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どのような語の表記を担うか

ドキュメント内 『萬葉集』における訓仮名の基礎的研究 (ページ 89-92)

6 訓仮名群における用例数の差と出現位置の違い

6.4 どのような語の表記を担うか

同じ音節を表す訓仮名群に頻用されるものとそうでないものとがあるばあい,それが単 純に用例数の差として処理すべきものであるか,あるいは「み」を表す訓仮名〈三〉〈見〉

でみられるような出現位置の相違をともなうものであるのかは,確認しておく必要がある。

そこで本節では,相対的に用例数の多い「ト」や「も」を中心に,訓仮名群の用例数の差と 対応する語との関係を整理する。

まずは「ト」についてみる。【表2】は「ト」を表す訓仮名について,それらがどのような 語の表記の全体あるいは部分を担っているのかを整理したものである。

「ト」の訓仮名としてもっともよく使用されているのは〈跡〉である。〈跡〉は,「跡位浪 立(トゐなみたち)」(2・220)や「跡杼登毛為者(トドトもすれば)」(11・2653)など自 立語の表記も担うが,そのようなものは訓仮名〈跡〉の約1%にすぎず,大部分は助詞「ト」

およびそれに関連する助詞の表記である。残る〈常〉〈迹〉〈鳥〉についても,助詞「ト」を

動詞

トモ ドモ トゐなみ をトめ あドもふ トド のドに ほトほト

全体 522 459 46 9 1 2 1 1 1 1 1

406 354 36 9 1 2 1 1 1 1

96 89 7

16 12 3 1

4 4

助詞 名詞 副詞

【表2】「ト」を表す訓仮名の分布 音節 訓仮名 用例数

の表記を担っており,用例数の差は助詞「ト」の表記をよく担うかどうかということと直結 している。換言すると,訓仮名群における用例数の差と,どの程度種々の語の表記を担うこ とができるかということとは相関せず,訓仮名としての用例数の多寡は,「ト」や「ド」な どの特定の助詞の表記を繰り返し担うかどうかということと連動している。

同様の傾向は「も」でも確認できる【表3】。

【表3】を一見すると,頻用される〈裳〉は「かも」「はも」など8つの語の表記を担っ

ているのに対して,あまり使用されない〈藻〉〈哭〉〈喪〉は助詞「も」の表記しか担ってお らず,用例数の差が種々の語の表記を担うことができるか否かと関連しているようにもみ える。しかし,「も」の訓仮名4字すべてが共通してその表記を担う助詞「も」に限定して みても,〈裳〉111例は,〈藻〉22例,〈哭〉5例,〈喪〉5例に比してはるかに多い。つまり,

「も」のばあいも,訓仮名群の用例数の差は,助詞「も」の表記をどの程度担うかというこ とと強く関連しており,用例数の差と,種々の語の表記を担うことができるかどうかという こととは,直接には関係していないと考えられる。

「ト」や「も」を表す訓仮名は助詞の表記を中心的に担っているが,本節で考察の対象と した訓仮名のなかには助動詞や接辞の表記を担うものもあることから,訓仮名は助詞・助 動詞や接辞など,付属語の表記を中心的に担っているといえる。助動詞や接辞の表記を担う ばあいも,訓仮名群の用例数の差と,どのような語の表記を担うのかということとはおおむ ね関係しない。したがって,同じ音節を表す訓仮名群の用例数の差は,どの訓仮名がどの程 度,付属語の表記で使用されるのかを示すものとして捉えられよう。

ただし,「を」を表す訓仮名群には出現位置の相違がある。しかも,その相違はよく使用 される訓仮名とそうでないものとのあいだではなく,用例数の多いふたつの訓仮名のあい だでみられる【表4】。

助動詞 かも はも トも もが ドも しも も(むの転)

全体 178 143 16 9 3 3 2 1 1

146 111 16 9 3 3 2 1 1

22 22

5 5

5 5

【表3】「も」を表す訓仮名の分布

音節 訓仮名 用例数 助詞

「を」を表す訓仮名はどれも助詞「を」の表記を中心的に担っており,その点ではさきに みた「ト」や「も」と変わりない。しかし,「ト」や「も」ではその音節を表す訓仮名群の なかに突出して用例数の多いものがひとつであったのに対して,「を」では〈尾〉〈𠮧〉のふ たつが相対的に用例数が多く,そこからやや離れて〈緒〉〈雄〉〈少〉〈男〉が続くという違 いがある。

