「身体性向の構造化された形態としての都市 環境」というこの論文の視点は、2017年10月20日 に、ウクライーナのタラス・シェフチェンコ国立 キーィフ大学社会学部の大学院社会学方法論専 攻の講義で、初めて集中的に論じたものである。
当日の講義タイトルは、“Hexis,orontheUrban MilieuasaStructuredFormofBodilyHabitus”
であった。
講義の主要論点は、ブルデューのようにトマ ス・アクィナス由来のhabitusという概念を中心 に用いるのではなく、hexisという古典ギリシア 語をなぜ社会学で再びとりあげようとするのか。
hexisという概念によって社会学における都市社 会研究にどのような新しい視点が開拓されうるの か。ブルデューが、馴染みのあるラテン語habitus を社会学的人間理解の中心に持ち込むことによっ てもたらされた、ヨーロッパ的な人間理解のバ イアスとはどのようなものであったか。それは、
マックス・ヴェーバーが「エートス」(ἦθος)とい う、やはり古典ギリシア語由来の言葉を社会学に おいてとりあげたことと、どのように関わってい るのか。以上であった。
さらに、スラヴ社会からヨーロッパ・ラテン社 会へと復帰しようとしているウクライーナ人やそ の社会にとって、日本の社会学者がP.ブルデュー
やM.ヴェーバーの議論のバイアスを論じること の意味は何か。当時客員教授として滞在していた パリ大学(アクィナスがその昔教鞭をとっていた 大学(1269-1272)で、かれはその後ローマに移動 して人間本性の研究のために古典古代の著作、と くにアリストテレスの著作『ニコマコス倫理学』
を読み込んだ)からキィーフに移動しての講義で もあったので、歴史の空間と地理的な空間をパ リ、ローマ、キィーフ、そして東京の間で行き来 しながら、それらの文化的な差異にも言及しなが らの講義になった。同じ年、わたしは5~7月にハ ンブルク大学でも研究滞在をしていたので、ゲル マン文化とロシア・スラヴ文化の間にある緊張を 感じながらの国立キィーフ大学における講義でも あった。
1時間半の講義と質疑応答であったが、わたし 自身、論点を深めるのにとても有益な時間であっ た。機会を与えてくださったアンドリー・ゴルバ チュク先生(国立キーィフ大学社会学部長)に、
ここに記してあらためて感謝の意を述べたい。
〈注〉
(1)世 界 保 健 機 関(WHO)が2020年 7 月11日 に 発 表 し た メ ッ セ ー ジ で は、回 避 す べ き「 3 密 」と は、“1)
Confinedandenclosedspaces、2)Crowdedplaces、
3)Close-contactsettings”とされ、1)の定義が英語 ではやや厳密になっている。
(2)ピエール・ブルデュー(1990、石井洋二郎訳)『ディス タンクションⅠⅡ』藤原書店を参照。なお、本稿の基 本視角「へクシス」をめぐる諸論点に関しては、拙著
(2008,2013)『グローバリゼーション、市民権、都市ー へクシスの社会学ー』春風社および明治学院大学社会 学部社会学科編(2020)『社会学とはどのような学問か』
Web完全版(とくに「〈へクシスの社会学〉における研 究対象について」の部分)を参照。
「へクシスの社会学」(ASociologyofHexis)には、
その社会学的まなざしを構成する鍵概念がある。以 下、それを紹介しておこう。「始原・端緒-始まり」「終 局-目的・目標」「質料-材料」「形相-かたち」「可能 態-可能性」「現実態-現実の行動」「完全現実態-完 成された姿」「卓越性-優秀性あるいは徳」「原初的な 卓越性-生まれもった卓越性」「最高の卓越性-完成 された卓越性」「卓越性と劣等性の争い(=闘争)-優 秀性をめぐる争い(=闘争)」「倫理的卓越性-性格・
人柄の優秀性あるいは徳」「知性的卓越性-思考の優
「フィルター X」とは何か
88 秀性」「行動性向-振る舞いの特性や実現方向性」「魂 の性向-心理的な行動性向」「身体性向-フィジカル な行動性向」「選択性向-選択の特性や傾向」「文化的 身体」「価値-値打ち」「比例-算術的比例、幾何学的 比例」「比例的互恵行動-比例に応じた相互援助行為」
「ロゴスを持つ魂-言語的な精神・心理」「ロゴスを持 たない魂-非言語的な精神・心理」「それ自体として 反している-本来的に対立している」「付帯的な仕方 で反している-偶有的に対立している」「それ以外で はあり得ないもの-必然性原理」「それ以外でもあり 得るもの-偶有性原理」「魂の自然認識的な対象-自 然科学的な研究対象」「魂の事象認識的な対象-人文・
社会科学的な研究対象」「すぐれた精神-幸福」などで ある。
2つある場合、最初のものは古い哲学用語であり難 解であるが、2番目のものは現代文の中でも使用可能 な言葉づかいである。ただし、2番目の用語であって も、使い方に説明が必要な場合があるかもしれない。
(3)McCally,K.,2014,p.37.
