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6〜10年

第3節 囎長粥修の聡と実践

1 仮説の検証

本研究では仮説として以下の2っを上げていた。

◇ 新教育大学大学院における教育公務員の現職長期研修制度  においては、それに作用する外的条件とともに、研修希望教  員・所属長(校長)の主体的条件が、存在するであろう。…①

◇ 新教育大学大学院における教育公務員の現職長期研修制度  は、他の研修体系との関連で、その位置づけが求められるで  あろう。・…②

 以上の仮説について、第3章、第4章で検討した修了生(調査回 答者)の実態から検証する。

 (1) 仮説①について

 派遣要項の内容、派遣要項の通知方法、受験同意書の与え方(三 方)の実態から、派遣人数の制約のなかにあって研修希望教員は回

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第4章現職長期研修の課題

論のこと所属長(校長)の派遣制度に果たす役割が大きいことがわかっ た。その意味では、新教育大学大学院における現職長翔研修制度の 実際の運用に直接的にかかわる働きを示しているともいえる。した がって、本研究の仮説①は修了生の実態から検証されたといえる。

 今後は、研修希望者・所属長(校長)の果たす役割の条件が吟味さ れ、修了生を含めての現職長期研修制度に対する数々の懸念に応え るように適正手続きが検討されかっその手続きが教職員全体に公開 されていくことが必要となるといえよう。

 (2) 仮説②について

 この仮説については、研修の体系化を前提にしている点で異論も あろうかと思うが、いずれにせよ現職長期研修の一形態として現に 存在している以上その位置づけが求められるのは当然のことといえ る。勿論、待遇、免許状云々をするしないも含めてのことである。

 研修成果の発揮で、位置づけを不明確にしていることによると考 えることも可能な結果が実態として示されていた。つまり、先の研 修威果をみる限り、大学院での研修成果、またその活かし方が問題 となっていたのである。例えば、この研修の位置づけが不明確故に、

双方(修了生、その他の教職員)の間に誤解が生じ、結果として学 校現場の教育実践にマイナスにはなっても、プラスにはならないと

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第4章現職長期研修の課題

した回答も少数ではあるがあったという実態はそのことを現してい る一つの事例といえる。また修了生の新教育大学大学院における現 職長期研修制度についてのとらえ方が一様でなかった。しかし、・こ の制度の位置づけを求めていることには違いがなかった。この位置 づけの方法として、現在の都道府県段階での現職研修の体系化の中 に取り入れて行くことが一つの方法としてあげることができる。し たがって、本研究の仮説②は検証されたといえよう。

2  他大学に与えた影響(教員養成系大学・学部)

 (1) 大学院設置の歩み

 国立の教員養成系大学・学部における大学院修士課程の設置は課 程学科目制の教育学部がたどってきた道と同じ位厳しいものであっ たことは事実である(注1)。また理・工・農・薬・法・文学部等に 次々と大学院が設置され、教育学部にはなかなかその時期がおとず れなかったとする印象は残る。しかし、この印象は正確ではない。

 昭和41年3月13日に「教員養成大学に設置される大学院に関する 審査方針について」が、大学院設置分科会総会で了承され、同年4 月1日東京学芸大学大学院教育学研究科が設置され、学校教育、数 学教育、理科教育、英語教育の4専攻、定員40名で発足している。

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ついで、昭和43年に大阪教育大学大学院教育学研究科が設置され学 校教育、国語教育、社会科教育、数学教育、理科教育、英語教育の

6専攻で発足している。

 東京学芸大学、大阪教育大学に関するかぎり大学院設置は旧制大 学を除く一般大学、学部に比較して遅きに失するということはない。

一例をあげるとお茶の水女子大学大学院が昭和38年、東京農学工大 学大学院が昭和40年、東京外国語大学大学院が昭和41年でこの頃一 般大学の理学部、工学部その他の学部に充実度に応じて継続的に順 次大学院が設置されている(設置の背景には、日本経済の高度成長 時代という産業界・社会の大きな要請があったことは周知の通りで ある)。つまり問題は、教員養成系大学・学部の大学院の設置が一 般大学と時期を同じくして設置開始されたにもかかわらず、先の2 大学(東京学芸大学、木阪教育大学)の大学院専攻増に限定され、さ

