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 「薬剤師」たる資格は、医薬品を供給する業界である医薬品産業にあって十分に活か されている環境ではなかった。管理薬剤師(医薬品製造管理者)等において薬剤師の資 格が必要であったが、採用や昇進においても有利に働くことは少なく、また職場でも法 的要件を満たすための形式的な配置となっている例が散見された。しかしながら製薬企 業勤務薬剤師は、本来、開発から市販後までの製品のライフサイクルを通じた医薬品の リスクマネージメントの担い手であるはずである。

 このような状況の下、平成17年(2005年)に改正薬事法が施行され、「薬剤師」は法 が求める「総括製造販売責任者」の要件となり、医薬品業界のリスク・危機管理の主役 に抜擢された。品質管理責任者や安全管理責任者とのいわゆる三役連携のもと、市場の 製品の品質・安全面を総括的に監視・コントロールする役割と責任が薬剤師に求められ たのである。

 製品回収や安全性確保措置は、企業の事業基盤を直接揺るがす事態となることも多く、

また患者におけるリスク最小化やその対応策実行にあたっては、関連法規を含め薬に対 する多面的な知識とともに、確固たる科学の解釈が不可欠であり、その素地を持ってい るのが薬剤師である。総括製造販売責任者に限らず薬剤師は、化学、物理、生物、衛生、

薬理、薬剤、病態・薬物治療、法規、実務など「薬」について総合的に教育を受けてお り、医薬品を開発・製造・供給し、市場における医薬品の管理の責任を全うする基礎知 識が備わっている。MRの資格制度で試験の一部が免除されるのもそのためである。今 や薬の開発や適正使用の推進にあたって、より現場に近い感覚と患者目線での判断が求 められる時代となってきており、医療現場での研修を経験してきた6年制の薬剤師は、

その意味でも企業内の各職場において医薬品のリスクマネージメントを総合的に考え判 断するのにより適した存在となることが期待されている。

 一方、医薬品は高度化してきており、科学のエビデンスをベースとした一貫した説明 責任が一層求められている。また、その範囲は国内にとどまらず企業の吸収合併や、

ICHの進展、インターネット等の普及により、関係各社との統一した意見をもって瞬時 のグローバルレベルの対応が必要となっており、総括製造販売責任者である薬剤師にも、

このような高いレベルの知識・スキルが必要となってきている。

 しかしながら、市販後の品質、安全性を適切かつ、多角的に分析し、それぞれの措置 をタイムリーに実行する社内外の能力開発や教育は遅れていると言わざるを得ない。薬 学系大学においてもリスク管理上の観点での講義などは聞き及んでいない。この点、欧 州では薬剤師に限るものではないが医薬品に関する統括的なリスク管理を分野ごとに Qualiied Personの資格制度を法整備し、医薬品に関わるそれぞれの領域に判断力に秀 でた人員の配置ができている。日本国内にも総括製造販売責任者である薬剤師や安全管 理責任者、品質保証責任者である薬剤師、更には三役を目指している薬剤師に対して、

類似した資格制度化やそれを習得するための事例を多く学べる仕組み、例えば「高度管 理薬剤師養成コース」の導入などを、卒後教育の充実とともに具体化していくべきであ る。

 医薬品産業はその国における医薬品の創生及び供給元としての役割を担っており、医 薬品産業における薬剤師のリスクマネージメント能力は国民の健康を守る重要な鍵を 握っている。その意味で医薬品業界における総括製造販売責任者である薬剤師の位置づ けを確立させることは、薬剤師全体の位置づけを上げることに繋がるだけでなく、国内 の医薬品の安全性・品質の水準を高めることにもなる。さらに、企業間及び病院、薬局、

卸、教育機関等の薬剤師のネットワーク形成により開かれた薬剤師情報網を作り、恒常

的にその存在価値を向上するために薬剤師間で共鳴していくことが、今こそ求められて いる。