貨幣の価値は誰にも平等で、10万円あれば1万円の10倍の買い物が出来るというように線形
(比例関係のことをこう言います)ですが、貧乏人にとっての10万円と、大金持ちの10万円と では、その持ち主にとっての重要さが異なるように、個人個人にとっての価値は異なると考えら れます。
「人は、モノの対価としての貨幣価値ではなく、その個人にとってどれくらい効用をもた らすのか(役に立つのか、満足なのか)、ということを基準に考えて行動するものである」
という仮説を基に経済活動を説明しようと考えるのが、効用理論です。
たとえば、1万円持っている人が10万円のくじに当たった場合と、1億円持っている人が10 万円のくじに当たった場合とでは、喜び方が違うでしょう(想像ですが)。増える財産の量は同
じでも、元々の資産水準が違えばもたらされる喜び、満足度、あるいは効用、は違ってくると考 えられます。x万円の持つ価値、あるいは効用utilityをU(x)で表し、それをxの関数としてみ たものを効用関数と言います。
効用の値そのものは人それぞれによって異なるでしょうが、効用関数の持っている性質のいく つかは万人共通(0.999万人共通?)、ということがあるかもしれません。たとえば、xが増えて 困るということはないでしょうからU(x)は単調非減少としてよいでしょう。また、上の例をこ の効用関数を使って表すと、U(11)−U(1)がU(10010)−U(10000)よりは大きい、
U(11)−U(1)> U(10010)−U(10000)
という式で表現することが出来るでしょう。これを一般化すると、任意のx < yとh >0に対 してU(x+h)−U(x)> U(y+h)−U(y)が成り立つということです。
効用関数U(x)が連続で、微分可能性を仮定すると、
U(x+h)−U(x)> U(y+h)−U(y)
⇔ U(x+h)−U(x)
h >U(y+h)−U(y) h となるので、h→0という極限を取ってみれば、
U′(x)> U′(y) (forx < y)
という関係式が導かれます。つまり、効用関数の導関数は減少関数となり、効用関数はその増え 方が減っていく(金持ちほど喜びが少なくなる)ということが分かりました。数学的にはU(x) は上に凸の関数ということです。したがって、この場合の効用関数は非減少で上に凸の関数、と いうことが出来ます。
さらに加えて、人間の性向にある仮説を立てて、具体的な関数形を導いた人がいます。その仮 説とは、
財産の増加に対する満足度はそのときに所有している財産の量に反比例する(ベルヌイ)
ということです。ベルヌイは18世紀オランダの数学者一族の一人で、セントペテルスブルグの 逆理(期待値が無限大の賭けなのに、参加しようと考える人はいない)で知られています。
「財産の増加に対する満足度」は数学的に言えば財産の満足度の増分、ということで、満足度 の微分に他なりません。したがって、財産xを持っている人の満足度をU(x)とすると、上の仮 説は次の式で表すことができます。
dU(x) dx = 1
x
このような導関数の入った方程式は微分方程式と言いますが、それを解けば U(x) = logx+C
が得られます(この解が微分方程式を満たすことを確かめなさい)。対数関数はよく知られてい るように、単調増加、導関数が単調減少、という特徴があります。こうして、財産に対する満足 度は、財産が増えるにしたがって増えるものの、満足度の増え方(つまり微分)が減っていく
(つまり上の凸の関数、リスク回避的)ということが確かめられました。こんなところで対数関 数が出てくるとは!
