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中国の日本語教育における漢字選択

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第 8 章 中国語 L1 学習者のため学習漢字の選択

8.2 中国の日本語教育における漢字選択

本節では、中国の大学での日本語教育における漢字選択の現状を考察し、その不足点 もしくは問題点を剔抉する。

8.2.1 「大学日本語科低学年段階教育要領」にて規定される漢字

76

『高等院校日语专业基础阶段教学大纲』(教育部高等学校外语专业教学指导委员会日 语组 2001、以下『基础大纲』)という大学日本語科低学年段階教育要領77は中国教育部

(文部科学省に当たる政府部門)が作成したため、その権威は計り知れない。この『基 础大纲』において、習得すべき漢字数は第 1 学年には 1,302 字であり、第 2 学年には 305 字であり、合計 1,607 字である。語彙量は第 1 学年で約 3,000 語、第 2 学年ではさらに 2,600 語を加え、5,600 語程度としている。すなわち、第 2 学年が終わるまで、漢字 1,600 字程度および語彙 5,600 語程度を習得することが目安である。ところが、この目安には 次のような問題があることが分かる。一つは、漢字数と語彙数が釣り合っていないこと

76 『高等院校日语专业高年级段教学大纲』(教育部高等学校外语专业教学指导委员会日语组 2000 、 以下『高年级大纲』)という高学年段階の教育要領も存在するが、漢字に関する事項が記されてない。

77 低学年段階と言うのは第 1 学年と第 2 学年の段階を指す。これに対して高学年段階というのは第 3 学年と第 4 学年の段階を指す。

である。『基础大纲』及び旧日本語能力試験認定基準78の各レベルの語彙数と漢字数の 比率を計算してみると、表 8-1 のようになる。

表 8-1 語彙数と漢字数の相対比率

出所 語彙数 漢字数 相対比率

旧日本語能力試 験基準

4 級 800 100 8:1 3 級 1,500 300 5:1 2 級 6,000 1,000 6:1 1 級 10,000 2,000 5:1

『基础大纲』 5,600 1,600 3.5:1

それぞれの相対比率は、日本語能力試験各レベルに比べて『基础大纲』の方がかなり 低いことが確認できる。日本語能力試験はすでに十数年間実施され、信頼性も妥当性も 十分検証されているため、各レベルの語彙数と漢字数の比の値も概ね妥当であると考え られる。それより比の値の低い『基础大纲』により規定された語彙数と漢字数の間にバ ランスが取れていない。2 年という学習時間79が、中級レベルもしくは能力試験 2 級の 所要時間(600 時間)を少し超えるところからすると、5,600 語という語彙数は少し足 りないという事実に対し、漢字数はいささか多すぎるのではないかと思われる。

もう一つは、漢字の割り当てである。上述したように、第 1 学年で習得すべき漢字数 と第 2 学年で習得すべき漢字数の比は 1,302:305 で、すなわち第 1 学年は第 2 学年の 4 倍以上である。日本語を始めたばかりの一年目の教育・学習は、基本的には日常的なよ く使われる和語を中心に行われるべきであるため、漢字を少しずつ導入した方が望まし い80。日本語をある程度マスターしてから、目標語彙や学習内容などに応じより多くの 漢字を導入すべきだと考えられる。いくら漢字知識がある中国語 L1 学習者といっても、

むやみに学習の初期段階から多くの漢字を習得させるべきではない。上記の事実から、

一年目で学習する漢字数が多すぎであり、この割り当ては不適切であることが言える。

78 新しい能力試験が実施されたが、認定目安には漢字数及び語彙数が規定されていないため、旧認定 基準を参考にした(http://www.jlpt.jp/about/pdf/comparison01.pdf)。また、この認定基準は中国語 L1 学 習者を含めたすべての学習者向けの基準であるが、ほかに中国語 L1学習者向けの参考になる基準がな いため、選択して基础大纲』との比較を試みた。

79『基础大纲』では、第 1 学年と第 2 学年の授業時間が合計 663 時間以上だと規定されている。

80 『新版日本語教育事典』(日本語教育学会 2005:302-303)では初級レベルの語彙学習について以 下のような記述がある。「初級においては、学習者の日常生活に必要な日本語とともに、それ以降の 日本語学習者の材料となる基本語を習得することが目的となる。(中略)初級前半では、基本的なあ いさつ表現や呼称、数や助数詞、日付、身の回りの物や施設の名称など、生きるために必要なコミュ ニケーションの遂行に比の語が選ばれる。(中略)この段階では、和語の比重が高く、外来語は身近 な物の名称が主である。初級後半では、(中略)漢語が増え、和語においても同音異義語が導入され るため、このレベルから漢字の知識が有用となる。」

8.2.2 中国の日本語教科書・テキストにおける漢字

上に述べたように、日本語科学習者の漢字学習目標が『基础大纲』により、低学年(第 1 学年と第 2 学年)の段階に設定されているため、教科書・テキストにおける漢字の選択 状況を考察するには、低学年の教科書・テキストを調べることが妥当だと判断できる。

さらに、中国の各大学の日本語科のカリキュラムを見ると、低学年の授業は主に精読81、 聴解、会話、日本事情などの授業からなることが分かる82。漢字教育・指導は基本的には 精読の授業でしか行われていないため、教科書・テキストにおける漢字選択について知 ろうとするには、精読の授業に使う教科書・テキストを分析することが妥当だと思われ る。ところが、中国では日本語科を設置する大学が多く、地方によって日本語教育の伝 統も違い、使われる教材も多種多様である。すべての教材を網羅することは大変時間が かかり、必要ないと思われるので、本稿ではよく使われている教材『新编日语』(以下、