らにその専攻増も6年の空白期間をおいて昭和49年になって初めて 再開されたこと、ならびに他の教員養成系大学学部に大学院が設置 されなかったことである。

 国立大学の大学院設置は、設置審議会の審査をクリアし、文部省 の概算要求に乗り文部、大蔵そして国会での予算承認がなければな らない。したがって、教員養成系大学・学部の大学院が長い間2大 学に留どまったことについては、各大学教官個人の研究業績の問題、

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大学院設置方針のきびしさと各大学の教官定員の関係、国の行政的 理由、大学院についての大学内の意志統一の問題などが考えられる が、審査方針を充足するだけの教官定数がないというのが実状であっ

た(注2)としている。

 (2) 大学院設置基準要項(案)

 日本教育大学協会は昭和40年IM,にそれまでの「大学院に関する 委員会」を改めて、「専攻科・大学院等検討委員会」を設置し、専攻 科に関すること、大学院に関すること、現職教育(教員の研修とし て)に関することを検討事項としている。同委員会の名称は昭和51 年まで継続し、52年から専攻科を除き「大学院等委員会」として現在 に至っている。昭和42年6月に「教員養成関係学部大学院(修士課程)

設置基準要項」を日本教育大学協会代議員会において可決し、文部 大臣あてに要望書を提出している。

 この要項では、大学院の目的として「学部における一般的ならび に専門的基礎の上に、広い視野に立って精深な学識を修め、専門分 野における理論と応用の研究能力及び教育実践の場における教育研 究の推進者としての能力を養うこと」を掲げており、現在の多くの 教育系大学院の目標目的と大きく異なっていないものである(注3)。

 昭和43年〜昭和46年まではこの委員会は主として専攻科、及び現

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第4章現職長期研修の課題

職教育について検討を重ねている。大学院については昭和46年の「教 員養成制度の改善に関する意見」のなかで軽く大学院設置に言及し てはいるものの、翌昭和47年に同委員会は代議員会に「教員養成の 改善について(意見)」を報告し「教員の専門性を高め、資質の向上を 図るためには、教育系大学・学部の大学院(教員養成系大学・学部 と同じ意味)の大学院を早急に増設・拡充する必要がある」ことを強 調し、昭和42年以来初めて日本教育大学出会から文部大臣へ大学院 設置を要望している(注4)。中央教育審議会昭和46年の「今後におけ

る学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について(答申)」

がそこにあったことは見逃せない。

 その後も委員会は審議、検討を加えて、昭和49年に「新制大学に おける大学院は、大学学部における教育研究を深化し、向上させる

と同時に、高度の職能人を養成する意味をもつものであるから、本 来大学という概念の中に含まれるべきである」(注5)と述べている。

同じ頃に国立大学協会教員養成特別委員会も「教育系大学・学部に おける大学院の問題」を公表し、その中で「現職教育は制度的に保証 されなくてはならず、またそれは本来大学がその責に任ずべきもの である。教育系大学・学部自体の研究機能をふかめ、学部教育を補 完する場であると同時に、それは当然現職にある教師に開放される べきものでなくてはならない。」など教員養成系大学・学部に大学院

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第4章現職長期研修の課題

が設置されるべきことを論じている。

 昭和49年は、このような2っの大学院に関する報告の他に、①「大 学院及び学位制度の改善について(答申)j大学設置審議会同年3月3

0日、②「教員のための新しい大学。大学院の構想について(報告)」

新構想の教員養成大学等に関する調査会同年5月20日、③文部省令 による「大学院設置基準」の制定同年6月20日、と次々に報告・答申

・法令が提出・制定された年である。その後はこの大学院問題は、

新教育大学大学院創設の審議過程での論議と移行するのである。

 このようななかで大学院設置審議会「審査方針について」の内容に ついて改訂される動向も見えてきた。本第2章でみた第84回国会の 論議にある既設の教育系大学・学部との関係から、昭和54年1月に 大学院設置審議会の「教員養成の設置される大学院に関する審査方 針について」が一部改正された(注6)。

 (3) 新教育大学創設以降の教員養成系大学・学部の大学院  昭和49年の「教員のための新しい大学・大学院の構想について」の 報告書は従来の一己一教員養成大学の原則の枠の上に、さらに数大 学の新構想の大学院大学を設置しようとする画期的なものであった。

さらに大量の教員を現職のままで大学院に入学させようとするもの であったので各界での論争の対象になったことは先にみた通りであ

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