博 士 ( 理 学 ) 狩 野 旬
学位論文題名
Initial Process of the Ferroelectric Relaxation Mode Excitation Studied by Time ― resolved Spectroscopy (時間分解分光法による強誘電性緩和モード励起の初期課程の研究)
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
1. 研究目的
平 衡 状 態 に あ る 系 が 外 場 に 応 答し 非平 衡状 態に な り、 再び 平衡 状態 へ 戻る 緩和 現象 は 自然 界に 広く 見 られる。しかしながら、緩和 現象のミクロな機構はまだ 詳しくわかっていない。例え ば秩序・無秩序型強 誘 電 体に おい ては 、そ の 相転 移を 引き 起 こす 動的 機構 は緩 和 モー ドで ある が、 こ の緩和モードは単一 の 緩 和 時間rを持 つ 指数 関数exp(‑〆 て) であ ら わさ れるDebyeモ デル で良 く 説明 され る。 一 方、 この モデ ル は 緩 和 モ ー ド が 形 成 さ れ る 初 期 過 程 に お い て は 、t=0にお ける 不連 続 性か ら総 和則 の 破綻 が指 摘さ れ て おり 、初 期過 程の 記 述に は適 さない。初期 過程は動力学的な過程とし て記述されると予想されるが 、 そ の 過 程 の 存 在 自 体 を 含 め て 実 験 的 ・ 理 論 的 な 研 究 例 は な い 。 本 研 究 の 目 的 は 次 の 通 り で あ る 。 1. 緩和モードの実時間領域に おける測定により初期過程の 存在を観測する。
2. 動 力 学 的 過 程 で 記 述 さ れ る と 予 想 さ れ る 初 期 過 程 の 時 間 依 存 性 を 明 ら か に す る 。 3. 初 期 過 程 を 含 め た 緩 和 モ ー ド の ダ イ ナ ミ ク ス 全 体 を 記 述 で き る 新 た な 物 理 モ デ ル を 提 案 す る 。
2‐ 実験
試 料 と し て 水 素 結合 型強 誘電 体と し て代 表的 なKDP、 さら に初 期 過程 に お け る 同 位 体 元 素 置 換 効 果 を 見 る た め に そ の 重 水 素 置 換 体DKDPを 取 り 上 げ た 。KDP/DKDPの 相 転 移 機 構 は 常 圧 で は 秩 序 ・ 無 秩 序 型 で あ ると 結論 さ れて いる 。
緩和 モー ド のダ イナ ミク スの 観 測に おい て、 周波 数 領域 にお ける通常の 光散 乱実 験 では 分極 揺ら ぎの 初 期過 程に あた る高 周 波領 域の スペクトル がス ペク ト ルの裾の 部分に相当するため、スペ クトルの強度が低い部分を 観 測 す る た めS/N比 が悪 条 件と なる 。そ こで 本 研究 では 時間 分解 分 光実 験で ある 、80フェム ト秒超短パルスレーザーを 用いたへテロダイン検波パ
図1緩和モードの応答関数の概念図
ル ス 誘 導 ラ マ ン 散 乱 法(OHD)を 実 験手 段と し た。OHDは2本 の レー ザー パル ス( 励 起光 )を 時空 間干 渉 させ、時間に関してデ ルタ関数的なコヒーレント衝 撃カを物質に作用して、コヒーレントな分極揺らぎを励 起で きる 。 励起 され た分 極揺 ら ぎの 振舞いは第3のレ ーザーパルス(検出光)を入 射することでプローブ し、 第4のレ ーザ ーパ ル スを 参照 光と し て検 出光 の回 折シ グ ナルと同光路に入射 することで、図1に示す よ う に 応 答 関 数dめ の 時 間 変 化 と して 直接 的 にし かも 極め て 精度 良く 観測 でき る こと が特 徴で ある 。 ―134―
3. 実験 結粟 と考 察 3.1 MDMによ る解 析
OHDでKDP/DKDPの 緩 和 モ ー ド の 初 期 過 程 を 含 む 時 間 依 存 性 を 観 測 し た 。 そ の 結 果 、 緩 和 モ ー ド が 電子 応答 の裾から立ち上がり、 約200フェムト秒に鋭いピー クを示した後緩和していく様 子が観測された。
こ れ はDebyeモ デ ル で は 記 述 不 可 能 な 立 ち 上 が り を 示 す初 期過 程を 初 めて 発見 した 事 にな る。 この 結 果 をY. OnoderaD.PFiys. Soc. Jpn. 62 (1993) 4104]が現 象論 的に 提案 し たMDMで 解析 を行 った 。 MDMが示 す応 答関 数dめは 、dめ〜 [exp(‑ゾで)―expくーゾ てm)]で与えられる。ここで て…とてはそれぞ れ 立 ち 上 が り 特 性 時 間 と 緩 和 時 間 で あ る 。MDMで は 総 和 則 を 満 た す よ う に 従 来のDebyeモ デル に、 立 ち上 がり 効果をてヵを用いて表 したものである。しかしなが らこのMDMで観測結果をフイ ットしたところ、
KDP/DKDPの 緩 和 モ ー ド の 初 期 過 程 の 時 間 依 存 性 を 充 分 に 再 現 で き な い こ と が わ か っ た 。
3.2新モデ ルの提案
