.
α4のオーダーまで補正した理論値は
1012ae= 1159652183±8 であり,実験値
1012ae= 1159652181±7 と驚異的な精度で一致する.
9.6.1について
■最低次のFeynman振幅(9.66)について 外場Aeにスラッシュを付け忘れている.
■Feynman振幅(9.67)について 式(9.65)は輻射補正をする前の元のダイヤグラムと併せて考えた結果であ
ることに注意し,付加的な項を取り出せば良い.ここで教科書の図9.15(p.212)(b)のダイヤグラムを考える 際には,式(9.65a)の光子伝播関数 −k2ig+iεαβ の部分を外場Aeµ(q)に置き換えれば良いと考えられる.ただし式 (9.16)に取り込んだ伝播関数の両端の電荷e02の繰り込みe0→e=e0Z31/2について,今の場合「この因子 Z31/2の一方は,外場Aeµ(q)の源として働く電荷の繰り込みへと吸収される」(p.212,l.3,4).
■式(9.69)の確認 式(9.68)の対数部分を展開すると e2Πc(q2) =−2α
π
∫ 1 0
dzz(1−z) {
−q2z(1−z)
m2 +O((q m
)4)}
=2α π
q2 m2
∫ 1 0
dzz2(1−z)2+O ((q
m )4)
= α 15π
q2
m2 +O((q m
)4)
: (9.69) を得る.
9.6.2 Lambシフト
Dirac理論によれば水素原子の2s1/2準位と2p1/2準位は縮退しているが,実験的にはこれらの準位の間に は,Lambシフトと呼ばれる約1000MHzのエネルギー差があることが明らかになった.本節では水素原子の エネルギー準位に対する輻射補正からこれを説明する.
前節の静的ポテンシャルによる電子の散乱においては,電子の自己エネルギーを表す図19(d)–(g) の
Feynmanダイヤグラムは観測可能な輻射補正を生じなかった.一方これから見るように,水素原子内の束縛
状態では電子の自己エネルギーが重要となる.
ここではBetheのアプローチに従い,非相対論的な近似によってLambシフトを計算しよう.1.4節のよう
に電子を捕獲している原子核Coulomb場を非摂動ハミルトニアンに含める束縛相互作用を採用し,相互作用
*8このようにQEDの立場からすれば,異常磁気能率は 正常 である.
ハミルトニアンを式(1.62):
HI = 1 2m
{−2eA·p+ (eA)2}
→ −e mA·p
にとる*9.ここでは電子と(横波)光子の相互作用が摂動として扱われていることになる.水素原子内の状態
|nl⟩(nは主量子数,lは角運動量量子数)の準位ずれは,2次の摂動論により δE(nl) =−∑
λ
∑
k
∑
r=1,2
| ⟨λ, nr(k) = 1|HI|nl⟩ |2 Eλ+k−En
で与えられる.ここに|λ⟩は完全系を成す水素原子状態の1つを表し,EλとEnはそれぞれ状態|λ⟩と|nl⟩ のエネルギー固有値である.また|nr(k) = 1⟩は横波光子が1つある状態である.このδE(nl)は束縛状態の 電子の自己エネルギーと解釈される量である.[|λ, nr(k) = 1⟩を中間状態にとっていることが,電子の自己 エネルギーに対応していると考えられる.] 行列要素⟨B, nr(k) + 1|HI|A, nr(k)⟩の式(1.65)(A, Bは原子状 態)を用い,重要な寄与を持つ仮想光子の波長はBohr半径よりも充分長く(k·r ≪1,rは場Aの引数), eik·r ≃1として,1.3節と同様にこれを評価すると
δE(nl) =− 1 6π2
(e m
)2∫ ∞
0
dkk∑
λ
| ⟨λ|p|nl⟩ |2 Eλ+k−En
(129) を得る.
さて,ここで自己エネルギー効果の一部は,計算に裸の質量ではなく物理的な電子質量を用いることによっ て既に考慮されていることに注意しよう.したがって真の準位ずれは,束縛電子の自己エネルギーと,自由電 子のそれとの差に対応する.そこで自由電子の自己エネルギーδEf(nl)を求めよう.そのためには式(129) において束縛状態|λ⟩,|nl⟩を平面波状態pに置き換えて
∑
λ
| ⟨λ|p|nl⟩ |2
Eλ+k−En → p2 k とし,次いで状態|nl⟩の運動量分布についてp2の期待値をとって
δEf(nl) =− 1 6π2
(e m
)2
⟨nl|p2|nl⟩
∫ ∞
0
dk
=− 1 6π2
(e m
)2∑
λ
| ⟨λ|p2|nl⟩ |2
∫ ∞
0
dk (130)
とすれば良い.物理的な電子質量を用いて状態|nl⟩の準位ずれを計算するのであれば,自己エネルギー δEf(nl)は繰り込み済みであり,上で述べたように観測される準位ずれは
∆E(nl) =δE(nl)−δEf(nl)
= 1 6π2
(e m
)2∑
λ
| ⟨λ|p2|nl⟩ |2
∫ ∞
0
dk Eλ−En
Eλ−En+k (131)
で与えられる.k→ ∞において式(129),式(130)は1次で発散するのに対し,式(131)は対数的にしか発 散しない.
