第 9 章 積分の応用 133
12.10 行列の応用 : マルコフ過程
● 問286 以下の行列を対角化せよ: [−1 2
−6 6 ]
(12.64)
さて,ある2次正方行列Aが,行列Pによって対角化 されるとき,
P−1AP =
[λ1 0 0 λ2
]
(12.65) となる(λ1とλ2はAの固有値である)。両辺に,左から Pを,右からP−1をそれぞれ掛けると,
A=P
[λ1 0 0 λ2
]
P−1 (12.66)
となる。従って,Aの行列式は, detA
= det (
P
[λ1 0 0 λ2
] P−1
)
= detPdet
[λ1 0 0 λ2
]
detP−1
= detPdetP−1det
[λ1 0 0 λ2
]
= det
[λ1 0 0 λ2
]
=λ1λ2 (12.67)
となる(ここで式(12.24), 式(12.30)を使った)。つま り,行列式は,固有値の積に等しい (定理)。
12.10 行列の応用 : マルコフ過程
ある国の森林100 km2が山火事で荒廃して裸地・森 林のモザイク状になった。その後を1年間調査した結 果, 次のようなことがわかった:1) 調査した裸地のう ち, 8割は裸地のままで, 2割は植生が繁って森林になっ た(1年間でそんなに早く森林が回復するわけがない! とい うツッコミは勘弁してほしい)。2)調査した森林のうち, 1 割が再び山火事によって裸地になり, 9割は森林のまま だった。このような変化がずっと続くと仮定しよう。n 年後の裸地(bare)・森林(forest) のそれぞれの面積を bn km2,fn km2とすると,
[bn+1 fn+1
]
=
[0.8 0.1 0.2 0.9
] [bn fn
]
(12.68) と書ける。t(bn, fn)をcnとおき,上の式の右辺の係数 行列をAとすれば, 式(12.68)は次式のように書ける:
cn+1=A cn (12.69)
● 問287
(1) この行列Aを対角化せよ。
(2) cn =An c0となることを示せ(c0は現在の状態)。
(3) 対角化の結果を用いて, An を計算せよ。(ヒント:
(P−1AP)n=P−1AnP)
(4) 現状で裸地が80 km2,森林が20 km2とする。3年 後のそれぞれの面積を予想せよ。
(5) 長い将来(n→ ∞),森林と裸地はそれぞれどのく らいの面積になると予想されるか?
このように,時間的に変化する現象を,複数の状態(上 では森林と裸地)の混在として表現し, さらにその比率 が,その瞬間の比率に依存して変化していくとみなす考 え方を, 「マルコフ過程」という。上の話に草原と農地 を含めて拡張したければ, ベクトルcnを4次元の数ベ クトルとし, 係数行列A (マルコフ過程の遷移行列と呼 ばれる)を4次の正方行列にすればよい。
よくある質問145 行列って何の役に立つのですか? ... むっ ちゃ役立ちます。例えば問287のマルコフ過程は,生態学,市 場予測(経済学),気象予測,作物収穫予測などで使われます。
2次正方行列よりももっと大きな行列にも同様の理論が成り立 ち,それは,多くの変数が関与する統計学(多変量解析学)や, 電子や原子の状態を解析する量子力学・量子化学,ものの強度 や変形を解析する材料力学・構造力学等,多分野で中心的な役 割をする理論です(特に対称行列と直交行列)。
問題の解答
答272 (1) 2A=
[2 4
−2 2 ]
, A−B=
[−1 2
−2 0 ]
(2) AB=
[ 4 2
−1 1 ]
, BA= [2 4
0 3 ]
従って,AB̸=BA。 (3) (AB)C=
[4 2
−1 1
] [3 1 1 −2
]
=
[14 0
−2 −3 ]
,
A(BC) =
[1 2
−1 1
] [6 2 4 −1
]
=
[14 0
−2 −3 ]
従って, (AB)C=A(BC) (4) A(B+C) =
[ 1 2
−1 1
] [5 1 2 −1
]
=
[ 9 −1
−3 −2 ]
,
AB+AC=
[4 2
−1 1 ]
+
[ 5 −3
−2 −3 ]
=
[ 9 −1
−3 −2 ] 従って,A(B+C) =AB+AC
答273略。
答274略(各自計算せよ)。 答275
detA= 1×1−2×(−1) = 3 detB= 2×1−0×1 = 2
