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3 多音節訓仮名

3.3 助詞・助動詞

3.3.1 助詞

まずは助詞についてみる。助詞が多音節訓仮名で書かれるとき,その対応関係は大きく3 つにわけられる。ひとつは「夢尓谷(いメにだに)」(2・175)の〈谷〉が助詞「だに」と対 応するように,助詞の全体と多音節訓仮名とが対応するばあいであり,ひとつは「待西将待

(まちにしまたむ)」(6・1041)の〈西〉が助詞「に+し」と対応するように,助詞の連続 の全体ないしは部分と,多音節訓仮名とが対応するばあいである。そして,いまひとつは,

「行事庭不有(わざにはあらず)」(4・498)の〈庭〉が助動詞「に(なり・連用形)」+助 詞「は」と対応するように,助動詞・助詞の連続の全体ないしは部分と多音節訓仮名とが対 応するばあいである。ここでは,ひとつめの助詞の全体が多音節訓仮名で書かれるばあいに ついて考察し,残るふたつについては3.3.3項で検討する。

『時代別国語大辞典 上代編』に立項されている助詞のなかには,「は」「や」などの1音

表記歌巻で使用され,かつ,多音節訓仮名での表記がみられる助詞とその代表的な用例を挙 げると次のようである。なお,「かも」「コソ」は文中用法と文末用法とにわけ,文中用法 には(中)を,文末用法には(末)をつけている

がに …… 白露之 消蟹本名(ケぬがにもトな)所念鴨(4・594)

がね …… 霍公鳥 常尓冬及 住度金(すみわたるがね)(10・1958)

かも(中) …… 人乎熟見者 猿二鴨似(さるにかもにむ)(3・344)

かも(末) …… 花耳尓 咲而盖 實尓不成鴨(ミにならじかも)(8・1463)

コソ(中) 大汝 小彦名能 神社者(かミコソは)名著始鷄目 ……(6・963)

コソ(末) …… 霍公鳥 吾如此戀常 徃而告社(ゆきてつゲコソ)(8・1498)

さ㋬ …… 朝旦 将見時禁屋(みむトきさ㋬や)戀之将繁(11・2633)

しか 久堅之 天飛雲尓 在而然(ありてしか)……(11・2676)

しも …… 置露 市白霜(いちしろくしも)吾戀目八面(10・2255)

だに 風乎谷(かぜをだに)戀者乏 風乎谷(かぜをだに)……(8・1607)

つつ 遺居而 戀管不有者(こヒつつあらずは)追及武……(2・115)

トも …… 名乗藻乃 吉名者告世 父母者知友(おやはしるトも)(3・363)

ドも …… 服欲香 嶋針原 時二不有鞆(トきにあらねドも)(7・1260)

な㋬ 柔田津尓 舟乗将為跡 聞之苗(ききしな㋬)……(12・3202)

なむ …… 率和出将見 琴酒者 國丹放甞(くににさケなむ)…… (13・3346) ノミ …… 生友 各鑿社吾(かくノミコソあが)戀度七目(13・3298)

これら16語について,どの表記で何回書かれるのかを整理すると次の【表1】のように なる。配列は多音節訓仮名の比率が高い順である。

助詞16語をひとつのまとまりとみたばあいの総括的な傾向を示すのが「全体」行である。

「全体」をみると,もっとも比率が高いのは多音節訓仮名表記の0.405であり,以下,訓字 表記0.321,仮名表記0.222,その他の表記0.029,読添え0.013,混合表記0.006の順で続 いている。個別の助詞をみると,「だに」をはじめ多音節訓仮名表記の比率が非常に高いも から,「ノミ」のようにその比率が低いものまであり,助詞によって表記のありようは一様 でないものの,上代の多くの資料でほとんど使用されない多音節訓仮名が,訓字主体表記歌 巻の助詞の表記ではよく使用されていることを確認できる。

多音節訓仮名での表記が多い助詞とそうでないものとがあることはこれまでの研究でも 指摘されてきたところであり,なおかつ,この違いは文節を明示するはたらきと関連づけて

