第 5 章 基金会の歴史と現状
第1節 基金会の歴史
基金会(Foundation)の歴史的経緯について沈国琴は、初期の創造と模索期、急速な発
展期、表面的には凍り、底流では流動している時期、規範化と目覚ましい発展期に分類し ている(沈, 2010: 36-39)。ここでは沈の分類を参考に、基金会を草創期、発展期、整理期、
再発展期に分類し、その特徴を整理する。
1-1. 草創期(1981年-1988年)
中華人民共和国建国後最初の基金会である中国児童少年基金会が設立された1981年から、
「基金会管理弁法」(以下、「弁法」)施行前の1988年までを草創期とする。
この時期は、特に基金会のみを規定する法規はなく、基金会の多くは主に政府関連機関 によって設立され、職員は公務員の兼業が多かった。また、規定する法律が存在しなかっ たため、企業活動を行う基金会も存在した。非政府性、非営利性が極めて不明確であった 時期といえよう。
1-2. 発展期(1988年-1996年)
弁法が施行された1988年から「社会団体と民弁非企業単位の管理業務強化に関する通知」
が公布された1996年までを発展期とする。1988年に施行された弁法では、「基金会は国内 外の社会団体とその他の組織および個人の自発的な寄付資金によって管理される民間非営
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利性組織であり、社会団体法人である」(第2条)と初めて基金会が規定された。また、「弁 法」の施行によって団体数は急速に増加した。沈は88 年から96年までの間、全国性基金 会が毎年10団体程度増加したと指摘している。
「弁法」では、基金会設立には10万元(もしくは等価の外貨)の基本財産の必要や、幹 部職員の現職公務員の兼業禁止、企業株式購入の際の購入量制限(購入株式数が該当企業 の株式総額の20%を超えることの禁止)、基金会設立の際の中国人民銀行の審査・批准、民 政部への申請・登記、国務院への登録(地方で活動する基金会は、該当地域の中国人民銀 行の支店、人民政府民政部門への申請・登記)の必要などが具体的に規定された。一方で、
設立申請の具体的な方法や基金会内部のカテゴリー、組織の形式や内部ガバナンスに関す る規定、資金の管理・使用方法、会計などに関しては詳細な規定がなく、十分に基金会の 発展を支えるようなものではなかった。
しかし、この期間に多くの基金会が、大規模な公益プロジェクトを構築・実施したこと は特筆すべきことである。例えば、中国共産主義青年団中央委員会を背景にもつ、中国青 少年発展基金会の農村部への教育支援事業「希望プロジェクト」や、中華全国婦女連合会 を背景にもつ、中国児童少年基金会の貧困地域への未就学女子児童に対する教育支援事業
「春蕾プロジェクト」、国家人口・計画出産委員会を背景にもつ、中国人口福利基金会のエ イズ孤児支援事業「幸福プロジェクト」などが代表的である。これらの大規模な公益プロ ジェクトは、国家の支持や業務主管単位のネットワーク、メディア、海外企業や民間非営 利組織、一般市民(基金会は中国における民間非営利組織で唯一市民に対する募金活動が 許可されていた)からの支援のもとに行われ、市民にも見える形で資源の配分が行われた。
基金会発展の初期段階で行われたこれらの大規模な公益プロジェクトは、政府の政策を 補完する機能をはたし、政府の影響力は極めて強いものであった。これは、資源配分の担 い手が政府部門以外にも存在することを社会に認識させ、社会の市民性向上、また、以降 の基金会を含む非営利セクター全体の発展基盤となったという意味において大きな意義を 有する。
1-3. 整理期(1996年-2004年)
「社会団体と民弁非企業単位の管理業務強化に関する通知」が公布された1996年から「基 金会管理条例」が施行された2004年までを整理期とする。96年8月、中国共産党中央弁
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公庁・国務院弁公庁は、「社会団体と民弁非企業単位の管理業務の強化に関する通知」を、
翌年には「社会団体の整理整頓における意見の通知」を出し、増加を続けていた社会団体 の整理を行った。基金会は、「弁法」によって社会団体組織と見なされていたため整理の対 象に含まれた。その結果、この時期に新設された基金会の数は少なかった。岡室は次のよ うな指摘をしている。
