第6章で触れたように X年に,A 市の親の会によるAS研究会のライフスキルをテーマ とした講演会をきっかけにして,3 回にわたる親子学習会が開催された。そしてその後も 継続的な支援が必要であるという認識のもとに,翌年(X+1年)から思春期・青年期を対 象としたグループ(仮称Yグループ:YGroup ,以下 YGと略記)を定期的に開設するに 至った。この節ではライフスキルの重要な要素であるコミュニケーションや,対人関係を 円滑にする力を身につけてほしいという願いをもつ保護者と,教育の立場から対人関係に 関わる気づきを高めるための手法として,ロール・プレイングを活用している筆者の,い わば二人三脚で取り組んでいるYG の概略について述べる。なおロール・プレイングにつ いては,ソーシャルスキル学習のために役割演技を活用する場合や,個人の自発性や創造 性を重視した心理劇の要素を含む場合もあり,ねらいによってその展開の有様は全く異な ったものとなる。この節で述べる学習プログラムには,ロール・プレイングすなわち「役 割を演じる」という意味では一貫しているものの,テーマに応じて場に相応しいとされる 行為を明確に示した,いわば学習的な役割演技を促す場合と,個人の自発性や創造的な表 現を尊重した心理劇的な体験を期待する取組みも含まれている。そこでそれらを区別する ために特に後者を,台(2003)にならって心理劇的ロール・プレイング(Psycho-Dramatic
Role-Playing, 以下PDRP と略す)とする。また心理劇にはウォーミングアップ,劇化,
シェアリングという3つの過程がみられるが,その中の劇化がこのプログラムのドラマに あたり,導入活動がウォーミングアップ,おわりの会がシェアリングに対応するものとし て位置づけられている。
1.対象(グループを構成する参加メンバー)
思春期を含む青年期の男女 10 名前後(進学により退会したメンバー,新たに加わった メンバーなど,途中若干の入れ替わりがみられる)。大半が広汎性発達障害 PDD,学習障
害 LD,注意欠陥多動性障害 ADHD のいずれか,もしくは重複する診断名を受けている。
彼らの年齢,性別,障害特性を考慮して,概ね平均年齢が高い YA グループとそれより低 いYBグループの 2グループに分けられた。両グループのメンバーとも,日常会話に大き な支障はないが,臨機応変に状況を察知したり,他者の気持ちを理解することに困難さを 抱えている。そのうち YA グループは高校生以上で,ある程度の日常生活を自立的に行う ことができてはいるものの,やはり様々な場面で対人関係に戸惑っており,自分の気持ち,
他者の気持ちに対する気づきを高めながら,その場にふさわしい自己表現のあり方を身に つけることを課題としている。YB グループは中学生からスタートして,途中で高校に進 学したメンバーもいるものの,特定のものへの興味・関心の強さや,偏った場面理解が顕著 であり,年齢相応のコミュニケーションスキルが身についていないために,場に応じて一
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つ一つ具体的に学ぶことを必要としているグループである。
2.スタッフ
運営 保護者代表
スタッフ(保護者・著者・学生ボランテイィア)間の連絡調整・会場予約等 企画 筆者
保護者との打ち合わせにより各回のテーマを決め,プログラムを立案する。
当日はプログラム進行のリーダーおよび,監督の役割をつとめる。
補助スタッフ 学生ボランティア 数名
プログラムの進行およびロール・プレイングでの補助自我役割 等 3.開催日 ・ 期間 ・ 頻度
X+1年 1月より,月 1回,休日,主に日曜日に開催。
4.場所
A市内の福祉施設 Dを利用(後に筆者が勤務する大学内の施設に変更)。
5.プログラムの立案と実践の流れ 表1に示している。
Ⅱ-7-表 1 YG のプログラムの立案から実践まで流れ
事前準備
運営スタッフ 保護者
プログラム企画・実践スタッフ 筆者(臨床心理士・特別支援教育士)
会場予約・ボランティアとの連絡調整
近況レポート(ニコニコエピソード・ → テーマの選定 あらあらエピソード) ↓ メール・電話・ファックスによる相互の意見交換 ↓
プログラム立案・教材作成
当日
保護者 筆者 学生ボランティア
YA グループ 別室待機 YB グループ 行動観察 評価表に当日の 感想記入
事前ミーティング:テーマのねらい確認・役割分担 プログラム全体の
ファシリテーター ドラマの監督
プログラムの司会
ロール・プレイングのモデル ドラマの補助自我