(4)木幡,1975,p.47。
(5)アリストテレス(2001)(中畑正志訳)『魂について』京 都大学出版会の補注Cを参照。
(6)クリスチャン・キザーズ(2016)『共感能─ミラーニュー ロンの発見と人間本性理解の転換─』麗澤大学出版会。
また、浅野孝雄・藤田哲也(2010)『プシューケーの脳 科学─心はグリア・ニューロンのカオスから生まれる
─』産業図書、ジョシュア・D.グリーン(2015)『モラル・
トライブズ─共存の道徳哲学へ─(上下)』岩波書店も 参照。
(7)ノーベル賞受賞者の山中伸弥氏(京都大学iPS細胞研 究所所長)は、「今後の日本人と新型コロナウィルスと の闘いの行方を左右する重要な要素」は、「ファクター X」の解明にあると述べている。日本におけるコロナ 感染の拡大が欧米に比べて緩やかなのには、絶対に何 か理由があるはずで、それをかれは「ファクター X」
と呼んでいる(「なぜ日本の新型コロナ死者数は少な いのか?─山中伸弥が橋下徹に語った”ファクター X の存在”─」『文藝春秋』2020年6月号)。
医学分野では方法論のイメージがややずれるか もしれないが、「ファクター・アナリシス」(factor analysis)と は 通 常、数 学 や 統 計 学 で 言 う「 因 子 分 析」のことで、「クラスター・アナリシス」(cluster analysis)、すなわち「クラスター(集団、群れの)分析」
で把握しようとする「空間内の集合性」を個別因子に 分解したときにその因子内に共通に発現している現象 を捉えようとするものである。これはライプニッツ的 な「モナド」(μονάς,monas, 単子)の分析やデカルト 的な「エゴ」(egoof‘cogitoergosum,’私)の分析の発 想であり、「ファクター」(factor)という英語はもとも と、ラテン語の動詞faciō(do,make)の過去完了分詞 factus(done,made)から来ていて、その人称形factor
(adoer,maker,performer.日本語で行なう人、作る人、
遂行する人)が原型になっている。これ以上分解でき ない「一人の能動的な主体」を単独にイメージしてい る言葉である。
一方、「行動性向」(へクシス)の研究は、「モナドや エゴとしての身体間の相互作用」および「相互行為す る身体の間と物理的および社会的環境との関係」を対 象とする研究である。
(8)ここで採用している「積極的な条件としての行動性 向」(hexisasanactivecondition)という概念は、ア リストテレス『ニコマコス倫理学』のJoeSachsによる 新 訳(2002,NicomacheanEthics,HackettPublishing Company)の解釈を参考にしている。
(9)「知性的卓越性」が創り出す「身体性向としての社会 的距離」の理解に関しては、アリストテレス『ニコマ コス倫理学』第6巻第10、11章を参照のこと。ここで 列挙された古典ギリシア語の現代英語における解釈 に関しては、H.Rackham(1934),HarvardUniversity Press,pp.358-359の 訳 注c、お よ びT.Irwin(1985), Hackett,pp.164-166を参照した。また、「物分かりのよ さ」(εύσυνεσία)という日本語訳は、高田三郎訳、岩 波文庫版と渡辺邦夫・立花幸司訳、光文社文庫版を参 考にした。
(10)当 時 の 呼 称 で、Greens,newreligiousmovements, punk,radicallesbianismなど(Berking,H.undNeckel, S.(1990)参照)。東西冷戦終了とともに姿を現したこ うした「新しい政治文化」は、当時の文脈では「再帰性 の民主化」(democratizationofreflexivity)の試みで もあった(Melucci,A.,1989を参照)。
〈参考文献〉
Irwin, Terence, trans. (1985), Nicomachean Ethics, HackettPublishingCompany.