効用関数としては他にも、√xや−x12 のような形も使われます。−x12 とすると、効用はいつ もマイナスか? という疑問があるかもしれません。あるいは対数関数はx→0とすればいく らでも小さくなりますから、Cをどんなに大きくしてもマイナスの効用が出てきます。でもこれ は気にしないことにします。効用関数の値そのものは人それぞれですので、別の効用値を比較し ても意味はなく、ある効用関数を固定したときに、xの効用U(x)とyの効用U(y)とではどち らが大きいか、という相対評価に用いられるからです。
練習10.2 関数f(x)の導関数をf′(x)としたとき、f′(x) =x−1, f(1) = 0という微分方程式を 解きなさい。
10.3.1 効用関数の形
多くの人は上に凸の効用関数を持っていますが、その膨らみ具合は人によって様々でしょう。
自分の効用関数はどのような形をしているか、という疑問に対しては、次のような方法である程 度答えを出すことが出来ます。膨らみ具合を調べるためには基準となる膨らみのない直線が必要 です。例えばa= 10万円の効用U(a)>0を適当に決め、点(a, U(a))と原点を結ぶ直線を描 き、そこからどれくらい離れているか、ということを調べることによって自分の効用関数を描く ことにします。
0< x < aにおけるこの直線y=l(x)の値はU(a)/a×xですが、これを l(x) =U(a)×x
a+ 0׳ 1−x
a
´
と書きなおすと、l(x)は確率p=x/aでU(a)、確率1−pで0という「くじ」を引いたときの 期待値とみなすことが可能です。その意味で、l(pa)のことを、当たる確率がpのくじの期待効 用、と名付けることにします。
U(x)はU(a)に比べてどれくらい小さいですか、と聞いてもたぶん応えられないので、次のよ うな方法を考えます。たとえば、a= 10万円、p= 0.1とすると、l(1) =U(10)/10です。これ を基準として、次のような質問に答えてもらうことにします。
「バイトの報酬として、キャッシュの1000円か、確率0.1で10万円が当たるくじのい ずれかを選ぶことができます、あなたはどちらを選びますか」
この質問の答えが「キャッシュ」ならば、その人の1000円の効用はくじの期待効用U(0.1)よ り大きく、「くじ」を選ぶ人は、その人の1000円の期待効用はくじの期待効用より小さいとい うことになります。質問を変えて、「キャッシュの1000円」の代わりに「キャッシュの10000 円」としたらおそらくほとんどの人はキャッシュを選ぶでしょう。そうすると、10000円の効用 U(1)はくじの期待効用U(10)/10よりは大きいということが分かります。
いろいろなキャッシュの額を使ってこの質問を繰り返し、「絶対にキャッシュ」あるいは「絶 対にくじ」という範囲を決めてもらいます。「どっちかな」という迷う質問はパスして構いませ ん。そうして回答したものを、点(1, l(1))を通り水平な線にプロットしてみます。1000円の質
問に対して「くじ」と回答した人は1000の位置に●を付け、「キャッシュ」と回答した人は○を 付けるようにします。回答不能な場合は何も描きません。そうすると、○が付いた点から右は全 部○、●が付いた点から左は全部●となるでしょう。したがって、一番右の●と一番左の○のあ いだにあなたの効用関数があるはずです。くじの当たる確率を0.1ではなく、別の値にしてこの 質問を繰り返すと、効用関数の存在する範囲を限定することが出来ます。このような考え方は確 実性等価と言います。さぁ、自分で試してみましょう。
もちろん、中には効用に対して別の考え方を持つ人もいるでしょう。上に凸の効用関数を持つ 人はリスク回避的と言われ、逆に下に凸の効用関数を持つ人はリスク愛好的、効用関数が直線の 場合、リスク中立的と言われます。
練習10.3 (1)バイトの報酬として、キャッシュの1000円か、確率0.1で10万円が当たるくじ を選ぶことが出来ます。あなたはどちらを選びますか。(キャッシュ くじ)
(2)バイトの報酬として、キャッシュの2000円か、確率0.1で10万円が当たるくじを選ぶこ とが出来ます。あなたはどちらを選びますか。(キャッシュ くじ)