事後ミーティング:参加メンバーのその日のねらいの達成水準を 筆者と学生ボランティアの合議により評価表に記入
63 プログラムで取り上げるテーマの選定
保護者と筆者の直接的な接点は,基本的にプログラムを実施する日,すなわち月1回で ある。その日はプログラムの前後に保護者から手短にメンバーの近況を聞かせていただく ことはあるものの,通常は子ども達を前にして思うように打ち合わせの時間を取ることが 難しい。そこで保護者には,あらかじめ近況レポート用紙「ニコニコエピソード・あらあら エピソード」が配布され,次回のプログラム立案までに,メンバーについて気づいた好ま しい(ニコニコ)エピソードや改善してほしい(あらあら)エピソードがあれば,それら をレポート用紙に記入し,筆者に知らせるという協力体制を設けた。そのレポートにより 具体的な状況やそのときの保護者の思いを確認した上で,その内容がグループ全体のテー マに相応しいと判断した場合,次回以降のプログラムに,その内容を反映した課題を工夫 している。その他,全体での共通理解を得るために,半年に1回,保護者全員と筆者によ る懇談の時間を設け,課題内容を中心に今後の方針について話し合う機会を設けている。
これまでにとりあげた主なテーマを表2に示している。
Ⅱ-7-表 2 X+1 年の1年間で取り上げた課題活動の主なテーマ(グループ)
・ 自己紹介で自己理解を深めよう(YA) 他己紹介で他者理解を深めよう(YB)
・ 他者の気持ちの理解 -顔と気持ちのマッチング-(YA)
・ 場に合わせて声の大きさを調節しよう(YA・YB)
・ 話し合いのルールを身につけよう (YB)
・ 「あったかことば」と「とげとげことば」(YA・YB)
・ 「こんなとき,どうする?」
買い物編(YA・YB) / 嫌なことを言われちゃった編(YA)
マナー編「年上の人に頼むとき」「小さな子を注意するとき」(YB) 他
・ 「ゲームに勝ったときの気持ち・負けたときの気持ち」相手にエールを送ろう(YA)
プログラムの流れ
YAグループ,YBグループともに各1時間半の枠組みを設定している。2つのグループ のプログラムの間で 15 分程度の時間をとり,その間にメンバーの入れ代わり,教材提示 の準備を行う。一回のセッションの流れは,両グループとも,はじめの会 - 導入活動
- 課題活動・ドラマ - おわりの会の順となっている。はじめの会では,当番による 挨拶やその日のプログラムの確認を行う。導入活動は,その日のテーマにつながるような クイズやゲームを行うもので,いわばウォーミングアップである。おわりの会は,その日 の活動を振り返る時間であり,それぞれのメンバーの感想や他の人のよかったところをお 互いに述べた後,当番の挨拶で締めくくられる。
テーマとなる課題活動
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テーマとなる課題活動とドラマの関係については,以下のような例があげられる。例え ば,「他者の気持ちの理解」というテーマでは,まず状況絵カードをみて,その絵の中の人 がどんな気持ちなのかを考える。その際,その人のどこをみて判断すればよいかを話し合 う。その後,メンバーがそれぞれに「私の楽しいひととき」を演じて(PDRP)紹介する
(YAグループ)。また他者に喜ばれる「あったかことば」と,嫌な気持ちにさせる「とげ とげことば」をとりあげたゲームの後では,「あったかことばを貯めて,旅行に行こう!」
というテーマのPDRPを行った(YA・YB共通)。「話し合いのルールを身につけよう」で は,「無人島に行くとしたら何をもっていく?」というテーマで,話し合いのルールにそっ て意見を出し合い,持って行くものを決定する。そして話し合いで決まったものだけをも って「無人島に行こう!」というPDRPを行った(YB)。さらに「こんなときどうする?」
というテーマでは「目上の人に頼みごとをするとき」と「小さな子に注意するとき」のあ り方をロール・プレイングで試した後,お兄さんや小さな子が登場するPDRPを体験した。
6.実施上の配慮点
これらの課題活動では,ねらいをわかりやすくするために視覚的な教材を多く活用し,
ロール・プレイングでスタッフがモデルを示したり,メンバーが演じるなど,実際の行為 の中で状況判断や気持ちの確認を促すことを積極的に取り入れた。それにより課題となる テーマがメンバーに明確に意識されたことは,グループ活動におけるドラマの中で,メン バーが場に応じた役割を演じる姿により確認された。それらの実際の様子を次節で述べる。