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ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報9 (ページ 73-79)

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W=30m

W=60m

Nl区

基準杭僻三き 「

29 

芦 ノロ遺跡調査区配置 図

(2.研

究 棟北側)

29Dる

重硫 苗m Of excavations at Ashinokuchi siteO)

AB AC AD AE AF AG AH AI

A」

AK AL AM AN AO AP AQ AR AS AT AU AV

Attr

AX AY AZ BA BB BC BD BE BF BG 8   9   1o  ll  12  13  14  15  16   17  18   19  20  21  22  23

30 

芦 ノロ遺跡調 査 区配置 図

(3.研

究棟南側)

Fig tt Distribution Of excavations atン ヽhinokuchi site(3)

Й

呼称す ることとした。研究棟 の北側 は、その西寄 りの部分 を中心 に、任意 に調査 区を設定 し、

調査 した順 に

Nl区

N5区

と呼ぶ こととした。

調査地点は段丘上 に立地 し、あま り良好ではないがローム層が堆積 しているため、旧石器時 代の遺構・遺物の有無 を確認す るために、各所で深掘 り調査区を設定 して調査 を行 ったところ、

研究棟北側 の

N2〜 5区

において、現地表下 1〜

15m程

の とこぅか ら泥炭層が発見 され、樹 木 ・種子 などが出土 した。 このため、

N2区

N3区

N5区

で、一部泥炭層 を掘 り下げ、泥 炭層の堆積状況 を確認す るとともに、分析のための資料 を採取 した。

3次

調査 は、研究棟北側か ら実験施設北側 を調査対象地区 とした。研究棟北側では、野球 場 に隣接する一段低 くなっている部分 にN12〜

N14区

を設定 し、実験施設北側 には、

N6区

Nll区

N15区

を設定 して調査 した。第

2次

調査で発見 された泥炭層 の分布 を確認するために、

全ての調査区において深掘 り調査 を行 うことを基本 とした。泥炭層は、

Nll区

において保存状 態の良好 な樹木の根株が検 出されたため、一部を掘 り下げ根株の状況 を確認 したが、それ以外 の調査区では、泥炭層の分布 を確認するに留めて、掘 り下げはほとんど行 っていない。

調査 にあたっては、敷地の方向にあわせてグリッ ドラインを設定 した。グリッ ドラインは、

真北か ら約20°西偏 している。調査基準点は、研究棟南側 と北側の4ケ所 にコンクリー ト杭 に よつて設定 し、 もっ とも南側の点を原点

(N=0=S、 W=o=E)と

した。遺構 の検 出され た調査区の平面図 と断面図については縮尺

1/20で

実測図を作成 し、遺構が検出されていない 調査 区については、

 1/1ooの

縮尺で平板測量 によって調査 区の位置 を記録 した。検出された 遺構 の番号は、各調査 区ごとで付 け、全体 を通 した番号 とは していない。

2.基

本 層 序

調査地点は、戦前 には陸軍幼年学校が置かれていた場所で、戦後 はこれらの建物 を利用 して 東北大学の教養部 として使用 され、1963年に現在の原子核理学研究施設が建設 された。本来は、

南か ら北 に向かって、緩やかに傾斜 して下 ってい く地形であったと思われるが、現状 は階段状 に整地 されている。 この過程 においてかな りの範囲で削平 と盛土 による造成が行われたと考え られる。