『新编』)83だけを考察の対象とする。

『新编』4 冊には、合計 1,681 字の漢字が使用されている。各冊の漢字使用状況は次 の表 8-2 のとおりである。

表 8-2 『新编日语』における漢字の統計84

『新编』 各冊漢字数 増加漢字数85 割合(%)

第 1 冊 734 734 43.7

第 2 冊 898 445 26.5

第 3 冊 915 258 15.3

第 4 冊 1,062 244 14.5

合計 1,681 100

1,681 字という漢字数は『基础大纲』により規定されている数 1,607 字とほぼ一致し ている。また、第 1 冊から第 4 冊まで、使用漢字数はだんだん増加しているが、各冊の 増加漢字数は明らかに減少している。学年ごとの割り当て(一年目(第 1 冊+第 2 冊):

二年目(第 3 冊+第 4 冊)=1,179:502)も『基础大纲』の比の値に近い。当然、これ も適切だとは思えない。特に、表 8-2 で示したように、入門書に当たる第 1 冊だけが、

『新编』4 冊の出現漢字全体の 43.7%を占めていることは不適切だと思われる。

そして、出現漢字自体も問題がないとは言えない。『新编』4 冊の漢字を新「常用」

と比較してみると、133 字(全体の 8.3%)86が新「常用」に載っていないことが分かっ

81 精読は総合日本語の意味で、一年から四年にかけて設置されており、日本語科の核心科目である。

82 江蘇省における 27 大学の日本語科低学年カリキュラムは基本的にこの四つからなっている。また、

http://www.jpf.go.jp/j/urawa/world/chek/wld_03_11.htmlを参照。

83 周平/陈小芬(2009,2010,2011,2011):上海外语教育出版社。全部で 4 冊があり、基本的には第 1 と第 2 冊は一年生が使い、第 3 と第 4 冊は二年生が使う。

84 漢字の統計は各教科書の付録単語リストに基づき行った。

85 前の教科書・テキストに比べて、新しく出現した漢字数を意味する。例えば、第 3 冊の「258」は第 1 冊と第 2 冊に表れていないものの数を表す。

た。掲載されていないということは、この 133 の漢字は現在の日本社会ではまだ受容性 が低いと考えられるので、このような漢字を低学年の教科書・テキストに入れて学習者 に勉強させることはやはり不適切である。

8.2.3 まとめ

これまでに述べた点から、現在、中国日本語教育における漢字選択が十分考慮されて いないことが言える。問題として以下の三点が挙げられる。

まず、低学年の学習漢字数とその割り当てについてである。『基础大纲』においても、

『基础大纲』に基づき編集され広く使用されている『新编』においても、入門期の第1 学年の学習漢字としては 1,000 字以上で、第 2 学年の学習漢字は 1,600 字以上だと規定 されている。これは妥当だとは考えにくい。なぜなら、最初の頃に漢字を多用すること は、確かに学習者に親しみを感じさせ、モチベーションの向上につながるかもしれない が、学習者が自分の中国語漢字知識に頼りすぎて日本語漢字の音韻、書写及び意味など を疎かにしやすい。それゆえ、結局学習者による日本語漢字学習に支障を来す恐れがあ る。そして、日本語の漢字は中国語漢字と音韻や意味などの面で、すでに大きな差異が 生じ、勉強すればするほど難しくなる。そのため、一年目から大量に勉強させると、だ んだん学習者の負担が重くなり、学習者のモチベーションを損なう可能性も高い。

つづいて、漢字教育の指導期間についての考察を行う。『高年级大纲』(p2−3)にて

「日语综合技能课」の目標について、「第 1、2 学年の語彙や文法から文章分析、言語 文化や言語心理の理解へ切り替えるべきだ」と記されている。つまり、第 3 学年から漢 字教育・指導を含む語彙指導が要求されていない。さらに、漢字学習に関する項目も見 当たらない。言い換えると、第 2 学年の終わりまでに漢字教育・指導が終わるというこ とを意味する。ところが、『基础大纲』により規定された漢字数も、『新编』に出現し た漢字数も、いずれも大きく新「常用」を下回っているため、その内容は充実している とは言い切れない。そのため、学習漢字数を増やすと同時に、漢字教育・指導期間を延 ばす必要があると考える。

最後に、漢字自体の選択である。前述したように、『新编』4 冊では新「常用」に載 っていない 133 字が収録されている。この 133 字を学習しなくてもいいとまでは言えな いが、少なくも低学年の学習者に勉強させる必要性は考えにくい。

以上の問題点から、漢字の選出範囲、また日本語の学習段階における漢字の学習内容 の再検討の必要がある。ただし、その前に、日本社会における漢字の使用状況や一般日 本語教育分野における漢字の選択状況などを明らかにする必要がある。

86 以下の 133 字:「暢/纏/綯/斡/窺/鰻/叡/蛙/鰹/蟻/蕎/狐/些/鷺/晒/雛/煽/惣/苔/鯛/茸/凧/弛/呑/

馴/秤/箔/噺/蕪/鞭/蓑/儲/柚/遥/凌/篭/詫/咎/啜/埃/奘/奢/屁/幟/揉/渾/甍/眩/薇/褪/襷/贅/雉/鞋/

頷/餡/饅/甥/晦/蟹/祇/繋/跨/鯉/杭/穿/蜘/掴/挺/釘/葱/斐/姪/嵌/恍/捏/掏/欒/蛛/轢/餃/黴/綾/伊/

瓜/叶/蒲/鴨/茅/桐/隈/栗/弘/柴/杖/秦/鷹/乃/函/彦/菱/俣/嶺/或/嘩/咳/鞄/噛/喧/忽/惚/撒/繍/醤/

揃/叩/馳/賑/濡/覗/髭/紐/撫/吠/尤/碗/炒/茹/嘘/霞/嬉/只/蝶」

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