3.1に 述 べ た 実 験 結 果 は 、KDP/DKDPの 緩 和 モ ー ド に お い てDebye理 論 で は 記 述 不 可 能 な 立 ち 上 が りを 示す 初 期過 程を 初め て発 見 した もの では あ るが、観測した データは、t=0近傍に電子応 答があり、
初期過程 の時間依存性の大部分を覆い 隠している。
緩和 モー ド のt=0か らの 全時 間依 存性 を 観測 する ために、.光 学的ヘテロダイン検波法を取 り入れて実 験 的 に シ ス テ ム を 改 良 し た 。 こ の 方 法 で はOHDシグ ナル の 電子 応答 と励 起さ れ た緩 和モ ード の 間の 時 間 位相 差を 利 用し て、 電子 応答を見か け上消去することが可能で ある。この実験システムの改 良により、
従 来不 可能 で あっ た声0か らの 緩和 モー ド の初 期過 程を電子応答 の影響なしに観測することに 成功した。
こ の 新 し いOHD実 験 に よ り図2に 示す よ うにKDPの 初 期過 程の 時間 依 存性 を時 間原 点( 仁0)か ら 観測 す ることが できた。
この 新し い デー タを 解析 する こ とで 初期 過程 に おい ては 、MDMの 指数 関数 的な立ち上がり よりも、S字 型 の立 ち上 が りを 示す こと が明 ら かに なっ た。 こ の実験事実をも とにデータからDebye型緩和 の成分を取 り 除い たも の を詳 細に 解析 したところ 、初期過程においてガウス 関数的な立ち上がりを示すこ とがわかっ た 。以 上の 実 験結 果よ り我 々は 次 のよ うな 応答 関 数を 与え る新 しい モ デル を提案する。新モ デルが示す 応答関数dめは、
dめ〜 [exp(‑〆て)‑expく一(t/てm冫 )] …(1)
で 与え られ る 。こ こで でー およ び ては それ ぞれ 緩 和モ ード の初 期過 程 の立 ち上がりを特徴づ ける時定数 お よび 緩和 時 間で ある 。新 モデ ル によ り図2に 示す ように実験デ ータは、極めて良く再現され る。新モデ ルが与え るダイナミクスの描像を述べ る。インコヒーレントに揺らいでいる系に対し、パルス外場を与えると ISRSの 原理 に より 緩和 モー ドは イ ンパ ルシ ブな 外 カに応答する
形 で双 極子 の 再配 列が コヒ ーレントに 起こる。緩和モードはt=0 において インコヒーレントな状態からコヒーレントに励起されるか ら 、t=0に おけ る緩 和 モー ドの 応答 関数dめ の傾 き は有限であっ て はな らな い 。新 モデ ルは でが で ーに 比べ 十分 大 きな場合、こ の 条 件 を ほ ば 満 た しか つ初 期 過程 にお いてS字 的な 立ち 上 がり を 与 え る 。 ま た 総 和則 はMDM同 様満 た され てお り、 初期 過 程か ら 緩和 過程 へ のク ロス オー バー を 解析 的に 与え る 。そしてパル ス 外 場 が 去 っ て 長 時 間 を 経 た 領 域 で はDebyeモ デ ル に 基 づ く ‑ 135一
図2 KDPの緩和モード初期過程の時 間依存性と新モデルによる解析結乗
単一指数関数型緩和過程へ解析的に移行し、Debye緩和を始める。
4.まとめ
本研究により緩和モードの実時間領域における観測で初期過程の存在を発見し、それを基に初期過 程において緩和モードはS字的な立ち上がりを示すことを得て、初期過程はガウス関数的時間依存性を もっことを明らかにした。この実験事実をもとに新モデルに基づく応答関数を(1)式のように提案した。そ の結果新モデルは全時間領域において緩和モードのダイナミクスを連続的に記述し、この結論によって 運動 力学的 な過程が 支配的で ある初 期過程か ら統計 力学的な緩和過程への解析的移行の時間依存 性が明らかになった。
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学位論文 審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
八木 小野寺 和田 辻見
駿郎 彰 宏 裕史
学 位 論 文 題 名
Initial Process of the Ferroelectric RelaxationMode Excitation Studied by Time‑resolved Spectroscopy ( 時 間 分 解 分 光 法 に よ る 強 誘 電 性 緩 和 モ ー ド 励 起 の 初 期 課 程 の 研 究 )
近年の科学技術の発展に伴っ て、物性測定に応用可能な科学測定機器の性能が格段に 進歩し、それらを用いた相転移 物性の研究では十数桁にわたる振動数範囲にわたる感受 率 測 定 が 可 能 に な っ て い る 。 し か し な が ら 、 そ の 解 析 に は 1913 年 に 初 め て P . De bye に よっ て提 案さ れた 、単 一指 数 関数 を基 にす る緩 和関 数に よる 、い わゆるデバ イ モデルに基づいた解析が行われ ており、そのモデルの時間原点における物理的条件の破 綻は提案時の指摘そのままに残 されていた。