浅野孝雄・藤田哲也(2010)『プシューケーの脳科学─心は グリア・ニューロンのカオスから生まれる─』産業図 書。
アリストテレス(2001)(中畑正志訳)『魂について』京都大 学出版会。
アリストテレス(1971,1973)(高田三郎訳)『ニコマコス倫 理学(上下)』岩波文庫。
アリストテレス(2015,2016)(渡辺邦夫・立花幸司訳)『ニ コマコス倫理学(上下)』光文社文庫。
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市民権、都市─ヘクシスの社会学─』春風社。
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同 (2020b)「〈卓越性〉の涵養と教育目標としての〈公 共善〉─まちづくりのアクティヴ・ラーニングを支え る理念─」明治学院大学ホームページ『明学について』
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キザーズ, クリスチャン(2016)『共感能─ミラーニューロ ンの発見と人間本性理解の転換─』麗澤大学出版会。
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(1993)『近代とはいかなる時代か?モダニティーの帰 結』而立書房。
グリーン, ジョシュア・D.(2015)『モラル・トライブズ─
共存の道徳哲学へ─(上下)』岩波書店。
木幡順三(1975)「技巧と品位」『美学』第25巻第4号所収。
小林信行(1999)「Hexis論のための基礎的考察─アリスト テレス『ニコマコス倫理学』研究─」福岡大学総合研究 所編『人文論叢』第31巻第3号(大学創立65年記念論文 集)所収。
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デュルケーム、エミール(1980)(小関藤一郎訳)『分類の未 開形態』法政大学出版会。
フ ジ テ レ ビ 番 組『 情 報 プ レ ゼ ン タ ー と く ダ ネ!』
(2020/7/30)朝の報道「防カメに犯行瞬間…大量〈落書 き〉に漁師怒り」
ブルデュー、ピエール(1990)(石井洋二郎訳)『ディスタン クションⅠⅡ』藤原書店。
Berking, H. und Neckel, S. (1990) “Die Politik der Lebensstile in einem Berliner Bezirk: Zu einigen Formen nachtraditionaler Vergemeinschaftung,”
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Mauss,Marcel(1934)”Lestechniquesducorps,”Journal dePsychologie,XXXII,ne,3-4,15mars-15avril1936.
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McCally,Karen(2014)“Seekingευδαιμονία,”Rochester Review,March-April.
Melucci,A.(1989)NomadsofthePresent,Radius.山之内 靖・喜堂嘉之・宮崎かすみ訳(1997)『現在に生きる遊 牧民(ノマド)』岩波書店。
山中伸弥・橋下徹(2020)「なぜ日本の新型コロナ死者数 は少ないのか?─山中伸弥が橋下徹に語った”ファク ター Xの存在”─」『文藝春秋』6月号所収。
Rackham,H.,trans.(1934)NicomacheanEthics,Harvard UniversityPress.
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渡辺明照(2010)「性起と性具─アリストテレスのキネーシ ス論とへクシス論─」『比較思想研究』第37号所収。