第4章 伝統芸能の特性とは
1. データ値に表れない共通要件
「記録・整備され、第三者が閲覧可能な興行データおよびその集計値から判別で きるもの」以外にも、伝統芸能が持つ特性と想定される要素は存在する。実際の鑑 賞経験等を踏まえながら、以下に挙げてみる。
(1)演者と興行会社が雇用関係を結んでいない
演者に「個人事業主」が多く、興行・マネジメントの会社は出演に関する契約の みを請け負う、もしくは出演の都度契約を締結するのみで、両者の間に雇用関係が ない分野が多い。
(2)「一門」という枠組みがある
興行会社と雇用契約を結ばない代わりに、プロの演者同士は「師匠」を頂点とす る師弟関係で強固に結ばれている。このグループは「一門」と呼ばれ、興行運営に 大きな影響を及ぼしている。
(3)客席での飲食に寛容である
45 実際には同性愛が全くないとは言えない状況ではあるらしいが、ここでは追究しない。
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基本的に、客席での飲食を禁じない。靴を脱いで上がる、もしくは食事ができる
「桟敷席」が興行場内に存在する、という表現もあり得る。
(4)一般への認知度が低い、と当事者に確信されている
書店で多数の「入門書」が販売されていたり、業界関係者の多くが、「観たこと がないという人に、劇場に足を運んでもらいたい」というような発言をしたりする。
(5)世代を超えての「継承」が見られる
これは、1の(3)で触れた「中心世代の移行」より有機的な意味合いで、下の
「世代グループ」の時代になっても、先代からその分野の技、芸、アイデンティテ ィ、芸道精神というべきものが継承されている、ということである。
(6)強固な後援会組織がある
演者だけでなく、支持者も代替わりしている。さらに、代替わりしながら「望ま しい応援の仕方」が後世に伝えられていくが、それが興行主催者側の意図をも十二 分に汲んだものであるため、主催者側もその組織の活動に一目置かざるを得ない状 況が形成されている。
(2)について補足説明する。業界への入門を希望する新人は、必ず現役の誰か のもとに「弟子入り」するというプロセスを経なければならないため、プロの演者 は全員、どこかの人的ネットワークに組み込まれている46。その最小単位が「同一 人物Aを師匠とする同門の弟子」=「A一門」であるが、より大きな「師匠の師匠」
やさらにその上の師匠を頂点とするグループを「一門」と呼ぶこともある。
(3)に関しては、直接的には興行総時間(開演から終演までの時間)との関連 と考えられるが、序章で触れた「明治維新期の西洋文化の移入」以前から行われて いた芸能において、飲食を許容する傾向が強い。これは、日常生活と各種芸能との 距離の取り方が、旧来の日本と西洋で異なっていたことの証とも考えられるが、近 年は、生活全般の西洋化の進展もあってか、飲食は禁忌事項とされることも多い。
46 入門後の紆余曲折を経て、現状ではネットワークから外れている演者も存在するが、現在でも「弟子 入り」以外の方法では、一切プロの世界に参入することはできない。国立劇場が育成する研修生も、卒 業後はどこかの一門に必ず弟子入りすることになっている。
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また、伝統芸能に最初に触れる場所が、専用興行場ではなく公共ホールとなるケ ースが近年多くなっている47ことも、上演中の飲食が疎まれる一因と考えられる。
公共ホールはそのほとんどで、貼り紙や場内放送を使用して、徹底的に客席内での 飲食を禁止している。その最大の理由は「食べこぼし等で客席内が汚される可能性 を排除する」なのだが、これが、初めて見に来た客に「当然のマナー」として潜在 的に刷り込まれてしまうことも考えられる。
(4)に関しては、芸団協の「平成 22 年度文化庁芸術団体人材育成支援事業 実 演芸術家等の社会保障・地位に関する研究 報告書」に掲載されている、実演家への ヒアリング調査回答の1つに、「日本にはバレエを観たことがない人が多い。現芸 術監督になって、お客様に言葉で伝える機会が増えた。ファンやお客様を増やして、
もっと公演していきたい。」というものがあるが、これは、伝統芸能の各分野でも 同様である。
「外国はもちろんですが、日本でもまだまだ文楽を見たことのない方はたくさ んいますので、もうちょっときめ細かに PR をしていこうと考えています。」(国 際交流基金「Performing Arts Network Japan」HP内「Artist Interview」に おける桐竹勘十郎の発言)
「歌舞伎を一人でも多くの方にご覧いただくのが自分の使命と思って邁進して いく」(2013 年 9 月 4 日、七代目中村歌右衛門襲名会見における中村福助の発 言。「歌舞伎美人」HPより)
筆者は常々、演者および興行主催団体が「敷居が高いと思われがち」「見たこと がないという人に、まず××の存在を知ってもらうことから始めたい」等の発言を する分野は「伝統芸能」に近い、と考えている。上記のバレエも、「西洋の伝統芸 能」と考えれば合致する。これは若干非合理的な定義づけではあるが、現状を鑑み ると、この発言をしないものは伝統芸能ではない、という背理法的思考も可能と考 えられる。例えば、「カラオケで歌うのは敷居が高いと思われがち」「モデルとい
47 国立劇場の世論調査で、これを裏付ける結果が出ている。また、落語においては、かつて町内に数 多くあった寄席の代わりを、現在は近くの公共ホールが担っている、という側面があり、公演費用の安さ も加わって、公共ホールの主催事業には落語の公演が含まれることが非常に多い。
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う活動形態をもっと知ってもらいたい」というようなコメントがされたことがあっ たであろうか?
筆者は、この「歌舞伎は難しいと思われがち」という巷に流布しているフレーズ が、逆に、歌舞伎を知らない一般大衆に「歌舞伎は難しいもの」という先入観を植 え付けていると考えている。そもそも、能・歌舞伎・人形浄瑠璃については、少な くともその名称は「日本史の教科書への記載」という形で広く浸透しているはずで あり、自らの関係する芸能分野の認知度が低いというのは、関係者の妄念に過ぎな いのではないか。
また、この分野では、「入門講座」等と銘打った、実演者が講師を務める解説付 きの公演が開催されることも多いが、実際にその公演に集まるのは「その分野の興 行を一度も見たことがない本当の初心者」ではなく、「講師が喋る姿を見るのが目 的の熱狂的なファン」である場合が多く、実質的に裾野を広げる効果をもたらさな い、という問題も指摘されている。
(5)で重視したいのは、舞台から感じられる、ある種の「既視感」の存在であ る。これについては、各芸能に「それならしめる何か」があり、それを担う演者が 年月を経て次々に交代している、と見なすことも可能だろう。ここで継承されるも のの一部は、「型」と表現することも可能であるが、それがすべてではなく、演者 としての心構えや「最低限の実力」も含まれる。