• 検索結果がありません。

一門別の平均登場回数・回数上位者の分布

ドキュメント内 -戦後歌舞伎・落語興行の計量分析から- (ページ 103-106)

第2章 落語の興行分析

3. 一門別の平均登場回数・回数上位者の分布

95

TBS主催の「落語研究会」33の出演者について、寄席定席同様に一門別の出演回 数を集計してみたところ、圓生一門の落語家は、1980 年当時も、小さん一門にこそ 及ばないものの、志ん生一門に比肩する回数の出演をこなしている。

表 2-6 年代別・「落語研究会」への出演回数

80 年 85 年 90 年 95 年 00 年 05 年 小さん 22 18 19 20 20 27 志ん生 14 12 12 13 13 12

圓生 14 9 10 8 2 0

彦六 9 5 5 6 5 4

金馬 1 2 1 3 0 0

三平 0 0 0 0 3 6

圓歌 0 0 0 0 0 3

他 3 9 6 3 6 4

上方 4 5 4 5 4 1

立川流 0 0 3 0 5 3

しかし、図 2-13 から明らかなように、この三交替制が実践されると、行きがかり 上、落語協会以上の苦境にあった芸協の興行数も減ってしまう。「死活問題です」と 言って新協会設立に強硬に反対した、当時の芸協会長・桂米丸の心情は理解しやす い。結局、圓生からの提案を受けて開催された席亭会議で、新協会(落語三遊協会)

の寄席出演は認めないことが決議され、「協会三分割」の野望は瓦解してゆく。

96

これは、先に行った、歌舞伎の分析における「三大狂言の公演回数と総幕数」と 同様の疑念と言えるが、小さん一門・志ん生一門が、他の一門より人数が飛びぬけ て多いことは事実である。1980~2005 年データに登場する、世代ごとの各一門の人 数は表 2-7 のとおりである。

表 2-7 一門の世代別人数

第 1 世代 第 2 世代 第 3 世代 合計 小さん 27 27 7 61 志ん生 18 20 5 43 彦六 6 14 2 22

圓生 8 7 2 17

金馬 4 3 0 7

三平 4 14 0 18

圓歌 6 6 3 15

文楽 5 2 0 7

圓蔵 6 4 1 11

その他 8 5 1 14

合計 92 102 21 215

ちなみに、どの一門においてもそれぞれの年次ごとに、新規入門、演者の死去、

長期休席などの理由による細かな人数の増減があり、各年次の世代別カケブレ総登 場者数はここに掲載した人数と一致しない。

このうち、合計人数の上位5位である小さん・志ん生・彦六・三平・圓生の各一 門の平均登場回数(回数合計を、実際に各年次のカケブレに登場した人数の総数で 割ったもの)の推移を年代別に確認してみる(次ページ図 2-14)。

1980 年を除いて、平均値で見ても小さん一門はトップであり続けており、こちら も「三大狂言」の分析結果同様、頭数の多さで数を稼いでいるわけではないことが 分かる(ただし近年は平均値の差が小さくなっており、「大所帯であるが故の寡占状 態」に近づきつつある)。

97

図 2-14 平均登場回数-一門別

ところで、1980 年の圓生一門の、異様なまでの平均登場回数の大きさは目を引く。

これは、この年が、先述の落語協会分裂騒動の後、圓楽一門以外の圓生門下の弟子 が協会に復帰した年に当たることと関連があると考えられる。もともと(現)川柳、

圓窓、圓彌といった面々は 70 年代からカケブレ登場回数の多い「寄席の顔」だった 上に、「渦中の噺家」を高座に上げる、ということで、寄席側がある程度の集客を見 込んで頻々と顔付けした可能性もある。

小さん一門の合計登場回数が相対的に多いであろうことは、登場回数ランキング 上位者が小さん一門の者ばかりである、という事実からも推測される。次ページ表 2-8 に、各年次の回数上位者を、小さん・志ん生・圓生・彦六の各一門の者を色分 けして記載してみる。

98

表 2-8 回数上位 20 名

ドキュメント内 -戦後歌舞伎・落語興行の計量分析から- (ページ 103-106)