第 6 章 仁愛会による「官民連動」の慈善活動
第 1 節 仁愛会の組織概要と組織運営 1-1. 組織概要
仁愛会は、北京龍泉寺(写真 15)住持の釈学誠(以下、学誠)の協力のもとで仏教徒で あった林啓泰らによって設立され、2006年10月16日に北京市民政局から非公募基金会と して認可された民間非営利組織である125。
団体の主旨は、「伝播慈善文化、弘揚慈善精神、推動扶貧救助」(慈善文化を伝播し、慈 善精神を発揚し、貧しい人を助けること)(仁愛会章程第3条)であり、社会支援、老人・
幼児支援、環境保護、奨学金給付および公益に関係する各種慈善活動を業務内容としてい る126。仁愛会では、前述の主旨以外にも、「慈善事業を行うことは、自らの善行の実践であ り、救済業務ではない。他人を助けることは、自らを助けることであり、他人の成就は自 らの成就である」という活動理念や「善心を啓発し、人々が参加できる善行の実践のプラ ットホームを打ち建て、人々に慈善を享有させ、行き渡らせる」という目標を設定してい
125仁愛会「北京市仁愛慈善基金会―簡介」、
http://www.chrenai.org/portal.php?mod=view&aid=1922、2014年1月22日検索。
126仁愛会「北京市仁愛慈善基金会―章程」、
http://www.chrenai.org/portal.php?mod=view&aid=1940、2014年1月22日検索。
168
る127。以上のことから仁愛会では、他者の救済を通じて、民衆の社会性の向上を重視して いることが読み取れる。
(写真15. 北京龍泉寺。2011年8月著者撮影)
1-2. 組織運営
先述したように、仁愛会は龍泉寺の信者によって設立された団体である。組織運営から 慈善事業の運営に至るまで、すべてボランティアによって運営されている。ボランティア は、「専職義工」と呼ばれる専任ボランティアと「兼職義工」と呼ばれる他に職業を持って いるボランティア、一般のボランティアに分類される(北京市仁愛慈善基金会, 2010: 7)。 専職義工は、職員とはいえボランティアであり、給与は発生しない。但し、多くの専職義 工は龍泉寺内の施設で生活しており、衣食住に必要な生活用品、電話代などは現物で団体 から支給されている。現在、30 人ほどが専職義工として組織運営に従事している。なお、
専職義工には僧侶はいない128。
次に兼職義工は、他に職業を持ち、時間のある時にだけ慈善活動に参加するボランティ
127前掲ウェブサイト、http://www.chrenai.org/portal.php?mod=view&aid=1922、2014年
1月22日検索。
1282013年9月17日仁愛会への聞き取り調査に基づく。
169
アである。兼職義工は、専職義工と違い必ずしも仏教徒である必要はなく 129300 人ほどい るといわれ、その他、一般のボランティアが約 1 万人いるとされている(北京市仁愛慈善 基金会, 2010: 7)。
基金会の執行機関である理事会は、すべて民間人によるメンバーによって運営され、僧 侶や公務員はいない。『北京市仁愛慈善基金会 2012 年工作報告会計報表附注』によると、
2012年度の理事会メンバーは創設者である林啓泰前秘書長130(写真16)をはじめとして、
その友人7人で構成されており、すべて企業関係者である(表16)。13年1月に理事会メ ンバーの変更があり、専職義工である王衛が新秘書長に就任した。現在、15 名の理事と 2 名の監事によって理事会が構成されている131。以上のことから、仁愛会の運営は公募基金 会等、他の民間非営利組織のカテゴリーに属する組織と比較して、北京市民政局からの管 理・監督は受けているものの、理事会のメンバーや専職義工に政府関係者は存在せず、運 営上は政府からの独立性が比較的高い団体といえよう。
(写真16. 左は林啓泰前秘書長、中央は鐘瑩副秘書長。2011年8月著者撮影)
1292013年9月17日仁愛会への聞き取り調査に基づく。
130日本の財団法人における幹事長や事務局長に相当。
1312013年9月17日仁愛会への聞き取り調査に基づく。
170
(表16)北京市仁愛慈善基金会理事会メンバー(2012年末まで)
理事会メンバー 職場 基金会における職位 報酬の有無
李蓮 北京松盛広告有限公司 理事長 なし
林啓泰 広東国智投資有限公司 秘書長 なし
李彤 広東鴻智電信軟件有限公司 理事 なし
田津榕 広東常栄貿易公司 理事 なし
儲惠斌 北京翰均投資有限公司 理事 なし
劉岩 北京水之潤文化発展有限公司 理事 なし
王珊 北京水之潤文化発展有限公司 理事 なし
(出典:北京市仁愛慈善基金会『北京市仁愛慈善基金会2012年工作報告会計報表附注』北 京市仁愛慈善基金会、2013年、15頁)
1-3. 党国体制から見る北京市仁愛慈善基金会の正統性
