• 検索結果がありません。

第 5 章 考察

5.2 L1、L2 ライティング・プロセスの比較

研究上の問い 1 については、参加者によって、ライティング・プロセスは多様であった が、個人の言語間のプロセスは概して類似しており、他の研究結果と一致した(Arndt, 1987;

Beare, 2000; Matsumoto, 1995; Silva, 1993)。ただし、L2能力が低いと、「局所的計画」の使用 割合において、言語間で差異が生じた。L2 能力の違いがライティング・プロセスに与える 影響については、研究上の問い2に関する節で考察する。

以下では、参加者のL1、L2ライティング・プロセスを先行研究で見たライティング・モ デルに照らして考察し、また、ライティング方略の使用における言語間での類似点や相違 点について見ていく。

5.2.1 ライティング・モデルと参加者のL1、L2ライティング

本研究のほとんどの参加者は、L1、L2ライティング共に、自らのライティング・プロセ スをモニターし、様々なライティング方略を使用することによって、問題解決をしながら ライティングを遂行した。また、「計画」、「文章化」、「推敲」がプロセスにおいて再帰的に 行われた。よって、「知識変形モデル」やHayes & Flower (1980) のライティング・モデルと 概して一致する。ただし、Hayes & Flower (1980) のモデルで、本研究の参加者達のL1及び L2ライティングを説明することが難しい場合もあった。例えば、参加者によっては、Hayes

& Flower (1980) が「計画」の下位範疇として設定した「構成計画」を全く行わなかった。

Hayes & Flower (1980) のモデルは、有能な書き手のL1ライティング・モデルであるが、本 研究の参加者には、L2能力がまだ充分でなく、L1やL2でまとまった文章を書く指導を受 けたことのない書き手も含まれるためであると考えられる。

また、Hayes & Flower (1980) のモデルでは、「推敲」に関わるものが「それまでに産出さ れたテクスト」しか示されていないが、実際の参加者達のL1、L2ライティング・プロセス を見ると、「推敲」のための情報は、「それまでに産出されたテクスト」以外にも、検索さ

129

れた「計画」や再確認された「ライティング課題」が含まれることもあった。つまり、書 かれたテクストを、前に立てた計画に照らして見直したり、課題を改めて確認することに より、課題から逸れていないかを評価したりする場面がよく見られた。この点が、Hayes &

Flower (1980) のモデルとは一致しなかった。Hayes & Flower (1980) のモデルの「推敲」プ ロセスは、「計画」や「課題」との関わりを示すことで、補うことができると考えられる。

更に、Hayes & Flower (1980) のモデルにおいては、「評価」の位置づけが明確ではない。

Hayes & Flower (1980) の説明によれば、「推敲」のプロセスでは、書き手が言葉にしたもの を読んで、誤りや不明確さはないかを調べたり、「この議論に説得力はあるか。」、などと目 標に照らして評価したりして、修正を行う(pp.16-17)。しかしながら、「評価」が書かれた テクストに対してのみ行われるのか、あるいは、書かれる前の考えなどについても行われ るのかを明らかにしていない。モデル図(図 30)からは、書かれたテクストのみを評価す るものと捉えられる。しかしながら、本研究の参加者のL1、L2ライティング・プロセスで は、「評価」は書かれたテクストのみならず、書く前にリハーサルした言葉や創出したアイ ディアに対しても行われた。Hayes & Flower (1980) モデルの「推敲」プロセスは、「評価」

が書かれたテクストだけでなく、書かれる前の考えや言葉についても行われるように修正 が求められる。

Hayes & Flower (1980) のライティング・モデルとも、「知識変形モデル」とも一致しなか ったのは、L2能力の低い学生DのL1及びL2ライティングと、L2能力の低い学生GのL2 ライティングである。Dは、L1、L2ライティング共に、ほとんど計画なしで書き始め、書 き出してからの「局所的計画」や細切れの「アイディア創出」はあったが、創出したアイ ディアはほとんど吟味せずに書き、「修正」も少なかった。長期記憶に頼り、思いついたま まに書いていく「知識伝達モデル」に近いライティングであるが、プロダクトの質が低か ったわけではない。高校、大学を通じてL1、L2ライティングの指導を受けており、大変流 暢に書いたので、「文章化」が発話されている間、自動化されていて報告されなかったライ ティング方略の使用があった可能性もある。Gは、L2ライティングでも書き出し前に内容 についての計画は立てたものの、その内容を発展させる余裕も無いまま、苦労してL2にす ると、新たなアイディアを創出することなく、L1で書いたいくつかの語をL2に直す試みも せず、ライティングを終えた。

Sasaki (2002) は、プロセス・ライティングの訓練を受けていない初心者ⅠのEFLライテ

ィング・モデルについて、テーマについての計画や大まかな「包括的計画」後に「局所的 計画」を行うが、考えをL2に直すのに時間をとり、考えを使い切る度に詳細な「局所的計 画」を立てなければならないこと、一方、半年間のプロセス指導を受けた初心者Ⅱについ ては、詳細な「包括的計画」を学んでいるため、考えを書き終える度に繰り返し「局所的 計画」をする必要がないことを説明している(p.76)。本研究のL2能力の低い学生グループ のL2ライティングにおける「局所的計画」が、顕著に多いことを先に述べた。L2能力の低

130

い学生グループを、これまでに受けたライティング方略の指導により、100語以上のL2ラ イティング指導を受けた経験のあるD、Fと、経験の無いE、Gとに分けて、「局所的計画」

の使用を見ると、Sasaki (2002) の指導を受けていない初心者Ⅰ、指導を受けた初心者Ⅱの ライティング・モデルと一致する。つまり、高校で 100 語を超えるようなまとまった文章 を書くL2指導を受けたD、FのL2ライティングの「局所的計画」の割合は、順に、6.5%、

