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5 単音節訓仮名 ――訓字との関係に注目して――

5.3 おわりに

ここまでに,単音節訓仮名についてみてきたことは次のように整理できる。すなわち,

単音節訓仮名としてのみ使用される専用〈漢字〉は全体の1割しかなく,残る9割は単音 節訓仮名としても訓字としても使用される両用〈漢字〉である。この結果は,従来の指摘 を数量的に裏づけたという点に加えて,訓仮名が訓字との関係のなかで検証されるべきこ との必要性をいっそう強調する点で意義を持つ。さらに,表音用法に特化した専用〈漢字〉

のなかには訓仮名として頻用されるものがほとんどないのに対して,訓字としても使用さ れる兼用〈漢字〉に訓仮名として頻用されるものがあり,それらは同じ音節を表す音仮名 の用例数を凌ぐこともある。つまり,記紀歌謡や仮名主体表記歌巻など,上代の仮名だけ で書かれる資料ではほとんど使用されない訓仮名が,訓字と仮名とを交える訓字表体表記 歌巻の付属語の表記では,ある音節を表すにあたってもっとも優勢な仮名になり得,その 訓仮名は基本的に訓字と両用されているということである。また,同じ音節を表す訓仮名 群には用例数や出現位置に違いがあり,このような違いは訓仮名としてはやくから定着・

浸透していたかどうかということではなく,訓字として用いられる際にどのような語の表 記を担うのかということの違いを反映していると考えられる。この事実は,〈漢字〉をどの ように運用するかという表記法の違いと訓仮名の多用とがかかわるのではないか,という 本研究の仮説を支持するものとして位置づけられよう。

【注】

多音節訓仮名についてもおおよそ同様の傾向が指摘できる。多音節訓仮名の異なり179字 のうち,それとしてのみ使用されるものが31字,訓字としても使用されるものが148字で あり,おおよそ専用〈漢字〉2:両用〈漢字〉8である。

訓仮名は清濁の別が判然としないところがある。そのため本研究では,訓仮名の濁音を特 立させず,清音に含めて換算しており,本章以降においても同様の方針を取る。

各音節を表す音仮名には,「う」を表す〈有〉2例,「さ」を表す〈作〉1例のように用例数の 少ないものがあるが,そのようなものは表に記載しなかった。また,「せ」を表す〈背〉,「を」

を表す〈尾〉など訓字と両用される訓仮名は次節で検証するので,ここでは示していない。

なお,訓字としても用いられる訓仮名のなかには音仮名よりも用例数の多いものがある。た とえば,「せ」では音仮名〈世〉52例よりも訓仮名と訓字に両用される〈背〉78例のほうが 多い。ただ,訓仮名〈背〉78例のうち75例は「吾背子我(わがせこが)」(10・2119)のよ うな名詞「せ[兄]」の表記であり,特定の語の表記として反復使用されているのに対して,

音仮名〈世〉52例はさまざまな語の表記を担う。また,「を」でも音仮名〈乎〉22例より訓 仮名と訓字に両用される〈尾〉36 例のほうが多いが,〈尾〉はそのうちの 31 例が「絹帶尾

(きぬノおびを)」(16・3791)のような助詞「を」の表記であるのに対して,音仮名〈乎〉

は自立語も含め,種々の語の表記を担う。つまり,訓仮名と訓字に両用されるものはたしか に用例数が多いが,特定の語や助詞の表記を担った結果として用例数が多い傾向があり,仮 名としての汎用性は低い。このことは,本研究3章で指摘した,訓仮名の用例数の多寡が特 定の語句の使用頻度と密接に関連することと表裏の関係にある。

訓仮名のなかには自立語の仮名表記で音仮名に交じって使用されるものもあるが,そのよう なものは全体として少ない(稲岡耕二1967)。やはり,訓仮名は自立語の仮名表記では使用 されにくく,使用される際には,3.4節,3.5節で指摘したように訓仮名同士で連続しやすい 傾向がある。

音仮名〈伎〉〈吉〉がその表記を担う語を品詞ごとに整理すると次のようになる。

〈伎〉形容詞10例,助動詞4例,動詞13例,名詞14例,副詞2例

〈吉〉形容詞15例,助動詞7例,動詞 4例,名詞6例,その他1例

なお,訓仮名〈寸〉は自立語の表記を担う際に,「朝名寸二(あさなぎに)」(4・509)の「名 寸(なぎ)」や「花野乃為酢寸(はなのノすすき)」(10・2285)の「為酢寸(すすき)」など,

ある語の表記を決まった訓仮名の組合わせで担う傾向があるが,音仮名〈伎〉〈吉〉にはその ような傾向がない。

大野(1962)では訓字主体表記歌巻の「き」の「常用仮名」としても〈伎〉〈吉〉を挙げてい る。これは音仮名のみを比較した結果に基づいているからである。〈伎〉〈吉〉以外に,同巻 で「き」を表す音仮名(濁音専用も含む)とその用例数は次のようであり,音仮名だけでみ

春日(1933)が大宝戸籍帳で訓仮名の用例が確認されるとするのは次の19字である。

「田(た)「千(ち)」「津(つ)」「手(て)」「名(な)」「野(ぬ)」「根(ね)」「日(ひ)」

「穂(ほ)」「真(ま)」「三(み)」「見(み)」「御(み)」「女(め)」「目(メ)「屋(や)」

「江(エ)」「井(ゐ)」「猪(ゐ)」

訓字主体表記歌巻の自立語表記でみられる訓仮名の性格については,稲岡(1967)や八木

(2005a)による考察があるが,付属語表記における訓仮名については充分に考察されてい ない。

訓仮名〈手〉は「手忘而(たわすれて)」(3・392),「雹手走(あられたばしる)」(10・2312)

のように「た」を表すときと,「物不思四手(もノもはずして)」(4・722),「人尓者言手(ひ トにはいひて)」(11・ 2684)のように「て」を表すときがある。

訓仮名の用例数の多少は音仮名の様相も含めて考察すべきことを前節で述べたが,いま試み にいくつかの音節について訓仮名の用例数と音仮名のそれとを対照すると,たとえば,「ト」

では訓仮名〈跡〉406例に対して音仮名〈登〉173例であり,「な」では訓仮名〈名〉173例 に対して音仮名〈奈〉214例であるなど,音仮名も訓仮名もともによく用いられている。こ の点については8章で詳しく考察する。

ある〈漢字〉が表語用法としてよく用いられると表音用法として用いられにくいという傾向 は,橋本(1959),池上禎造(1960),川端善明(1975)をはじめとして,すでに指摘されて いる。ただ,これらの研究は訓字と音仮名との関係が中心である。本研究が主張したいのは,

従来,訓字との両用を辞さないとされてきた訓仮名も,訓字とのはりあいの関係のなかで運 用されているのではないか,ということである。

ドキュメント内 『萬葉集』における訓仮名の基礎的研究 (ページ 82-85)