*9A2の項は電子の運動量に依存しない.したがってこれは束縛電子に関しては同じ電子の自己エネルギーを生成し,準位の相対的 なずれには寄与を持たない.
• 式(129)を収束させるために,積分の上限を有限の切断値k=K∼mに置き換える.
– これは電子の非相対論的な取扱いが有効であるためには,
電子がエネルギーkの仮想光子を放出したときの反跳エネルギーが質量に比べて 充分小さくなければならないことk≪mから正当化される.
• λの和を評価できる形にするために,次式で定義される平均励起エネルギー⟨E−En⟩を導入する.
∑
λ
| ⟨λ|p|nl⟩ |2(Eλ−En){ln⟨E−En⟩ −ln|Eλ−En|}= 0.
• 水素原子内の状態ϕnl(x)≡ ⟨x|nl⟩の具体形を用いて式(9.77):
⟨λ|p|nl⟩=
∫
d3xϕλ∗(x)(−i∇)ϕnl(x) に対して和(9.86): ∑
λ
| ⟨λ|p|nl⟩ |2(Eλ−En) を評価する.
以上の手順により,最終的な結果として
∆E(nl) = 8 3π
α3
n3Ry ln K
⟨E−En⟩δl0
を得る.ここにRy ≡e2/(8πa)はRydbergエネルギー,a ≡4π/(me2)はBohr半径である.これによれ ばs状態l = 0だけが電子の自己エネルギー効果による準位ずれを起こす.Betheは数値計算に基づいて
⟨E−E2s⟩= 17.8Ryという値を用い,またK=mと置いて,lambシフトの予想値として E(2s1/2)−E(2p1/2) = 1040MHz
を得た.[自己エネルギー効果を考慮しない理論において2s1/2準位と2p1/2準位は縮退しているため,s状態 のみに起こる準位ずれ∆E(nl)が2準位間のエネルギー差であるLambシフトを与えることになる.]これは 実験値1057.8±0.1Mhzとよく一致している.
9.6.2について
■2次の摂動論における準位ずれの式(9.74)について 縮退のある場合の時間を含まない摂動論の公式
∆l(1) =⟨l(0)|V|l(0)⟩, ∆l(2)= ∑
k /∈D
|Vkl|2 ED(0)−Ek(0) を参照する[1, p.414,p.416].
■式(9.76)の導出 δE(nl)の式(9.74)における行列要素⟨λ, nr(k) = 1|HI|nl⟩は,⟨B, nr(k) + 1|HI|A, nr(k)⟩ の式(1.65)においてnr(k) = 0と置いたものに対応するから,
⟨λ, nr(k) = 1|HI|nl⟩=−e m
1
(2V k)1/2⟨λ|εr(k)·p|nl⟩eiωkt
である(eik·r ≃1の近似を用いた).これを式(9.74)に代入したときに現れる和は,p.15の計算と同様に
∑
r=1,2
|εr(k)· ⟨λ|p|nl⟩ |2=| ⟨λ|p|nl⟩ |2sin2θ
となる.ここにθはkとpの成す角である.よってδE(nl)の式(9.74)は δE(nl) =−∑
λ
∑
k
(e m
)2 1 2V k
| ⟨λ|p|nl⟩ |2 Eλ+k−Ensin2θ と書き換えられる.状態数の式(1.47)を考慮してkに関する和を
∑
k
→
∫ dkdΩV k2 (2π)3 と積分に置き換えると,
δE(nl) = 1 2(2π)3
(e m
)2(∫
dΩ sin2θ ) ∫ ∞
0
dkk∑
λ
| ⟨λ|p|nl⟩ |2 Eλ+k−En
=− 1 6π2
(e m
)2∫ ∞
0
dkk∑
λ
| ⟨λ|p|nl⟩ |2
Eλ+k−En : (9.76) を得る(∫
dΩ sin2θ= 8π3 ).
■式(9.83)の導出
∫ K 0
dk Eλ−En
Eλ−En+k =(Eλ−En)[ln|Eλ−En+k|]K0 = (Eλ−En) ln
Eλ−En+K Eλ−En
≃(Eλ−En) ln K
|Eλ−En| による.