第 2 章 先行研究
2.3 思考発話プロトコル分析
Hayes & Flower (1980) やBereiter & Scardamalia (1987) のライティング・モデルは、思考 発話プロトコル分析の結果に基づき構築されている。ここでは、思考発話プロトコル分析 について簡潔に説明し、その理論的背景について述べる。更に、思考発話法に対する批判
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2.3.1 思考発話プロトコル分析とは
プロトコルとは、「人が自分自身の知的営みについて語ること(語らせられたこと)であ り、その記録である(海保・原田, 1993, p.13)」。プロトコル分析は、被験者の発話データに 基づき、その内的認知プロセスを分析する研究方法であり、データ収集法としては、課題 完了後にビデオ映像などの刺激を用いて、思考プロセスについての報告を求める回顧法の 一種である刺激再生法や、「課題を達成する間に頭に浮かんだことをすべて、声に出して語 る(海保・原田, 1993, p.82)」思考発話法がある。思考発話プロトコル分析とは、思考発話 法によって収集したプロトコル・データを分析する研究方法のことである。
2.3.2. 思考発話法の理論的背景
認知心理学を基盤とする思考発話法は、その根拠をヴィゴツキー (2001) の「内言」の理 論に遡ることができる。ヴィゴツキー (2001) は、その著書「思考と言語」において、「内 言は自分へのことばである。外言は、他人へのことばである(p.379)。」と定義し、ピアジ ェが持ち出した概念である就学前の子どもに見られる「自己中心的ことば」を、「外言から 内言へのことばの発達における過渡的段階にあるもの(p.61)」と捉え、ピアジェの言うよ うに学齢期に消滅してしまうのではなく、内言へと転化するのだと主張している(p.63)。
実験により、子どもの活動に妨害を加えると、自己中心的ことばが急に増加することも確 認した。例えば、子供に絵を描かせている時に、色鉛筆などを手元にないようにして困ら せると、「鉛筆はどこ、こんどは青鉛筆がほしいんだよ。いいや、かわりに赤でかいて、水 でぬらしちゃおう。こくなって青みたいだ。」と、子供が自分自身との議論を行った(p.58)。
ヴィゴツキーは、自己中心的ことばは思考の手段となり、問題解決プランの形成という機 能を遂行し始めると論じ(p.59)、以下のように述べている。
大人の内言と就学前の子どもの自己中心的ことばとを同一範疇のものとする のは、第一に、機能の共通性である。これらはともに、自分自身のためのこ とばであり、コミュニケーションや周囲のものとの結合という課題をはたす 社会的ことばとは異なる。ワトソンが提起している方法を心理学的実験で適 用してみればよい。すなわち、なんらかの思考問題を人に声を出して解かせ てみる。つまり、かれの内言を表にあらわさせてみれば、われわれはただち に、この大人の声を出した思考と子どもの自己中心的ことばとのあいだに存 在する深い類似を知るだろう。(p.62)
このように、思考発話法の基盤には、言語化された大人の思考プロセスは幼児の「自己
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中心的ことば」から発展するとみる、ヴィゴツキーの「内言」の理論がある(Charters, 2003, p.69)。
2.3.3 思考発話法への批判の考察
思考発話法は、ライティング・プロセス探索を目的とするライティング実験における研 究手法として多く採用されている。しかしその一方で、思考発話法は「内観」を扱うが故 に、様々な立場からの批判にさらされてもいる。
まず、真実が語られているのかという思考発話法の妥当性に関する根本的な疑問がある。
これに対する1つの手がかりとして、海保・原田 (1993) は、視線の方向は課題解決時の短 期記憶の内容を示すという仮定に基づく、Rhenius & Deffner (1990) の研究を紹介してい る。この実験では、プロトコルの時間系列と、課題ディスプレイへの視線の系列が比較さ れた結果、プロトコルと視線の方向は73~93%の重なりが見出された(p.71)。
また、思考発話法への批判として、観察されていることで緊張したり、実験者の期待に 沿おうとしたりして自然な課題遂行ができなくなる反作用の問題がある。石原 (2008) は、