9.6%で、そのような指導を受けた経験のない E、Gの23.1%、17.1%より、かなり少なくて

済んでいる。しかしながら、Sasaki (2002) が、エキスパートのような専門的知識を獲得す るには、自動化されるまで何年も練習を積むことが必要であると指摘するとおり(p.76)、

まとまった文章を書く指導を受けたL2能力の低い学生の方が、指導を受けていないL2 能 力の低い学生より、必ずしもプロダクトの質が高いわけではなかった。指導がプロダクト の質に反映されるには、ライティング経験を積むことが必要であると考えられる。

以下の各項では、Hayes & Flower (1980) のライティング・モデルに従い、「計画」、「文章 化」、「推敲」のプロセスに関わるライティング方略について、L1、L2ライティングにおけ る結果を考察する。

5.2.2 「計画」に関わるライティング方略

Silva (1993, p.661) は、72の研究について文献研究を行い、計画方略の使用は、包括的で あれ局所的であれ、L2ライティングで減るとしている。確かに、本研究でも、一人ひとり のライティング・プロセスの探索から、「テーマの計画」、「構成計画」などのより包括的な 計画が、L2ライティングでは欠落してしまう場合が認められた。しかしながら、「局所的計 画」については、Silva (1993) の結果と一致せず、本研究では、「局所的計画」は、どのグル ープでもL2ライティングで増えている。Silva (1993) の文献研究には、日本語をL1とする 熟達した書き手を対象とする研究も一部含まれており、また、Hirose (2005) における日本 語をL1とする大学生の場合にも、若干ではあるが、L1よりL2ライティングの方が「局所 的計画」の使用割合が減っている(p.127)。本研究の参加者の「局所的計画」がL2ライテ ィングで多いのは、創出したアイディアをL2に直すために、L2の語彙や表現を探したり、

文をどうL2にしたらよいかを考えたりする計画が行われたからである。よって、L2能力の 低い学生グループで「局所的計画」が顕著に多い。このような計画に対して、例えば、「訳」

のような範疇を別に設定すれば、異なる結果が得られる可能性もあるだろう。日本語を L1 とする書き手についての L1、L2 ライティングの比較研究は非常に少なく、「局所的計画」

が L2 ライティングでより多くなる傾向については、今後、更に確認していく必要がある。

本研究の「局所的計画」についての結果が示すのは、参加者達のL2ライティングにおいて は、L1で行った場合にも複雑で高度な認知的作業であるライティングに、L2に直すための 認知的負荷が更にかかるために、「局所的計画」がより多く必要とされたということである。

「アイディア創出」や創出したアイディアの構成がL2ライティングでは難しくなるとす

131

るSilva (1993, p.668) の結果は、全てのグループにおいて、「アイディア創出」と「構成計画」

がL1 ライティングよりもL2ライティングで少なかった本研究の結果と矛盾しない。しか しながら、その差はわずかなものであり、個人のライティング・プロセスを見れば、L2 能 力の高い教職経験者IやL2能力の高い学生Cのように、L1ライティングでは、創出したア イディアをうまくテクストに取り込めなかったが、逆に、L2 ライティングでは、主張を支 える具体的根拠として、効果的に文章化し得た事例もあった。Arndt (1987) は、L1、L2ラ イティング共に、創出されたアイディアに比べて書かれた考えが貧しいことを確認してい るが(p.264)、本研究の質的分析からは、アイディアを発展させ、テクストにおいて活かせ るかどうかは、一定レベル以上の L2 能力を有する書き手の場合には、L1、L2 の違いによ るというよりは、これまでのライティング指導と実践、また、それらに基づくライティン グに対する自信や不安が与える影響が大きいと思われた。

5.2.3 「文章化」に関わるライティング方略

「文章化」は、ほとんどの参加者のL1、L2ライティングに共通して、2、3割程度を占め る最も使用された方略であり、使用割合は言語間で類似していた。

本研究の「リハーサル」に相当する認知活動を、Zimmermann (2000) はtentative formulation

(試行的文章化)として「文章化」の下位範疇に設定しているように(p.81)、「リハーサル」

は、「文章化」と密接に関係した方略である。Arndt (1987)はL1、L2ライティングの相違点 として、L1ライティングは語の選択のためにリハーサルし、L2ライティングでは語の選択 のために修正すると述べている(p.265)。本研究の参加者も、Jがインタビューで述べたと おり、L1ライティングでは語彙がL2よりもあるので、重複使用を避けたり、つながりを考 えたりして、より効果的な表現を選択するためにリハーサルし、一方、L2ライティングで は、表層形式の訂正を多く行った。しかしながら、L2能力が最も高い教職経験者HやIは、

L2の語彙や表現を選択する余地があり、短く的確な表現を探したり、読み手を考慮して分 かり易い表現を選択したりすることができた。

5.2.4 「推敲」に関わるライティング方略

Hayes & Flower (1980) のライティング・モデルにおける「推敲」プロセスは、「読み返し」

と「修正」から成る。Silva (1993) は、書かれたテクストの「読み返し」や「推敲」が L2 ライティングで減り、「修正」は困難を伴いつつも増えるとしている(p.668)。Wolfersberger (2003) が調査したESL環境における日本語をL1とするL2 能力の低い学生3名も、L2 ラ イティングでは、「読み返し」がほとんどできなかった。しかしながら、本研究では、どの グループにおいても「読み返し」はL2ライティングの方が多く、「修正」も、L2能力の低 い学生グループ以外では、L2ライティングにおいて、より多く見られた。L2ライティング で「読み返し」が多いのは、L1 ライティングのように流暢に書くことができずに、次の内