値下がりしても損はしない、値上がりすればいくらでも儲かる、というコールオプションの権 利を手に入れるためにはそれなりの対価、それをプレミアムと言います、を払わなければいけま せん。その価格をいくらにしたら良いか、という問題を考えます。話を簡単にするために、現在 S円の株価が1期後に値上がりしてSup円になるか、値下がりしてSdown円になるかのいずれ かとします。行使価格をP とすれば、もちろんSdown< P < Supです。
コールオプションを買った場合、値上がりすれば(P 円で買ってすぐにSup円で売ってしまえ ば)Sup−P円のもうけ、値下がりした場合は権利を放棄するので収支0(オプションを買うお 金は今は考えないことにします)、どちらにしても損することはありません。もともとあったリ スクをコールオプションの売り手に転嫁したわけですから、リスクを引き受けた売り手はそれに 見合う対価を要求します。それがコールオプションの価格(プレミアム)、あるいはコールオプ ションの価値ということになります。
行使価格Pのコールオプション、つまり満期日に株をP円で買うことの出来る権利の価格を 決めるためには、「賢い」売り手を考えて、その売り手が損も得もしないような売値はいくらか、
という問題を解く、という方法を使います。
「賢い」売り手は、株が上がっても下がっても損しないような、つまりリスクのない方法を考 える必要があります。ちょっとしたクイズ、頭の体操です。考えてみてください。(確実に儲か る方法を考えたほうが賢いのではないか、という疑問があるかもしれませんが、そうなると、み んなが売り手になりたがり、買い手がいなくなります)
練習10.9 現在5万円のA銘柄の株が1ヶ月後には8万円になるか、3万円になるかのいずれ かだとします。「1ヶ月後にこの券を持ってくればA銘柄の株を6万円で売ってあげます」とい う券があったとして、その券を、あなたはいくらまでならば買いますか(株券とか、銘柄とか、
言葉にだまされないで、キャッシュフローだけを考えたら、一種のゲームのようなものです)。 解答:
練習10.10(続き)あなたがこの券の売り手だとします。一枚8000円で10枚売れて8万円手 に入りました。新たに12万円借金して合計20万円を投資してA銘柄の株を4株購入したとし ましょう。満期日にその株を売り払ったとして、収支を計算してください。
値上がりしたときは
収入 支出
差し引き収支
値下がりしたときは
収入 支出
差し引き収支
コールオプションの売り手の立場に立って考えると、値上がりしたときにSup−Pを払わな ければいけない、これをどうやって捻出するかがカギになります。「毒をもって毒を制す」では ありませんが、「株の値上がりは株で払う」しかありません。つまり値上がりに備えて株を買っ ておくのですが、ふつうに買えば、コールオプションの買い手のリスクを引き受けるだけなの で、リスクがそのまま残りますから、そこで工夫を考えます。株が分割して買えるものとして、
a(<1)単位だけ買うのです。株の現在価格をSとすると、当然、そのためにa×Sの初期投資
(借金)が必要になります。
さて、このとき、満期日にコールオプションの売り手の収支はどう計算されるでしょうか。
• 株が値上がりした場合、収入は(1)コールオプションを売った代金C、(2)株の売却代金 aSupの二通り、支出は(1)コールオプションの支払いSup−P、(2)借金の返済aSの二 通りとなります。
• 株が値下がりした場合、収入はコールオプションを売った代金Cと株の売却代金aSdown、 支出は借金の返済aS、だけです。
もし、都合良く
「値上がりしようが、値下がりしようが、収支決算は常に同じ」
とできればコールオプションの売り手にはリスクが存在しない、ということになります。そんな ことは可能でしょうか。それを式で表すと
C+aSup−(Sup−P)−aS=C+aSdown−aS となります。これはaに関する一次方程式ですから、簡単に解けて
a∗= Sup−P Sup−Sdown
がその解になります。CもSも無関係です。つまり、コールオプションを売ると同時にa∗単位 の株を購入しておくと、満期日に株が値上がりしていようが、値下がりしていようがコールオプ ションの売り手の出費は同じということになります。
上の数値例では、P = 6, Sup= 8, Sdown = 3ですから、a∗= 0.4となります。10枚売って4 株買った(1枚当たり0.4株)のは、この理論に基づいて計算した結果だったのです。
もちろん、コールオプションを買う側もこのような計算をしますから、収支決算が売り手側に プラスならば、買い手がいなくなるので、収支が0というのがオプションの適正価格になります
(ちょっとは手数料を上乗せされるでしょうが)。というわけで、
C+a∗Sdown−a∗S= 0⇔C=a∗(S−Sdown) = Sup−P
Sup−Sdown(S−Sdown)
で与えられるCをこのコールオプションの価値と言います。売り手側にはリスクがない、買い 手側も値下がりのリスクを取らなくてすむ、双方ハッピーというのが、このコールオプションの からくりです。
練習10.11 株の現在の価格が 2000円、満期日には1000円になるか3000円になるかのい ずれかだとします。このとき、(1)行使価格P = 2000 円のときのC の値を計算しなさい。
(2)P= 2500の場合を計算し、両者を比較しなさい。(3)CをP の関数と見て、そのグラフを描
き、その結果を考察しなさい。
10.5.1 借り入れと現在価値
