3 多音節訓仮名
3.3 助詞・助動詞
3.3.3 付属語の連続
類型的な表現で使用されるということは,「まし(まし・体)」においても指摘できる。
連体形「まし」は,全90例のうち53例が「巻手宿益乎(まきてねましを)」(6・1036),
「下著益乎(したにきましを)」(10・2260)のような「ましを」の形である。さらに,28 例は「聞益物乎(きかましもノを)」(10・2148),「有益物乎(あらましもノを)」(12・
2867)など「ましものを」およびそれに類する形④である。両用法の合計は 9割(0.900=
(53例+28例)/90例)にのぼり,「まし(まし・体)」の大部分は「ましを」あるいは
「ましもノを」という類型的な表現で使用されているといえる。いっぽう,「まし(まし・
終)」も多音節訓仮名表記がみられるが,その比率は0.250と低い。これは,終止形「まし」
に連体形「まし」のような類型的な表現がみられないことによるものと思われる。
このように,訓字主体表記歌巻において,「つる(つ・体)」や「まし(まし・体)」は
「つるかも」「つる(連体終止)」,「ましを」「ましもノを」といった類型的な表現で繰 り返し使用されているために,多音節訓仮名表記の比率が高くなっているといえる。この点 を考慮すると,助動詞の多音節訓仮名表記の多寡には,活用の有無ではなく,同巻において 類型的な表現で使用されるか否かという点が深くかかわると推察される。
【助動詞+助動詞】
さ(す・未)+む(む・終) …… 神祇毛知寒(かミもしらさむ)邑礼左變(4・655)
な(ぬ・未)+む(む・終) …… 吾波乞甞(あれはコひなむ)君尓不相鴨(3・380)
な(ぬ・未)+む(む・体) …… 不視歟成甞(みずかなりなむ)戀布真國(9・1722)
に(ぬ・用)+し(き・体) …… 忘西(わすれにし)其黄葉乃 所思君(10・2184)
に(ぬ・用)+しか(き・已)…… 入日成 隠西加婆(かくりにしかば)……(2・213)
【助動詞+助詞】
けらし(けらし・終)+も …… 大宮處 定異等霜(さだメけらしも)(6・1051)
に(なり・用)+し …… 貴物者 酒西有良之(さケにしあるらし)(3・342)
に(なり・用)+は 今耳之 行事庭不有(わざにはあらず)……(4・498)
ぬ(ず・体)+か …… 妹之手本 伊行觸粳(いゆきふれぬか)(10・2320)
らし(らし・終)+も …… 馬曽爪突 家戀良霜(いへこふらしも)(3・365)
【助動詞+接辞】
○べ(○べし・語幹)+み 秋芽子乎 落過沼蛇(ちりすギぬ○べみ)……(10・2290)
し(き・体)+く …… 打経而 思煎敷者(おもへりしくは)……(6・1047)
な(ず・未)+く …… 酌尓雖行 道之白鳴(みちノしらなく)(2・158)
ま(む・未)+く …… 人之苅巻(ひトノからまく)惜菅原(7・1341)
【接辞+助詞】
く+に …… 雲居尓也 戀管将居 月毛不経國(つキも㋬なくに)(4・640)
く+も 天河 渡湍毎 思乍 来之雲知師(コしくもしるし)逢有久念者(10・2074)
以上にみた,調査対象の表記の実態を整理すると次の【表3】のようになる。助詞や助動 詞と同様に,付属語の連続においても多音節訓仮名表記の比率は一様ではなく,高いものか ら低いものまでさまざまある。付属語の連続が多音節訓仮名で書かれることが少なくない ことは,橋本(1966)でも指摘されており,次のような説明がなされている。
附属語相互の連続は実質的意義を含まないために,その間の切れ目を際立たせる必要 がなかったものであろう。複合による複雑な形式的意義は,単なる単位附属語の算術的 な和ではない。個々の単位を基盤としながら,それを抜け出て全体として独自の表現性 を獲得する。従って,この位置では視覚的に分析されていないで一字に綜合されていた 方がよいとさえ言えるのである。
