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[3] HTPP

IV. クライエントの変容

 クライエントは、カウンセリングを求めて保健管理センターを訪れたことに なっている。しかし、クライエントがM医師に「尿の出やすい薬はないのです か?(#8)」と訴えたように、排尿困難症状の除去を目的に、医師の診察によ る投薬を期待していたことが後日のカウンセリングによって推測できる。そし て、カウンセリングには大きな期待を寄せていなかったようであるが、言われ るままについて行けば何とかなるのではないかと考えていたようである。まさ に河合〔8)のいうr牛にひかれて善光寺まいり』である。第二次面接でクライ エントが語ったことであるが、「これでカウンセリングをやめようかなと思っ ていても、先生から、さりげなくr来週、待ってますよ』と言われますと、来 ることがあたり前のようで、つい来てしまうんです。そのうち何でも好きなこ

とが言えるカウンセリングが楽しみになってしまいました」という発言でも理 解できる。

 来談時のクライエントには、過去八年間を越える長期にわたる不安症状との 苦しい闘いの経験が蓄積されていたはずである。その症状は、一朝一夕で解決 できないほどに複雑に交錯していると考えたほうが妥当であろう。したがっ て、治療にあたっては難治性の疑いをもって臨むよう留意しておくべきであっ

た。

 合計26回(第一次)の治療過程は、M医師とカウンセラー(筆者)の連携 によって進展した(連携内容は第4章V.参照)。その二か月あとから、12 回(第二次)の面接を実施し、更に快方へ向かったが、ここでは第一次のみに ついて、クライエントの症状の変化および変容について、その治療過程の順を 追って考察する。

【1】治療前期(依存心の出現と諸テーマの発現)

[1]会話への導入

 この時期の前半でのクライエントは、排尿困難と講義に出席できないと訴え るのみで、M医師の質問に長い時間をかけなければ答えられない状況であっ

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た。

 M医師による精神医学的治療は、先ず薬物によって症状の軽減を図りつつ、

傾聴することによって症状を惹起する背景に潜む問題点を探りあてることであ ろう。同時に、クライエントが自己の問題点を発見し、解決法を発見すること を援助することであろう。したがって、何を置いても、話を引き出すことが中 心課題である。M医師は話そうとしないクライエントに箱庭を置かせることに

よって、会話の促進を図った結果、何とか話を引き出すことができるように

なった。

[2]諸テーマの発現

 後半になってやっと自発的な発言が出るようになった。ただし、活気に欠 け、劣等感が強く(#5)、一浪してA大学へ来たことを後悔したり㈱)、講義に 出席する意志を語りながら、意志に反して大学の退学を指導教官に相談した

(#7)といった、自分に対するマイナス面ばかりであるが、徐々に話し始めた。

それらの話の内容は、症状に打ち負かされ、つき合い切れない自分を訴えてい ることが十分に感じ取れるものであるとともに、なお、r性・職業・死』の テーマが含まれ、不安神経症の特徴であるr依存心』が明確に現れてきた。当 初は境界例の疑いもあったが、前期の終盤ではその恐れもないと判断できた。

 神経症の治療には、十分に傾聴して受容することによって、うっ柔した感情 を表出さて発散・解消を助けることが基本である。したがって、M医師の診察 は積極的に傾聴することに重点が置かれていた。なお、依存心については、特 に家族の支持が貧弱であると判断できたので、当分はカウンセラーが父親役を 引き受けることで支持することになった。後(#22)で判明したことであるが、

クライエントは女性であるM医師に排尿のことを答えるのが苦痛であったの で、カウンセリングを中断することを考えていたが、年配のカウンセラーに出 会えたので続いたとのことであった。

[3]症状の焦点化

 前期の中盤に実施された心理テスト(第4章1.参照)では、神経症を裏づ ける結果が出ており、継続的に実施された箱庭(第4章(1)参照)でも、明

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らかに心理的に健全であるとは言い難い作品が創られた。その中で、箱庭の流 れは注目に値する。すなわち、動植物の段階から闘いの段階へと移行する中 で、クライエントの無意識の中で変容が認められたことを物語っている。そし て箱庭㈱)では、その時点では、無意識の世界へ押し止めておくことで、心理 的バランスを保っていたところへ両親が出てきたので、慌てて「箱庭は限界で す」として中断してしまったと考えられる。

 このように治療前期は、薬物療法とM医師の精神療法によって、表面的には 自発的な発話とテーマの現れが見られたのみであったが、箱庭分析でも明らか なように、精神内界では大きな揺れ動きがあったと判断できる。同時に、依存 心を支持してくれる年配のカウンセラーが現れたことが、以後の変容に大きく 影響したものと考えられる。

【2】治療中期(自己洞察による将来への展望)