前者の〈尾〉と〈𠮧〉とはたしかに助詞「を」の表記を担っているが,〈尾〉は全36例の うち24例が「もノを」あるいは「ましを」の形で現れ,終助詞「を」の表記を担う。

白細乃 袖解更而 還来武 月日乎數而 徃而来猿尾(ゆきてコましを)(4・510)

念西 餘西鹿齒 為便乎無美 吾者五十日手寸 應忌鬼尾(いむ○きもノを)(12・2947)

残る12例の訓仮名〈尾〉は格助詞「を」の表記を担うものの,そのような例は巻13 と 巻16でしかみられない。しかも,そのうち10例は「竹取翁歌」で確認される。「竹取翁歌」

で使用される仮名が特異なことは,橋本四郎(1963),稲岡(1964b)などで指摘されてい る。これらの指摘を考慮すると,訓仮名〈尾〉は訓字主体表記歌巻において,終助詞「を」

の表記を担うものといえる。

これに対して,〈𠮧〉は次に示すように,すべて格助詞「を」の表記で使用される。

風散 花橘𠮧(はなたちばなを)袖受而 為君御跡 思鶴鴨(10・1966)

……竹珠𠮧(たかたまを)之自二貫垂 天地之 神𠮧曽吾乞(かミをゾあがノむ)……

(13・3286)

「を」の訓仮名のうち,とくに用例数の少ない〈少〉〈男〉については断言し難いものの,

〈緒〉や〈雄〉は終助詞「を」の表記も格助詞「を」の表記も担っており,特定の助詞「を」

の表記を担う傾向はみられない。それよりもむしろ,歌意との関連が強いかと思われる

助詞 形容動詞

をトめ をみな をしドり トをを

全体 79 73 1 1 1 3

36 31 1 1 3

𠮧 20 20

10 10

8 8

3 3

2 1 1

名詞

【表4】「を」を表す訓仮名の分布 音節 訓仮名 用例数

つまり,「を」を表す訓仮名は,用例数の多い〈尾〉〈𠮧〉と用例数の少ない〈緒〉〈雄〉

〈少〉〈男〉とに二分でき,前者のふたつは出現位置に相違がある。このような「を」を表 す訓仮名群のありようは,実は,「み」を表す訓仮名群のそれとよく似ている。すなわち,

「み」を表す訓仮名には〈三〉〈見〉〈御〉〈視〉の4字があり,これらの訓仮名の用例数は

〈三〉111例,〈見〉108例のふたつが多く,ほかは〈御〉1例,〈視〉1例と少ない。そし て,用例数の多い〈三〉〈見〉は,〈三〉が位置を問わず,どこにでも使用されているのに対 して,〈見〉は語末・接尾辞に限定されるという出現位置の相違がある。頻用される訓仮名 の数と出現位置の相違とがどのような関係にあるのかは,なお考察を要するが,「を」「み」

における訓仮名のありようが類似していることは注目すべき点として指摘しておきたい。

以上に述べてきたように,同じ音節を表す訓仮名群の用例数の差は,基本的に種々の語の 表記をどの程度担うことができるかということとは相関せず,特定ないしは少数の限られ た語の表記をよく担うかどうかということと関係する。ただし,頻用される訓仮名がふたつ ある「み」「を」では,それらに出現位置の違いがある点が注意される。なお,訓字主体表 記歌巻の訓仮名が付属語の表記を中心的に担う傾向は,同巻の表記のありかたから,当然予 測されるものである。ただ,音仮名は付属語だけではなく自立語の表記でもよく使用される 点を考慮すると,この当然予測される傾向は,訓仮名が訓字と共存し,その表記を補うこ とによって存立し得るものであることを示すものとして重要であると考えられる。

ドキュメント内 『萬葉集』における訓仮名の基礎的研究 (ページ 89-92)