ここまで、仁愛会の組織概要・運営を見てきたが、仁愛会は台湾の慈済会や国際仏光会 と同様に寺院の信者団体による民間非営利組織であるにも関わらず、慈済会の証厳、国際 仏光会の星雲のような、1人のカリスマ性のある僧侶が強い信念とリーダーシップに基づい て、慈善活動を展開している団体ではない。そもそも仁愛会の発起人は、僧侶ではなく、
前出の林啓泰 132という仏教徒であった。1 つの組織を立ち上げ、中国全土で慈善活動を展 開するまでに成長させたという意味において、林のリーダーシップに疑いの余地はないが、
宗教的指導者である僧侶が持つカリスマ性や正統性はない。
そのような正統性の脆弱性を補うために仁愛会は、党国体制 133という中国における国家
132現在は、出家し団体の代表の座を退いている。2013年9月の調査に基づく。
133中国では一般的に、行政の役職者には、共産党の同機能を司る役職者が就任する。そし て、党が政府よりも強い権限を以て指導にあたる。これは中央から地方の末端まで一貫し ている。このような共産党が国家を代表する体制を「党国体制」と呼ぶ。
政治社会学者の菱田雅晴は、この「党国体制」について、「(共産主義社会という理想的 な 社 会 に 至 る ま で の ) プ レ 改 革 期 と し て の 社 会 主 義 期 に あ っ て は 『 党=国 家 体 制
(Party-State System)』の成立があり、この点はレーニン主義体制下における必然的結果
として把握される。これは、レーニン主義革命運動の伝統としての前衛党の指導性への絶 対的帰依に基づくものであり、ポスト革命期における『党の国家化』による『党=国家体制』、 中国的文脈では『以党代政』がもたらされた」(菱田, 2000: 5)と述べ、「改革・開放プログ ラムによって、現代中国には『国家と社会との共棲関係(symbiosis)』、あるいはより率直
171
統治システムの特徴をうまく利用し、活動の正統性の獲得と展開につなげていると推測さ れる。その中心的存在が、龍泉寺住持の学誠である。学誠は、龍泉寺や福建莆田広化寺、
陝西省扶風法門寺の住持や中国仏教協会駐在副会長等を務める宗教指導者である一方、中 国人民政治協商会議常務委員会委員という政治指導者の側面ももつ。そして、この学誠の 存在が、仁愛会の活動・組織に対して正統性を付与していると思われる。
中国は、共産党と国家の指揮命令系統が一元化する党国体制という統治システムを採用 しており、それは当然ながら仏教界にも及ぶ。中国において、仏教を中心とする各宗教機 関を指導する国家機関は、国務院に属する国家宗教事務局(以下、宗教局)である。宗教 局の下部機関として各地方レベルの宗教局が存在する。一方、共産党において各宗教機関 を指導する機関は、中国共産党中央統一戦線工作部(以下、中央統戦部)である。
宗教局は、1951年に政務院(国務院の前身)文化教育委員会の下に宗教事務処として設 立された。その後、国務院が成立すると国務院所属となり国務院宗教事務局となった134。
D.L.ワンク(David.L.Wank)によると、国務院宗教事務局を管轄した中央国家民族事務委
員会(国務院管轄。以下、民委)の委員長は、中央統戦部の副部長を併任していたため、
委員長は政府と党の両方に命令系統をもち、最終的には中央統戦部、つまり、共産党に権 力は帰結していたと指摘している(ワンク, 2000: 284)。その後、文革中の1975年、宗教 局は国務院によって廃止されたが、79年に復活し、98年に国家宗教事務局と改名された135。 なお、現在の宗教局と中央統戦部の関係は、文革前の構造とほぼ同じで、現在の局長であ る王安作は、元中央統戦部職員であり、現在、中国共産党第18期中央委員会候補委員であ り136、共産党の要職者という側面も有している。ちなみに副局長の蒋堅永も中央統戦部出 身であり、中央統戦部二局副局長を経て、宗教局に移っている 137。また、そもそも宗教局 は国務院の直属であるため、そのトップは李克強国務院総理と張高麗国務院副総理である。
には『怪しげな、胡散臭い両棲関係』がもたらされているのではあるまいか。すなわち、
経済領域を核として市場メカニズムが着実な浸透を見せる一方で、旧体制の“遺産”とし ての『党=国家』体制の権力メカニズムは、弛緩しつつあるにせよ、今なお厳然と存在して おり、市場メカニズムの作動領域と旧来の『党=国家』権力メカニズムとの間に、両義的な
“共棲・両棲”関係が成立しつつあるというのがわれわれの判断である」(菱田, 2005: 12) と、「党国体制」は、例えば市民社会の議論に見られるように以前と比較すれば、緩くなっ ている可能性があるが、原則としてその体制に変化はないと指摘している。
134国家宗教局ウェブサイト、http://www.sara.gov.cn/jqgk/lsyg/index.htm、2014年9月22 日検索。
135前掲国家宗教局ウェブサイト、2014年9月22日検索。
136前掲国家宗教局ウェブサイト、2014年9月22日検索。
137前掲国家宗教局ウェブサイト、2014年9月22日検索。
172