本論文は、このような誘電感 受率関数の物理的欠陥を改善するために、デバイモデル が 成 り 立 っ 強 誘 電 体 KDP と そ の 重 水 素 同 位 体 DKDP に つ い て ニ フ ェ ム ト 秒 時 間 分 解 分光法を適用して、強誘電性緩 和モードを人工的に励起し誘電感受率関数の全時間領域 における時間依存性を観測し、 現在まで未知であったその初期過程を解明する研究を行 った。
実 験 方法 とし ては 、80 フェ ムト 秒の 時間 幅を 持つ超短光パルスを、再生増幅器付 チ タン サ ファ イヤ ーQ スイ ッチ モー ド ロッ クレ ーザーから 毎秒1 千個の割合で発生させ 、 1 個 の パ ル ス を 2 経 路に 分割 し試 料内 で時 空間 的に 重 畳さ せる こと でパ ルス 光電 場の 干渉を起こさせて、コヒーレン トに強誘電性緩和モードを励起する、いわゆるパルス誘 導ラマン散乱(Impulsive Stimulated Raman Scatt
ering 、 ISRS ) を 用 い た 。 こ の コ ヒ ー レ ン ト に 励 起 さ れ た 強 誘 電 性 緩 和 モ ー ド は、応答関数の時間依存性とし て時間原点からの全時間依存性を与える。当然、初期過 程から時間が十分経過した後に は、応答関数はデバイモデルの示唆する完全な単一指数 関数的時間依存性を示すことが 確認された。これは、デバイモデルがこのよう詮時間領 域では十分に成り立っことを示 しており、時間原点付近以外におけるモデルの妥当性を 示している。本研究では、デバ イモデルの記述していない時間領域における誘電応答関 数 の 時 間 依 存 性 を 求め るた めに 、従 来の ISRS 実験 法 を改 良し 、そ の検 出部 に光 学ヘ テロダイン検波方式を導入した 。そのため、光学位相マスクを用いて光学系を簡便化し、
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参照光の経路中にガラス薄板を挿入しその光路に対する角度を調節することで参照光 と信号光の位相を調節することに成功した。その結果、その位相の調節は、電子励起応 答信号と緩和モード励起応答信号とで効果に差があり、適当な位相差においては、通常 の ISRS では 初期過程 を覆い隠 してしま うほど強大な電子励起応答信号を見かけ上 消去し、初期過程の全時間依存性を観測可能にすることがわかった。このように、本研 究 にお い て は、 光 学位 相 マ スク を 用い た 光 学ヘ テ ロダイ ン検波方 式( Optical HeterodyneDetection ,OHD) をISRS に応用し、OHD −
ISRS 方式を新たに構築して、緩和モードの初期過程の観測に成功した。これは、従 来の研究にまったく例の無い新しい成果である。
この観測された緩和モ ̄ド励起の初期過程め時間依存性を解析すると、初期過程の時 間依存性は時間に関するガウス型関数であることが結論され、それに基づき本研究では、
緩 和 モ ー ド の 全 時 間 依 存 性 を 与 え る 新 し い 応 答 関 数 G ( t ) と し て 、 G (t )〜{exp (―t /て)―exp [−( t /てー)2] )
を提案する。ここで、ては従来の誘電緩和時間で、顕著な温度依存性を示し、試料の温 度を相 転移温度 に近づけ ると KDP , DKDP と もに臨界緩 和を示し 、報告さ れている 誘電測定による値と良く一致した。一方r ーは、初期過程の時間特性を現す時定数で添 字 m は mechanical の 意 味 で あ る 。 そ れ は、 温 度 依存 性 を示 さ ず 、そ の 値は 外 場と結晶内の相互作用のカ学的釣り合いに起因することによる。このようなてl11 は、当 然期待 されると おりに KDP , DKDP 共にほば等しい値を持っことが明らかになった。
この結果を考察するに、初期過程は励起光パルスの強い電場を受けることで平衡状態 から強制的に非平衡状態に達した系が、パルス時間幅に相当する時間が経過した後にG
( t‑0 ) ‑O の 状態から連続的に強誘電性緩和モードを励起することを示しており、
温度依存性を示さないことはその励起過程がカ学的性質を保っていることを示してい る。このようにして本研究により、強誘電性緩和モード励起過程は、フェムト秒光パル スによる外カを受けるカ学的過程が、臨界緩和現象で示されているような統計力学的過 程にクロスオーバーしていくプロセスを持っことが明らかになった。この結果、デバイ モデルの欠陥を解消する上記の新しい応答関数を提案することが出来、それはカ学過程 から統計力学過程へのクロスオーバーを含む新しい物理学上の知見をもたらすもので ある。
これを要するに、著者は誘電緩和現象を記述するデバイモデルに対して、新しくガウ ス型時間依存性を持つ応答関数を発見したものであり、従来のデバイモデルに対して数 十年の長きにわたって指摘されてきたその物理的欠点を改良する貢献が大なるもので ある。
よって、著者は北海道大学博士(理学)の学位を授与される資格あるものと認める。
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