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5 単音節訓仮名 ――訓字との関係に注目して――

5.2 用例数からみる関係性

5.2.2 専用

ここでは訓仮名としてのみ用いられる 11 字を対象に,それらの用例数や出現位置など について,単音節の音仮名のありようも視野に入れながら考察する。

訓仮名専用の11字について,訓仮名の用例数を示すと次の【表2】のようになる。4 章で,訓仮名のなかには多音節訓仮名や単音節音仮名としても用いられるものがあると述 べたが,訓仮名に専用の 11 字は原則として単音節訓仮名としてしか使用されない(4 章

【表1】)。また,枕詞や固有地名・固有人名の表記を担う際にも,「名寸隅乃(なきすみノ)」

(6・935)のように,当該の音節を表す訓仮名として用いられている。つまり,訓仮名に 異なり 比率 合計 103 ‐

専用 11 0.106

両用 92 8.363

【表1】専用・両用の異なりと比率

専用の11 字は訓字主体表記歌巻において特定の音節 を表しており,その点でこれらの〈漢字〉は表音用法 に特化しているといえる。

表音用法に特化するという特徴は,「い」を表す〈伊〉

や「う」を表す〈宇〉など,単音節音仮名の特徴でも ある。訓仮名に専用の 11 字の性格が音仮名のそれと よく似ているのであれば,両者は仮名としてのありか たにおいても類似した点があると推測されるであろ う。ところが,次に示すように,両者は用例数におい て異なる傾向をみせる。

【表3】は訓仮名に専用の11字と,それらと同じ音

節を表す主要な単音節音仮名の用例数とをあわせて 一覧するものである。これをみると,「さ」であれば 音仮名〈左〉150例,「㋬」であれば音仮名〈倍〉73例 など,各音節で頻用されるのは音仮名である。これら の音仮名は訓字としてほとんど使用されないもので ある。いっぽう,訓仮名に専用のものは,「さ」では〈狭〉

20例,「㋬」では〈甕〉1例と用例数が少ない。訓仮名 に専用のものと音仮名とは,表音用法に特化している という類似点を持つにもかかわらず,基本的にある音 節を表すにあたって頻用されるのは音仮名であり,訓 仮名は用例数のうえではるかにおよばない。

このような音仮名と訓仮名の用例数の差には,ひとつには,自立語の表記が関係してい る。訓字主体表記歌巻の自立語の仮名表記では基本的に音仮名が使用され,訓仮名は用い られにくいため,その音節の仮名表記が自立語に偏るばあい,必然的に訓仮名の出現機会 が減少するからである。実際,「う」の仮名としてよく用いられる音仮名〈宇〉はその全 用例が「宇乃花能(うノはなノ)」(8・1472)や「宇倍毛釣者為(う

べ もつりはす)」(6・

938)など自立語の表記であり,「さ」でも音仮名〈左〉150例のうち126例は,「左射礼浪

訓仮名 音節 用例数

き 123

さ 20

き 3

ミ 3

う 2

ゑ 2

う 1

せ 1

と 1

㋬ 1

を 1

【表2】単音節訓仮名専用の11字の用例数

音節 仮名 用例数 音節 仮名 用例数

47 9

2 1

1 73

123 1

43 4

33 3

3 3

150 16

71 2

20 22

52 22

27 1

1

【表3】音節ごとの仮名の用例数

※下線は訓仮名専用のもの

ただし,【表3】にはこの傾向に必ずしも沿わない ものもあり,「き」では音仮名〈伎〉〈吉〉よりも訓 仮名〈寸〉の用例数が多い。次の【表4】は〈寸〉

がその表記を担う語句を整理したものである。自立 語の表記も担ってはいるものの,その用例数の多さ は形容詞の活用語尾や助動詞に拠るところが大き いことがわかる。つまり,訓仮名は自立語の表記 では有力な選択肢になりにくいいっぽうで,付属語 の表記においては音仮名よりも有力な選択肢にな り得るばあいもあるということである。

ところで,大野透(1962)によれば,〈伎〉は「美 濃国戸籍」や『日本書紀』,「出雲国風土記」の仮名 表記部分などで「常用仮名」であり,〈吉〉は「養老 戸籍」や『日本書紀』の歌謡・訓注部などで「常用 仮名」であるという。このように,上代の仮名表 記を指向する環境でひろく用いられている〈伎〉

〈吉〉が,訓字主体表記歌巻ではあまり用いられず,

それに代わって訓仮名〈寸〉がよく用いられている ことは注目に値する。なぜならば,資料の違いは編 纂された時代や内容の違いであるだけではなく,表 記法の違いをも含むと考えられ,そのことが訓仮名 の豊富さとかかわることを思わせるからである。

なお,訓字主体表記歌巻で訓仮名〈寸〉が頻用される要因として,澤崎文(2012a)は

〈寸〉の「字義が特徴的すぎない」ことを指摘している。この指摘は〈寸〉の多さを説明 するにあたっては有効であるかもしれないが,「字義が特徴的すぎない」というのは音仮名

〈伎〉にも当てはまるとみることができる。そのような音仮名よりも訓仮名〈寸〉が頻用 されることは,澤崎(2012a)が指摘する〈寸〉という文字の単独の事情に加えて,上代の 資料でひろく用いられる音仮名〈伎〉〈吉〉が,訓字主体表記歌巻では多く用いられない事 情とともに考察する必要があるであろう。表記論的観点から訓仮名がどのように使用され ているのか,その仕組みの解明を目的とする本研究は,ある仮名が選択された個別的な事

品詞 用例数 語句

123

形容詞 56~き(連体形活用語尾)

19き(き・終)

1ゴトき(ゴトし・体)

5~き(用)

3き(く[来]・用)

2きコす 1おちたぎつ 1かきたる 1こきる[扱入]

1しきる 10なぎ

7すすき 2すずき 1おほきみかど 1きはみ 1きみ[黍]

1くるへき 1すめロき 1そき 1そきいた 1たづき 1ひもロき 副詞 1いトノきて

4はしきやし 助動詞

動詞

名詞

【表4】訓仮名〈寸〉がその表記を担う語句

由や意図について追究しないため,「き」の仮名として訓仮名〈寸〉が多いことについても,

たとえば歌ごとにその使用理由を考察したり,つきつめたりすることはせず,その事実を 指摘するにとどめておく。ただし,筆者は,訓字主体表記歌巻に訓仮名が豊富であること の本質は,音仮名の様相ともかかわって説明されなければならないと考えており,同じ音 節を表す音仮名と訓仮名の関係については,8 章で訓字とのかかわりという観点から考察 を行う。

以上,訓仮名としてのみ用いられる 11 字について述べてきたところをまとめると,次 のようである。すなわち,訓仮名に専用のものは表音用法に特化している点で単音節の音 仮名と性格的に類似するが,訓仮名に専用のものの大部分は用例数が少ないのに対して,

音仮名は頻用されており,このような用例数の差は自立語の仮名表記では訓仮名が頻繁に 使用されない点に起因する。なお,訓仮名〈寸〉は例外的に頻用されているが,それにつ いては,仮名だけでの表記を指向する環境で用いられる音仮名〈伎〉〈吉〉が,訓字と仮名 とを交え用いる訓字主体表記歌巻では多用されない,ということとあわせて考察する必要 がある。

ドキュメント内 『萬葉集』における訓仮名の基礎的研究 (ページ 74-77)