• 検索結果がありません。

再演の頻発

ドキュメント内 -戦後歌舞伎・落語興行の計量分析から- (ページ 69-73)

第1章 歌舞伎の興行分析

1. 再演の頻発

表1-1の「演目ごと上演回数」の集計結果を、さらに「上演回数ごとの演目数」で 集計し直した結果を表1-6に示す。実は戦後に歌舞伎として演じられた全演目のうち、

「再演されたことのある演目」はそもそも非常に少ないのである。

表 1-6 上演回数別度数分布(1945~2010 年)

上演回数 演目数

1 914

2 239

~5 225

~10 130

~30 135

~50 40 それ以上 50

1700を超える演目のうち半数以上が、戦後興行史上でたった1度しか上演されて おらず、逆に、これまでの上演回数が10回を超える225演目いずれかの上演が、全上 演データの74.1%を占めている。

62

さらに、「期間中に上演された全演目のうち、現在までの総上演頻度1~4回の演 目が占める比率」を5年ごとに比較してみると、1965年前後には3割近くにも上った この比率は、1990年代までずっと低下傾向にあったことが分かる(図1-11)。

再演傾向の高まりについては、別の集計からも確認できる。ある1年間の上演記 録を抜き出し、その年の全上演演目から重複分を削除して作成した「年間上演演目 リスト」を、調べたい年の2年前、5年前、10年前のリストと直接比較して、その 双方に掲載されている演目、つまり該当年の上演が「再演」だった演目が、該当年 の全上演演目に占める比率を、1955年から10年ごとに算出して比較した結果を図 1-12に示す。比較対象年次の公演数が少ないと再演率が低くなる可能性は否定でき ず(1945-1955年の比較結果はこの影響と思われる)、そもそも特定の年同士の比較 における「再演・非再演」には偶然の関与も大きいと考えられるが、ここで計算し た3つのケースのいずれにおいても、再演の占める率が長期的に増加傾向にある、

という結果は興味深い。

図1-11 総上演回数別の上演演目構成比率

63

図1-12 再演演目比率

ちなみに1960年代が新作の上演が非常に盛んだった時代で、この時代が最も演目 にバリエーションがあったであろうことは、1986年の日本演劇学会シンポジウム「歌 舞伎の現状を批判する」中でも野村喬によって言及されている。以下引用する。

「私の推定では、恐らく昭和三十一年から昭和四十年の間に比べてさえも、最近 この十年間(引用者注:昭和51年~昭和60年)は半分以下に演目、狂言立てが 減っているはずだし、昭和の最初の十年間に比べるならば二割弱だろうと思い ます。」

また、この点を実際にデータで確認した水田かや乃は、「歌舞伎白書からの報告-

戦後昭和歌舞伎の動向-」で、演目ごとの上演数について以下のように述べている。

「なんといっても顕著なのが、三〇年代から四〇年代の二〇一四から一二六五と いう変化である。ほぼ半減といってよい。」

この報告中では、その理由として歌舞伎の興行数がこの間に減っていることが指 摘されているが、その「演目数が多かった」とされる昭和30年代(1955~1964)は、

64

その後21世紀に至ってもしばしば上演されるような名作を書いた大佛次郎、北條秀 司などの作家が旺盛にその創作意欲を発揮していた時期でもあり、新作を多く上演 できる時代的な素地があった、という見方もできる。実際に、野田秀樹、渡辺えり、

宮藤官九郎などの作家に歌舞伎の新作執筆が依頼されるようになった近年、上演演 目数は再び増加傾向にある。

さて、逆に「回数上位演目」の上演頻度が上がる、つまり演目が集約されていく のは、図1-10からも明らかなとおり平成初期である。これには、1988年に行われた

「歌舞伎座百年記念興行」の成功が影響していると考えられる。この年は過去の名 作を充実した配役(大幹部も毎月のように座組に入った)で連続上演し、年間を通 じて大盛況を博した。さらにこの時期には、当時の若手人気役者だった勘九郎(18 代勘三郎)、児太郎(現・福助)、八十助(現・三津五郎)などが盛んにテレビ等に 出演し、新世代の観客を引き寄せていたため、「分かりやすい歌舞伎」として、一部 の「いわゆる歌舞伎らしい演目」がもてはやされた可能性もある。

2. 「再演の頻発」の是非

昭和から平成と時代を経る中で、舞台に上がる俳優を取り巻く環境や、歌舞伎を 見にいく観客の姿勢は、大きく変わってきている。今、特に若手の公演を見に来る 観客の多くは、親に連れられて歌舞伎を見にきたというような「歌舞伎の世界の先 達への追従者」ではなく、現在のテレビ・映画や雑誌を見て彼らの存在を知った層 であり、例えばもし、歌舞伎について語ろうとすれば欠かすことのできない「六代 目尾上菊五郎」という名優の存在に全く興味がないとしても、それは仕方のないこ とである(筆者は「花道」を知らずにチケットを買いに来たという観客に遭遇した 経験があるが、彼女らに六代目についての知識を期待するのは無理と言うものであ ろう)。そんな超・初心者層にとっては、「歌舞伎のガイドブックに書いてあるよう な有名な演目」を次々に上演する方が「親切」なのかも知れないが、それが「観客 の開拓」につながるのかは甚だ疑問である。

また、松竹の歌舞伎公式ウェブサイト「歌舞伎美人」の「広告出稿のお問合せ」

のページを見ると、松竹の想定する歌舞伎ファンは「40、50代を中心とした、20代 後半〜60代以上の幅広い年齢層の女性」で「知的好奇心が強く、文化水準の高い方々」

65

となっているようなので、「企業様のブランドイメージ戦略にご活用できる」(同ペ ージより)ような芸能のアイデンティティとして、歌舞伎を「父祖代々受け継がれ てきた『お役』を、厳しい修業を経て、先人に教わった型どおりに丁重に演じてい る」というイメージを具現する芸能と扱う(つまり、評価の定まらない新作ではな く、親世代の演じてきた『伝統的な』演目の再演を奨励する)という営業方針が取 られている可能性も考えられる。

だが、ここでもう1つ提示しておきたいのが、このような消極的な見方を脱した、

「再演こそ伝統芸能の醍醐味なのではないか?」という考え方である。「同一の演者 による一定期間経過後の再演」「別の演者による再演」を繰り返し見ることができ、

「あの時より上手くなった」「この工夫は彼独自のもので斬新だ」さらには「亡くな った先代を思い出す」などと感想を語り合えるのは、歌舞伎などの「伝統芸能」以 外にないであろう。これは、長く観続けた者にしか感じ取れない、歌舞伎興行の貴 重な魅力である。

まとめ

ドキュメント内 -戦後歌舞伎・落語興行の計量分析から- (ページ 69-73)