コロナ禍によって、今の日本が抱える弱点が見 えてきた。政治体制にも経済活動にも、働きかた にも学校教育にも表れている。共通するものの一 つが、デジタル化の遅れである。新型コロナウイ ルスの感染拡大を抑え込むことに効果を発揮し たアジアの国々、韓国・台湾・中国での情報通信 技術を駆使した管理手法は、日本も取り入れるべ き点が多いのではないか。今後、仕事の進め方や コミュニケーションの取り方が、テレワーク・リ モートワーク化の方向で拡大していけば、情報の 高速化や情報保護などの通信インフラなどの整備 が急務となる。
そして、「感染拡大を予防する新しい生活様式」
のなかで、人びとが密閉・密集・密接のいわゆる 3密を避けることが個人に求められていることと 同様に、人びとが集まる、集団を構成する社会の あり方も大きな変革が要求されている。日本にお いては、大都市への人口一極集中型から、地方都 市への分散型にシフトしていくべきだという議 論が以前から繰り返されてきたが、それは実現し なかった。新型コロナウイルスの感染拡大を今後 も抑制していくためには、人と人の間を適正に保 ち、ウイルスを感染させない社会の構成が必要で ある。今まで成し得なかった大都市への人口集中 から、地方都市への人口分散への転換を、コロナ
禍を契機として、実現の方向へ向かう第一歩を踏 み出すべきである。
これによって、働きかたや働く場所の選択肢を 拡げて、リモートワーク・テレワークによる自由 で弾力的な働きかたを模索し、仕事・家庭・育児・
介護等が両立しやすい社会を目指していけば、デ ジタル化と働きやすさ、健全な社会の構築が推進
されるはずである。
しかし、それと同時に、人びとが賃金にあまり 頼らずとも生活できるようにする仕組みを考える ことも必要である。人が生きていくためには収入 を得なければならないという発想から転換し、人 びとが協業し助け合う労働環境の構築も必要とな る。
働きかた、働く場所の変容を考察する
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はじめに
「ウィズ・コロナ時代あるいはアフター・コロ ナ時代の空間的諸形態」に関する研究が重要に なっている。この研究において重要なのは、研究 対象としての「空間」が「物理的空間」であると同 時に「社会的空間」でもあるという認識である。
こうした研究対象は、既存の社会学的研究の領域 で言えば、「アーバニズム(生活様式としての都 市)の研究」「親密性の変容に関する研究」「社会的 相互行為やコミュニケーション行為の社会的な構 築に関する研究」などにふくまれていたものであ る。
1) 物理的密度と社会的密度
問題になっているのは、「身体」の「物理的密度」
と「社会的密度」(E・デュルケームの言葉を借り れば「道徳的密度」)の関係である。「人間本性の 志向」である「社会的密度の強化」(intensification ofsocialdensity)と、「 物 理 的 密 度 の 距 離 化 」
(physicaldistanciation)が、同時に課題になって いる。コロナ・ウィルスをめぐって「回避すべき 3密空間」とは、厚生労働省の定義では「換気の悪 い密閉空間」「多数が集まる密集場所」「間近で会 話や発声をする密接場面」のことであり、英語の 定 義 は 1)Closedspaces、2)Crowdedplaces、
3)Close-contactsettingsとなっている(1)。ひと づかみに言えば、「密な空間に身を置かない」こと が日常的な課題になっているのである。
他方、コロナ禍でZoomなどICT技術が日常生
活におけるオンライン・コミュニケーションを 拡大している現状は、A.ギデンズが指摘するよ うなコミュニケーションの「場所」からの/への
「脱埋め込み」(disembedding)と「再埋め込み」
(reembedding)の過程において、「物理的な距離 の拡大」が「コミュニケーションの密度すなわち 親密性の増大」を生み出している局面があると も言えるであろう。新型コロナ感染症拡大の現 場 で、「 脱-領 域 化 」(de-territorialization)と「 再 -領域化」(re-territorialization)の過程が「存在」
(presence)と「非-在」(non-presence)を混交させ ながらアイデンティティの場所(=係留の場)を 流動化させているのである。
いずれにせよ、「身体」(σῶμα,body)の「物理 的密度」と「社会的密度」の関係は、社会学におい て伝統的な主題であるとともに、コロナ禍の現下 きわめてホットな主題になっている。
2) 行動性向と現実の行動の区別
ところで、「3密をつくらない」という「状態
=行動性向」(ヘクシス)と、その「状態=行動性 向」の「現実態=現実の行動」(エネルゲイア)は、
同じではない。それは、たとえば市民権の理念
(citizenship)と、その理念を背景とする(その理 念に担保された)市民の多様な現実の行動や活動
(citizen’sactivities)が同じではないのと、同様で ある。また、人がいま一般に「健康」であると考え ることと、じっさいに健康である行動や活動の多 様性は、必ずしも一致していない。しかし、分析 上大切なことは、両者、すなわち「行動性向」と「現 実の行動」は、相互に影響しあっているというこ
* 社会学部教授(社会学科)