92年の共産党第14回大会で「社会主義市場経済の確立」が提起され、第9次5ヵ 年計画は「経済発展」から「社会の全面的発展」への転換を示した。この計画は「大 きな社会小さな政府」の青写真ともいわれ、各現業部門の統括機構として機能してい た政府部門のマクロコントロール機能化が図られた。同時に、国家の根幹にかかわる 重大な企業と事業単位に対しては、集中的に国力を注ぎ、それ以外は民間にシフトさ せる「抓大放小(大はつかみ小は放すの意)」政策が積極的に進められた。このような 流れの中、98 年の全国政協で、それまで主に「政府と人民公社との分離」の意味で使
われていた「政社分離」が政府と社会団体との分離の意味で使われた。
(岡室, 2008b: 4)
この期間は、特に増加し続けていた社会団体を整理し、政府または社会にとって必要と される組織を判断し、「政社分離」(政府と社会団体の分離)を行うことで、社会団体に対 する公益事業の実施権限の一部移譲が始まった時期といえよう。このことは、社会団体に とって自立化への第一歩であり、政府にとっては公益事業支出を削減する 1 つの有効な方 法であったと推察される。
1-4. 再発展期(2004年-現在)
2004年の「基金会管理条例」施行以降を再発展期とする。「基金会管理条例」では、「弁 法」で規定されていなかった基金会内部におけるカテゴリーや設立申請の方法、組織の形 式や内部ガバナンス、会計などについて詳細に規定した。特に登記のために必要な基本財 産額や、支出の最低限度額、理事数、職員給与と事務経費の支出限度の割合などが、「弁法」
よりも厳格に、また新たに設定した。しかし一方では、中国人民銀行による審査・批准は 不要になった。さらにこの条例で、新たに非公募基金会が法的に認められ、翌年 6 月に中
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国初の非公募基金である香江社会救助基金会が設立されたことは、特筆すべきである。そ の後も非公募基金会は増加をつづけ、現在では基金会の中心的存在となっている。
基金会の歴史をみると、1981年に中華人民共和国初の基金会が設立されてから現在まで、
政府機関から徐々に自立しているようにみえる。しかし、その自立化は基金会による自発 的な行動によるというより、政府の政策による公益事業の実施権限の移譲や、税制優遇策 の確立などが背景にあるといえよう。
例えば、2011年に国務院によって提出された「中華人民共和国国民経済と社会発展第12 次5カ年計画綱要」第39章第1節「社会組織発展の促進」では、「経済、慈善、民弁非企 業単位と都市農村社区における社会組織を重点的に育成し、優先的に発展させる。…(中 略)政府部門は、社会組織の機能移転を促進し、社会組織に対してより多くの公共資源と 領域を開放し、税制優遇の種類と範囲を拡大する」と述べられており、税制優遇幅の拡大 や、公益事業の権限をさらに民間非営利組織に移譲していく方向性を示している。また、
第40条第2節「社会矛盾の仲裁構造の完備」では、「民衆業務制度の完備は、基層党政組 織、業務管理組織、民衆自治組織に頼り、工会、共青団、婦聯の機能を十分に発揮し、共 同で民衆の権益を保護し、各方面の民衆の関係を配慮し、社会矛盾を積極的に解消する」
と述べており、社会的課題や国民の権益保護のための一主体として民間非営利組織を明示 し、党や業務主管単位などの政府関連機関とのパートナーシップの必要性についても示唆 しているように思われる。
以上のことから、政府は基本的に法定NPOに対して、支援の姿勢を示しているといえよ う。そして、基金会の自立化進展の主な要因は、国家戦略に基づくものであることがここ からも読み取れる。今後、公益事業実施に係る法定NPOへの権限移譲は、さらに進展する ものと推測され、その中でも特に非公募基金会は、その中心的な存在となるだろう。政府 は「協働」や「法的規制」を手段に最低限、非公募基金会の監督管理を行い、その一方で、
公益事業実施の権限を移譲し、非公募基金会の背景にある市場の資本を利用して、公益事 業を展開していくだろう。このことは政府にとって、支出削減のために有効な手段である だけでなく、非公募基金会にとっても公益活動の空間が広がり、「市民社会」全体にとって も市民性を向上させ、社会的課題に対して主体的に考え、行動する市民の育成につながる 一助になるのではないかと思われる。
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