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 医薬品産業は薬の創生及び供給元としての役割を担っており、医薬品産業における危 機管理及びリスクマネージメントは、国民の健康を守る重要な鍵を握っている。総括製

造販売責任者である薬剤師の位置づけを確立させることは、薬剤師全体の位置づけを上 げることに繋がるだけでなく、国内の医薬品の有効性・安全性・品質の水準を高めるこ とにもなり、更には製薬企業の市場責任を全うできることに繋がる。総括製造販売責任 者を名実ともにリスクマネージメントリーダーとして確立するために、スキルの醸成と ともに社内外の環境づくりが下記のごとく急務である。

1)リスクマネージメントリーダーの育成と資格制度の導入

 市販後の品質、安全性を適切かつ、多角的に分析し、それぞれの措置をタイムリーに 実行する社内外の能力開発は遅れていると言わざるを得ない。薬学系大学においてリス ク管理上の観点からの講義が開講されたなどの話は聞き及んでいない。また、大学での 講義に加えて、リスクマネージメントや薬事行政の知識及び統括的判断スキルを「恒常 的に」磨くことができる仕組みの導入が可及的速やかに必要である。このような育成の 仕組みを取り入れることにより、企業内で認知されるとともに、広く国民からも納得さ れるスキルを持った「リスクマネージメントリーダー」としての薬剤師が誕生すること となる。

 欧州の例をあげると、薬剤師に限るものではないが医薬品に関する統括的なリスク管 理を、分野ごとにQualiied Personの資格制度を整備し、医薬品に関わるそれぞれの領 域に判断力に秀でた人員の配置ができている。

 日本国内においてもこれに習い、総括製造販売責任者に対して、Qualiied Personに 類似した資格の制度化やそれを習得するための事例を多く学べる仕組みを、卒後教育の 充実とともに早期に導入することを考慮していくべきと考える。

 具体的には現在の経営学を学ぶMBAコースに類似した形態で、各社が経験した多く の事例への対応の仕方をリスクマネージメントのリーダーとして学べる仕組みを、製薬 企業及び薬剤師会等との連携で、卒後教育の充実とともに「資格取得体制」を整備し、

その導入を急ぐべきと考える。

2)リスクマネージャーとしての役割遂行のために

 グローバル化の進展や情報提供を含めた企業姿勢が強く求められる中、薬事法の枠に とらわれない総括製造販売責任者の役割が社内外から求められ始めている。これまでの 事例から考えると、総括製造販売責任者の役割遂行のために製薬企業内において、下記 項目の対応を着実に実行すべきである。

(1)総括製造販売責任者への製品情報の集 化

 昨今の医薬品は生物学的製剤や分子標的薬など高度に専門化された学問的背景よ り創製されている。このため薬剤のリスクの評価においては、国内外から得られた 科学的エビデンスを、当該領域に対する高い専門性と深い造詣、ならびに幅広い関 連データを基に分析し、適切に判断することが重要である。そもそも薬の創製・開 発過程において得られるデータは、製薬産業がそのほとんどを保有しており、回収 や緊急安全体制の備えとして、総括製造販売責任者に対して「基本的な製品情報の 集 化」が必須であり、ITを用いて瞬時に製品情報集 が可能な体制整備を進め る必要がある。

(2)迅速な意思決定体制の整備

 製品回収や安全性確保措置においては、事業基盤を直接揺るがす事態となること も多く、社内での品質、安全性に関わる判断を迅速に可能にする仕組みが必要であ る。不測の事態に備えて、グローバル対応を含めた24時間体制を整備する必要があ り、この仕組みの実態として総括製造販売責任者が名実ともにその中心でなければ ならない。患者におけるリスク最小化やその対応策の実行にあたって、薬に対する 多面的な知識と最新科学の知識や薬制の知識に加え、患者の安全性を第一に考えた 判断が行える体制が不可欠であり、経営やビジネスサイド代表の判断が優先される ような二重構造を有することは、法の精神に照らし回避しなければならない。