答276 detE= 1
答277両者は全く違う。行列は,数を格子状に並べたも の。行列を構成する個々の数を行列の成分という。行列 式は行列の成分に関する,ある種の多項式。
答278aとbで張られる平行四辺形の面積は,
det
[21 19
8 9
]
= 21×9−19×8 = 37
この平行四辺形の半分がaとbを2辺とする三角形だ から,この三角形の面積は, 37/2
答279行列Aを
A= [a b
c d ]
とすると, detA=ad−bc。一方,Aの第1行と第2行 を入れ替えた行列A′は次のようになる,
A′= [c d
a b ]
この行列式は, detA′ =cb−da=−(ad−bc)となる。
これは−detAに等しい。
答280
detAB= det
[ap+br aq+bs cp+dr cq+ds ]
= (ap+br)(cq+ds)−(aq+bs)(cp+dr)
=acpq+adps+bcqr+bdrs
−(acpq+adqr+bcps+bdrs)
=adps+bcqr−adqr−bcps (detA)(detB) = (ad−bc)(ps−qr)
=adps+bcqr−adqr−bcps 従って, detAB= (detA)(detB)
答281式(12.27)の行列をBと置く。
AB= [a b
c d ] 1
detA
[d −b
−c a ]
= 1
detA [a b
c d
] [d −b
−c a ]
= 1
detA
[ad−bc ab−ab cd−cd ad−bc ]
= 1
detA
[detA 0
0 detA
]
= [1 0
0 1 ]
=E (BA=Eとなることはここでは省略。各自,確かめよ) 従って,定義より,行列BはAの逆行列である。
答282 A−1=
[1/3 −2/3 1/3 1/3
]
, B−1=
[ 1/2 0
−1/2 1 ]
答283
(1) 式(12.24)より, detAB = (detA)(detB)。ここ で, A, B はともに正則行列なので, detA ̸= 0か つdetB̸= 0である。従って, (detA)(detB)̸= 0。 従って, detAB̸= 0。従って,ABは正則行列。
(2) (AB)(B−1A−1) =A(BB−1)A−1=AEA−1
=AA−1 =E。従って, B−1A−1はABの逆行列 である。
答284 AA−1 =E だから, detAA−1 = detE = 1で ある。一方, detAA−1 = (detA)(detA−1)。これらの 2つの式を組み合わせると, (detA)(detA−1) = 1。こ の両辺をdetAで割ると, detA−1= 1/detA。 答285 この行列をAとすると, その特性方程式は, 式 (12.53)より,
det(A−λE) = (2−λ)(3−λ)−1×2
=λ2−5λ+ 4 = (λ−1)(λ−4) = 0
となる。これを満たすのは, λ= 1と, λ = 4である。
これが固有値である。では固有ベクトルを求めよう。ま ず,λ= 1のとき,
(A−λE)x= [1 1
2 2 ] [x
y ]
= [0
0 ]
(12.70) となる。これを満たす解は無数にあるが,代表的に,
[x y ]
= [ 1
−1 ]
(12.71) としよう。これが,固有ベクトルのひとつである。
12.10 行列の応用: マルコフ過程 181 次に, λ= 4のとき,
(A−λE)x=
[−2 1 2 −1
] [x y ]
= [0
0 ]
(12.72) となる。これを満たす解も無数にあるが,代表的に,
[x y ]
= [1
2 ]
(12.73) としよう。これも,固有ベクトルのひとつである。以上 より,行列Aについて,
固有値が1のとき,固有ベクトル [
1
−1 ]
固有値が4のとき,固有ベクトル [
1 2 ]
である*14。
答286 (略解: 本来は固有値と固有ベクトルを求める過
程も書くこと。) [2 1
3 2 ]−1[
−1 2
−6 6 ] [2 1
3 2 ]
= [2 0
0 3 ]
(12.74) または, 以下のようにしてもよい:
[1 2 2 3
]−1[
−1 2
−6 6 ] [1 2
2 3 ]
= [3 0
0 2 ]
(12.75)
答287