たしかに,付属語の連続が表す意味は「算術的な和」ではなく,それゆえに多音節訓仮名 でまとめられたとの想定は可能であろう。ただ,さきに示したとおり,多音節訓仮名は常に 付属語の連続の全体を覆うわけではなく,連続の一部の表記を担うことも少なくない。この ように,語と語の境界を部分的にまたぐような形で多音節訓仮名が使用されているという 事実は,多音節訓仮名の根本的機能として指摘されてきた「語的なまとまり」や「文節のま とまり」を示すといった効果について,再検討の必要性を示すものであろう。
さて,【表3】において多音節訓仮名表記の比率が高いものに注目すると,もっとも高い のは「らし(らし・終)+も」0.750であり,「ま(む・未)+く」0.566,「けらし(けら し・終)+も」0.533,「く+に」0.406の順で続いている。『萬葉集』において,「らしも」
合計
用例数 用例数 比率 用例数 比率 用例数 比率 用例数 比率 用例数 比率 用例数 比率 助詞+助詞 ‐ 306 80 0.261 6 0.019 97 0.316 25 0.081 96 0.313 2 0.006
し+もが 霜 4 2 0.500 ‐ ‐ ‐ ‐ 1 0.250 1 0.250 ‐ ‐
に+し 西 41 15 0.365 ‐ ‐ 18 0.439 5 0.121 3 0.073 ‐ ‐
ト+し 年・歳 11 4 0.363 ‐ ‐ 4 0.363 ‐ ‐ 3 0.272 ‐ ‐
ト+ノ 殿 3 1 0.333 ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ 2 0.666 ‐ ‐
もが+も 鴨 47 13 0.276 6 0.127 6 0.127 ‐ ‐ 22 0.468 ‐ ‐
に+は 庭 149 38 0.255 ‐ ‐ 45 0.302 10 0.067 56 0.375 ‐ ‐
し+か 鹿・然 8 2 0.250 ‐ ‐ ‐ ‐ 4 0.500 2 0.250 ‐ ‐
ば+か 墓 4 1 0.250 ‐ ‐ 1 0.250 ‐ ‐ 2 0.500 ‐ ‐
は+しも 橋 8 1 0.125 ‐ ‐ 1 0.125 1 0.125 5 0.625 ‐ ‐
を+し 鴛・食 31 3 0.096 ‐ ‐ 22 0.709 4 0.129 ‐ ‐ 2 0.064
助動詞+助動詞 ‐ 167 34 0.203 ‐ ‐ 27 0.161 18 0.107 64 0.383 24 0.143 に(ぬ・用)+しか(き・已) 西 7 3 0.428 ‐ ‐ ‐ ‐ 2 0.285 2 0.285 ‐ ‐ に(ぬ・用)+し(き・体) 西 75 27 0.360 ‐ ‐ 16 0.213 11 0.146 21 0.280 ‐ ‐ な(ぬ・未)+む(む・終) 甞 27 2 0.074 ‐ ‐ 3 0.111 1 0.037 16 0.592 5 0.185 さ(す・未)+む(む・終) 寒 8 1 0.125 ‐ ‐ 1 0.125 1 0.125 3 0.375 2 0.250 な(ぬ・未)+む(む・体) 甞 50 1 0.020 ‐ ‐ 7 0.140 3 0.060 22 0.440 17 0.340 助動詞+助詞 ‐ 118 48 0.406 ‐ ‐ 48 0.406 6 0.050 16 0.135 ‐ ‐ らし(らし・終)+も 下・霜 20 15 0.750 ‐ ‐ 5 0.250 ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ けらし(けらし・終)+も 下・霜 15 8 0.533 ‐ ‐ 7 0.466 ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ぬ(ず・未)+か 粳・額 22 8 0.363 ‐ ‐ 10 0.454 ‐ ‐ 4 0.181 ‐ ‐ に(なり・用)+し 西 41 14 0.341 ‐ ‐ 22 0.536 4 0.097 1 0.024 ‐ ‐ に(なり・用)+は 庭 20 3 0.150 ‐ ‐ 4 0.200 2 0.100 11 0.550 ‐ ‐ 助動詞+接辞 ‐ 272 63 0.231 ‐ ‐ 13 0.047 32 0.117 159 0.584 5 0.018 