第 7 章 考察
7.3 未来駆動のキーとなる“ありたい姿”について
本研究における未来駆動では,前述した戦略的ロードマッピング(Phaal,2004)と同様 に,中長期的な姿/戦略を描くことが重要である。
一般的には“ありたい姿”より“あるべき姿”という表現,用語が用いられること が多い。IT業界における業務プロセス分析・設計手法に,”To-Beモデル”というも のがあるが,これも“あるべき姿”と訳されることが多い。
しかし,本研究では,“あるべき姿”ではなく“ありたい姿”を用いている。
“あるべき姿”とは,組織やプロジェクトにおいて経営トップやマネジメント層が 市場・競合分析等をふまえ,“こうなるべき,こういう状態を目指すべき”とトップ ダウン・アプローチするものと解釈している。
これに対し,“ありたい姿”は,組織やプロジェクトに参画するステークホルダー が,市場・競合分析等をふまえ,“我々はこういう姿になりたい”と議論,インタラ クションして創出されるものと考える。つまりボトムアップ的である。
ボトムアップ的な方がプロジェクトに参画するステークホルダーもモチベーショ ンが高くなり,革新が加速,新たな知が創出されやすくなる。よって本研究ではあり たい姿とした。
ただし,未来・市場・競合分析等に疎いステークホルダーが“ありたい姿”を議論 しても知が創出されない危険性もある。そのためにも 3C(Customer,Competitor,
Company)分析や 4P(Product,Price,Place,Promotion)分析等をふまえたような質の良 いマーケティングや将来動向分析を行い,それをインプットした検討,そのための場 の設定,コミュニケーション,インタラクションが必要であることはいうまでもない。
7.4 4 つの事例分析の考察
詳細な分析結果は第3章から第6章に譲るとして,本項では結論につながる事例の 考察についてまとめることとする。
7.4.1 ( 事例 1) 開発初期段階の設計構想と DFx の充実事例
本事例分析では,過去プロジェクトの問題として,
・過去トラブル情報の流通不足
・仕様の検討・決定遅れ
・部門間連携によるDFx施策検討の場と実施不足 による開発遅延,品質問題の開発終盤発覚が挙げられた。
これに対し,ありたい姿/未来駆動の観点からの主施策として,
・ベストプラクティスを見据えたありたいプロセスの検討
・DFxプロセス革新計画
・市場・仕向地を越えたロードマップの統合をふまえた効率的商品リリース計 画
等が挙げられ,またその他の施策として,
・確実な振り返り実施
・仕様・技術課題集中検討の大部屋実施,技術クロス・レビューを含むプロセ ス定義
等が挙げられた。
7.4.2 ( 事例 2) 設計と生産技術の連携革新事例
本事例分析では,過去プロジェクトの問題として,
・上流設計工程の仕様開示が遅い
・仕向地を越えた製品共通化が進んでいない
・3D-CADを活用した設計部門と生産技術部門の連携が不足
・試作・評価して品質問題・技術問題が発覚する といったことが挙げられた。
これに対し,ありたい姿/未来駆動の観点からの主施策として,
・市場を越えたロードマップ連動と共通プラットフォーム構築
・3D-CADを活用したありたいプロセスの検討(設計・生産一気通貫プロセス)
等が挙げられ,またその他の施策として,
・確実な振り返り実施
・設計と生産技術のロケーションを越えたフロントローディング活動とプロセ ス定義
等が挙げられた。
7.4.3 ( 事例 3) 技術ロードマップを活用した事例
本事例分析では,過去プロジェクトの問題として,
・中期計画やロードマップ等複数の指針が存在
・ロードマップ類がメンテナンスされておらず,使いこなせていない といったことが挙げられた。
これに対し,ありたい姿/未来駆動の観点からの主施策として,
・市場・顧客分析の精度を上げ,先行開発をふまえて顧客に先行提案をかける ことができる
・組織としてのフロントローディング活動に技術ロードマップを徹底的に活用 する
等が挙げられ,またその他の施策として,
・確実なロードマップのメンテナンス体制構築
・ドキュメント類の統合とリソース配分の見直し 等が挙げられた。
7.4.4 ( 事例 4) 仮想取扱説明書を活用した事例
本事例分析では,過去プロジェクトの問題として,
・出荷直前に顧客の使用方法に関連する品質問題が発覚
・試作評価段階では機能評価中心で,量産試作以降にも品質問題が発覚 といったことが挙げられた。
これに対し,ありたい姿/未来駆動の観点からの主施策として,
・設計段階から取扱説明書のプロトタイプを作成・活用し,仕様の検証と設計試 作段階から顧客起点での評価を開始する
等が挙げられ,またその他の施策として,
・品質問題の振り返り実施を起点とした品質保証部門のフロントローディング活 動
・プロセス定義と体制構築 等が挙げられた。
7.4.5 4 事例の共通性の検討と本研究の新規性
第3章から第6章の4事例の分析では,(1) 過去プロジェクト振り返り展開,(2) あ りたい姿から牽引,(3) 振り返り結果のプロジェクト間交流という 3 つの概念を用 いて整理した。一覧化すると下記のようになる(表7-1)。
表 7-1 4 つの事例と 3 つの概念の関係(FL:フロントローディング)
3つの概念
過去プロジェクト振り返り展開 ありたい姿から牽引 振り返り結果のプロジェクト間 交流
事例1
開発初期段階事 例
・プロセス振り返り
・品質問題分析
・ベストプラクティス研究
・DFxプロセスの定義
・ロードマップ統合
・ロードマップ統合
・大部屋を含むプロセス定義
事例2
設計・生産技術連 携事例
・プロセス分析
・試作評価手戻り分析
・設計データ流用度
・ロードマップ統合と共通プ ラットフォーム検討
・設計・生産プロセス一気通貫
・ロードマップ統合と共通プ ラットフォーム
・設計・生産一気通貫プロセス 定義
事例3
技術ロードマップ 事例
・中期計画/ロードマップ重複 分析
・ロードマップ類形骸レベル
・市場・顧客情報の精度向上 をふまえたロードマップ構築
・顧客への先行提案強化
・ロードマップ運用体制とメン テナンス
事例4
仮想取扱説明書 事例
・品質問題分析 ・顧客起点での仕様検証と設
計段階からの評価項目抽出 ・プロセス定義と体制構築 ポイント FL実施の必須事項 FLを成功させる新規事項 FL定着化の必須事項
表7-1からわかるように,ありたい姿からの牽引が4事例の成功に大きく寄与して いる。従来のナレッジ・マネジメントは過去の知を非常に大事にしていたが,今後は 益々,開発のスピードアップ,価値創出が求められるため,過去の知(振り返りから の知等)や当該プロジェクト目標だけではなく,事業全体,複数の将来のプロジェク トをふまえた戦略,未来の知をプロジェクトにインプットすることが必要だといえる のではないか。つまり未来知のフロントローディングが必要となると思われる。
事例4については,図6-5で仮想取扱説明書によるフロントローディング・モデル を提案したが,これこそまさに顧客の使用方法を先行研究し,プロジェクトに役立て るという意味で未来知のフロントローディングといえる。