この取引をするために、コールオプションの売り手はa単位の株を購入する資金を必要とし ました。Cはコールオプションを売ることによって調達できますが、残りのaS−Cは銀行か ら借金する必要があります。この借金は満期日に返済されますが、ここに新たな問題が発生しま す。というのも、銀行は金を貸して利子を回収することで商売していますから、B円借りたら B(1 +r)円返さないといけません。rは貸出金利です。逆に、B円返すためにはB(1 +r)−1し か借りることは出来ません。このように将来のBは現在のB(1 +r)−1と考えなければいけない という考え方を現在価値法といい、(1 +r)−1を割引率といいます。
この考え方を使って、上の議論を修正しましょう。修正すべき点は、返済額がaSからa(1+r)S に変わるところだけです。したがって、aは変わりません。問題はコールオプションの価値の計 算です。ここで必要なのはコールオプションを売るときの価値、すなわち現在価値ですので、「出 費分」を現在価値に直した(割り引いた)ものが新たなコールオプションの価値ということにな ります。
C˜= a∗(1 +r)S−a∗Sdown
1 +r = Sup−P
Sup−Sdown
µ
S−Sdown
1 +r
¶
手順をまとめておきましょう。実際の取引では売値に手数料が上乗せされるでしょう。
1. 銀行からa∗S−C˜ 円を借り、
2. 買い手を見つけてC˜円でコールオプションを売り、
3. 価格がSの株をa∗単位買う。
4. 満期日に株を売り、その日の株価によって買い手に必要な額を払い、
5. 手元に残ったお金(1 +r)(a∗S−C)˜ 円を銀行に返す 実際、もし株価が値下がりしたとすれば、収支決算は
a∗Sdown−(1 +r)(a∗S−C) = 0˜
となり、値上がりしたときも同様に0となることを導くことができます。
練習10.12 この手順に従ったとき、株価が値上がりしたときに、収支が0になることを確かめ
なさい。
練習10.13 株の現在の価格が2000円、満期日には1000円になるか3000円になるかのいずれ かだとします。このとき、割引率r= 0.1として、行使価格P = 2000円のコールオプションの 売値を計算し、割引を考えなかったときの売値と比較しなさい。
解答:
10.5.2 買い手の収支決算
買い手から見た場合の収支決算は、割引率を無視して、次のようになるでしょう。
( 値上がりの場合: Sup−P−C 値下がりの場合: −C
売り手側は収支0になりましたが、買い手側の収支を考えると、最初に払ったコールオプション の購買代金は値下がりしたときに回収できないので、マイナスはマイナスのままです。
しかし、注目すべきなのは、マイナスの大きさです。もし、株の現物を買っていたとしたら、
値下がりした場合のマイナス分はS−Sdownであるのに対して、コールオプションを買った場 合は
C= Sup−P Sup−Sdown
µ
S−Sdown
1 +r
¶
ですから、(r, Pの値にも依りますが)S−Sdownよりは小さくすることができます。つまり、買 い手側もリスクを小さくすることが出来たということになるのです。
練習10.14 (1)株の現在の価格が2000円、満期日には1000円になるか3000円になるかのい ずれかだとします。このとき、値上がりした場合、値下がりした場合、それぞれについて、買い 手側の収支決算をP の関数として計算し、それらをグラフに表しなさい。(2)満期日の価格が 1500円か3000円かのいずれか、とした場合、同じ問題を解きなさい。いずれの場合も、割引率 は0として計算しなさい。
解答:
10.5.3 *リスク中立確率
これまでの説明は、考え方を明確にするために将来の株価をSup, Sdown という二通りに想定 し、どちらのシナリオが実現しても双方が納得できる価格を決めることが出来るということを見 ました。現実の株価は値上がりするか、値下がりするか、確率的に変動すると考えられますか ら、将来のペイオフは期待値で計算する必要があります。そうすると、買い手から見ればペイオ フの期待値がコールオプションの価値ですから、それを現在価値に直した値が正当な対価、つま り買値になります。
C= 1
1 +rE(max{Z−P,0})
例10.2(三角分布)株価Zの分布がaを中心にして左右対称な三角分布をしている場合、
f(z) =
½ 1
b2(z−a+b) (a−b≤z≤a)
−b12(z−a−b) (a≤z≤a+b)
行使価格P(> a)のコールオプションの価値(の(1 +r)倍)は次のように計算できます。
E(max{Z−P,0}) =−1 b2
Z a+b
P (z−P)(z−a−b)dz= 1
6b2(a−P+b)3
特にP =aとすればb/6となりますが、bは分布の広がり、つまり、標準偏差σ(つまりリスク)
に比例した量なので、リスクが大きくなればコールオプションの価値が上がる、ということが分 かります。
この考え方を、Sup, Sdownという二通りしか値を取らないベルヌイ分布に適用してみましょ う。現在S の株価はコールオプションの満期日に確率pでSupに値上がりし、確率1−pで Sdownに値下がりするものとします。そうすると、買い手の期待値は
p×(Sup−P) + (1−p)×0 となります。したがって、コールオプションの価格は
1
1 +rp(Sup−P) と表されることになります。
実際のpはどうなるか分かりませんが、もし、この結果が、前に導いた結果と等しくなるよう な確率pがあれば、その確率を使って、公平なキャッシュフローの計算が出来るようになりま す。そのようなpは
S−S1+rdown
Sup−Sdown(Sup−P) = 1
1 +rp(Sup−P) を解くことによって求めることが出来ます。その結果
p=(1 +r)S−Sdown Sup−Sdown
が得られます。このpをリスク中立確率と言います。