ま(む・未)+く 巻・纒 106 60 0.566 ‐ ‐ 4 0.037 31 0.292 6 0.056 5 0.047 し(き・体)+く 敷 9 1 0.111 ‐ ‐ 6 0.666 ‐ ‐ 2 0.222 ‐ ‐ べ(べし・語幹)+み 蛇 10 1 0.100 ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ 9 0.900 ‐ ‐ な(ず・未)+く 鳴 147 1 0.006 ‐ ‐ 3 0.020 1 0.006 142 0.965 ‐ ‐ 接辞+助詞 189 76 0.402 ‐ ‐ 26 0.137 15 0.079 62 0.328 10 0.052
く+に 國 144 60 0.416 ‐ ‐ 23 0.159 11 0.076 40 0.277 10 0.069
く+も 雲 45 16 0.355 ‐ ‐ 3 0.066 4 0.088 22 0.488 ‐ ‐
【表3】付属語の連続の表記
付属語の連続 訓仮名 多音節訓仮名 訓字 仮名 読添 混合 その他
は必ず最終句末に位置し,「けらしも」は最終句末あるいは句切れに位置しており,ともに 詠嘆の気持ちを表す表現としてよく使用される。
草枕 客之紐解 家之妹志 吾乎待不得而 歎良霜(なゲかすらしも)(12・3147)
山守之 里邊通 山道曽 茂成来 忘来下(わすれけらしも)(7・1261)
白雪之 常敷冬者 過去家良霜(すギにけらしも)春霞 田菜引野邊之 鸎鳴焉(10・1888)
また,「まく」や「くに」などは上代に特有のク語法を含むものであり,そのなかでも「家 母不有國(いへもあらなくに)」(8・1636)などの「なくに」については,『萬葉集』に 特徴的な表現であることが指摘されている(橋本四郎1978)。
このように,付属語の連続において多音節訓仮名表記の比率が高いものも,3.3.2項の助 動詞の表記でみた連体形「まし」や「つる」のように,類型的な表現として繰り返し使用さ れているものである。このことから,付属語の表記における多音節訓仮名の使用も,類型的 な表現の使用と深くかかわるといえるであろう。
さらに,【表3】から指摘できることとして,ひとつの多音節訓仮名は異なる複数の語の 表記を担うということがある。これについては,3.3.2項でもふれたが,【表3】を例に再度 説明すると,たとえば,〈下〉は「家思良下(いへおもふらしも)」(7・1191),「置尓 来下(おきにけらしも)」(10・2175)のような「らしも」「けらしも」の表記だけではな く,「言下有如(コトしもあるゴト)」(4・649)のように,3.3.1項で扱った助詞「しも」
の表記や,本論では扱っていない「見佐府下(みればさぶしも)」(9・1798)のような「形 容詞活用語尾+も」の表記も担う。〈霜〉も同様で,「らしも」や「けらしも」だけではな く,「其乎霜(ソコをしも)」(2・204)のような助詞「しも」の表記や,本節で扱った「如 是霜願跡(かくしもがもト)」(6・920)の「し+もが」の表記を担う。また,〈西〉も,
本節で扱った「に(ぬ・用)+しか(き・已)」の「餘西鹿齒(あまりにしかば)」(12・
2947),「に(なり・用)+し」の「酒西有良師(さケにしあるらし)」(3・340)をはじ め,種々の語あるいはその連続部分の表記を担っている。
このように,ひとつの多音節訓仮名が複数の語やその連続部分の表記で使用されている ことに鑑みると,やはり,語と多音節訓仮名とは必ずしも1 対1の対応関係を構築すると は限らないといえる。ただ,すべての多音節訓仮名がこのように異なる複数の語の表記で使 用されるわけではない点や,たとえば「ま+く」の多音節訓仮名表記60例のうち59 例は
〈巻〉であり,〈纏〉は「挂纒毛(かケまくも)」(13・3324)の1例しかない点を考慮す ると,多音節訓仮名として使用されやすい〈漢字〉とそうでないものとがあったと考えられ
る。この問題については5章以降で詳しく検証することとし,次節では,補助動詞・活用語 尾の多音節訓仮名表記について概観する。