1層 は現在の表土層 と、大学 によるもの と考えられる盛土層である。特 に、実験施設北側の 東寄 りの部分 にあたる

N6〜 8区

では、 この盛上が きわめて厚い。

2層

は、陸軍幼年学校時代 に相当すると思われる盛土である。主に研究施設南側 に分布する。

3層

はこれ らの盛土が行 わ れる前の段階の表土層である。

4層

が、本来の遺物包含層 に相 当す る と思われるが、ほとん どの調査 区で削平 されたのか、

AC・

AD‑6・ 7区

AI‑7区

の付近で確認で きるだけである。 また、

N7区

で縄文土器が

発見 された層 も、大 きくはこの

4層

に相 当す る もの と考 えられる。

AI‑7区

では、 この

4層

の下部が漸移層 となっている。

5層はローム層であるが、全体 に厚 さも薄い。調査範囲全体 に分布するが、既 に削平 されて 確認で きない調査 区 も多い。

6層

は水性堆積層で、砂〜粘土が ラミナ状 に堆積 した り、土質の 異 なるブロックや小礫が多 く混入す る。細か く分 けることが可能であるが、様相 は調査区ごと での違いが大 きい。6層の細分層 については、異なる調査 区の間での対比は困難なため、調査 区ごとに別個の層名 を付 けている。7層は、混入物のほとんど無い精良な粘土層で、8層の泥 炭層が分布する範囲では、

N3区

を除 くすべての地区で確認 されている。

Nll区

では、 この7 層 と8層との境で、火山灰が確認 されている。

8層は、植物遺体 を大量 に含 む泥炭層である。研究棟北側か ら実験施設北側 に分布する。植 物遺体の分解の度合いは、場所 による違いが大 きい。保存状態の良い

NH区

では、根株が良好 に遺存 していた。8層を掘 り下 げた調査 区の中では比較的保存状態の良い、

N2区

N3区

で は、 8a・ 8b・

8c層

に細分が可能である。

3次

調査では、 この8層は確 認 に留めている調 査 区が多 く、掘 り下げを行 っていない調査 区では、ボーリング・ステ ッキによって8層の厚 さ を確認 した。調査 区の断面図に、下向 きの矢印で示 したのが、このボーリング・ステッキで深 さを確認 した所である。

9層は泥炭層 より下位の粘土〜砂 の水性地積層 をまとめた。場所 によっては、褐鉄鉱 による と思われる褐色の帯が認め られる。泥炭層の分布 しない範囲の6層に、 この9層に相当す る地 層が含 まれる可能性 も残 る。lo層は基盤の礫層である。ただ し、

AI‑14区

では、礫層の下 に粘 土層が さらに存在 し、 これ らの下 にさらに礫層が確認 されている。 この

AI‑14区

以外 では、

礫層が検 出された段階で調査 を終 えているので、 これ らの礫層が、はた して確実に基盤の礫層 であるか どうかは確実でない部分 を残 している。

3.検

出遺 構 と出土 遺 物

(1)第 2次

調査

AC・

AD‑6・ 7区

(図32、 図版12)

表土 と2層を除去する と、

4層

が遺存 してお り、ほとんど削平 は受 けていない もの と考 えら れる。4層上面 において、溝が1条検 出された。上幅40銅、下幅20cmの断面逆台形で、深 さ15

cm、 2.2m分を検 出 した。ほぼ直線的に延 び、方向はN‑68°一

Wで

ある。遺物 は出土 していな ヤヽ。

AD‑6区

において深掘 り調査 を行 った。

6層

の下は、す ぐに礫層 にな り、7〜

9層

は認め られない。

AU‑22   54m

53m

51rn

51m

47m

52rn

50m

49m

52rn

50rn

一 

調査終了 レベル

現表土・大学による盛土

陸軍幼年学校時代のものと思われる盛上

10YR2/2黒 褐色 シルト 粘性中 。しまり弱 盛土以前の表土 10YR3/4暗 褐色 シルト 粘性中 。しまり中 下部は5層 との漸移部分 10YR6/8明黄褐色 シルト質粘土 粘性中・しまり中 マンガン粒少量含む 黄褐色〜灰白色 シルト 砂を主体にし粘土・小礫が入る ラミナ状の堆積を示す 色調は一般に下部ほど白色がかる、場所によってはグライ化している

10YR7y3に ぶい黄褐色 粘土 粘性強 しまり中 混入物の無い均質な粘土 場所によってはグライ化し灰白色 (loYR811)や 明緑灰色 (5GY7/1)を 呈する 10YR212黒掲色 粘上〜シルト質粘土 粘性強 しまり強 泥炭層 未分解の植物遺体を大量に含むが、分解の程度によって含有量は異なる 保存の良い部分では、8a'3b・8cに細分される