 この時期からカウンセラーが本格的に関与し始めた。自己洞察は早急に進展 し、急速な洞察に伴って不安も出てきた。洞察と不安が交錯しながら、徐々に 症状の改善が認められ、クライエントには将来の展望が少しだけ見えるように なった時期であると考えられる。

[1]技法について

 この時期のカウンセリングは、積極的に傾聴し受容し共感することに最重点 が置かれた。話の内容についても、誘導することなくクライエントのペースに 合わせることが心がけられた。話の内容が上滑りしていると感じたときには、

「それを言ってみてどんな気分?」「そんな自分をどう思う?」といった程度 の介入が行われるのが常であった。

 ただ、M医師から父親役として支持的要素も必要であると助言されていたの で、r性』の問題についてカウンセラーの意見を述べ、『嘘や嫌い』について 使いよう次第では悪いことではないとした助言もあった。また、クライエント の同意のもとで、父親とクライエントの関係について、ゲシュタルト療法の技 法である空椅子{25⊃を使った体験(#13)と、症状軽減のためのりラクゼーショ

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ン(#9)が、カウンセラー側からの目立った働きかけであった。終結した現在に おいても、カウンセラーの「未解決の問題(25}」として心残りになっているこ とは、クライエントに教えたりラクゼーションである。特に精神分析学では神 経症の治療には負の効果を生ずる恐れがあるとしており、M医師も反対であっ た。反対される前に行ってしまったのであるが、結果は一応有効であり、トイ レへ行く度に深呼吸をしてから排尿するとよく出るという。

 ただ、深呼吸によって排尿のイメージを促進することは、クライエントの排 尿困難症状に対する原因追及を阻害するのみならず、症状の除去によって他の 不安症状が出てくる恐れがある。その意味で、クライエントの根本的な治癒の 弊害になるのではないかと考えられる。

[2]排尿困難症状の変化

 中学生時代から続いている排尿困難症状は、前期の終盤から家では出やすく なった(#8)程度で、この時期の前半ではほとんど改善が認められなかった。大 学では相変わらず特定のトイレの大便用のボックスで一日一回、時間をかけて 用を足していた。

 、トイレへ行くには一大決心が必要であった(#8)が、中期の中盤で過去に使用 したことのない図書館のトイレ(大便用)で排尿でき(#13)、またその直後には 久しく小便器で排尿でき(#14)、一か月余り後には公園の小便器で排尿できるよ

うになった(#18)。ただし、排尿できるトイレは、無人あることという条件付

であった。

 なお、この時期の最後には、コンビニエンス・ストアーで、クライエントが かって経験したことのない傲慢な態度をとることができた(#18)ことは、『小 便器で排尿する』こととr男になる』ことの関連をr性のテーマ』として否定 できないのではなかろうか。その後、性器劣等感をカウンセラーに語ることが できたこととも関連があると考えられる。

 なお、治療後期には徐々に症状が軽減し、終結時にはほとんど排尿困難症状 は消失した。

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[3]その他の症状の変化

 食堂で並ぶことができない対人恐怖(#8)・質問に応答できない(#9)・胃部の 不快(#9)・手の震える感じ(#10)・嘔気(#14)などの神経症症状を訴えてはいた が、自己への気づきが進むにつれて、徐々に軽減していった。

[4]自己への気づきの進展

 中期はまさに気づきと不安が交錯している時期であった。とはいえ、#8回か ら#18回までの間の変化をテーマ毎に分割して考察すると、明らかに治癒へ向 かって変容していることがわかる。

 小便器と排尿の関連をr性のテーマ』とした場合、前述のコンビニエンス・

ストアーでの傲慢な態度は、男性性の獲得の一学年なったと理解できる。しか し、母親は自分が女であるにも拘らず、女は魔物であると息子に教育した。そ の母親に教育されたクライエントは、未だ童貞であり、女性の処女率を気にす るなど、また治療後期では自らの性器劣等感を語るなど、r性のテーマ』の解 決には多くの克服すべき課題が残っている。中でも、母親との分離・母親の呪 縛からの脱出は今後の大きな課題の一つであろう。

 自己への気づきについて、中期の前半では、自分の性格は好まない(#8)・体 格と体力のギャップ(#9、#11)が嫌い・怠けることはよくない(#11)など否定的

な発言が目立った。中期の中盤になって診察室で自主的に喫煙するなど、次第 に自己の選択に責任 25}を持つようになり、空椅子の父にrオマエ』と呼べる ようになり、自分は完壁主義であったと内省できるようになってきた。更に、

終盤には、自分は本来r怠けもの』であること(#17)、クラブでは無理に自分 を追い込んでいたこと(#18)、機械の操作は慣れていないので遅くて当然であ ること(#18)などを言語化することによって、ますます自己への気づきが進ん

でいった。

 ただ、r死のテーマ』のみは、早く死ぬだろう(#9)・早く死にたい(#17)と 語り、未解決のままであった。

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