面談者 小日向 藍菜
(2007年社会学科卒業)[写真下段]
※プロフィールは本文後ろに記載 取材・構成・編集
石岡 里佳子(社会学科3年)
伊藤 小春(社会学科3年)
インタビュー日時:
2020年8月15日(土)
10時~11時
110
自分なりにコツコツと頑張り、ベストを尽くす
─オリンピックが終了したら元の仕事に戻るとい う形なのですか。
はい、そうです。
─学生時代に空手をやっていたということですが、
やはり空手への思い入れが強いのでしょうか。
はい、やっていましたね。高校一年生からやっ ていてすっかりハマってしまって、最初は空手の 仕事があるとは思わなかったんですけど。ご縁が あって就職することができて、好きなことに関わ れているのでとても楽しいし、すごく思い入れの ある仕事をやっています。
─仕事をやる上でやりがいと感じることは何ですか。
今、勤めているところがすごく大きい組織なん ですね。人数って意味でも、予算の意味でも、や るプロジェクトの規模の意味でも、非常に大きい 組織で大きな規模のプロジェクトを動かしてい るという実感が得られるというやりがいがあり ます。競技会場だけでオリパラ42会場あって、練 習会場が約50、他にも空港とか選手村とか、試合 をしないけれども、オリパラ関係の組織が日本中 にあるんですね。東京だけじゃなくて北海道とか 東北とか、自治体による事前キャンプを含めたら もっと広い日本のあちこちで行われるプロジェク トであり、オリパラ合わせて55の競技大会が実施 されるんですけど、関わっている人数が選手だけ で約1万人以上、審判とかメディア、観客を入れ ると東京に新しく街がひとつできるくらいの人数 がやってくることになっているので、コロナ禍で の開催がどのような形になるかまだ分かりません が、大きなことに関われている実感を持てること がやはりやりがいのひとつです。
また、それぞれの部署にその専門分野を極めて いる方たちがいらっしゃって、優秀な専門家たち と一緒に働いて、その人たちの働きぶりを吸収で きるというのもあります。
あと、外国の方々も働いているんですね。とい
うのも、この組織はオリパラが終わったら解散す る組織であることから、国や自治体からの出向者 と、採用試験を受けて入った契約社員と、派遣社 員と外国から来られた人材と…いろんな人が働い ているんですね。その人たちの多様な働き方やこ れまでのキャリアを聞いて、いろんなタイプのい ろんなバックグラウンドを持っている人たちと一 緒に働く楽しさがやりがいの3つ目です。
─大きな団体で働く上で意識していることはあり ますか。
チームが細分化されていて、役割分担がされて いるので、自分の仕事の範囲をしっかり理解し て、チームで私は何を求められているのかという ことを考えるようにしています。あと、人が多い 分、情報が行き渡らない人がいるということがな いように気をつけています。
─やりがいについてお聞きしたのですが、大変だ と感じたことはありますか。
過去に例のないプロジェクトなので、みんな手 探りの部分はあるかもしれないです。それはトラ イしながらやっています。あと、大きな組織であ り、かつ税金で動いている組織なので予算執行の プロセスが民間企業以上に複雑で、時間がかかり ます。パートナー企業へのブランディング面での 配慮も必要になります。
あとは、海外の人たちとやりとりするにあたっ て、文化の違いに苦労したかもしれないです。空 手の国際競技連盟である世界空手連盟の本部は スペインにあって、スペイン人職員が中心になっ ているんですね。それで、彼らの物事の進め方、
考え方とかに「こんな反応するんだな」と思う文 化的な背景の違いを感じることがあって、そのコ ミュニケーションは苦労したことがあります。
─言語の壁は感じることはないのですか。
言語の壁はないって言ったら嘘になりますけ
ど、ここで働いている人の母国語は何であれ英語 は話しますし、コミュニケーションをとろうとし てくれているし、大規模な会議にはプロの通訳さ んを入れるので言葉の壁というよりも文化の壁の 方が厚かったです。
─文化の違いを感じたエピソードをお聞きしたい です。
3回くらい口頭で合意していたことが、契約書 に書いたわけじゃないから合意したわけではな い、とひっくり返ってしまったことがあったんで すね。私は口頭であっても3回も言ったら守るも のだという価値観を持っていましたが、この価値 観は世界共通ではないのかもしれない、だから契 約書が必要なのかと思いました。これは授業で勉 強することではなくて、勉強したとしても実際 やってみないと感覚をつかめないなと思いまし た。ただ、外国人が全員こう!スペイン人が全員 こう!というわけではなくて、ヨーロッパ人でも 日本人とフィーリングが合うような人がいるんで すよ。口頭で言ったことはきちんと守るというタ イプもいるし、逆にアジアの人でだらしない人は だらしないし。最終的にはその人個人のものの考 え方、性格、習慣だなと思いました。
─文化の違いを受け入れるためにはどのような姿 勢で接していたのですか。
もうこういうものだと受け入れるしかなくて
