第 4 章 ハイブリッドナノ粒子の表面修飾
4.4 ハイブリッドナノ粒子表面へのタンパク質修飾
4.4.1 ビオチン-アビジン相互作用
ナノ粒子を細胞内へ取り込ませる際、その表面を任意のリガンド(タンパク質や糖鎖など 細胞により認識される生体分子)で修飾することで、受容体を介した特異的な取り込みが可能 となる。本研究ではリガンドを粒子表面へ修飾する際に、リガンドを直接ナノ粒子に結合させ るとタンパク質の変性や自由度の低下が生じる可能性を鑑み、リガンドと粒子の間にバインダ ーを挟むこととし、バインダーとしてビオチン-アビジン結合を利用した。ビオチンは図4-12a の化学構造式で表される低分子で、ビオチン結合性タンパク質[アビジン(Avidin: Avi)、スト レプトアビジン(Streptavidin: Savi)、ニュートラアビジン(Neutravidin: Navi)]と親和性が高 く、ビオチン結合性タンパク質の4つの結合サイトで強く非共有結合する(図4-12b)。
ビオチン結合性タンパク質を表 4-2 にまとめた。この中で Navi はビオチンとの解離定数
がKd = 10−15 Mであり[19]、非特異吸着を最も抑制しながら結合することができる。本研究では、
まず粒子表面へビオチンが標識されたウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin: BSA)を非 特異的に吸着し、Naviを介してビオチン標識リガンドを結合することを試みた。リガンド修飾
の模式図を図4-12cに示す。BSAの等電点はpI = 5.4であり[20]、水中では負に帯電している。
従って、水中で正に帯電したPLL−SH修飾ナノ粒子に対して静電的相互作用により非特異吸着 すると考えられる。
図 4-12 (a) ビオチンの化学構造式。(b) ビオチンとアビジンの結合を表す概念図。(c) ビオチン-ア ビジン結合を利用した粒子表面へのリガンド修飾の模式図。
表 4-2 ビオチン結合性タンパク質の比較[19,21-26]。
Avi Savi Navi
分子量(kDa) 67 53 60
ビオチン結合サイト 4 4 4
等電点 10 6.8~7.5 6.3
特異性 低い 高い 最も高い
4.4.2 水分散Ag@FeCo@Agナノ粒子へのビオチン標識BSA修飾
PLL−SH 修飾 Ag@FeCo@Ag ナノ粒子への BSA修飾の方法をより具体的に述べる。ビオ
チン標識BSA(bBSA、Thermo Fisher Scientific)を10 mg/mLの濃度となるように超純水で調整
し、分注して使用直前まで冷凍保存した。また、ビオチン非標識アルブミン(BSA、Sigma-Aldrich)
を 20 wt%の濃度となるように超純水で調整した水溶液を作製した。超純水 879 μL に対して
bBSA水溶液(10 mg/mL)を19 μL、BSA水溶液(20 wt%)を1.9 μL加えた。そして、この混 合水溶液へ配位子交換直後の PLL−SH 修飾 Ag@FeCo@Ag ナノ粒子水分散液(1000 μg/mL)
100 μLを添加し、室温で30分間静置した。BSAを約5 nmの球状とすると、粒径15 nmの球
状粒子の表面に最密充填できるBSA数は約580である。それに対して上記の濃度比は、1個の
PLL−SH修飾Ag@FeCo@Agナノ粒子に対し、bBSAとBSAの数が各々300個と600個となる
条件であり十分なBSA量である。その後10,000 rpmで3分間超遠心分離を行い、上澄みを捨 て、沈殿した粒子をPBSで回収することでbBSA修飾ナノ粒子を作製した。また、ビオチン非 標識のBSAのみを修飾したナノ粒子も以下の手順で作製した。超純水 897 μLにBSA水溶液 を2.86 μL加え、PLL−SH修飾Ag@FeCo@Agナノ粒子水分散液(1000 μg/mL)100 μLを添加 し(1粒子当たり900個のBSAに相当)、後は同様の過程でBSA修飾ナノ粒子を作製した。
図 4-13 (a) BSA 修飾ナノ粒子の PBS、FBS を含まない DMEM[(-FBS)]、FBS を含む DMEM[(+FBS)]
に分散させた直後(左)と 2 時間後(右)の写真。(b) BSA 修飾ナノ粒子を水(黒)、PBS(赤)、DMEM (-FBS)(緑)、DMEM (+FBS)(青)に分散させたときの吸収スペクトル。
BSA修飾前のPLL−SH修飾Ag@FeCo@Agナノ粒子の流体力学的粒径が約59 ± 25 nm(配
位子交換0日後)であるのに対し、BSA修飾後のbBSAとBSA修飾ナノ粒子の流体力学的粒
径は約134 ± 39 nmと増加した。また、bBSAとBSA修飾ナノ粒子のPBS中でのゼータ電位を
測定したところ、−13.0 ± 1.3 mV と負の値を示した。これは BSA の等電点が酸性側にあるた
め、粒子にBSAが修飾されることでPLL−SHの電荷が遮蔽され過剰に吸着したBSAのために 負に帯電したと考えられる。BSA 修飾ナノ粒子のコロイド分散安定性を調べた結果を図 4-13 に示す。図4-13aにはBSA修飾ナノ粒子を、水、PBS、FBSを含むDMEMと含まないDMEM