(3) キャッシュの額を変えただけの同じ質問にこたえ、キャッシュを選ぶならばその金額の上 に○、くじを選ぶならば×を書いてください。迷う場合は何も書かなくて構いません。
くじに当たる確率 比較するキャッシュ
0.1 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 10000
(4) くじの当たる確率を変えた質問に答えて、次の表の金額の上に必要に応じて○か●を描き なさい。
くじに当たる確率 比較するキャッシュ 0.05 100 500 1000 2000 3000 4000 5000
0.2 1000 2000 3000 4000 5000 6000 10000 15000 20000 0.3 1000 2000 3000 4000 5000 6000 10000 15000 20000 30000 (5)上の図を参考にして、自分の効用関数の慨形を描きなさい
グラフ:
10.3.2 期待効用最大化
さて、パレート最適な投資案の比較として、効用関数を使った方法を考えましょう。不確実な 投資の収益率を確率変数X によって表すことにします。リターンは平均収益率E(X)、リスク は収益率の標準偏差S(X)です。生の収益率の代わりに、その効用U(X)をなるべく大きくする ことを考えます。U(X)も確率変数になるので、数量的な比較のためにはその期待値を計算する のが一般的です。したがって、効用の期待値E(U(X))、すなわち期待効用、を計算する必要が あります。
効用関数として、ここでは計算の簡単のために、上に凸の放物線(単調非減少の部分のみ)を 考えます。
U(x) =x− 1
2ax2=a 2− 1
2a(x−a)2 (0≤x≤a) a= 10の場合は下のような図になります。
効用関数の例:u(x) = 5−201(x−10)2
さて、リターン(平均)とリスク(標準偏差)がそれぞれµ, σで与えられる投資の収益率X の効用U(X)の期待値は次の式で計算できます。
E(U(X)) =E µ
X− 1 2aX2
¶
=E(X)− 1 2aE(X2)
=E(X)− 1 2a
¡V(X) +E(X)2¢
=µ− 1
2a(σ2+µ2)
= 1 2a
¡a2−(µ−a)2−σ2¢
左辺、すなわち期待効用、を一定値とするとµ, σを変数とする曲線が一つ決まります(aは固定 しておきます)。いわば、期待効用の等高線で、これを効用無差別曲線と言います。
リスク-リターンの座標系を使ってこのグラフを描くと、今の場合、期待効用がrの無差別曲線 は(0, a)を中心とした半径√
a2−2arの四分円になり、期待効用が大きくなるほど、半径が小さ くなることが分かります。たとえば、次のグラフはa= 10, r= 3.75(実線)、r= 1(破線)の場 合の無差別曲線を描いたものです。効用の大きいリスクとリターンの組み合わせを表す実線が、
効用の小さいそれを表す破線よりも左上に描かれており、リスク回避的な効用関数を持つ人はな
るべく左上にあるリスクリターンの組み合わせを選ぶ、ということを数量的に裏付けています。
また、リターンが一定の直線、つまり水平線の上では、右に行くほど、すなわちリスクが大きく なるほど期待効用は小さくなりますので、「同じリターンならばリスクの小さい方を好む」とい うことが説明できたことになります。同様に、リスクが一定の直線、すなわち垂直線上での期待 効用の大きさを比べることによって「同じリスクならば、リターンの大きいものを好む」という ことも説明されます。一般に、この直交座標系では、左上にあるほど期待効用が大きいというこ とになり、リスク回避的な人はローリスクハイリターンを好むということが、期待効用の意味で 最適化を目指すことに対応することが分かります。
この無差別曲線を描くことにより、パレート最適な二つの投資案を比較することが出来ます。
二つの投資案が同じ無差別曲線の上に乗っていれば、それらは期待効用の尺度では優劣が付けが たいが、そうでなければ、無差別曲線の等高線の意味で、なるべく左上に近いものが投資案とし ては期待効用が高い、と判断できます。
無差別効用曲線
練習10.4 U(X)の期待値が上の式になることを確かめなさい。その式を使って、a= 10のと き、r= 2の無差別曲線を描きなさい。同じグラフ上にr= 2の場合の無差別曲線も重ねて描き なさい。どういうことが分かりますか。
解答: