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劇化の展開において相互交流の困難さを示した事例

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第6章 役割演技にみられた発達障害者の自己制御不全

第2節 劇化の展開において相互交流の困難さを示した事例

1節に示したプログラムのように,体験学習会の第 1 回は「夏休みの思い出」を絵に描 いた後,楽しかった出来事を口頭で発表する時間を設けている。それに続いて参加者の一 人を主役とした思い出の劇を試みたのであるが,そのときに観客であったE 男が,その後 に自分の思い出も劇にしてほしいと強く求めてきた。しかしその回は時間の都合によりで きなかったことから,E男の劇は翌週の2回目のセッションで行うと約束していた。そこ で第2回になるとその日の最初から E男は,自分の劇をすることを楽しみにして張り切っ ている様子であった。そのように期待を膨らませているE 男の劇を行うために,どのよう な場面を演じてみたいのかを劇化の前に監督が尋ねたのであるが,E 男の思いが先走る形 でまとまりがつかず,互いに噛みわないやりとりが続いた。この節ではこのような監督と 主役の意図のすれ違いの意味するところを,劇化とそのふりかえりのプロセスを通して,

事例の背景にある認知特性との関連から検討する。

1.劇化「E男が家族で遊園地のプールに行った日」

E男は2回目の当日,自分の思い出を劇にするという約束を強く意識しており,その期 待感で気持ちが早っている様子であった。会が始まる前からそのことを話題にし,第1回 に比べて第2回の参加者が少ないことから,配役のための人数が足りるかどうかを心配し ていた。劇化の前に予め,演じる内容(ストーリー)をイメージするために,プールに行 った日の様子を監督が尋ねた。以下の****内はそのやりとりの一部である。

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監督<夏休みにプールに行ったんですね。誰と行ったんですか?>

E男「お父さん,お母さん,僕と妹(S)」

監督<お父さん,お母さん,K君,妹の4人で行ったんですね>

E男「はい」

監督<4人で行って,プールで泳いで・・・>

E男「(それ)で,お昼ごはん,お弁当とかお好み焼きを買ってきて食べて,で,おやつのアイスクリー ムを食べた」

監督<じゃあ,お弁当食べたところと,おやつを食べたところと,泳いだところとどこが一番,楽しか った?>

E男「プール,・・・・温 泉も。だけど,プールの監視員とチケット(切るしぐさ)を合体(二役を同じ 人にする)で,後,運転手も ・・・バス,臨時バス,何々に着きますとか。」

監督<臨時バスでプールに行って,そこでチケットを買って?>

E男「いやいや予約してたの」

監督<チケットは予約していたのね。そこでチケットをちぎってもらって,プールで泳いで,温泉に入 って・・>

E男「いやいや,ちゃんと着替えましたよ。着替えてそれからプールに行って,それから 温泉」

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このようにE男は全てを事細かに伝えることや配役にも強い関心を持っていたことから,

本筋がなかなか定まらなかったので,それらの話を受けとめながら,監督が全体の流れを 把握するのにはかなりの時間を要した。何とかある程度の流れが監督にも把握できたとこ ろで,次に配役を決める段階では「僕が決める」とE男が自ら主張し,主役の E男役は本 人がやることになる。またその日,会場には実際の母親と妹が来ていたものの,役者は「自 分の家族以外で」というE男なりの役作りのイメージがうかがえた。その他の家族(父・

祖父・祖母)や遊園地スタッフについても,当日の参加者の顔ぶれを見ながらE男が自分 で割り振ろうと試みていたのであるが,多数の登場人物に E男自身も途中から混乱してい る様子がみられた。そこで具体的な配役をホワイトボードに書きだしながら確認したとこ ろ,ようやく参加者全体の共通理解を得ることができた。

他の対象児については,当初E 男が「身長が大きいから」と,背の高い F男を父親役に 指名していた。しかしその後にE 男がプールの監視員から注意されたことを話題にしたと ころで,F男は自ら手を挙げ,「それ(監視員),僕,やりたい」と希望する。また E男から 祖父役に選ばれたG男は,一旦は「嫌だ」と拒んだものの,すぐに気持ちを切り換え,自 分からその役を引き受けている。H男はホワイトボードに書きだされた役が次々に決まっ ていく中で,最後に残ったチケット切りの役を見て,自分から手を挙げ,その役を引き受 けている。

劇化の段階でE男は自分の体験した出来事を思い出しながら,楽しそうに泳いだり,昼 食の場面を演じている。同時にその流れで他の演者にもその時やっていたことを伝え,そ れを再現するよう,その都度求めていた。E 男らが出かけるのを見送る祖父の役で登場し たG男は,同じく見送る立場で祖母役になっていた保護者の一人に促されながら,終始に こやかな笑顔で E 男らに手を振っていた。また H 男と F男は劇の展開に合わせて,それ ぞれが登場する場面を監督から示されることにより,割り振られた役割を演じることがで きていた。表4は演じた後のそれぞれの感想を示している。

Ⅱ-6-表 4 劇「夏の思い出 E 男が家族とプールに行った日」の演者の感想

役割 感 想

E 男 本人

「劇のことはよかったと思います。先生(監督)には大変お世話になりました。

お父さん役とか,お母さん役とか,ありがとうございました。」(深々と頭を下 げ,感謝の気持ちを述べる。やっと落ち着いた様子。)

F男 監視員 「もっと,迫力が・・。優しかった。」(監視員として,もっとビシッと注意し たかったのに,思うようにできなかったという気持ちが残っている様子)

G 男 祖父

「おもしろかったです」

(<どういうところが?>という監督からの問いに対して)

「わかりません。」

「だけど,素晴らしい劇でした。」

(終始,笑顔を浮かべながら,満足した表情)

H男 チケット 切り

「あまり,喋るところがなかったのがよかった。」

(ほっとした気持ちを素直に述べている様子。)

59 2.思い出の再現(劇化)に見られた行動特性

前回からの約束でE 男の思い出を劇にすることになっていた2回目のセッションで,E 男はその配役について自ら話題にするなど強い関心をもっていることがうかがわれた。そ れにより会の初めから気分が高揚しているようで落ち着きがなく,劇化の前に監督がどの ような場面を劇にしたいのかについてE男に確認しているときも,その途中で配役の話題 に飛んでしまうなど,気持ちが一人で空回りしている様子であった。また劇にする場面の 出来事について話を進めるときに,その細部の順番にこだわり,全体的な流れを大枠でと らえることが難しいようであった。そこで監督は E男の演じてみたいと思っている場面の イメージを,参加する他のメンバーと共有し劇化するために,E 男のあちらこちらに飛ぶ 話を整理してまとめることが試みたのであるが,なかなかそこに落ち着くことは困難であ った。結局,劇化の段階でも家族でプールに行くという話から,家を出発して,車やバス に乗り,入場券のチケット切り,着替えて泳ぎ,温泉,昼食といったE男が思い出す限り の出来事をすべて順番通りにやっていくという展開となり,最後に家に帰りついて祖父母 に迎えられるという場面で,ようやくE男が納得した「劇」を終了することができた。そ の間は全体にめまぐるしく,やったことをただ順番に流していく印象であり,E 男との初 めての劇で監督の立場にあった筆者としても,どこに焦点を当てたらよいか,把握しかね る状況であった。しかし演じた終えた E 男に感想を求めると,「劇のことはよかったと思 います」という言葉に始まって,監督やその他の演者に向かって深々と頭を下げながら「あ りがとうございました」と,ていねいに感謝の気持ちを述べていた。その態度からは,と にかく自分の思い通りの劇をするのだという,それまでの早る気持ちから一転して,すっ きりとした表情とともにゆとりのある落ち着きが感じられた。さらにその満足感が得られ たことで,会の初めから自分のことだけで頭がいっぱいになっていたE 男にも,この日初 めて他の参加者に気持ちを向けることができ,自分の劇をいっしょにやってくれた人たち に感謝するこころの余裕が出てきたものと思われる。

とはいえ劇のテーマとしては当初,主役の楽しかった思い出の一場面を取り出して,そ のときの気持ちに焦点をあててみることが期待されていたのであるが,劇化の後の振り返 りから,E 男が思い出す限りの出来事をすべて通してやってみることに強い関心をもって おり,どこかひとつをクローズアップするために切り取るという枠組みを持っていなかっ たことが明らかになった。つまり記憶しているできごとを順番に演じるという一連の行為 そのものがE男のイメージする思い通りの劇であったと思われるが,そこに参加する他の 演者にとっては,その流れを追うことに終始する展開であった。そのようにカタログをパ ラパラとめくるような行為の羅列の中にあっては,相互にかみ合ったやりとりの関係性や 気持ちの共有体験は得られにくいものであり,このような役割演技のあり方にも,他者と の相互的な交流を深める上での自己制御の不全さがうかがえた。これらは,「まず興味が惹 かれた細部に注意が向いてしまい,全体を把握することが困難(小野・石﨑,2010)」な広 汎性発達障害の特性を端的に示すものであり,さながらお気に入りの物を並べて,ただじ っと眺めることに執着したり,ストーリーのある本よりもカタログや図鑑を見ることを好 むという,並列的な物の集合に興味や関心を向けやすいということに通じるものと考えら れる。

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