に100 μg/mLの濃度で分散させた直後と2時間後の写真を示した。図4-13bには各溶媒に分散
させ2時間経過後のBSA修飾ナノ粒子の吸収スペクトルを示した。LSPRピーク波長は表4-3 にまとめた。BSA修飾前と比べPBSやFBSを含まないDMEM中での分散安定性が向上した。
表 4-3 BSA 修飾ナノ粒子を各溶媒に分散させて 2 時間後の LSPR ピーク波長。
溶媒 BSA修飾ナノ粒子
水 418 nm
PBS 434 nm
DMEM (−FBS) 422 nm
DMEM (+FBS) 421 nm
4.4.3 水分散Ag@FeCo@Agナノ粒子へのアビジン及びトランスフェリン修飾
次に、bBSA 修飾ナノ粒子に対してNavi を結合させた。Navi は和光純薬から購入し、ア ッセイバッファー[組成:10 mM Tris-Acetate(pH = 7.5)、50 mM酢酸カリウム、2.5 mMグリ コールエーテルジアミン四酢酸]で濃度10 mg/mLに調整し、分注して使用直前まで冷凍保存 した。4.4.2項に記載の方法に従い、PLL−SH修飾ナノ粒子とbBSA水溶液を混合し30分間室 温で静置した後、遠心分離を行わずに濃度10 mg/mLのNavi溶液を17 μL加え室温で10分間 静置した。1粒子当たりのNaviの数は約300個である。その後、遠心分離を10,000 rpmで3分 間行い、上澄みを捨て、PBS に分散させた。得られたナノ粒子を以後Navi修飾ナノ粒子と呼 ぶ。Navi修飾ナノ粒子の流体力学的粒径は163 ± 45 nmとなり、bBSA修飾及びBSA修飾ナ ノ粒子(134 ± 39 nm)と比べ粒径が増加した。
本研究ではリガンドとしてトランスフェリン(Transferrin: Tfn)を選択した。Tfnは細胞膜 表面のTfn受容体(TfnR)により認識され、クラスリン依存性エンドサイトーシスにより細胞 内へ取り込まれる。Navi 修飾ナノ粒子へ Tfn を結合するために、ビオチン標識
Tfn(Sigma-Aldrich)をアッセイバッファーで濃度 5 mg/mL に調整し、分注して使用直前まで冷凍保存し
た。上記の方法でNavi修飾ナノ粒子を作製した後、遠心分離は行わずに濃度5 mg/mLのTfn
溶液を16 μL加え、10分間室温で静置した。1粒子当たりのTfnの数は約100個である。その
後、遠心分離を10,000 rpmで3分間行い、上澄みを捨て、PBSに分散させた。得られたナノ粒 子を以後Tfn修飾ナノ粒子と呼ぶ。Tfn修飾ナノ粒子の流体力学的粒径は 173 ± 20 nmであ った。BSA、Navi、Tfnをそれぞれ修飾したときのPBS中での流体力学的粒径と吸収スペクト ルの変化を図4-14に示す。また表4-4に流体力学的粒径の値とLSPRピーク波長をまとめた。
図 4-14 (a) PLL-SH 修飾ナノ粒子(PLL-SH)、bBSA 修飾及び BSA 修飾ナノ粒子(BSA)、Navi 修飾 ナノ粒子(Navi)、及び Tfn 修飾ナノ粒子(Tfn)の流体力学的粒径。 (b) 各々のナノ粒子の吸収スペ クトル(黒:PLL-SH 修飾ナノ粒子、赤:BSA 修飾ナノ粒子、青:Navi 修飾ナノ粒子、緑:Tfn 修飾ナノ 粒子)。溶媒は PLL-SH 修飾ナノ粒子の場合は純水、タンパク質を修飾した粒子の場合は PBS。
表 4-4 タンパク質修飾による流体力学的粒径と LSPR ピーク波長の変化。
修飾前 BSA修飾後 Navi修飾後 Tfn修飾後 流体力学的粒径(nm) 59 ± 25 135 ± 39 163 ± 45 173 ± 20 LSPRピーク波長(nm) 412 418 419 422
Navi修飾が成功したことを確かめるために、ビオチン標識フルオレセインイソチオシアネ ート(Fluorescein Isothiocyanate: FITC、Sigma-Aldrich)を用いて蛍光像を取得した。具体的には、
濃度約1 mg/mLのbBSA修飾ナノ粒子、Navi修飾ナノ粒子またはTfn修飾ナノ粒子100 μLに
対して10 mMのビオチン標識FITCを0.96 μL加え、遮光して10分間静置した。その後、遠心
分離を10,000 rpmで3分間行い、上澄みを捨て、PBSに分散させた。この溶液をガラスのカバ
ースリップ上に極微量滴下し、もう一枚のカバースリップで挟んで励起光(AURA light engine®、
Lumencor)を照射しながら蛍光顕微鏡(IX71、Olympus)で観察した結果を図 4-15 に示す。
PLL−SH修飾及びbBSA修飾ナノ粒子では蛍光が全く検出されなかったが、Navi修飾及びTfn
修飾ナノ粒子では蛍光が観察されたため、これらのナノ粒子に Navi が修飾されたことが確認 された。
図 4-15 各ナノ粒子にビオチン標識 FITC を結合した後の蛍光像。(a) PLL-SH 修飾ナノ粒子、(b) bBSA 修飾ナノ粒子、(c) Navi 修飾ナノ粒子、及び (d) Tfn 修飾ナノ粒子。