• 検索結果がありません。

カザフスタン政府による中国籍ウイグル人の難民申請却下の背景 97

ドキュメント内 難民問題と安全保障 (ページ 103-114)

第 7 章 テロリズムと難民

7.4 上海協力機構とウイグル人

7.4.1 カザフスタン政府による中国籍ウイグル人の難民申請却下の背景 97

ウイグル独立運動についての議論はしばらく措くとして、独立の意図を一方 的に達成する目的を以って国籍国において破壊行為を行えば、これは犯罪であ るから避難国における難民申請の資格を失う281。また、仮に避難国政府が、当該 申請者の犯罪の事実を知らずに同申請を受理し難民認定がなされても、国籍国 が当該申請者の犯罪記録を避難国政府に通報すれば、当該難民認定はさかのぼ って取り消される。更に、国連の目的及び原則に反する行為を行った者へは難民 条約が適用されない282

したがって、現実問題として上海協力機構に付随する

2001

年の「打擊恐怖主義、

分裂主義和極端主義上海公約283」の趣旨からすれば、カザフスタンに避難した中 国籍のウイグル人がカザフスタン政府に対し中国での迫害を理由として難民認 定申請をしても受理される可能性は極めて低い284。また、同公約に定義するテロ リズム、分離活動、過激主義に関与する者が、「政治、思想、意識形態、人種、

民族、宗教及び其の他の同様の要因」を理由として責任を逃れることの無いよう に、相応の国内法の整備を含む措置を講ずるべき旨の規定があるが285、ここに列 挙される要因は

1951

年の難民条約の定める難民の定義の一節、「人種、宗教、国 籍、政治的信条、特定の社会集団」にきわめて類似していることが指摘できる。

これはすなわち、判断によっては上海協力機構の利害を優先し、難民条約の主張 を封じる根拠となり得ることを示している。

279 中国政府は2003 10月にETIMをテロリスト組織として公表し、カザフスタン政府は 200611月に自国内におけるテロ組織に指定した。また、米国は200293日、また 最近では20167月に英国がETIMをテロリスト組織に指定している。

国連は2002911日付テロ組織に指定した。UN Press Release S/C7502, 11 September 2002.

280 Amnesty International Public Statement, AI Index: ASA 17/005/2005, News Service No: 027, 4 February 2005.

281 難民の地位に関する条約第1F(b)は「難民として避難国に入国することが許可される 前に避難国の外で重大な犯罪(政治犯罪を除く)を行ったこと」を失格事項と定めている。

282 同上条約第1F(c)「国際連合の目的及び原則に反する行為を行ったこと」もまた失格 事項とされている。

283 2001615日の上海協力機構成立と同時に締結された「打擊恐怖主義、分裂主義和

極端主義上海公約」(筆者仮訳「テロリズム、分離主義及び過激主義撲滅のための上海条約」: 1条においてテロリズムの定義がなされているが、拘束範囲の広狭はさて措き、発効され た国際条約で「テロリズム」自体の定義をともかくも明示したものは本件が最初である。

284 同上公約第2条は加盟国間の協力と犯罪者の相互引渡、および同第7条においては関連 情報の相互提供の義務を規定している。

285 同上公約第3条。

98

また、中国籍ウイグル人の難民認定申請に対するカザフスタン政府による不 受理については、この場合カザフスタン政府と中国政府の間の問題であり、その 根拠が上海協力機構諸条約にあることはすでに述べた。同機構の掲げる治安と 安全保障の観点からすれば第

7.4

節に述べた

ETIM

のテロ組織指定は当然の措置 であるとも思えるが、中国の意図は必ずしもテロ行為対策という即物的事由に よるものではないと推定される。次項において這般の事情を考察する。

7.4.2

ウイグル独立運動の背景

歴代シナ王朝によって漠然と「西域」と呼ばれていた今日の中国西部に対して は、しばしば征討軍が送られていたが、

1755

年乾隆帝の親征により西部地域一帯 が制圧され清帝国の版図に加えられてからは「新疆」と呼称された。だが、この 新領土においてはその後も大小の反乱が続き286、また、陝西省、甘粛省、雲南省 においても回教徒の反乱が相次いだ。新疆においては、

1864

年に大規模の反乱が あったが、清朝はついにこれを鎮圧し、

1884

年に「新疆省」として省制を施行し た。その後、

1911

年の辛亥革命に際しこの新疆省は中華民国が承継した。

1933

年 にはこの地方はウイグルの故地であるとして「東トルキスタン共和国」の建国が 宣言されたが、国際社会の承認はなかった。その後もウイグル国家の建設が試み られたがいずれも成功せず287

1949

年以降は中華人民共和国がこの地域を統治 し、

1955

年以降は「新疆ウイグル自治区(新疆維吾爾自治区)」と改称して今日 に至っている。

1989

年の冷戦構造の終焉は世界政治に一大変化をもたらしたが、その

2

年後の

1991

年、ソ連邦解体に伴い旧ソ連邦自治共和国の独立、特にテュルク系のウズベ キスタン、トルクメニスタン、カザフスタン、キルギスタン各共和国の成立は、

同じくテュルク系で相応の人口規模を有するウイグル人のナショナリズムに強 い影響を与えたと推定され、この時期から新疆ウイグル自治区内の「治安」を懸 念する中国政府の言及が増加した。