(1) (略解)λを固有値とすると,Aの特性方程式は λ2−1.7λ+ 0.7 = (λ−1)(λ−0.7) = 0 となり, λ= 1,0.7。それぞれに対応する固有ベク トルは,代表的に,
[1 2 ]
, [ 1
−1 ]
である。これを並べた行列をPとすると, P =
[1 1 2 −1
]
(12.76) これによって,
P−1AP = [1 0
0 0.7 ]
(12.77)
*14ただし,固有ベクトルはこれらを何倍かしたもの(0倍以外)で もかまわない。
(2) 略。
(3)
(P−1AP)n = (P−1AP)(P−1AP)· · ·(P−1AP)
=P−1AP P−1AP· · ·P−1AP
=P−1AA· · ·AP
=P−1AnP となる。一方,前小問より,
(P−1AP)n= [1 0
0 0.7 ]n
=
[1 0 0 0.7n
]
(12.78) 従って,
P−1AnP =
[1 0 0 0.7n
]
(12.79) 従って,
An=P
[1 0 0 0.7n
] P−1
=· · ·= 1 3
[1 + 2×0.7n 1−0.7n 2−2×0.7n 2 + 0.7n ]
(4) n= 3とすると, [b3
f3
]
=A3 [b0
f0
]
=
[0.562 0.219 0.438 0.781
] [80 20 ]
= [49.34
50.66 ]
である。従って, 裸地と森林がほぼ同面積(50 km2 程度)になると予想される。
(5) (3)の答えでn→ ∞とすると,Anは [1/3 1/3
2/3 2/3 ]
(12.80) に収束する。従って,
[bn fn ]
→
[1/3 1/3 2/3 2/3
] [80 20 ]
= [100/3
200/3 ]
≒ [33
67 ]
従って,裸地33 km2,森林67 km2と予想される。
183
第 13 章
論理・集合・記号
ここで学ぶ内容の多くは,ある意味,直感的に「当たり前」
のことである。しかし,当たり前のことが,数学では,注意深 く選ばれ,注意深く定義されていることに注意してほしい。こ れらの「当たり前」のことを土台にして数学が構築され,それ を土台にして,現代科学が構築されているのだ。
13.1 条件と命題
例えば以下のようなものを,条件(condition)と呼ぶ:
• 整数nは4の倍数である。
• 整数nは偶数である。
• ある人は筑波大生である。*1
条件は, 正しいとか正しくないとかの議論, つまり真偽 の議論の対象にはならない。ある人は筑波大生である, と言われても, 「ふーん, それで?」と思うだけだ。とこ ろが, 条件を適当に組み合わせれば, 真偽が問われる発 言になる。それを 命題(proposition)という。
「命題」は,多くの場合, 2つの条件p,qについて,「p ならばqである」という形で表現できる。
例13.1 • 整数nが4の倍数ならばnは偶数である。
という命題は,
条件p: 「整数nは4の倍数である」
条件q: 「整数nは偶数である」
の2つの条件について, 「pならばqである」という形 の主張になっている。ちなみに, この命題は真である。
(例おわり)
命題は,一見すると「pならばqである」という形には なっていないものも多い。そのような場合は, 適宜, 言 葉を補って読み替える必要がある。
例13.2 • 4の倍数は偶数である。
*1ここで言う「ある人」とは,特定の人をさしているのではない。
誰でもいいから筑波大生のひとりを想定するのだ。
という命題は, 一見すると「pならばqである」とい う形にはなっていないが,実は上の例13.1で考えた,
• 整数nが4の倍数ならばnは偶数である。
と同じことである。(例おわり)
例13.3 • 筑波大の学生は優秀である。
という命題は,
• ある人が筑波大の学生ならば,その人は優秀である。
と同じことである。ちなみに, この命題が真か偽かは, 判定が難しい。そもそも「優秀」とは何かという議論や, それ以上に, 君の努力にかかっているのだろう!(例お わり)
さて,数学では,命題の「ならば〜〜である」を二重線 の矢印”=⇒”で表現することになっている。
例13.4 上の例13.1, 例13.3の命題は, それぞれ以下 のように表現される:
• 整数nが4の倍数=⇒nは偶数
• ある人が筑波大の学生=⇒その人は優秀 (例おわり)