第 3 章 倉庫内分析データ可視化への AR 活用
3.2 倉庫内可視化ツールの設計
倉庫内で問題箇所を容易に抽出し,現場環境に起因した要因を分析するための倉庫 内可視化ツールを開発するに当たり,要件を定義した.そのため,2つの物流倉庫で,
作業者と,倉庫全体を管理する管理者にヒアリングを実施した.なお,ヒアリングを 行った物流倉庫は,2つとも,ピッキングエリアに数万商品が並ぶ広大な倉庫である.
14 作業ロス箇所の改善については,物流倉庫Aでは,作業者自身が,ピッキング作業 時に問題箇所に気付いたときに,改善を行っていた.物流倉庫Bでは,管理者が巡回 時に,問題箇所に気付いたときに,作業者に改善指示を行っていた.両倉庫とも,不 定期ではあるが,日常的に改善を行っていた.また,両倉庫とも,分析ツールなどに よるデータ分析結果を活用できていなかった.その他の在庫配置等の改善については,
現状は管理者が分析作業を行っていた.これらの改善のための分析作業を定型化し,
将来的には全ての分析作業を作業者自身が行いたいという要望があった.
以上のような状況を踏まえ,本研究では,作業者,管理者の両者が使えるツールを 目指すことにした.
ヒアリングにより決定した要件は,以下である.
(1) 直感的な表示
作業ロス要因の分析作業を定型化するにあたり,両倉庫とも,現場環境の改善自 体は,作業者自身が行っていたことから,作業効率の低い箇所の特定,要因の分析 は,データ分析結果の理解に不慣れな作業者自身が行えるようにする必要がある.
そこで,作業現場で,データ分析結果の理解に不慣れな作業者が,データ分析結果 から問題箇所を容易に把握できるように直感的に表示する.
(2) 問題箇所の抽出
物流倉庫 Bからは,作業者が定期的に作業ロス要因の分析を行いつつも,管理の 点から,これまで同様に管理者が巡回時に問題箇所を抽出したいという要望があっ た.対象とした倉庫は広く保管商品も多いため,巡回しながら問題箇所を抽出する には時間を要するため,効率化が求められていた.
また,両倉庫とも,これまでの非効率な作業ロスの分析作業を定型化し,定期的 に行えるようにしたいという要望があった.
そこで,現場と照らし合わせて効率的に問題箇所を抽出し要因を特定する要因分 析作業を行うため,現場での分析の前段階として,倉庫全体から作業効率の低くな っている箇所を抽出可能とする.
(3) 様々な業務改善への対応
物流倉庫 Bでは,管理者により,最適な在庫配置の見直しが定期的に行われてお り,データ分析結果を活用していた.
そこで,これまで行っていた様々なデータ分析結果を使った在庫配置の見直しや,
新たに作業ロスの分析作業を定型化し,日常的に行うため,着目する業務改善に応 じた様々なデータ分析結果を表示可能とする.
15 これらの要件のためのデバイス選定については,それぞれの要件の検討後に,説明 する.
3.2.2 直感的な表示
要件(1)のため,作業現場での直感的な表示について検討した.
現場作業者が直感的に問題箇所を把握できるように,普段ピッキング作業時に使っ ている各ロケーションの間口(商品の取り出し口)にARで情報表示を行うこととした.
この際,各ロケーションの位置に対して,直感的にデータ分析結果の数値情報を確 認できるようにする必要がある.位置等の地理的情報にデータ特性を付加表示する方 法の代表的なものに色やテクスチャによりデータの特性を記述するコロプレスマップ がある[51].これにより,地理的な情報と特性を一度に確認することができる.これ をAR で実現し,実際の棚の映像に分析結果のデータを色情報で表示することとした (図 3.1).
図 3.1 色情報(コロプレスマップ)の表示例
例えば,ピッキング作業時間のかかっているロケーションには赤を表示し,かかっ ていないロケーションには青を表示した場合,赤色のロケーションを確認することで 問題箇所を把握できる.
3.2.3 問題箇所の抽出
要件(2)のため,倉庫全体から作業効率の低くなっている箇所を絞り込めるよう,現 場で使用するAR画面の他に,2Dマップ画面,3Dマップ画面を用意した(図 3.2).