10YR872灰白色 粘土〜シルト質粘土 粘性強 。しまり強

場所によってはグライ化しオリープ灰色(2 5GY571)や緑灰色(7 5GY5/1)を呈す 腐食した礫が主体となる礫層

31 

芦 ノロ遺跡 基本 層 序模 式 図 馳 .31 Schemaic proiles of l洵 2 and「曲

B

Th12 i.e.Location 2 of Ashinokuchi TM3 i.e. Location 3 o正 Ashinokuchi

俺   俺

V

Al‑7〜 AF‑18区

(図32、 図版12・ 13)

ほぼ

L字

形 に設定 した トレンチである。

AI‑10か

AI‑16区

にかけては、陸軍幼年学校 時 代の建物基礎 な どで、大 きく破壊 されている。全体 に、南 に行 くほ ど削平 によ り地層の保存状 態は悪いが、北側では

4層

も残 ってお り、ほ とん ど削平 されていない もの と考え られる。

調査 区の最 も北側 の

AI‑7区

で遺構が検 出 されている。 ピッ ト1は

4層

上面か ら掘 り込 ま れてお り、一部が調査 区外 に伸 びるが、長軸120cm以上、短軸75釦の不整楕 円形 を呈 し、深 さ 55cmを計 る。遺物 は出上 していない。 この ピッ ト1に 切 られる

4層

を除去す ると、調査 区北東 隅は広 くて浅い落 ち込み とな り、その南側 は浅い溝状 の落ち込み となっている。2つの落ち込 みの間では、焼土が分布 しているのが確認 されている。

AI‑7区

の溝状 の落 ち込み内か ら、土器が1点出土 している。土師器か と思 われるが、風 化が激 しく確実ではない。細か く壊れて しまっているが、出土時は同一個体であった と思われ る。 これ以外 の出土遺物 は、全て2層か らの出上で、本来の位置 を保 った ものではない。土師 器 は、

AI‑15区 2層

か ら小片が

8点

出土 している。 この内の1点は内面黒色処理 を施 した郭 の破片であるが、他 の破片 は保存状態が悪 く、詳細 は不 明である。同 じく

AI‑15区 2層

か ら は、石鏃1点 (図

39‑1、

図版

20‑1)と

頁岩製剥片1点が出土 している。石鏃 は1.8伽、幅

1.4cm、 厚 さ0.3師の流紋岩製 と思われる。

AI‑7区

2層

か ら土師質土器1点、

AI‑10区

の2 層か ら瓦質土器1点が出土 しているが、小片で器種 は不明である。近代 に入 るものか も知れな い。

AH‑17区

の2層か ら和釘か と思われる破片 1点

AG‑17区

か ら不明鉄製品が

2点

出土 し ている。

AI‑14区

において深掘 り調査 を行 った。6層の下 は礫層 と水性堆積 の粘土層があ り、 さらに 礫層 に至 っている。

この調査 区では、

AI‑7〜 AI‑17区

AI‑17〜 AF‑18区

2方

向で、調査 区の中心 を通 る ように測線 を設定 し、調査前 に(株

)応

用地質に依頼 して地下 レーダー探査 を実験的に行 った。

前述の とお り、遺構 も少い うえ、建物基礎 などの攪乱 も多い場所で、 また1本の測線 だけとい うこともあ り、建物基礎 などの明確 な もの以外 は、あま り明瞭な結果は得 られていない。

AI‑21・ 22区 (図13)

表土 を除去す ると

6層

が露出す る。遺構 。遺物 は発見 されなかった。

AR‑5区

(図33、 図版13)

1層 と2層が

lm近

くの厚 さで、その下 は

6層

となってお り、削平 を受 けていると考 えられ る。6層上面で ピッ トが

7基

検 出されたが、本来の深 さはさらに深かった可能性がある。また、

調査 区の東半分 は攪乱 によって破壊 されている。

ピッ ト1は 西壁 にかかっているため全体の形状 ・規模 は不明であるが、長軸80cm以上で、深

ドキュメント内 東北大学埋蔵文化財調査年報9 (ページ 73-79)