[3] HTPP
V. 医師とカウンセラーの連携
本事例は、治療開始時から連携をもくろんで進行したものではない。当初は M医師が単独で担当し、治療開始の直後からカウンセラーが関与しはじめ、徐 々にM医師とカウンセラーのあいだに連携が生じたものである。その結果、比 較的早期にクライエントの変容(治癒)が認められたと見なされるケースであ
る。
ここでは医師とカウンセラーの連携について論じるが、事例を通じての考察 であるので、医師を一般化せず、M医師個人とカウンセラー(筆者)の双方が 関わったことによって生じた連携と役割分担の一例として考察する。
【1】A大学保健管理センター
A大学は、二万人以上の学生を擁する大規模大学であるため、保健管理セン ターには技師・事務職員の他に、常勤・非常勤の医師も常に十数名を越える規 模である。なお、保健管理センターの他に学生相談室もあり、そこでは主に学 部の心理臨床家(学者・教員)が学生相談にあたっており、必要に応じて保健
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管理センターとの連絡も密接に行われている。A大学では、相談を望むほとん どの学生は、学生相談室を訪れるのが常であるが、保健管理センターが独自で 実施している健康調査によるスクリーニングによって、心理治療を促すことも
ある。
また、いずれのルートからやってきた患者であっても、学生や職員の健康管 理を業務とする保健管理センターの性格上、患者に対しては応急措置が前提で
あるので、他の医療機関への紹介が主な任務ということになる。ただし、A大 学では「心の病」に対しては、入院を必要とする重篤な患者を除いて、学内で 援助しようという傾向が見られるpこれは、近年の「心の病」を訴える学生の 著しい増加に対応しようというもので、全学をあげて組織的に「心の病」に対 する援助を行うための新たなセンター創設の構想も模索されつつあることを裏 づけるものである。
大規模のA大学には、保健管理センターには医師が雇用されており、社会学 部や文学部には有能な心理臨床家が教員として学生の指導にあたっている現状 からして、新たな組織の創設は白紙の状態から始めるよりは容易であろう。そ してこのことは、チーム医療が進みつつある現在、ほぼ確実に医師やカウンセ ラーやその他のスタッフによる密接な連携と役割分担による「心の病」に対応 する医療チームができやすいことを意味している。
このような動きは、A大学に限ったことではなく、他の大学でも模索が進ん でいることであろう。したがって、今後は医療機関のみならず、大学やその他 の公営・民間相談機関においても連携が進展することが予想される。
【2】クライエントの来談
本事例のクライエントは、来談前に個人的に精神内科を受診したが不調に終 わった。その後、A大学でのカウンセリングを望んだのであるが、学生相談室 が退部したクラブの部室のごく近くにあるため、また自己の症状は医学的な援 助を必要とすると判断し左ため、直接保健管理センターへ診察を求めてきた。
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【3−1】治療前期
M医師による診察の結果、対人恐怖を伴う神経症の疑いが高かったので、薬 物療法が開始された。治療3回目からカウンセラー(筆者)が診察の場に同席 する形で関与することになった。ただしこのときは、いわばお見合いの時期で あって、カウンセラーがこの患者の心理療法を引き受けると明確に決まっては
いなかった。
M医師は、そのとき他の患者がとぎれたときでもあったので、クライエント の症状が初心カウンセラーである筆者の対応(カウンセリング)に馴染むかど
うか吟味することができた。また、カウンセラーにとっても、同席によってク ライエントとの相性を判断し、自らの治療方針を検討することができた。
その結果、カウンセラーが治療前期に行った主な関与は心理テストのみで あったものの、このようなお見合いの機会は、後のカウンセリングの進展に有 効に働いたものと判断できる。
[1]医師とカウンセラーの相違点
クライエントの同意を得ることなく、しかも診察の最中にM医師の独断で診 察室に踏み込むことに対して、カウンセラーは抵抗を感じた。すなわち、クラ イエントは他の病気ではなく、心理的に病んでいて必要以上に敏感であるが故 に受診しているのである。そのような場にクライエントにとっては見ず知らず の人物が突然入り込んでくることは、緊張なり何らかの心理的マイナス効果を
もたらすはずであると感じたからである。
これに類似する件では、(#4)の診察の後、カウンセラーはYGとTEGを実 施した。カウンセラーはクライエントの疲労の程度を把握していなかったの で、それ以外のテストについては、クライエントの様子を伺いながらバウムテ ストを消極的に勧めた。クライエントの合意により実施しているバウムテスト