7.4.3

ETIM

」の実在についての議論

2001

9

11

日の米国における同時テロ事件は、上海協力機構加盟諸国にも衝 撃を与え、同機構構成

6

か国首脳はその

3

日後にカザフスタンのアルマティに会

286 1820年代に入ると新疆の回教徒の反乱が相次ぎ、加えて1840年代には阿片戦争(

1840-41、太平天国の乱(1850-1864)、捻匿の乱(1851-68)等の内憂外患によって清は次第に弱 体化し更に 1860 年ごろからの回教徒の反乱によって新彊支配体制は一層荒廃していった。

荒川優「同治回疆叛乱前史(改)『神奈川大学大学院言語と文化論集』第2号、神奈川大学、

1995年、146-152頁。

287 1933年に南新疆のカシュガルを中心に「東トルキスタンイスラム共和国」が建設された

が、宗教色が強くまとまりを欠き、約半年で崩壊した。しかし、194411月に新疆西北部 に建設された「東トルキスタン共和国」は国家の体裁も整え、国民党政権に対抗する程であ った。毛利和子『周縁からの中国‐民族問題と国家』東京大学出版会、1998年、210頁。

99

し、この事件の被害者に哀悼の意を表するとともに、テロ行為に対し断固たる対 決の姿勢を示し、上海協力機構の存在意義を強調した。

2001

12

月北京を訪れた 米国務省のテイラー(

Francis Taylor

)対テロリズム調整官は、ウイグルによるテ ロ脅威を主張する中国に対し、中国西部出身者がアフガニスタンにおけるテロ 活動にかかわっている事実は認めつつも、中国西部の住民自体がテロリストで あるとの中国の見解は否定した288。しかしながら中国政府は翌

2002

1

月に、

1990

年代の

ETIM

によるテロ行為のリストを米国に示し289

ETIM

のテロ組織指定 を再三にわたり強く要望した290。かくして同年

8

26

日、北京訪問中のアーミテ

ージ(

Richard Armitage

)米国務副長官はテロリスト組織

ETIM

に関する中国の主

張に同意し、翌

9

3

日、

ETIM

をテロ組織と認定した291。しかし、この当時米国 は

911

事件後の「対テロ戦争」の熱気の中にあり、

ETIM

に関して必ずしも客観的 な評価がなされなかった可能性に留意すべきであろう292。一方、人権団体から は、回教徒であるウイグル人を弾圧するための口実として中国がテロ脅威を誇 大に喧伝しているとの批判もあった293

他方で国連は、

911

事件の発生直後直ちに安全保障理事会を招集し、翌

9

12

日、テロリズムを強く非難する国連安保理決議第

1368

号、同

28

日にはテロ 資金調達その他テロ行為の準備に資する行為を禁ずる同決議第

1373

号を採択

288 Kristen E. Boon, Aziz Huq, Douglas C. Lovelace, Jr., “Terrorism: Commentary on Security Documents,” Volume 103, Global Issues, Oxford University Press, 2009, p. 310.

289 Ocean, Kristen Boon, Aziz Z. Huq, Douglas Lovelace Jr., U.S. Approaches to Global Security Challenges, Oxford University Press, 2012, p. 555. 同書同頁脚註16。ただし、発表された被害 のいずれに対しても「ETIM」からの犯行声明はなかった。本項中の表参照。

290 Philip P. Pan “US warns of Plots by Group in W. China,” The Washington Post, August 29, 2002.

291 Executive Order 13224, Department of States, Sep 3, 2002. ただし、米国人には直接の脅威を 与えていないという解釈から「海外テロ組織」Foreign Terrorists Organizations: FTOs)の指定 ではなく、より一般的な大統領令第13224号(EO13224)による指定である。Ocean, op. cit.,

p. 556.(脚註289参照) この効力の範囲は合衆国憲法で明確に規定されておらず、制裁実

施に際しても資産凍結などにとどまり、FTOs 指定よりも緩やかである。実際問題として、

EO13224 による指定は組織のみならずその指導者や支援団体・企業なども含むため、極め

て多数にのぼり、いわゆるイスラム過激派関係だけではなくその他の分離主義、ナショナリ スト、左翼過激派など幅広く指定されている。その後、中国の人権問題に関連し米議会にお いてETIMに対するテロ組織指定再考の機運も浮上したが、2018 年現在同指定は解除され ていない。宮坂 直史「米中関係とテロ」『米中関係と米中をめぐる国際関係』日本国際 問題研究所、2016年、274頁。

292 在北京米国大使館は、20028月ごろ中国政府より、ETIMと名乗る組織が在ビシュケ ク米国大使館の爆破を計画しているとの情報を得た。中国政府のこの情報の根拠は次の通 りであった。すなわち、ビシュケク市内で別の容疑により逮捕され、中国へ送還された2 の男はETIMのメンバーであり、所持していた市内の地図の各所に印が付いており、その一 つが米国大使館であった。中国はそれまで米国にETIMのテロ組織指定を求めていたが、米 国は中国政府から第7.4.3項に表として掲げた新疆ウイグル自治区の治安情報を示されても、

その信憑性に疑問を抱いていた。しかし、在ビシュケク米国大使館爆破計画の情報を得た後 は、間もなく中国の要請に応じETIMのテロ組織指定を実施した。ビシュケクにおいては、

その後対米テロは発生しなかった。The Washington Post, op. cit., August 29, 2000. (脚註290 参照) また、J. Todd Reed, Diana Raschke, The ETIM: China's Islamic Militants and the Global Terrorist Threat, ABC-CLIO, 2010, p. 62.

293 Ibid., The Washington Post.

ドキュメント内 難民問題と安全保障 (ページ 103-114)