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ライフスタイルの変化と伝統・芸能の継承

第2章 中山間地域の変容と現状

第7節 ライフスタイルの変化と伝統・芸能の継承

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図2-23 不自由に思うこと(n=17)

資料:筆者作成

3)住み続けの意向

約 6 割が住み続けたいと思っていたが、「どちらとも言えない」も3割を超えて

いる(図 2-24)。迷う理由は、集合住宅の間取りと広さにあった。子供が小さいう

ちは問題ないが、子供が大きくなり部屋が必要になった際には部屋数が足りないと いうと思っている。広さがあれば継続してこの地域で住み続けたいという者が多か った。

「この地域に住んで良かったと思うことは何か」の回答で多かったのは、「地元住 民は親切である」「高齢者はいろいろな相談に乗ってくれる」「自然の中で子供がの びのび育っている」であった。

図2-24 住み続けの意向(n=17) 資料:筆者作成

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農林業は職住接近の生活であった。それが兼業農家になると職住分離の生活とな る。高度経済成長により農山村でも消費生活が浸透すると、現金収入を求めて兼業 農家は増え続け、必然的に通勤移動のための交通量も増え続けている。近年では、

旧長谷村の15歳以上の就業者の36%が長谷地区以外に通勤している(表2-12)。 表2-13 長谷村の従業地による15歳以上就業者数

資料:国勢調査「従業地・通学地による常住市区町村,男女別 15 歳以上就業者数 及び15歳以上通学者数(2005年)」より筆者加筆

2)移動時間の短縮とライフスタイル

道路が整備されたことで、近隣の市町村への移動時間が短縮した。しかし、だか らといって集落に生涯定住しようと考える若年層が増えることにはならなかった。

子供世代は集落に定住しなくても、「必要な時に親元へ戻ってくれば良い」と考えた からである。つまり、道路整備は外部へのアクセスを良くするという一方通行では ないのである。定住するのは村ではなく、必要な時だけ親元を訪問すれば良いとす るのが、今の若年層の一般的なライススタイルである。

高校を卒業した子供には、概ね以下の4つの選択肢がある。

① 地元に残り親の職業を継続するか、地元で雇用される。

② 都市部へ進学または就職するために地元を離れる。

③ 近隣の町へ通学・通勤するために地元を離れる。

④ 地元に定住し、近隣の町への通勤・通学する。

ただし、④のケースでも、さらに大人になって結婚して所帯を構えるのを機に近 隣の町へ家を建てて引っ越してしまう者が多い(図2-25)。

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図2-25 若年層の高校卒業後の選択肢

資料:筆者作成

第2項 伝統・文化

旧長谷村では、古くから農村歌舞伎をはじめ祭りばやしや獅子舞などの民俗・芸 能が盛んに行われていた。「中尾」集落の農村歌舞伎は現在でも継続されている。農 村歌舞伎の役者は集落の住民に限られ、各年代により役割があることは住民の誇り である。児童は子役を担い、青年期になれば主役を務める。そして、壮年期以降は 後輩の育成にあたり、伝承していくことが長年の風習であった。

農村歌舞伎は、幾度もの困難を乗り越えて継承されて続いてきた。戦後、映画や テレビに押されて危機を迎えたこともあった。しかし、民俗や芸能への関心の高ま りもあり、1985年(昭和60年)には、農村歌舞伎は見事に復活を遂げた(図2-26-a)。 ところが、近年再び継続の危機が訪れたのである。集落の人口減少・高齢化から 担い手不足に陥ったからである。この課題を解消するために、集落住民に限定せず 広く役者を公募することに踏み切った。集落住民でなければ舞台に立てないという

「しきたり」を壊すことで継続させたのである。現在のメンバーは、旧長谷村の各 集落の住民や市町村合併を行った伊那市住民を中心に、周辺の市町村住民を加えて 組織されている。

旧長谷村には、歌舞伎以外にも四季に応じた行事や祭事がある。現在も続いてい る「ざんざ節」や「きんにょんにょ」の踊りは、いつ頃何処から長谷村に伝承され たのかは定かではない。村を訪れた遊芸人により伝えられたとされている。かつて は各集落で行われていたこの踊りも、現在では集落連携により継承されている(図 2-26-b)。

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図2-26-a 農村歌舞伎(中尾)2005年撮影 図2-26-b 民俗芸能,2007年撮影

第3項 生活様式の変化

生活様式は、農機具の機械化による自家労力の減少と深く関わっている。また、

これに付随して増加して農村女性のパート労働が増加したことも、生活様式を変化 させる契機となった。

電化製品の普及と食の欧米化も生活様式を大きく変えた。集落内完結していた食 文化は、徐々に「外注化」されていくのである。加工食材や保存食で暮らす文化は 変容し、食材や惣菜を購買することが不可欠となった。こうしたニーズを受けて、

集落には食材販売店が進出する。

しかし、その生活様式も長くは続かなかった。女性の社会進出はさらに進み、車 の移動がライフスタイルとして定着していと、郊外型の大型スーパーの時代となっ た。近隣の商店は品揃えや鮮度を理由に利用されなくなり、車で大型スーパーに買 い物に出かける生活様式に変化したのである。利用者が減少したから集落の商店は 閉店していく。しかし、郊外の大型店を活用するには、車があり運転者がいなけれ ばならない。運転できない者は、買い物弱者となってしまうというリスクがある。