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単音節訓仮名と訓字

ドキュメント内 『萬葉集』における訓仮名の基礎的研究 (ページ 96-99)

7 訓仮名と訓字

7.2 単音節訓仮名と訓字

訓字主体表記歌巻の単音節訓仮名のうち,訓字との関係を考察する際に対象とし得るも のが異なりで103字であることは,5章で確認したとおりである。それらのうち,訓字と両 用される 92 字について音節ごとにまとめ,訓仮名の用例数によって整理すると,次の 3 類にわけられる。

(1)訓仮名がひとつしかないもの 例:「つ」〈津〉110例 「ゆ」〈湯〉 21例

(2)訓仮名群に用例数の差がほとんどないもの 例:「こ」〈兒〉4例 〈籠〉1例

「ヒ」〈火〉4例 〈乾〉1例 (3)訓仮名群に用例数の差があるもの

例:「ト」〈跡〉406例 〈常〉 96例 〈迹〉16例 〈鳥〉4例 「み」〈三〉111例 〈見〉108例 〈御〉 1例 〈視〉1例

(1)に該当するものは,「つ」や「ゆ」のように訓仮名がひとつしかないため,訓仮名だ けでは議論ができず,同じ音節を表す音仮名との対照が必要である。(2)に該当するものに は複数の訓仮名があるが,それらに用例数の差がほとんどなく,しかも「こ」や「ヒ」にみ るように,どの訓仮名も用例数が少ない。つまり,(1)(2)に該当するものは,訓仮名だけ で用法上の分布と表記上のはりあいとの関係を問うことが難しく,音仮名をも含めた検討 が必要である。橋本(1959)の指摘をふまえると,ひとつの〈漢字〉が音仮名と訓字に両用 されることは少ないと推測されるが,〈我〉や〈思〉のように訓字と両用のものもある。し たがって,(1)(2)については,音仮名と訓字の用法上の分布を数量的に整理したうえで検 討が加えられるべきであろう。

いっぽう,(3)の「ト」や「み」では,それぞれの音節を表す訓仮名群のなかに用例数が 多いものとそうでないものとがある。これらについても音仮名のありようを考慮する必要 は当然あるものの,まずは,訓仮名群にみられる顕著な用例数の差がどのような事情から生

じているのかを明らかにする必要がある。よって,本章では(3)に該当する「ソ」「た」「ト」

「な」「に」「ぬ」「は」「ひ」「へ」「ま」「み」「メ」「も」「や」「を」の15音節を表す訓仮名 を対象に,訓字との関係を考察してゆく。

7.2.2 3 種類の型

(3)に該当するものについて,訓仮名の用例数とそれらが訓字として用いられる用例数 とを整理すると【表1】のようになる

訓仮名の用例数の差のありようにふたつの型があることは6章で確認した。ひとつは「ト」

や「な」のように頻用される訓仮名がひとつある型であり,もうひとつは「み」「を」のよ うに頻用される訓仮名がふたつある型である。これらふたつの型と訓字の用例数とを考え

音節 〈漢字〉 訓仮名 訓字 音節 〈漢字〉 訓仮名 訓字 音節 〈漢字〉 訓仮名 訓字

16 4 173 86 111 12

406 14 14 8 108 921

96 78 6 19 1 126

4 166 4 5 1 14

14 4 163 63 36 21

宿 4 129 14 109 𠮧 20 3

2 66 2 5 10 52

146 20 39 67 8 12

22 64 7 200 3 9

5 41 130 80 2 16

5 1 2 9

161 13 21 138

23 4 1 11

5 13 1 6

2 3 15 355

34 12 7 2

18 2 46 21

9 114 3 63

3 162 16 87 8 155

【表1】訓仮名・訓字の用例数

C

A B

Aに分類されるのは,その音節を表す訓仮名群のなかに頻用されるものがひとつあり,か つ,それが訓字としてあまり用いられない傾向を持つものである。たとえば,「ト」の訓仮 名のなかで突出して用例数が多い〈跡〉は,相対的に訓字の用例数が少ない。

〈跡〉訓仮名 406例 「物念跡(もノもふト)」(10・2226)

訓 字 14例 「跡無如(あとなきゴトし)」(3・351)

「ぬ」や「は」はどの訓仮名もそれほど用例数が多いわけではないが,それでも,「ぬ」

でよく用いられる〈沼〉,「は」で頻用される〈羽〉は訓字としての用例数が少ないといえる。

Bに分類されるのは,その音節を表す訓仮名群のなかに頻用されるものがひとつあり,か つ,それが訓字としてもよく用いられる傾向を持つものである。たとえば,「た」の訓仮名 としてよく用いられる〈田〉は訓字としてもよく使用される。

〈田〉訓仮名 39例 「多田名附(たたなづく)」(2・194)

訓 字 67例 「殖之田乎(うゑしたを)」(8・1634)

「ソ」「ひ」「ま」は訓仮名の絶対数が少ないが,同様の傾向をみてよいであろう。

Cに分類されるのは,その音節を表す訓仮名群のなかに頻用されるものがふたつあり,そ れらのうちいっぽうは訓字としてあまり用いられないのに対して,他方は訓字としてよく 用いられる傾向を持つものである。これに該当するのは「み」「を」である。「み」でいうと,

〈三〉と〈見〉が訓仮名としてよく用いられるが,〈三〉は訓字としての用例数が少ないの に対して,〈見〉はそれが多い。

〈三〉訓仮名 111例 「三空去(みそらゆく)」(4・710)

訓 字 12例 「三重可結(みへむすぶ○く)」(13・3272)

〈見〉訓仮名 108例 「浦若見(うらわかみ)」(11・2627)

訓 字 921例 「山見者(やまみれば)」(6・1047)

このようにみてくると,訓仮名ひとつひとつはたしかに訓字としても用いられており,橋 本(1959)が指摘するように,ひとつの〈漢字〉は訓仮名と訓字の両用を辞さない傾向があ るといえる。ただ,そうした一字ごとの用法上の分布を音節ごとに眺めると,Aのように訓 字としての用例数が少ないものが訓仮名として頻用されているものや,B のように訓字と してよく用いられるものが訓仮名としても頻用されるもの,C のように訓字としてあまり 用いられないものとよく用いられるものとがともに訓仮名として頻用されるものがあり,

訓字と訓仮名の関係性は一様でない。つまり,橋本(1959)が訓仮名と訓字の関係について 指摘した両用を辞さないという傾向は,音節や語の表記におけるはりあいという観点から,

さらに精密な検討が加えられるべきものと考えられる。そこで以下では,A・B・Cそれぞ れについて,訓字と訓仮名の関係をみてゆく。

7.3 用例数と表記

ドキュメント内 『萬葉集』における訓仮名の基礎的研究 (ページ 96-99)