捉えられてきた。すなわち,付属語の多音節訓仮名表記は「語的まとまりをもって視覚を刺 戟する効果を持っていた。その上に文節のまとまりを示す効果が加わる」(橋本1966)と考 えられてきた。この指摘をふまえるならば,文節末にくる助詞は多音節訓仮名表記の比率が 高く,反対に,それ以外の位置にくる助詞は多音節訓仮名の比率がそれほど高くないことが 期待される。しかし,実際は,文節末に位置していても多音節訓仮名での表記が多いものと 少ないものとがある。たとえば,多音節訓仮名の比率がもっとも高い「だに」は,多音節訓 仮名表記の用例数が65例ある。そのうち22例は次のように助詞「も」を下接しており,文節 末に位置していない。

三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳(くもだにも)情有南畝 可苦佐布倍思哉(1・18)

露霜尓 衣袖所沾而 今谷毛(いまだにも)妹許行名 夜者雖深(10・2257)

したがって,多音節訓仮名で書かれる「だに」のうち,文節末にくるものは43例というこ とになる。その比率は約6.5割(0.661=43例/65例)である。

いっぽう,「しか」も全13例のうち8例が文節末に現れる。その比率は約6割(0.615=8例

÷13例)である。ところが,【表1】から知られるように,「しか」の多音節訓仮名表記の比 率は低く,多音節訓仮名で書かれるものは次の1首のみである。

久堅之 天飛雲尓 在而然(ありてしか)君相見 落日莫死(11・2676)

合計

用例数 用例 比率 用例 比率 用例 比率 用例 比率 用例 比率 用例 比率

全体 1720 698 0.405 553 0.321 383 0.222 24 0.013 12 0.006 50 0.029

だに 74 65 0.878 7 0.094 1 0.013 1 0.013

がね 9 7 0.777 2 0.222

がに 17 11 0.647 6 0.352

しも 霜・下 28 17 0.607 7 0.250 2 0.071 2 0.071

かも(末) 鴨・鳧・毳 449 265 0.590 4 0.008 178 0.396 1 0.002 1 0.002 コソ(中) 社 125 73 0.584 46 0.368 5 0.040 1 0.008 かも(中) 鴨・鳧・毳・氈 106 52 0.490 7 0.066 36 0.339 4 0.037 7 0.066

な㋬ 23 10 0.434 4 0.173 9 0.391

トも 友・鞆・侶 191 58 0.303 71 0.371 28 0.146 2 0.010 2 0.010 30 0.157

つつ 管・筒 289 81 0.280 194 0.671 7 0.024 5 0.017 2 0.006

コソ(末) 社 47 12 0.255 25 0.531 7 0.148 2 0.042 1 0.021

ドも 154 38 0.246 101 0.655 11 0.071 4 0.025

なむ 17 3 0.176 4 0.235 4 0.235 1 0.058 5 0.294

さ㋬ 禁・障・塞 48 4 0.083 17 0.354 27 0.562

しか 13 1 0.076 7 0.538 1 0.076 4 0.307

ノミ 130 1 0.007 126 0.969 1 0.007 2 0.015

【表1】助詞の表記

助詞 多音節訓仮名 訓字 仮名 読添 混合 その他

訓仮名

つまり,文節末の「しか」は多音節訓仮名表記が積極的になされてもよいはずであるが,

実際はほとんどみられない。

このように,「だに」が文節末にくる比率と「しか」が文節末にくる比率とは,ほとんど 変わらない。それにもかかわらず,「だに」は積極的に多音節訓仮名での表記がなされ,「し か」はわずか1首しか多音節訓仮名による表記がみられない。このことから,ある助詞が積 極的に多音節訓仮名で書かれるかどうかは,その助詞が文節のどの位置に出現するかとい うこととは別の事情が関係すると見通されよう。

ドキュメント内 『萬葉集』における訓仮名の基礎的研究 (ページ 33-36)