(3)患者への的確な情報伝達とメディア対応

 情報公開法や世論の進展、ITの進展にともなって、必要な最新の情報を瞬時に 伝える必要がある。そのため、社内情報の収集、医学上の最新知見の入手及びその タイムリーな情報共有が可能となる社内の仕組み、及び、必要な情報を収集するた めのスキルアップが急務である。またこれらの仕組みは、総括製造販売責任者に集

されていなければならない。

 最近の事例から求められている最新情報の内容や情報開示のスピードを勘案する と、紙媒体の情報伝達にはおのずと限界があり、緊急時の情報伝達や問い合わせな どの対応については今後、ITを駆使した情報伝達の仕組みを整備することが肝要 であろう。

 一方、患者や医療機関は、製薬会社からの情報ソースだけでなく、他の媒体から も多くの情報を得ている。Webやメディアの発出する医薬品や医療事情に関する

情報提供量や、それら情報へアクセスする国民の数の 加は目覚しいものがあるが、

製薬企業はそれら社外で発信されている情報のスピードと量に十分な備えができて いないと思われる。

 したがって、不測の事態が発生した際はもちろんのこと、常日ごろから積極的に メディアとのコミュニケーションを密にし、薬の正しい知識や使い方について周知 するとともに、より正確な情報が提供できるよう備えておくべきと考える。また、

マスメディアへの対応における誤解をまねく言動が、事態を悪化させる事例も考え られることから、総括製造販売責任者は、メディアへの対応方法を常日頃より訓練 する必要がある。

(4)危機発生後の対応から、予測的リスクマネージメントへの転換

 一般に、企業の対応はこれまで、不測の事態である回収や緊急安全性情報の発出 が必要である「クライシス」(危機)等が発生した後にアクションを起こし解決す る「もぐらたたき」的な受動対応が主体であった。しかしながら、リスクを可能な 限り事前に察知し対応を進めることで、業務の効率性を高め、クライシスを最小限 にすることが可能である。そのため、総括製造販売責任者のもとで、全製品や自社 の関連する仕組みの各プロセスを事前に精査し、固有のリスクの軽重などを推し量 り、リスクマップを社内関係者と共有化することによって、リスクを最小限にする 対応を開始し、常時のプロアクティブなリスク管理が実行可能になるような体制を 構築すべきと考える。

 現在、厚生労働省においてリスクマネージメントプラン(RMP)の導入が検討 されている。これは、製造販売後の安全性の確保、ベネフィットとリスクの評価お よびそれらの評価に基づく安全対策の改善を目的として、製造販売業者は、リスク が顕在化する前に、医薬品ごとの安全性検討事項を事前に特定し、その検討事項を 踏まえた「医薬品安全性監視計画」および「リスク最小化策」を策定し、新医薬品 の承認申請時に提出するとともに、その実施状況に応じ適時適切に見直しを行うと いう制度である。

 このRMPの立案・実施においても、総括製造販売責任者を中心とした製薬企業 勤務の薬剤師の活躍が期待される。製造販売業者は、今後、本制度の導入により、

総括製造販売責任者のもとで、全製品や自社の関連する仕組みの各プロセスを事前 に精査し、固有のリスクの軽重などを推し量り、リスクマップを社内関係者と共有 化することによって、リスクを最小限にする対応を開始し、常時のプロアクティブ

なリスク管理が実行可能になるような体制を構築することが求められることにな る。

(5)グローバルとの整合性

 総括製造販売責任者を中心とした体系をもって、グローバルに適応していく必要 があり、そのためには、海外の薬事行政のトレンドの把握や海外提携先等と通常の コミュニケーションネットワーク構築に加え、総括製造販売責任者と相手側の同様 な立場の責任者とのホットラインの構築が必要である。それにより、緊急時でもグ ローバルに整合した対応が可能となる。