の最中に、M医師がHTPPの追加実施を積極的に勧めた。クライエントは
「絵は苦手です」と発言し、暗に描画を拒否しているようであった。
これらの点は、鐘〔33}によると、一般に精神科医が患者の病的諸症状の消失 に治療の重点を置くのに対し、心理臨床家は来談者の人格の健全な部分に働き
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かけ、彼らの潜在的な資質を解放し、そのことで人格の成熟過程を促進させる ことに重点を置くという違いがあると述べ、岡田〔21)は、医師は基本的に身体 からクライエントを考えており、カウンセラーは基本的に心からクライエント を考えているとする指摘によって理解することができる。すなわち、この事例 においても、医師とカウンセラーのクライエントに対する考え方・対応法の根 本的な相違点を見出すことができる。
勿論、そのクライエントの治癒にとって、どちらの態度も必要であり、医師 またはカウンセラーのどちらの考え方・対応法が有効であり、且つふさわしい かは、その時の状況によると考えられる。問題は、双方の意見の対立のよって クライエントに不信感を抱かせるなど、治療に妨げにならぬよう、前もって明 確で十分な合意がなされておくべきであると考えられる。幸い、この事例の場 合は、カウンセラーから双方の立場を簡単に説明しておいたので、この県勢が 以後の問題になることはなかった。なお、誤解を防止する意味で、クライエン トに対するこのような説明も、連携に伴う要件であると考えられるが、細部に 渡る双方の合意までというと、十分に割り切った合意が得られるかどうかは極 めて難しいであろう。今後チーム医療体制ができあがっても困難な問題として 残ることが予想される。
[2]連携による利点
治療前期における連携について、M医師の存在と分析はカウンセラーにとっ ては特に貴重であった。それは、同席中にM医師とクライエントのやりとりを 見ることができることであった。会話の際のM医師の対応の方法を知ること、
また、クライエントの状況を本入を前にして観察でき、クライエントの情報は 直接本人の口から聞くことができたことは、第三者を通じての間接的な情報交 換と異なり、以後のカウンセリングに大いに参考になった。
なお、初めは境界例をも疑っていたので、クライエントの行動化(acting out)等の急激な症状の変化に対して、医師の薬を利用する症状管理は、カウン セラニに大きな安心感をもたらした。すべての治療過程を通じて、このことは 初心カウンセラーでなくても、症状の管理に関して医師が薬と入院という強力 な武器〔21)をもっていることは、管理に関する武器をもたないカウンセラーに
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とってはありがたいことである。同時に、一応医療のもとに置かれたハプニン グへの対応は、医療者側が医療賠償などで引き受ける(21)といった制度の存在 も力強いことである。
このような、カウンセラーの安心感は、結果的にいじけることのないカウン セリングの実現を保障し、そのためクライエントの安心感を招いて治癒を促進 することにつながるものと考えられる。
【3−2】治療中期
[1]役割分担
この時期から、役割分担が明確になってきた。他にM医師の診察を必要とす る1〜2名の学生があったが、このケースについては、M医師が症状の管理の ための短時間の診察と薬の処方を行い、カウンセリングを筆者が受け持つとい う治療構造になった。 1
クライエントは以前精神内科で処方された薬をトランキライザーであると 知っていたり、歯科医で処方された鎮痛剤を服用する際にはM医師の薬の服薬 を控えるなど、父親が薬剤師であるためか、薬の知識が豊富であった。した ゲって、症状の改善と副作用を勘案したのか、自らの判断で服薬量を滅らし始 めた時期である。
治療の流れとして、M医師の診察の後、カウンセラーがゆっくり話を聞き、
それが終わった後で、M医師との簡単な情報交換や話し合いが持たれた。カウ ンセラーからは、カウンセリングでのやり取りの重要な部分の報告とともに、
自分の意見を述べて簡単なスーパーヴィジョンを受けることが多かった。ま た、M医師は、診察の結果とカウンセラーからの報告をもとに、クライエント の精神状況を述べることが多かった。そして、その後の対応法については、率 直に相互に意見を出し合って、以後の対応の大まかなアウトラインが決定され
た。
このことは、医師にとっては心理学的な情報を得ることができ、カウンセラ ーにとっては精神医学的な関わり方を学ぶことができるという、連携ならでは の利点が認められる。ただ、このような連携が成立する背景に、心理士は精神
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