…。逆の方が多いかもしれないです。日本の文化 にびっくりする外国のスタッフがうちは多いかも しれないですね。職員のほとんどが日本人で、一 部少数派の外国人スタッフがカルチャーショック を受けていたようです。例えば、あるブラジル人 スタッフは、日本にはハグの習慣がないので、朝 の出勤時などに「ハグをしたいのだけれどできな い、モヤモヤした気持ちになる」と言っていたこ とがありました。あとは、お土産文化に驚いてい るのもありました。
─コロナの影響が大きい仕事だと思いますが、ど のように変化しましたか。
緊急事態宣言が出てからは、在宅勤務を中心に 仕事をしていて、解除されてからは基本週1回く らい出勤して、それ以外は在宅勤務にしていま す。
─今まで計画していたものが変更になってしまう ことに対してはどのような苦労がありますか。
秋以降に決まってくると思うのですが、今はス ポーツの大会が軒並み中止になっていて、オリン ピック予選も途中で止まってしまっている状態な ので、まずはそこからかなと思います。
─オリンピックが終わった後は元の仕事に戻ると いうことですが、何か活かせると思うことはあ りますか。
人脈と、これまでは空手界の中の知識しかな かったんですけど、今は国際スポーツ界を相手に しているので、視野を広げてそれを還元できるん じゃないかと思っています。空手以外のスポーツ の人とも出会ってかついろんなバックグラウン ドを持つ人と出会って、こういう知見があるんだ な、働き方、考え方があるんだなと知ることがで きました。
─では、学生時代のことについてお聞きしていき たいと思います。大学時代はどのような学生で したか。
取り立てて特に変わったところのない普通の学 生だったと思います(笑)。
─社会学部を選んだ理由はありますか。
高校の時に家庭科の授業で、「ジェンダー」とい う概念を知ってそれを学びたいと思ったからで す。
自分なりにコツコツと頑張り、ベストを尽くす
112
─ジェンダーを専攻していたのですか。
はい。専攻しようと思っていたんですけど、担 当の先生がちょうどいらっしゃらなくて、最終的 に「宗教社会学」(渡辺雅子先生)のゼミに入りま した。最初は卒論を書くつもりがなくて、3年の 時はゼミを取っていなかったのですが、「専門書 講読」という授業を取って、すごく面白かったの で、論文を書いて卒業したいと思うようになり4 年生の時に3年生の演習1を取ったんです。3年 生と一緒にゼミを受けて、ゼミ論を書いて卒業を したんです。最後に取ったのが、宗教社会学で使 われる調査手法のライフヒストリー聞き取り調査 を専攻して終わりました。
─ゼミでは具体的にどのようなことをしたのです か。
演習1では、ゼミ合宿で岡山県の金光教の本部 を取材に行きました。そこでインタビュー調査を やって、自分のゼミ論は東京都荒川区に在日コリ アンのコミュニティーがあるんですけど、そこに 聞き取り調査に行きました。在日コリアンの中で も、済州島っていう離島から移住したコミュニ ティーがあって、8人くらいの方にインタビュー させてもらって「エスニックビジネス」というテー マで論文を書きました。
─ゼミの他にサークルには所属していたのです か。
空手部に入っていたんですけど、学生時代は最 後まで続けられず、サークルや部活動ではあまり 成績を残したということはないです。地域の空手 道場での活動は続けていました。大会に出たり、
練習したり、指導したり…。
─学業と空手はどのように両立していたのです か。
それがあまり両立できていなくて(笑)。むしろ
社会人になって両立の仕方を覚えたという感じで す。
─社会学部の授業が活かされていると感じること はありますか。
私の場合は雑誌編集という仕事で、人に取材を していたのでライフヒストリー聞き取り調査の 手法はそのまま役に立っていると思います。あと は、社会学って多角的な見方をするのでそれはな んか折々役に立っていると思います。
─現在のお仕事で英語を使っているということで すが、英語は元から得意だったのですか。
私は、英語を専門的に勉強したことはなく、社 会学部だし、留学もしたこともないし、海外で 育ったこともないんですね。なので、帰国子女の 子とか大学が外国でしたという人と比べるとまだ まだ努力が必要なんですけど。中学生の頃に近所 に帰国子女のお姉さんがいて、英語の発音を教え てもらっていて、中学から英語の授業が始まって 高校、大学ときて、空手の道場に外国人の選手の 子が練習しに来るので、当時はお手紙でやりとり をして、メールが普及したらメールをして、だん だんFacebookなどのSNSでやるようになってき て…ていう、話す機会があったから身についたの かなと思います。
─就活について聞いていきたいのですが、どのよ うに就活をしていましたか。
就活をほとんどしていなくて、卒業間際になっ て空手道場の先生に紹介してもらって空手雑誌の 編集部に入りました。ですのでエントリーシート を書いたり、説明会に出たりというのはほとんど やっていなくて、1社民間企業を受けたくらいで す。
─あまり就活を意識はしていなかったということ ですか。