思考発話法が課題遂行に及ぼす反作用について調査するため、大学 3 年生22 名に対して、
思考発話法、回顧法、手法なしによる翻訳の課題を与え、反作用の大きさを比較した。そ の結果、内容理解、翻訳評価、所要時間の 3 つの観点において、思考発話が課題遂行に及 ぼす反作用は、手法なしや回顧法のそれと比較して有意差はなく、思考発話法は、参加者 自身は難しいと感じるものの、実際の課題遂行に及ぼす影響は大きくないと結論付けてい る(P.188)。しかしながら、思考発話法の反作用については相反する研究結果が存在し(Goo, 2010, p.6)、未だ結論の出ない論点ではある。
更に、思考発話法には、話し言葉を発するための運動や思考発話し続けることの監視と いった処理資源のための付加的な要求が必要であるという問題もある(海保・原田, p.70)。
これは実際に、思考発話法では課題遂行時間が長引くという結果となって表れる。よって 時間的データを扱う際には、時間延長の傾向を考慮しなければならない。
思考発話法により問題解決を吟味する機会が与えられ、学習が促進されるという問題も 指摘されている(海保・原田, 1993, p.70)。実際、情報処理理論においてデータ収集の媒介 とみなされる思考発話法は、社会文化理論の見地からは、学習及び発達のプロセスである と理解されている(Swain, 2006)。ただし、Swain (2006) が認知に影響を与え、学習を媒介 した例として挙げている発話は回顧法やペアによる、説明レベルの言語化である。Ericsson &
Simon (1998) は、説明しないよう明示的に指示することで、言語化による思考の変容を避 けられるとしている(p.182)。
最後に、自動化されているような言語処理は報告されないことも指摘される(石原, 2008, p.184)。発話をしながらライティングをする場合、書いている間は、おそらく「文章化」が 発話されるだろう。しかし、ライティングは複雑な認知活動であり、書きながらも前に書
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いたテクストを読み返したり、課題を確認したりと、同時に複数の活動を行うことも珍し くない。このような場合、認知手続きがより自動化された活動ほど、報告されないと考え られる。このような報告されない認知活動については、ライティングの様子をよく観察し て視線の動きなどを記録しておき、録画映像の助けも借りることにより、ライティング直 後のインタビューで確認することができると思われる。
以上のように、思考発話法に対して、反作用、課題遂行時間の延長、学習の促進、報告 されない自動化された言語処理の問題などが指摘されているが、上述のように、これらの 反証となるような研究結果もあり、認知プロセスに重大な影響を与えると結論づけられた わけではない。ライティング・プロセスに影響を与える反作用を回避するために、参加者 に安心して実験に臨んでもらう環境づくりに努め、思考発話法では説明をしてはならない という明確な指示を行い、発話されなかった活動をインタビューで補足することで、これ らの不備を改善できると思われる。そもそも、いかなる方法で収集したデータも完全では なく(Wong, 2005, p.34)、問題点を考慮しながら注意深くデータを収集すれば、思考発話法 は豊かなデータを提供し得る手法である。
思考発話法を認知プロセス解明のための有効な手法として支持する最も重要な根拠は、
思考発話法では、直接、作動記憶(情報の一時的な保持と処理を行う記憶)の内容を言語 化するため、認知プロセスの変容を伴わず、より正確に認知プロセスを反映すると考えら れることである(海保・原田, 1993; Manchón, Murphy, & Roca de Larios, 2005)。これに対し て、課題終了後に課題遂行時の思考内容を報告するよう被験者に求める回顧法は、長期記 憶(長期間保持される記憶)からの検索において誤りやすく(海保・原田, 1993, p.67)、実 験者を助けるために期待される答えをすることもよくある(Raimes, 1985, p.233)。よって、
ライティングの認知プロセスに関して、作動記憶からの直接的で詳細なデータを提供する 思考発話法を採用するメリットは大きい。