作業効率低 作業効率高 棚
ロケーション
16 図 3.2 複数視点での表示
(1). 2Dマップ画面
2Dマップ画面は,倉庫内を上から俯瞰的に表示する.倉庫内全体の傾向を把握し,
詳細に要因分析をしたい対象を検索するのに使用する.2Dマップ画面では,棚の各段 を確認でき,表示する段は,操作により切り替え可能とした.また,表示位置に関し ても,操作により自由に変更可能とした.さらに,特定のロケーションや数値データ を容易に確認できるよう検索機能を用意した.現場に移動する際に,2Dマップ画面上 で,容易に現在地が確認できるようAR画面での現在位置特定機能と連携させた.
(2). 3Dマップ画面
3Dマップ画面は,倉庫内の棚を 3D空間に表示する.2Dマップ画面では,段毎に
17 表示されるため,全ての段を同時に確認することができなかったが,3Dマップ画面で は,高さ方向を含めた局所的な傾向や状況を把握可能である.操作により自由に表示 位置を変更可能とした.また,現場に移動する際に,3Dマップ画面上で,容易に現在 地が確認できるようAR画面の現在位置特定機能と連携させた.
(3). AR画面
AR 画面では,カメラを通して表示されるプレビュー映像の棚の間口面に対し,デ ータ分析結果を配色した矩形を重畳させて表示する.
また,それぞれの画面では,使用する分析データを切り替える機能を用意した.こ れにより,分析者は様々な分析データを使った要因分析が可能である.
想定するユースケースを説明する.
まず,分析者は,2D マップ画面を使って,データ分析結果の全体的な傾向を把握 し,問題箇所を抽出する.例えば,棚の下から3段目は作業者の腰から肩の高さとな り,比較的商品を出し入れしやすい位置であり,全体的に作業時間はかからない傾向 が把握できる.それにもかかわらず,作業時間がかかっているロケーションは,何か 問題があると抽出される.
次に,3Dマップ画面を使用して,見たい箇所をピンポイントに確認し,その周辺傾 向とあわせて問題箇所を抽出する.例えば,2Dマップ画面で抽出した作業時間のかか っているロケーションが周辺にはなく,特定のロケーションのみピンポイントに作業 時間がかかっているのであれば,位置的な問題ではなく,他の問題があると考えられ る.
そして,抽出した問題箇所の現場に移動した後,AR画面を使って,2Dマップ画面 と 3D マップ画面で抽出した作業時間のかかっているロケーションの実際の状況を把 握し,要因を特定する.例えば,現場で状況を確認すると,「頭上注意」などの標識に よってロケーション番号が隠れており,ピッキング作業の際に指定されたロケーショ ン番号の特定に時間がかかっていたのではないか,などの要因が特定できる.
最後に,判明した問題点を改善する.例えば,ロケーション番号を隠していた標識 を撤去するなどの改善ができる.
3.2.4 様々な業務改善への対応
今回,現場で問題点を把握し,改善が必要となる業務改善の代表的な例として,以 下を想定した.
(1) 最適な在庫配置の検討
倉庫では,ピッキング作業や出荷作業の効率を向上するため,保管されている商
18 品在庫のロケーション配置を定期的に見直す.例えば,在庫保管期間が短く出荷サ イクルの早い商品を出荷口の近くに配置変更する,出荷頻度の高い商品を作業員の ピッキングしやすい高さの棚に配置変更するなどの改善により,作業効率の向上が 可能である.このために,商品の在庫保管期間や出荷頻度などの分析データを用い て,とりやすい位置に配置されるべき出荷頻度の高い商品の配置を検討し,最適な ロケーション変更を行い,作業効率を向上させる.
(2) ピッキング作業の作業ロスの要因分析
作業員のピッキング作業時の作業時間の実績情報を用いて,作業時間のかかって いる箇所を抽出し,現場の状況と照らし合わせながら作業遅延の原因となっている 要因を特定し改善を行う.
このような様々なデータ分析結果に対応できるように,共通フォーマットを定義し,
表示する分析データを切り替え可能とした.データの詳細な構成については,3.4.2項 で説明する.また,その際の表示色や色と数値の対応などは,自由に設定可能とした.